検索魔法、グゴール
「オレは……勇者になりたいんだっ!」
キラキラと熱のこもった眼差しでイオラが訴えた。真っ直ぐで強い光を宿した瞳が俺を見つめている。
「勇者に……なりたい?」
俺はやや遅れて、イオラに問い返した。
確かに俺は世間では『賢者』と呼ばれてはいるが、勇者にしてやれる力があるわけじゃない。筋違いもいいところだ。
だが、そんな事情はお構いなしにイオラが続ける。
「世界を救った6英雄みたいになりたいんです」
「いや、なりたいと言われてもね……」
微妙な空気が流れるが、妹のリオラはそんな兄の横で唇を硬く結び、何とも言えない表情を浮かべている。兄の暴走を幾分呆れ気味に思っているのだろうか。
俺は頬をコリコリと掻いた。
そもそも、なりたいといってなれるものじゃないだろう……。
だが、イオラの気持ちが判らないわけじゃない。
自分には秘められた力があるんじゃないだろうか? とか、ピンチになれば覚醒するんじゃないか? なんて本気で考える。そんな時期は異世界の子供にだってある。
いわゆる中二病というやつだ。
帰れ、と言ってしまいたいが夢見る兄妹を無下にするのも忍びない。
「ググレさまー! お客様にはお茶ですよー!?」
ナイスタイミングにプラムが声をあげた。
俺の服の端をぐいぐい引っ張って、ゆさぶる。
威厳のある賢者の外套――王宮お抱えの最上位の魔法使いが着ている物に似ているが、俺のは更に特製、金糸の刺しゅう入りの高級ローブだ――が、ビロビロと伸びる。
「ちょうど午後のティータイムだ。……よかったらご一緒にどうかな? 話は中で聞くことにしよう」
俺は表情を崩し、二人を中に招く仕草をする。
「よ、よろしいんですか?」
妹のリオラが恐縮して俺の様子を窺う。なかなか可愛いし出来た子だ。なんなら俺の妹になってほしい。
「ここが賢者さまの屋敷かぁ……!」
イオラはその横で猛烈にきょろきょろと屋敷の玄関を見回している。双子とはいえやはり大分違うようだ。
「……すみません、賢者さま。バカ兄が失礼ばかり」
「構わないさ。さぁ、焼き菓子もある。プラム、お茶を準備しておくれ」
「はいなのですー!」
とてて、とプラムが元気よく客間の方に駆けてゆく。
俺は二人を屋敷の奥へと招き入れた。
◇
客間には、名の知れた職人の手により造られた質素だが品のいいテーブルがある。
俺と二人の兄妹は、そこに向かい合って座っていた。
窓からは午後の柔らかな陽射しと、心地のいいそよ風が吹き込んでいる。
吹き込んだ風が、ふわりと栗毛の二人の髪を揺らす。
イオラとリオラは慣れないのか、流石に二人とも借りてきた猫のようにちょこんとしている。
いつものワンピース姿から、可愛らしいメイド服に着替えたプラムが手際よく紅茶を運んでくる。
客人二人、そして俺の前に紅茶が置かれた。
甘い花のような芳香が漂う。
アホの子だが給仕の覚えは意外に早く、紅茶の入れ方もなかなかだ。
背伸びしてワケのわからない料理をこさえようとしなければ及第点なのだが。
「緊張する必要はないよ、俺は君たちとそんなに歳は変わらないんだ」
俺はそういうと優雅に紅茶を口に運ぶ。
小指なんて立てて、だ。
この紳士な振る舞い。とても18歳には見えないだろ?
「――マジか!? 賢者は百歳を超えたジジイだって聞いてたぞ!? 魔法で若さを維持してふぼァ!?」
俺が紅茶を吹き出す前に、リオラが兄を殴りつけた。
何しやがる!? といきり立つ兄の脇腹にねじりこむようなボディブロー。
イオラはそのままテーブルに突っ伏して、ピクリとも動かなくなった。
容赦のない妹だった。
「わぁ……お兄さん寝ちゃったのですかー? クッキー食べちゃうのですよー?」
リオラがうずくまる兄をつつく。
……返事がない、ただの屍のようだ。
「すみません。兄はすこしアホなので、私がかわりにお話しします」
「う、うむ……。では話を聞こうかな」
俺はコホンと咳払いをしてから、妹のリオラの二重瞼の奥で揺れる綺麗な瞳を見つめた。
うむ、可愛い。
「私……夢を見たんです」
「夢? 一体どんな夢を?」
「……世界のどこかで生まれた……闇です」
そこまで言いかけて、リオラは戸惑うように視線を傍らの兄に向けた。リオラの細い指先が兄の頬をきゅっとつまむ。
「う……? あ! そうだ勇者にしてくれ賢者さま!」
ガバッとすぐに兄が復活。扱い方をわきまえた妹のようだ。
思わず俺は兄妹っていいなと思ってしまう。
俺は一人っ子だったし、向こうの世界では家に帰って誰も話す相手がいなかった。
学校でも家でも、遊ぶ相手もいなければケンカする相手さえいない。いつも一人だった。
妹が居たら可愛いだろうなとか、姉さんがいたら宿題教えてもらえるのかな、と、そんな夢想をしながらしんとした部屋で一人本を読んだりゲームをしていた。
いやいや。今の俺は賢者なのだ。と、顔を引き締め背筋を伸ばす。
「ふむ? 闇……だと?」
低めの声で返す。
リオラの瞳に影が落ちる。
「この世界のどこかに……再び、闇が生まれ、密かに力を蓄えているのです」
「君はその夢を繰り返し見たのかい?」
リオラがこくりと頷く。
「そうか」
俺は顎に手を当てて思案する。
おそらく――。
ただの少女に過ぎないリオラがそんな夢の話をしたところで、誰も聞いてはくれないだろう。子供が見る夢を、大人は聞き流すか、笑うか。それだけだ。
兄のイオラだけが妹の話を真剣に、真面目に聞いたのだろう。
――勇者になりたい!
