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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 予兆

「きっと何かの間違いさ」


 ――レントミアが、嘘をついていなければ、だが。


 そんな疑念を僅かに抱きつつも、俺は念のため魔力糸(マギワイヤー)を、館の突き当たりにある俺の実験室のなかに伸ばして、部屋の中を探ってみた。

 人の気配も、魔の気配も……無し。

 俺は背後にしがみついたままのレントミアを引き連れて、ドアノブ手に手をかけて中に入ってみた。


 ぽちゃん、と何処からともなく一滴の水音が聞こえたが、それだけだ。


 部屋の中を見回してみても当然、侵入の形跡らしきものは無かった。

 奥行き十メルテ、幅六メルテほどのさほど広くは無い空間だ。壁はすべて棚になっていて魔法薬の材料や触媒などが並んでいる。

 

 中はほんのりと灯りが灯したままだ。四方の壁につるされた常明灯が間接照明のように部屋全体を照らしていた。

 常明灯は水晶に魔力をこめて光らせた一種のランプのようなもので、一度灯すと一月ほど光を放ち続ける。王城や貴族しか使わないような高級品だ。実は屋敷の中で一番財産を投じたのは実験室と図書室だったりする。


 部屋に窓は無く、中央には四つほどの『ワイン樽』を改造した培養槽、蒸留の樽、沈殿用の樽が並んでいる。俺はこれらを用途に応じて使い分けていた。

 人造生命体(ホムンクルス)のプラムもここで「生まれた」のだ。

 

 一番大切な「竜人(ドラグゥン)の血」が入った壺も無事だ。厳重に魔法でシールドしているので盗む事が不可能なのは勿論のこと、極端な話、館が爆破されても無傷なはずだ。


「大丈夫だ、何も無い。……本当に聞こえたのか?」

「ホントだよ!」

「まぁ、精霊の悪戯という事にしておこう」


 この世界では、よく判らないことはすべて「精霊」のせいにされてしまう。魔物や亜人が珍しく無いこの世界でも、幽霊や精霊とは「見えない未知の存在」に対して付けられる畏怖の名称だ。

 俺はレントミアの柔らかな髪を上から押さえるように掴みつつ、腰から引き剥がした。


「でも確かに……音がしたんだ。でもあれは……本当の『音』じゃなくて、魔力波動だったのかもしれない」

「魔力……波動?」

「うん」


 レントミアが自信なさげに小首を捻る。

 俺は訝しげに思わず目を細めたが、レントミアが嘘をついていたり、演技をしているようにはとても見えなかった。

 ハーフエルフのレントミアは音には敏感だし魔法使いとしても一流だ。だから何かの「気配」を感じたのは、間違いないのかもしれない。


 だとすれば、何だ?

 以前、この館を中心に発生した「闇の波動」を大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)が捕らえたという事があったが、それに関係するものか。

 何か得体の知れないものが屋敷の中に潜んでいるとでも?


 ぞくり――と背中に怖気が走った。


 周囲で得体の知れない事が起こるのは、良くない前兆だ。

 気にしすぎる必要は無いが、警戒はしておく。


「レントミア、大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)記録(ログ)を調べられるか?」

「あ、うん、魔力回線を接続し直さなきゃないし、すこし時間がかかるかも……」


 火の気の無い屋敷の廊下はひんやりと底冷えがする。レントミアは両の腕を自分で抱かかえるようにして、弱弱しい声音で言った。


「いや……やはり明日でいい。実際何も無かったんだ。念のため全部の部屋に魔力糸(マギワイヤー)を張っておくから、今夜は休もう」

「……うん」


 珍しく不安げな顔をする相棒に俺はすこし明るい声で告げて、あくびをしてみせた。

 実はここ二日ほどプラムの薬の研究で、あまり寝ていない。

 昨夜も実験室で触媒を混ぜてみたり、書斎にいって本を読んだりしていたが、特に何も感じることはなかった。


「じゃぁ、おやす……って、なんて俺の部屋に入る?」

「怖いから今日はここで寝る」

「怖いっておま……」


 魔物を一瞬で消し炭にするような魔法を使うくせに「怖い」とかどの口が言うんだ?


