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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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★宴と、賢者の夢心地

 ◇


「こんなに……集まるなんて」


 俺は一抱えほどの「壺」に集められた善意を前に、感激していた。

 中身は全て竜人(ドラグゥン)達の血だ。


 ワインのビン一本分あれば「プラムの薬」は3年分は作れるし、本格的な治療のための研究に使っても、なんとか足りる算段だった。

 それが、抱えて馬車に積み込まなければならない程の「壺」一つ分も集まったのだ。これはとてつもなく嬉しい誤算だった。


 一滴一滴、全てが竜人達の善意が篭った、命のしずくだ。

 血液は通常、空気に触れれば黒く変色し凝固してしまうが、竜人の血は真っ赤なまま流動性を失わない。それ自体が生きていて、強靭な命の源としての力を宿しているのだ。


 大樹の神殿の前に横付けした馬車の前で、竜人達は「善意の寄付」として、自ら腕を刃物で傷つけて流れる血を、彼らが準備した「壺」の中に垂らしてくれた。しかし、隣で待ち構えていたマニュの治癒魔法を受ける必要も無いほどに傷はすぐに塞がって、平然とした顔で去ってゆく。


 四天王に怪我を負わされた若い竜人達は皆、死に掛けるほどに重傷だったことを鑑みれば、ある一定のダメージの蓄積が無い限りは、自力で傷を再生してしまうようだ。


 とはいえ、宗教的な意味合いからも血は神聖なものであり、むやみに流す物ではないとされていて、ましてや他人に分け与えるものではない。

 人間である俺や、人造生命体であるプラムに対しては尚更だろう。にも拘らず今回はこうして純粋な「善意」として血を分け与えてくれたことに、俺は心の底から感謝の意を示した。


 俺は竜人達に礼を言うと、「壺」に何重にも封印の魔法をかけ厳重に密封した。割れないように、零れないようにという、一種のまじないだ。


「善意。みなさまのお心に、感謝いたします」


 僧侶マニュフェルノが俺の横でぺこりとお辞儀をし、神に祈りを捧げた。

 竜人達から見れば異教かもしれないが、多くの仲間の傷を癒したマニュフェルノは、実のところ俺達の中で一番尊敬されているようだった。


 事実、三人の竜人の若者に求婚されて「今夜。きっと求められる……強引に……ハァハァ」と妙に浮かれて(?)いた。

 ちなみに検索魔法(グゴール)で調べたところ、竜人たちの「結婚(ケコーン)したい」とは「尊敬してます」の最上位の修飾語らしかった。

 まぁ……マニュも嬉しそうだし、そっとしておこう。


 血の善意を受け取るべき当のプラムは、夕方近くだというのにアネミィやヘムペローザ、他の竜人の子供達と遊んでいる。

 竜人達には、プラムの「病気」は、人間とのハーフという「特殊な生まれ」に起因するものだということを説明して納得を得ている。


 全員赤毛で遠目ではどれが誰だか判然としないが、十人ぐらいで徒党を組んで「カブトムシ怪人」と鬼ごっこに興じている。

 カブトムシやクワガタと人を混ぜたような怪人は、俺達がここに来る間も何度も襲われて倒してきた連中と同じ「魔物」の類だ。だが、この村では迷い込んできた彼らを捕まえ、瘴気を「浄化」した後で、里に住まわせて使役していた。

 とはいえ、奴隷というわけでもなく家族の一員、ペットのような扱いで、そこは人間と価値観が違うからなのだろう。現に子供達の遊び相手をしている姿は、どこかユーモラスだ。


 プラムが元気に駆け回っている姿を見るとホッとする反面、これから先のことを考えると問題はまだ半分解決しただけだと、俺は改めて気を引き締める。

 時間をかけ、体内の生命維持の仕組みを置き換える必要があるのだ。かなりの難治療かもしれないが、竜人達の善意を無駄にしないためにも必ずやり遂げるつもりだ。

 

「怪人さんは、樹液が好きなのですよねー?」「カブッ!」

「美味しいのですかー?」「カブブッ」

「……ごく」

「にょ!? プラム! ワシらが飲んでも旨くは無いにょ!」

 木にフラフラと寄ってゆくプラムをヘムペローザが引き留めている。

 相変わらずアホの子だな、と心配になる。

 竜人の血から造った薬を飲み続ければ、頭も良くなったりしないだろうか?


