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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 賢者、夜道で女の子を泣かす

「なんというか……土の味がするにょ」


 ヘムペローザがシチューを一口食べた途端、眉根を寄せて複雑な顔をした。


「失敬な、素材の味といえ」

「にょ……自然の風味というか生というか……ところでこの(キノコ)は何にょ?」


 シチューの底からスプーンですくい上げたキノコは紫色だ。


「はいはいー! プラムが庭で見つけたキノコなのですー!」


 ブフッ! とヘムペローザがむせた。


「心配するな。俺が一応検索魔法(グゴール)画像検索(ガゾン)で調べてある。毒じゃないらしいぞ?」

「ワシは今、毒系にはナイーブになっておるんじゃにょっ!?」


 ヘムペローザは半ギレで何故だか胸元を気にしていた。そこはキノコで大きくなる所じゃないだろ? ヒゲの配管工じゃあるまいし。


「まぁ大丈夫そうだな、いただきます」

「にょ!? ワシを毒見に使いおったにょ!」

「たべるのですー!」

「夕飯。いただきます」


 キッチンのテーブルを囲んで、俺とプラムが並び、向かいにはマニュフェルノとヘムペローザが座っている。全員で「特製、賢者の秋味シチュー」を賞味する。まるで一流レストランのメニューみたいな名前だが、世界広しといえども賢者の手作りシチューを食べられるお前達は幸せ者だよ。フハ……


「「「…………」」」


 確かに微妙な味だった。以前作ったときはもう少し上手くできたのだが、今日のはなんというか「生」の味だ。おそらく煮込みが足りなかったのかもしれない。


「……魔力糸(マギワイヤー)で味覚中枢に干渉して、旨いと感じさせるというのはどうだろうか?」

「却下。ググレくんが責任をもって食べる事」

 居候のくせに食べ物に文句を言うマニュフェルノ。じゃあお前が作れよ。


「プ、プラムは美味しいと……思いますよー?」

「カカカ、施設の塩味の煮込み汁に比べたら上等にょ! お前達とは鍛え方が違うにょ」


 気を使って作り笑顔で食べるプラムがいじらしい。ヘムペローザは言葉の通り舌の鍛え方が違うらしく、ばっくばくと食べはじめた。口の端から紫色のキノコが時折顔を覗かせている。


 と、誰かが来たようだ。うんざりするほど判りやすいこの気配は……魔法使いのレントミアだ。


「ただいまーググレ! おなかすいたよー!」


 玄関を開ける音に続いて、とたたっという軽やかな足取りが聞こえて、ハーフエルフの少年がキッチンに駆け込んできた。

 服装はひざ小僧の見える半ズボンにブーツ。そして魔法使いのローブを羽織っている。

 背中には唐草模様の布で包んだ荷物を背負っているが、そんな模様の布が何処で売っていたのかが気になるところだ。

 はぁはぁと肩で息をして、色白の肌は少し上気している。乗合馬車を使ったのか自分の足で走ってきたのかは知らないが、汗ばんだ頬に髪がいく筋か張り付いていた。

 

「おかえり。ちょうど晩飯が出来てるぞ」

「やったね」

 寒さで赤らんだ頬が緩む。

 レントミアは、朝からメタノシュタットの魔法市場を散策してくると言い残して出かけていた。


 そう。

 実は俺の屋敷には今、マニュフェルノだけじゃなく、レントミアまでもが居候していた。

 クリスタニアの魔術顧問を「飽きた」「ググレと居る方が楽しい」という気まぐれな理由で辞職したので、王都の上級魔術学舎の寮にも居づらくなったらしい。

 旅を終えた翌日には身の回り品だけを持って俺の屋敷に転がり込んできた。


 翡翠色の瞳がぱちくりと瞬くと、キッチンの上のシチューに釘付けになった。


「わ! 美味しそうだね、ボクにもちょうだい」


 あーん、と一番近くに居たプラムに向かって口をひらく。プラムもすぐに「あーん」といってレントミアの口にスプーンを入れてやる。


「んぐんぐ? うん、美味しいね!」


 そうですかー! とプラムが嬉しそうに笑う。


「音痴。味オンチ……! レントミア君、普段何食べてるの?」

「そう? おいしいけどな。普段はね、生の野菜とか木の実を食べてるよ」


 意外と野生児のレントミア。確かにそれに比べたら何を食べても美味しいよな。


 旅を終えて一番変わったのはレントミアかもしれない。何が変わったかといえば、プラムにとても優しくなったのだ。

 最初はまるで珍しい生き物でも見るような目で眺め、解剖するとさえ言っていた天才魔法使いが、今では友達のように接するようになっていた。

 あまり他人には心を開かない所が俺と似ていたハーフエルフは、いつの間にかプラムやヘムペローザと同じ目線で話をし、笑っていた。

 竜人(ドラグゥン)の里で見せた俺の「妄想アニメ」が心に響いたのだろうか?