「……ググレ、さっき僕のこと疑ったでしょ?」

「いや、そんなことは」


 ツンと拗ねたような顔で、ちょっと強めの口調で睨まれて、つい言い淀む。

 レントミアが心の底から俺に協力してくれた事は、竜人の里への冒険で証明されたはずなのに。心の底ではまだ信じ切れていないのか? ほとほと……自分が嫌になる。


「信じてよ……」

 静かな口調で目を伏せて、エルフ耳がすこし下を向く。


「すまん! ホントに信じてる! ちょっと……俺も不意のことで驚いただけなんだ」

「……そ? じゃ、許してあげる」


 ぱっと明るい表情に切り替わると、ささっと上着を脱ぎ捨てる、ほっそりとした四肢も露なタンクトップ姿になると、唖然とする俺を尻目にベットにもぐり込んだ。

 顔の半分上だけを毛布の端から覗かせて、目を細めてこちらを伺っている。

「お、おいっ!」

「ダメなの?」

 蹴飛ばして追い出そうかとも思ったが……、今日はなんとなく許すことにする。

 いつもはプラムと寝ているのに今夜は居なくて寂しい……わけじゃなく、レントミアを疑って申し訳なく思ったとか、実はちょっと怖いとか、そんな感じかもしれない。


「……いいけど、狭いぞ」

「やった! えへへ」

「でも抱きつくなよ……」

「えー? 友達なんだからいいでしょ?」

 いつもの調子で、悪戯っぽく笑みを零す。

「お前の言う友達(トモダチ)の定義は、おそらく間違っていると思うぞ……」


 俺は呆れつつも、寝床の半分を占拠した可愛い顔の友人に笑いかける。『友達が少ない』度合いでは俺といい勝負(?)の、孤独なハーフエルフのレントミアは、他人との距離感覚がズレているのだろう。だが、俺はそんな妙な距離感が嫌いじゃない。


「あ、そうだググレ、ひさしぶりに……しない?」

「む? ……そうだな、いいだろう」


 レントミアがベットから身を起こし妖艶な笑みを浮かべた。俺も不敵にほくそ笑んで襟元を緩めながら、メガネを指先で持ち上げた。

 まぁ祝賀会の事とか、「予兆」とか、ヘムペロのこととかは明日考えよう。

 今はとりあえず……。


 ◇


「あっ……だめ! そんなトコ……」

「ふはは、ここはどうだ? んん?」

「あ、あー!?」


 パシン、と俺は「駒」を版の上に置いた。

 これでレントミアの攻撃の手は封じたも同然だ。将棋とチェスを足して割ったようなこの世界のボードゲームだが、二人でやるのは久しぶりだ。

 今のところ俺の二勝一敗。いい勝負だ。ディカマランのメンバーの中で俺とまともな勝負が出来るのは、レントミアぐらいのものだしな。

 

 俺は寝台の上にあぐらをかいているが、レントミアは下着姿の腹ばいに寝そべって、足をパタパタさせて悩んでいる。


「むぅー……?」

 一気に形勢が悪くなったハーフエルフが眉間に力を入れて盤上を睨む。やがて細い指先が戸惑い気味に駒を置くと、次は俺のターンだ。


「じゃぁ、ガンガンいくぞ……レントミア」

「あ、あぁーっ!?」


 俺の攻めは容赦ないぜ。

 全15戦ほど繰り返し、ハーフエルフとひとしきりじゃれあった後で、俺達は結局力尽き、ふたり仲よく寝落ちしたようだった。


 ちなみに、壁の向こうから「ハァ、ハァ」という女の荒い息遣いが聞こえていた気がするが、きっと普通の怪奇現象だろう。

 『女僧侶が壁の裏側に張り付いて鼻血を垂らしている』なんて想像するだけでサイコホラーだからな。


 ◇


 その夜――、不吉な夢を見た。


 どこか暗闇の奥底で、何かが蠢く気配と、粘着質の物体が沸き立つような、

 

 ――ゴボ……。

 

 という音の、ただそれだけの夢だったが。

 

 ◇


 翌朝。


「おはようみんな、いい朝だな」


 短い睡眠で全回復する俺は、もう十分元気だ。

 リビング兼キッチンには皆が集まっていた。朝の日差しが降り注いで暖かく、心地のいい場所だ。


「おはようでござるググレ殿!」

 どうやら外で剣の鍛錬を終えたらしいルゥローニィが、汗を拭きながら小気味のよい返事を返す。暗いうちから外で「はっ」だの「ほっ」だの聞こえていたが、剣士(サーベリア)は精神的にも肉体的にも鍛錬を欠かさないらしい。ご苦労なことだ。


「ふぁー、ググレー朝早いよー。今日ぐらい寝ててもよくない?」

 眠い目を擦りながら、だらしのない下着姿で俺と一緒に起きてきたのはレントミアだ。寝癖が付いた緑がかった銀色の髪を、手櫛でなおしている。


「不眠。夕べ……新作の構想が天から降りてきて寝れな……かった」

 ごつ、とテーブルに頭を載せて屍のような感じのマニュフェルノ。でもその顔はとても安らかで幸せそうだ。新作の構想とは壁の向うから降ってくるものか?