 そういえば、対峙した四天王は「竜人の血で強靭な肉体を」「永遠の美と若さを」と言っていた。プラムの薬にはそういう効果があるのかも知れない。連中は今、里のはずれの小屋に4人共監禁しているが、カンリューンの王都に搬送される前に問いただしておきたい。


 視線を神殿前の少し開けた広場に転じると、女戦士ファリアを相手にイオラとリオラが特訓をしていた。

 周りでは沢山の竜人達が見学していた。年寄りもいるが、殆どが女の子だ。きゃっ! きゃっ! という声は、ファリア派とイオラ派、そしてリオラ派で分かれているようだ。

 里を救った双子の勇者と、恐ろしい四天王を倒した戦士に、皆が興味深げな熱い視線を注いでいる。


 ファリアは木の棒を持って、静かに二人と対峙する。

 オレンジ色を帯びた陽光が、ファリアの銀色の髪と凛々しい顔を染めていた。

 地面に長い三つの影が延びる。


 一瞬の静寂の後、気合と共に兄妹は同時に地面を蹴って懐に入り込んだ。イオラは木刀を右から、リオラが拳で左から、完全に同時に打撃を繰り出す。

 ファリアは木の棒で、二人の同時攻撃を受け流したが、僅かに体勢を崩す。

 双子は左右にそれぞれ飛退いて、ザシャッ、ズシャッと着地する。


「今のはいい! 完全に同時に撃ち込まれると……対処に困るな」

「は、はい!」「はいっ!」


 ――きゃわわわ! と竜人達から歓声があがる。


 双子の兄妹が笑顔で顔を見合わせて頷く。額には汗が光っていた。

 ファリアも戦いの後だというのに、疲れた様子もなく実に楽しそうだ。

 竜人達が俺達の歓迎会と祝勝会を催してくれるらしく、竜人の母親たちは準備に忙しい。それまではまだ時間もあるようで、ファリア達はもう少し汗を流したいのだとか。

「若いなぁ……」

 と一応はまだ未成年の俺がおもわずつぶやく。


 あと一人、レントミアが見当たらないな、と思ったら……、居た。

 神殿の脇にある水辺に腰掛けて、手や顔を洗っていたようだが、やっぱりというか、若い女の子達に捕まって、質問攻めにされて困ったように笑っている。

 ハーフエルフの美少年は竜人の娘さんたちに交じっても、線の細さが際立って中身はさておき可愛くみえる。


 と、レントミアが俺の視線に気がついて、ぱあっと笑みを浮かべて小さく手を振った。

 一応軽く手を振り返すが、竜人の娘達がハーフエルフの指に光る「銀の指輪」を目ざとく見つけて、何やら質問をしている。

 途端に「ぇえ!?」「はぅ!?」と驚愕に目を見開いて、俺とレントミアを交互に見ている。


 ……嫌な予感しかしないが、途中から話の輪に入るのは苦手だし、やめておこう。


 しかし、だ。竜人(ドラグゥン)の娘さん達は、胸から腹まわりにかけて露出が多いし、感情によって尻尾がフリフリっと動いたりしてとても可愛い。

 よし、今夜の歓迎会は、すこし積極的に女の子と仲良くなってみよう。


 今回は俺なりに頑張ったし、目的も果たせたし、ほんの少しぐらい浮かれても……いいよね?


 ◇

 

 歓迎会と祝勝会は神殿ではなく、長老の家の大広間で行われた。

 百人ほどは入りそうな部屋は、床も柱も全てが精密に加工された木材で作られていて、イオラとリオラにとっては珍しいようで目を丸くしていた。俺は古い日本家屋に似ていてほっとする感じだが。

 目の前には質素だが美味しい料理が次々と運ばれてきた。里全体を巻き込む大事件の後だというのに、俺達のためにかなり無理をして準備してくれたに違いない。


 香ばしい香りは、森で取れたという肉汁溢れる野生動物の肉の香草焼きだ。里を流れる川で取れた魚と貝の煮物が脇を固め、芋をふかして潰したハッシュポテト風の主食がホクホクして美味しい。更に秋らしく、リンゴや石榴(ザクロ)とナッツ類。豊富な木の実と果物が並んでいる。


 料理は「膳」のような形式で出され、長老以下の竜人達も、俺達と同じく木の床に「あぐら」をかいて、数人単位で輪になって座って飲み食いをする格好だ。

 俺としては田舎の親戚の家に来たような感覚だが、椅子の生活に慣れた面々には少々戸惑う格好らしい。

 