 学舎に女装して潜入していた自分を「妹」と偽り、自分を「兄」と名乗ったレントミアは今では同一人物といってもいいほどに馴染んでいた。元々演じ分けていたようにも見えないが、秋休みが終わって学舎が始まったときどうするつもりなのか……見ものではあるが。


「そうそう、ググレ。いい材料が手に入ったよ、合成過程の触媒に使えるやつね」


 背中の荷物を床において紐解くと、いろいろな魔法薬の材料が転がり出た。南方の珍しい植物の根や、動物の骨を粉にしたもの。希少金属の粉末の入った小瓶に、魔法力の装填された水晶がいくつか。

 手に取って目線を合わせると、常駐起動させている戦術情報表示(タクティクス)によってそれぞれの名前と効果が表示された。


「こんなに……集めてくれたのか、一日がかりで?」

「うん。ググレが基礎理論を固めて基本的な工程を考えたからね。あとは細かい術式は無くても、大体使いそうな材料は見当が付いたよ」


 プラムの命を救う根本的な治療薬の合成に、レントミアは自ら協力を申し出てくれた。

 嘘偽りもなく、プラムちゃんを助けたいから、と。

 その代わり「館に住み込みで」と、更に居候する理由が増えてしまったのだが。


「すごいな、流石……先生だ」

「やだなーやめてよ」

 照れたように俺の肩をぱし、と叩く。


 正直、レントミアとは魔法の知識に関して圧倒的な開きがあるなと舌を巻く。検索魔法(グゴール)で即席の賢者を気取っても、長年身につけた本物の知識と経験の差はなかなか埋められそうも無い。

 見た目は可愛らしい少年の顔だが、このときばかりは瞳の奥底で光る老獪なものを感じてしまう。


 俺の視線に気が付いたのか、レントミアが小さく微笑んでエルフ耳がほにゃっと垂れ下がる。

「もう、どこみてるの?」

「あ? いや別にその……」

「今日は疲れちゃったな。あとで……足を揉んでね、ググレ」

「な……!?」

 甘えたような熱っぽい視線で見つめ返してくる。夕食時に見せる顔つきじゃないぞ。


「視線。ふたりは目だけで会話をしている! こ、ここで問題です……!」


 むふぅ、と鼻息を荒くしながら、マニュがスプーンをマイク代わりに(?)に立ち上がる。シチューの皿はいつの間にか空だ。


「問題。人間の『三大欲』は一つ睡眠欲、二つ食欲、ですが……三つ目はなんでしょうか?」

「せいよくー!」


 レントミアが思いっきり応える。アホか!


「せいよくってなんですかー?」

「にょほほ、よくぼーじゃ、人間の(ゴゥ)じゃ」

「マニュ、くだらないことばかり教えると強制退場してもらうぞ」


 賢者の館の規律と風紀を守るのも……俺の仕事か。


 ◇


「じゃ、俺はヘムペローザを送ってくるから、プラムは大人しく留守番をしていなさい」

「うー。ほんとはプラムも行きたいのですー」


 外はすっかり暗くなっていた。俺は玄関口で頬を膨らませるプラムを押しとどめた。


「ダメだ。もう外は寒いし暗いからな」

「プラム、ボクが本を読んであげるよ」

「絵画。わたしが、絵をおしえてあげる」

「ぉ、ぉおー?」


 左右から魅力的な代案が提示され、プラムの幸せ回路はオーバーヒート気味だ。ほわぁと考えている隙に、俺はヘムペローザと共に館を後にした。


「おまえなー、メシを食いに来るのは構わんが、こんなに遅くなったら施設で皆が心配しているだろうが?」

「にょ……。あそこはワシなんぞ居なくても……誰も何も気にも留めんにょ」


 ヘムペローザがうつむいてとぼとぼと歩く。その足取りは重い。

 何かをいいかけて口をつむぐ。そして小さく溜息。


 いつの間にか自然に繋いだ手の指先が冷たかった。


 街灯など何も無い村の夜道はひたすらに暗く、空は満天の星だ。

 月明かりの無い夜道では足元もおぼつかないので照明代わりの魔法、燐光妖精(ライト・ウィスプ)自律駆動術式(アプリクト)を展開する。二つ、三つの鬼火のような明かりで周囲と足元を照らす。