「賢者にょ! 食べものが無いとはどういうことにょ!?」

「ググレさまー! パンが……ないのですー」

 プラムとヘムペローザが、慌てた様子で俺に訴える。そりゃ一大事だ。


「そうか……夕べ四人で食べちゃったもんな」

「おにょれ! 自分達だけで食いおったにょ!? ……そうにょ! 施設に戻って食ってくればいいにょ!」

「おまえはメシの量で住む場所を決めるのか!?」

「にょぉお、ここに居ては飢え死にするにょ!」


 踵をかえしたヘムペローザの首根っこを捕まえて、両頬をひねってやる。「じ、児童虐待にょー!」とか余計な言葉を知ってやがるし。


「ググレさまー、イオ兄ィが来たのですー!」

「え?」


 プラムが嬉しそうに笑みを浮かべて、キッチンの勝手口を指差した。

 うっかりしていたが、誰かが屋敷の門をくぐり抜け、キッチンの勝手口にまで来ていた。

 それは栗色の髪と瞳の少年、イオラだった。

 手には植物の蔓で編んだバスケットを抱えていた。中身は……パンだ。


「賢者! ……さま。パンを持ってきてやったぞ!」

「おぉ!? イオラ、ナイスタイミングだった。みんな飢え死ぬところだったんだよ」

「大げさだなぁ、これ焼き立てだから。あれ……? 朝からヘムペロが居るのか?」


「にょほほ、今日からここがワシの家にょ!」

「プラムはへむぺろちゃんと一緒なのですー!」

「ほんとか……プラム? ヘムペロ。……よかったな」


 リオラがヘムペローザに微笑みかけて、俺に確認するような目線をよこしたので無言で首肯する。


「イオ兄ィ、あまり驚かないにょ?」

「旅の後、そうなればいいな、ってリオのやつと話してたからさ」


 年頃の少年らしい照れたような笑顔を見せて、パンを二人の少女に渡す。

 プラムとヘムペローザはたっと駆け出して、みんなにパンを配り始めた。それはメロンパンによく似た大きさの、固焼きの引き締まったライ麦パンだ。香ばしいパンの香りがキッチンに溢れた。


「ところでリオラはどうしたんだ?」


 双子の兄妹はいつも一緒に居るのに、イオラ一人というのは珍しい。


「うん、あいつ寝込んでるんだ。セキをしてたから多分風邪を引いただけだと思うけど……。今朝、変な夢を見たとかいってんだよな」


 イオラが心配そうに目を細める。

 

 ――夢、だと?


 夕べの音といい、夢といい……何かの「予兆」なのは間違いない。

 俺は初めてイオラとリオラがこの館を訪れた日の事を思い出した。あの時もリオラは「この世界のどこかに生まれた闇」の夢を見たといっていたのだ。


「イオラ、ペンダントは持っているか?」

「え? あぁ、もちろんだぜ」


 首にぶら下げていたペンダントを胸の中から引っ張り出す。雫の形をした石は「勇者の印」だ。これは俺が与えた試練を乗り越えた証に二人に授けたものだ。

 イオラの持つ「勇者の印」と、リオラが持っている「慈愛の滴」はセットになっていて、例え離れても持ち主を互いに引き寄せて、道しるべになる魔法のアイテムだ。

 わずかだが魔よけ、厄除けの効果もある。


 俺はイオラのペンダントを握り、魔力糸(マギワイヤー)で魔力を送り込んだ。術式は悪夢払いと、治癒の手助けになる簡単な祝福(フェス)の一種だ。

 二つの石は空間を超越して、この魔力の波動をリオラに伝えるはずだ。


「これでリオラの風邪も少しは楽になるだろう。悪夢も見ないはずだよ」


「賢者……さま! あ、ありがとうございます」

「パンのお礼だ。それよりも麦畑の手伝いはリオラが居ないと大変だろう?」

「あ、それは別に俺がアイツの分までやるから……」


「プラム、ヘムペロ、一つ頼みがあるんだが――」


 俺はパンにかじりついている二人に声をかけた。


 朝食の後、プラムとヘムペローザはイオ兄ィと一緒に嬉々として出かけて行った。風邪で寝込んだリオラの代わりに畑仕事をさせるつもりなのだが、上手くやれるだろうか……?

 

 聞くところによれば、村でも高齢な老夫婦の手伝いを、兄妹はしているらしかった。

 少ないながらも「駄賃」がもらえるらしい。

 村長の家の居候とはいえ、奴隷のように扱われても文句は言えないのだが、セシリーさんの家はとても安心できる場所のようだ。


 ううむ。俺も見習わねばなるまいな。


<つづく>

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