★ネコ耳剣士はにゃーと鳴く?
「そこまででござるよ変質者!」
星明りしかない村の道を信じがたい速度で急接近してきた人物は、俺達の十メルテほど先で両足を踏ん張って急停止すると、腰にぶら下げた剣の柄に手をかける寸前の構えをとって、低く身構えた。
こんな道で剣を抜くという事は戦闘を意味する行為だ。その一歩手前で踏み留まるということは、その意味と礼儀をわきまえた者、というわけだ。
闇の向うで、獣のような双眸がギラリと光っている。
驚異的な身のこなしと隙の無い間合い、そしてその構え。
――剣士か。
多彩な武器を利用し、敵を殲滅する事を目的とした「戦士」とは異なり、剣士は武器としての「剣」だけに命を預け、精神的な強さと武術としての技を極める事を目的としている。
どこかサムライのようなイメージだが、この世界――ティティヲ・モンデモットには「日本」は無い。あくまでも似ているというだけで実際は異なるものだ。
王に絶対の忠誠を誓い、軍に所属する剣士や戦士を一まとめに「騎士」と呼んだりもするので、剣士とはこの世界の弓術士や格闘術士といった技術スキルの一つとみなす事もできる。
「お嬢さん、拙者が来たからにはもう大丈夫でござる。乱暴狼藉を働くような不埒な輩は……刀の錆びにしてくれる!」
「まてまて! 変質者とは随分な言いがかりだ。俺はこの村に住む者だ」
「……暗がりで女性が泣き叫ぶとは、それだけで尋常ならざる事とお見受けするが?」
「俺は何もしちゃいない」
俺は低く、落ち着き払った声で告げた。
戦術情報表示に表示された人物以外、人影は無い。
薄明かりの向うで、その人物は身構えたまま続ける。まだ疑念交じりの声色だ。
「では……、そのそなたの後ろで肩を震わせているお嬢さんはは、何ゆえ悲鳴を上げておられたのでござるか……?」
「まぁ……いろいろと事情が、な」
俺は言葉に詰まった。こういう場合、どう誤解を解けばいいのか。そもそもいきなり現れて勘違いしたまま喚くコイツこそ怪しいものだ。
「脅されているのなら拙者にいうでござるよ、お嬢さん」
「にょ……?」
「確かにさっきの声はこの子のものだが、少しばかり悩みを聞いていただけだ。しかし、おまえこそ村この辺りでは見かけない剣士のようだが……? まずは名乗られるのが筋であろう」
俺の腰には、先ほどまでわんわん泣いていたヘムペローザが何事かと目を丸くして息を呑んで抱きついたままだ。
万が一戦闘にでもなれば厄介だが……。
しかし、不意に現れた剣士は、俺の言動と立ち振る舞いから、ただの村の農夫ではないと察したのだろう。剣の柄から手を離すと構えを解き、すっと自然体で姿勢を正す。
「む……ぅ。どうやら拙者の早とちりであったのか? 大変……失礼な事をしたようだ。逢引の……最中だったとは露知らず……その」
何を勘違いしているのか、徐々に言い淀み始める剣士に俺はいらだちを覚え、燐光妖精をフワリと飛ばしてやる。
と、青白い光がその人物の姿を明確に浮かび上がらせた。
幼い顔立ちだが、きりりとした目鼻立ち。頬には刺青のような文様があり、髪はブロンズ色で肩ぐらいまで無造作に伸ばされている。
俊敏なヒョウをイメージする野生動物のような身体つきで、筋肉はファリアのパワー重視のそれとは違って必要なものしか付いていない、そんな印象を受けた。
速度と動きやすさを重視した衣服と部分甲冑で身体の一部を包み、剣はシンプルな形の、僅かに湾曲したものを腰に一本だけ下げている。
そして――。剣士の顔には見覚えがあった。
ネコ耳の、獣人の血の混じることを思わせるその顔に。
「あ、あれ……ルゥローニィ?」
俺の口から驚きと共に懐かしい名がこぼれおちた。
驚きの声は相手からも発せられた。弛緩する空気と、驚愕が広がってゆく。
「む!? その声は……まさか貴殿、ググレカス殿?」
「おぉ! そうだよ! ググレだよ! なんだ、お前かルゥローニィ・クエンス!」
わはは、と俺達は燐光妖精を中心に互いに近づいて、顔を近くで確かめ合った。間違いなくディカマランの剣士、ルゥローニィだ。
「ググレカス殿! なんと! 変質者に落ちぶれたのかと思ったでござるよ!」