「す、すごいのですー、ご馳走なのですー!」

「にょ、にょほほほ! 持ち帰りは、持ち帰りはできるのかにょ!?」


 プラムとヘムペロは目を輝かせ、大喜びで料理をぱくついている。食欲もあるし元気で何よりだ。お気に入りは貝の煮物らしい。


「やばい美味しい! 何食べても美味しい。んぐんぐ……。お代わりください!」

「イオ、鼻の上にタレが付いてる」

「あ……さんきゅ」

「もう」

 ぴ、と指先で(イオラ)の鼻の上をなぞるリオラ。

 相変わらず仲睦ましい二人だが、竜人の女の子がイオラにお代わりの料理を運んでくると、リオラががっちりガードしている格好で近づけない。

 ばちっと視線が交差して、何気に熾烈な女の戦いが繰り広げられている気がする。


「ググレ、肉だ、肉だぞ!?」

「あ、あぁ……よかったら俺のも食っていいぞ」

「いいのか!? 変わりにイモをやる! うんむっ! 肉汁最高だ、あはは!」


 俺の右側にはファリアが腰を下ろしている。未成年で酒は飲まないが、「肉汁」で酔えるという特殊な体質のようで、テンションがあがってきている。

 ファリアには竜人の女の子が肉のおわかりを給仕したりと、人気は相変わらずだ。


石榴(ザクロ)。女性には嬉しい……子宝の果実」

「これ、沢山食べると赤ちゃんが沢山産めるんだよね?」

「受胎。私は今夜……複数の求婚者と……(ごにょごにょ)なので、食べておく」

「ボクも! ボクも食べておかなきゃ!」


 左隣にはレントミアとマニュフェルノガが女子(ガールズ)トーク(?)を繰り広げている。

 いささか難のある話題で盛り上がっている気がするが、レントミアは魔法に関しては天才的なのにズレているというか、知識に偏りがあると思う。

 

 と、老齢の竜人が一人、俺の傍らに寄って来て、小声で耳打ちをする。


「実は、娘達が賢者さまにお給仕をしたいと、申しておりまして……」


 ――き、来たァ!?


「はは、私は未成年ゆえ、さ、酒は困るが……」


 思わず緩む頬をキリリと引き締めて冷静を装う。内心は心臓ばくばくだ。可愛くて、露出多めの竜人の娘さんたちに密着されちゃったり……?


「今日の騒動で賢者さまに助けられた娘たちが、どうしても、お礼をしたいと」

「俺一人の力ではないが、そういうことなら……構わないよ」

「そうですか! では早速」


 老齢の男は笑みを浮かべると、さっと奥へと戻っていった。

 そわそわしてしまうが、膳の料理を食べたりして待つ。しばらくすると、さっきの男の声が聞こえてきた。

「いいかい、相手は賢者さまだ、粗相の無いようにね」

「カブッ!」

「クワッ!」


 ――カブ……、クワ?

 

 と、俺の左右に黒い体躯が滑り込んできた。女の子という割には硬そうな黒光りする服に身を包み……って!


 ――カブトムシとクワガタじゃねーか!?


「は、はは……? これは……うん、確かに女の子、だね」

「カブゥ」「クワワッ」


 二匹、いや二人が左右から、もじもじっと俺に琥珀色のジュースを差し出す。

 間違いない。

 角が短いから、メスだ。

 カブトムシ怪人……のメス、いや「女の子」だ。

 検索魔法(グゴール)とか使う必要も無いくらいに性別は明らかだ。

 竜人(ドラグゥン)の娘さんは大歓迎だけど、この()達はハードル高すぎるぞ!?


 俺は半ば固まりながら、差し出されたカップを受け取り、一息にごくごくと飲んだ。

 見知らぬ土地での食べ物は、いつもなら魔力糸(マギワイヤー)で毒や成分を分析するのだが、今回はノーガードだった。


 ……樹液?


 飲んでみると、木の香りのする甘い果実のような不思議な味がした。不味くは無い。それどころか意外とイケる。


「あぁ、なんだろうこれは? 美味しいよ」

「クワァ!」「カブゥ!」

 表情はよく判らないが、喜んでいるようだ。長い冒険者生活の中でも、「元」魔物に給仕されるなんて初めての経験だ……。


「ははは! ググレ! 今日はモテモテじゃないか!」

 ファリアが豪快に笑い背中をバシバシ叩く。肉汁で酔った人に絡まれている俺。

「排卵。卵を産みたいって……言ってる」

「言ってない! 適当な事を言うなマニュ」


「あーッ! キミたち、ググレはボクのだからねっ!」

「クワ」「カブゥ?」

 レントミアが俺に抱きついて悪い虫(?)が付かない様にとガードする。ボクの物になった覚えはないが……と、視界がグラリと歪んだ。


 ん?

 ……なんだか俺……すごく……眠いんだ。


挿絵(By みてみん)


 旅の終着の地で、夜は更けてゆく。

 仲間達との楽しい時間は、いつも瞬く間に過ぎてしまう。


 ――ま、いいか。


 薄れゆく意識の向こうで、皆が楽しそうに笑っていた。


 俺が飲んだモノが、果実と樹液を混ぜて発酵させた「竜人の里自慢の酒」だと知ったのは、翌日、目が覚めてからだった。

 着衣に乱れがあった気がするが、深く考えるのは……やめておこう。


<つづく>


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