 ランタンを持ってくれば済むのだが、手を塞ぎたくないので魔法で済ます。


「……子供のくせに夜遊びなんて不良だぞ。そのうち悪い仲間とつるんで、村の商店の前でタムロしたり、騒音を撒き散らす爆音鳥(コカトリス)を乗り回したりするようになっちゃうんだからな」

「にょ!? そんなワシは小悪党じゃないにょ!」

「はは、『すごいあくましんかん』だもんな?」

「お、おにょれー………………」


 いつもの下らない会話の後、少しの間をおいてヘムペローザが足を止めた。

 繋いだ小さな指先にぎゅっと力がこもり、俺も足を止める。


「賢者、その」

「……? どうした」

 鬼火に照らされた肩が震えて、戸惑うような泣きそうな、そんな表情が浮かぶ。

「……ない」

「は?」

 ヘムペローザがうつむいたまま、口を動かす。


「帰りたくない……帰りたくないにょー!」


 ヘムペローザが叫んだ。目には涙が浮かんでいる。


「え!? は!? ……ちょっ」

「ワシも、ワシも……みんなと居たいにょ! プラムと、賢者と……。この前の……旅みたいに、ご飯を食べて寝たいにょ! うぅ……ぐすっ……うぇえええあああ!」


 泣いた。

 それはもう、手のつけられないような泣きっぷりだ。

 今までガマンしていたものが一気にあふれ出したような、そんな様子だ。

 夜道に響く少女の鳴き声に、俺はあわあわと手をこまねいて、ただ慌てふためいた。

 周囲に人影は無いが、これではまるで俺が「変質者」みたいじゃないか。


「へ、ヘムペロ、そんな、そんなわがまま……」

「いやぁだにょぅうわぁああ、ひえぐっ……ワシも……ワシだって……うわぁああん!」

「こ、子供か!?」

「子供じゃ! 悪いか!? にょ……ぉおふぐわぁあああ……ん」


 どうすることもできずに俺は、嗚咽を漏らす身体を引き寄せた。

 ふごぇえええ! と相変わらず泣きつづけているが、俺の心臓に向かって叫んでいる分にはいい。ぎゅっと両手で華奢で細い肩を抱きしめてやる。

 夜風で冷え切った絹糸のような黒髪を、頭をそっと撫でてやると、細い腕でぎゅっとしがみ付いてきた。

「ヘムペロ……」

 ううん……これは困ったな……。

 涙と鼻水で俺の服がびちょりと湿ってきたところで、やれやれと嘆息し思案する。

 

 ――しょうがない。今夜は館に戻るか……。


 褐色の少女の肩に手をかけて説得を試みようとした、その時――


 俺の対人警戒用の魔力糸(マギワイヤー)が、高速で接近する人影を捕らえた。

 それは三重に展開している警戒網の一番外側を通過し、あっという間に第二防衛ラインを通過する。


 ――!? 速い!

 

 人が走る以上の速度だ。尋常ではない。ただの村人が声を聞きつけて来たのではないのは明らかだった。

 脚部に何か魔法をかけているか、常人離れした体術の使い手だ。

 瞬間的に危険を感じ、戦闘用の戦術情報表示(タクティクス)を展開する。敵味方識別用の自律駆動術式(アプリクト)が何の警戒も発さない。魔力や闘気を遮断する隠蔽(ステルス)型の魔法を展開しているか、それとも――

 

「ヘムペロ、動くなよ」

「ふ、ふぐぇ!?」


 俺は泣きじゃくっている少女の身体を庇うように、その影と対峙する。暗闇の向こうに目を凝らす間もなく、一瞬で間合いをつめて走りこんできた「影」は俺を見咎めるなり叫んだ。


「そこまででござるよ変質者! 拙者が――成敗してくれるッ!」


 ――拙者? ござる?


<つづく>




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