「黙れ! お前こそこんな夜道で剣を振り回していたら危険人物だろうが。どうしてこんなところに? 旅をしていたんじゃ……?」
「旅なら終えて戻ってきたところでござる。はは奇遇奇遇! ちょうど今、ググレカス殿の屋敷に向かってたところだったのでござる!」
向かい合えば背格好は俺とさほど変わらない。むしろ獣人の血を引くにしては小さいと言ってもいいだろう。
顔つきはヒョウというよりは、「ネコ」をすこし人間に混ぜたようなイメージで、精悍というよりはどこか愛嬌のある顔立ちをしている。
ディカマランの六英雄の一人――剣士、ルゥローニィ。
前衛と後衛の中間で、脚力と速度を生かし、縦横無尽に駆け回っては高速の剣を振るい、戦闘のバランスを維持する貴重な存在だった。
そしてもう一つ、コイツは……。
「まったくかたじけない。賢者殿を変質者と間違えるとは」
心の底から申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや、いいんだ、実際……泣いていたしな、ヘムペローザ?」
「にょ……、も、もう……涙なんぞひっこんだにょ」
ぐすん、と鼻をすすり、俺の服の裾で涙と鼻水を拭く。チーンて、おい……。
「な、なな、なんという可憐な少女ではござらんか! かかっ、彼女か? ままま、まさかググレカス殿の……彼女でござるかぁ!?」
驚愕に目を見開いて、口をぱくぱくっとさせて俺と腰のヘムペローザを交互に眺める。
まったく、どうして俺がこんなちんちくりんでつるっぺたな子供とつきあわにゃならんのだ……。めんどくさいが一応、誤解の無いように説明しておく。
「違う。まぁ……俺の館で、預かっている子だ。身寄りが無いんでな」
ヘムペローザがはっ、と顔を上げて俺を見つめている。ええい、いい加減離れろ。
「――け……賢者、いま……なんてにょ」
「今から俺の館に帰るところだったのだがな。コイツが我がままを言って泣き始めて……困っていたところだ」
「そうでござったか……」
「け……、賢者にょ!」
ぱぁっ……と顔を赤らめて、嬉しそうな泣きそうな声を漏らすヘムペロの頭を、俺は鷲掴みにして、ぐいっと引き離す。
少女の顔はくしゃくしゃで涙と鼻水がまた垂れていた。なんだか……汚らしい。とりあえずハンカチを探して渡してやる。
「ほほぅ? では、彼女ではないのでござるな?」
「残念ながら、彼女は居ない。居候は……いるがな」
確認するとアゴに手を当てて、勝ち誇ったようにうんうん頷くルゥローニィ。
「イッェス! ッシャ! ……っと失敬。ハハ、彼女が居ないでござるか? うんうん」
「……おまえは出来たのか?」
「愚問でござるな! 出来てない! 半年、旅をしてきたのだが、連戦連敗でござる!」
気持ちいいほどにきっぱりと言い切る。
「あぁ……それはそれは。ご愁傷様」
「勝負は引き分けといったところでござるな?」
「まぁそういうことだが」
実は、この剣士ルゥローニィは非モテ仲間なのだ。
ディカマランの六英雄と一口で言っても、人気にはかなりの差がある。街角で100人にインタビューすればすぐにわかる。
一位はもちろん勇者エルゴノート・リカル。
実力、同性から見ても惚れるようなイケメン顔、明るくて真っ直ぐな性格、輝く白い歯。そして……「勇者」というブランド。もう不動の絶対王者だ。
二位が戦士ファリア。支持者には女性ファンが圧倒的に多い。やはり強い女性、それも最前衛の戦士という肩書きは伊達じゃない。
竜のブレスを浴びても不敵に笑い、巨人族とさえ撃ち合うその戦斧の戦闘力と存在感は、やはり揺るぎ無いものがある。
三位は魔法使いレントミア。魔術師ならば誰もが憧れるその実力と、美少年(に見える)年齢不詳の愛らしさで、マスコット的な人気だ。何よりも一部コアなマニア層に絶大な人気を誇る。同人誌を飾る数では断トツ一位だが……。
そして続くは癒しの僧侶マニュフェルノ。やはり「癒し」という響きが優しさと包容力を連想してしまうからだろう。確かに静かに微笑む銀髪のお下げ髪の僧侶はいいものだ。
しゃべらなければ、という前提での話だが。
と。ここまでくればお分かりだろう。