そう言った兄の決意は多分、妹のリオラの為だろう。
妹を不安がらせる闇を振り払う、ただそれだけの理由か。
「その闇は……何をしようとしている?」
俺の問いに、リオラは驚いたように目を丸くして、そして兄と顔を見合わせた。
「信じて……くださるのですか?」
「当然だ。賢者である俺は、この世界の全てを知り、行く末を見定める必要がある。不吉な夢の知らせが俺の元に届いたのだ。これは何かの予兆なのやも知れぬ」
「賢者さま……アンタ、やっぱりすげぇ!」
イオラが尊敬の眼差しを俺に向ける。
よせよ、照れるぜ。
「夢で見た闇は、ただじっとしていました。まだ小さく、動き出すには弱くて」
リオラが小さく消え入るような声で呟いた。
予知夢なのかもしれないが、まだ曖昧で遠いものだ。
「……リオは昔から不思議な夢を見るんだ。誰も信じちゃくれないけど、魔王が……、魔王の軍勢が村を襲う事だって夢で予言したんだ!」
「イオ……!」
「いくら母ちゃんや父ちゃんに話しても信じてくれなくて、だけど……俺とリオだけが納屋の奥に隠れて……助かったんだ」
イオラの言葉に、リオラがぎゅっと唇を結んで涙をこぼした。
「……そうか」
俺は言葉を失った。
先の魔王軍との戦いで、魔物に襲われ全滅した村が幾つもあったと聞く。
イオラとリオラはその生き残りなのだ。
魔王は完全に俺達が倒したが、この世界のどこかで復活を目論んでいる可能性がないとも言い切れない。
俺はすぅ、と指先を天に向け、
――検索妖精、励起。応えよ、千年図書館の深き迷宮より――
俺は呪文を詠唱した。
ちなみにこれは無くてもいいのだが、唱えたほうが偉そうに見えるからだ。
『――夢、闇、予言』
俺は続けて唱え、目を瞑る。
次の瞬間――
光の粒子が舞うイメージが、頭の奥から湧き出てくる。
それは一つ一つが光の妖精、少女の姿をした検索妖精だ。
囁くように、謳うように、それらは俺に情報を、この世界を構成する知識の断片を運んでくる。
いろいろな光として集約してくる情報は、モザイク画のように目の前で積み上がり、徐々に映像として形を明確にしてゆく。
>該当 1,050,023 件 (0.16 秒)
>闇、予知夢、大災害、夢魔、前兆、未来、直感、警告……
次々とイメージが現れては消えた。
この映像は、半透明の窓として周囲の人間にもおぼろげながら見える仕組みだ。
「おぉ!?」
「す、すごい……!」
目の前に現れた半透明の絵画の群れにイオラとリオラが感嘆する。
まるで教会のモザイク画のような美しい光景に、二人は息をのんだ。
これが俺の賢者たらしめる力、検索魔法――グゴール。
太古の知識、無限の知性の泉である千年図書館から必要な知識を検索する力。
だが、もちろん万能というわけでもない。
検索魔法の源泉である『千年図書館』は、過去から現在に至るまでに書かれた、世界の文字情報を霊的に記録した魔術らしい。
そこから得られる知識は、過去に人の手で書かれた『書籍』『石板』『粘土板』に文字や図形として記録された情報に限定される。それが間違っていたら当然俺も間違う。これは至極当然で当たり前のことだ。
大切なのは溢れる情報を取捨選択して読み解く「センス」だろう。
まぁ、このあたりは「図書館メガネ」という素敵な称号が役に立っている気がするが、深くは突っ込まないで欲しい。
だが、あまりに曖昧な条件を提示したため、有益な情報は見つけられそうもない。
「ふむ……条件が広すぎると、事象を絞りきれないな……」
俺はそう言って空中に浮かんだ半透明のウィンドゥを掻き消した。
<つづく>