下位争いは俺とこの剣士ルゥローニィだ。若干人気なら俺のほうが上かと思いきや、ルゥローニィの「剣士」としての派手なアクションと立ち回り、獣人としてのカッコ可愛いルックス。そして意外にも饒舌なトークは女性を口説き落とす点においては有利だ。
知的でニヒルでクールな俺のほうが一部のマニアックでハードコアな連中にウケている……らしいのだが、何故かいつも……僅差で負けている。
というわけで、ディカマランの連中と出会ってから、何故だか俺とルゥローニィは互いに妙なライバル意識を燃やしていた。
まぁ……低次元な争いだが、「どちらが早く彼女が出来るか」という勝負を宣言していたのだ。
俺は最初の一年はレントミアと相思相愛だったのだが、途中で「同性」であることが発覚して失恋。俺の恋ははかなくも終わりを告げたった。
そんな時、人間不信、女性不振に陥った俺を元気付けようと「新しい出会いと彼女作り競争」を提案してくれたのがルゥローニィだった。
剣士として崇高な精神を持って修行に励み、真面目なイメージを持っていたのだが、実際はそうでもなかった。
旅の先々で女性に積極的に声をかけ、ナンパしまくるその姿は、俺にはとても真似の出来ないものだった。
「ルゥ積もる話もあるだろう。まずは俺の館に行かないか? 実はマニュフェルノとレントミアも居るんだ」
「ななっ! なんと申された!? 本当でござるか!」
「あぁ、話せば長い事だが、ちょっと事情があってな……」
「結構でござる。それぞれ深い考えあっての事でござろう? 拙者、今は……友人との再会を喜びたいでござる」
そう言って笑顔を見せるルローニィは、とてもいい奴だ。
これで彼女が出来ない理由――
「時に……彼女、お幾つかな?」
「にょ? えと……17歳にょ」
「はは、面白い子でござるね。7歳かな? うんうん、10年後が楽しみでござ……」
――ハッ!
俺は油断していた。
久しぶりの友人との再会に、つい、気が緩んでしまったのだ。
目を離した瞬間、ルゥローニィはヘムペローザにがばっ! と抱きついたかと思うと、猛烈に腰をカクカクと振り始めた。
「にょわぁあああ!? にゃなんじゃこいつぅう!? きゃぁああああ!」
「にゃぁーにゃぁー♪」
「ぎょわわあああああ!?」
ヘムペローザが夜道で泣き叫ぶ。
むしろ変態はコイツだった。助けに来た紳士だと思っていた相手がいきなり牙を剥いたのだ。誰だって恐怖するわ。
「やめんかこの変質者ッ!」
ぼかっ! と俺はルゥローニィの側頭部を殴りつけた。
その瞬間、我に返ったように剣士が目を瞬かせる。
「――はっ!? せせせ、拙者は何を……! ま、また……やってしまったでござるか」
ガクリ……とその場に膝をつく剣士ルゥローニィ。
わなわなと肩を震わせて、ずしゃっ……と地面に両手を付く。切腹するとでも言いそうな雰囲気だが、そんな事は言わないのは毎度の事だ。
「うわぁああああん! ググレ、な、なんにょコイツわぁぁあああ!?」
折角泣き止んだヘムペロがわんわん泣きながら俺にまたしがみついた。まったく災難だったなヘムペローザ。
「ルゥローニィは剣士で紳士でいい奴なんだが……その……、1メルテ以内に女性が近づくと、抱きついてしまう性質があるんだ」
俺は心の底から溜息をついた。
獣人の血かそうさせるのか、本人にも判らないと言っていた。
本当に……残念だと思う。流石の俺もこればかりは毎度いたたまれない気持ちになる。
女の子と折角いい雰囲気になっても、これでは女性はドン引きだ。
俺は少なくともそんな事はしない知的な賢者なので、人気5位に浮上する事だって夢じゃないが、男としてそれでは勝った事にはならない。
俺にも……ささやかなプライドがあるのだ。
「まぁ、気を落とすな。マニュもレントミアもお前の事はよく判っているから」
「うぅ……かたじけない……かたじけないでござるぅ……」
俺はスチャリとメガネを治すと、泣きべその少女と憔悴しきったネコ耳の剣士を伴って、館へと歩き始めた。
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