竜人たちの祝福と、賢者の賭け
◇
「この里を襲撃した連中は全て倒した。もう心配はいらない」
大勢の竜人たちにそう告げると、大きな歓声が沸き起こった。
拍手と尊敬の眼差しは、双子の「勇者」イオラとリオラ、魔法使いレントミア、僧侶マニュフェルノ、女戦士ファリアに向けられていた。それぞれが困惑したような、照れたような笑みを浮かべている。
「な、なんか照れる……リオが前に」
「イオ、私の後ろに隠れないでよ!」
ぐるぐると前後を入れ替えながら仲のいい様子のイオラとリオラ。
モテモテな兄に対するリオラのやり場の無い気持ちは、土人形魔術師を文字通り「粉砕」した事で幾分紛れたらしい。
「ボクはググレの指示通りにやっただけなんだけどね」
少女のような顔つきのハーフエルフが頬を掻く。森の緑の木々に溶け込むような色の髪を、やわらかな風が梳いてゆく。
「天晴。なんだかお日様の下で賞賛されるのって、やっぱり慣れない」
竜人の青年さんの鍛えられた腹筋とか……盛り上がった上腕筋とかスケッチしたい……ハァハァ、とブツブツ言っているようだがとりあえずそっとしておく。
レントミアとマニュフェルノは戦いを終えてもいつも通りのマイペースだ。
ディカマランの英雄として数々の冒険をこなしてきた彼らにとっては、何度目の感謝と賞賛の声だろうか。
ちなみに俺の活躍の場を竜人達は見ていないので、「恐ろしい三人組を相手に戦って勝利した」のは勇敢な女戦士ファリアであると紹介し、人々の賞賛はファリアに受けてもらう事にした。
「ググレ、私はたいして働いていないのだが……」
「ファリアが来てくれなければ俺は肉片になっていたんだ、そういうことでいいだろう?」
「ど、どうしてググレはいつも……!」
「まぁ気にするな」
こつんと腕の甲冑を叩いて、片目をつぶる。
と、数人の竜人の娘達がファリアに花束を渡そうと近づいてきた。頬を染めてきゃわわ、と顔を見合わせてはしゃぐ様子は、亜人も人間もさほど変わらない。
ファリアの周囲には女の子達が群がって来て、なかなかの人気だ。イオラといい、やはり強いものに惹かれるという事に関しては、種族の違いは無いらしい。
「にょほほ、プラムの仲間がいっぱいじゃにょ」
「みんな羽があるのですー! お空を飛べるのですかー?」
プラムが目を輝かせてアネミィの羽を見て、たずねる。
「…………鳥みたいには飛べない。跳ねるとき、すこし遠くに飛べるだけ」
んっ! とアネミィが小さく力むと背中の羽がばふぅ、と広がった。どうやら子供のうちはあまりうまく扱えないらしい。
広げるとコウモリの羽に似ているが、全体的に赤褐色で被膜は薄い。
「プラムもいつかお空を飛びたいのですー……」
今度はアネミィがプラムの背中にまわり、ちいさなプラムの羽をひっぱって眺めた。
プラムがチョウを追いかけるのが好きな理由がわかった気がした。
「…………そのうち大きくなるよ、大丈夫」
「ホントなのですかー!?」
「…………揉むといいらしいよ」
「はぅう!? くすぐったいのですー」
まるで胸は揉むと大きくなるよ? 的な会話だが、あくまでも背中の羽の話だ。
プラムとヘムペローザはいつの間にか竜人の子供達、アネミィたちに混じって楽しそうに笑っていた。すぐに友達として受け入れてくれる子供達の適応力や、垣根の低さを俺も少しは見習いたいものだ。
さて、俺には最後の大仕事が残っていた。
◇
竜人達が「世界の大樹」と崇める木の根元をくり貫いて作られた神殿は、入ってみると意外と広い空間が広がっていた。複雑に絡み合った木の根が部屋の壁となり、ヒカリゴケに似た地衣類が地面や天井を黄緑色の淡い光で照らしていた。
ご神体はこの「世界の大樹」そのもので、世界と霊脈を通じて対話できるのだとか。一種の精霊信仰のよな土着の宗教か。
里を治める長老アルパ・ア・ジェールや、数人の威厳のある老人たちが、地面から突き出た太い木の根を椅子代わりに腰掛けて、静かな眼差しで俺達を見つめている。
アルパ・ア・ジェールは長い白ヒゲを蓄えていていかにも族長といった風貌で、温厚そうな老人に見えるが、蜂起の際は先頭に立って戦った勇敢な長老だ。
竜人の特徴ともいえる紅い瞳には、齢を重ね、深い知性を感じさせる光が揺れている。
俺の隣にはレントミアとファリア、その更に横にイオラとリオラにマニュフェルノが長老達と同じような木の根の椅子に座っていた。プラムとヘムペローザは俺の傍らで、ちょこんと膝を抱えて地面に座っている。
ここでは長老と客人が木の根の椅子に座る以外は、皆平等のようで、俺達をぐるりと囲むように思い思いの場所に腰をおろしている。人間の王国の城ならば、見上げるほどに高い玉座から王は謁見者を見下ろすものだが。
時折むずがゆそうに背中の羽を動かすところが人間と竜人の違いだが、皆一様に静かに長老の言葉をまっている。これから「反省会」と俺達の歓迎会が始まるということらしい。
「まずは皆に礼を言いたい。この度の不運な侵略を、死者も無く乗り切れたことは、皆の協力と、英雄たちの力があったからこそじゃ」
「人間嫌い」と言われていた竜人達の意外なほどに友好的な歓迎だった。この里を襲ったのが人間で、それを救ったのも人間の一行であることを考えれば、気持ちの整理がつかない者も多い筈だ。
「本当に感謝する。賢者――ググレカス殿、そしてディカマランの英雄達と……若い二人の勇者よ。いや……さらに幼き子たちもがんばっておったな」
プラムとヘムペローザにも注目が集まり、場は竜人たちの暖かい笑い声に包まれる。長老のシワだらけの顔に安堵の色が浮かぶ。
俺達は、賢者である俺を除けば「女と子供」で構成されたパーティに見えたらしく、更に迷子のアネミィを届けてくれたということで、里の皆はすんなりと受け入れてくれたのだ。
筋骨隆々の重武装の旅人が人の家に押し入ってタンスを開けメダルを奪うような「自称勇者」がうろつく昨今、竜人を救おうと、無私の精神で必死に戦うイオラやリオラ、そしてプラムとヘムペローザの姿は、竜人達の目にも鮮烈に映ったようだ。
「伝説のディカマランの英雄が来てくれるとは、夢にも思わなかったぞぃ」
「まったくじゃ、一時はどうなるかと思ったが……」
「しかしカンリューン四天王がこのような暴挙に出るとは……」
「まさか今回の件は、不可侵であるはずのカンリューン公国の差し金なのか?」
その他の老人達が口々に不安を口にする。
「その事なのですが……、実は」
俺はカンリューン四天王の暴挙は、とある組織に扇動されての行動である事、カンリューン公国そのものは今回の侵略とはおそらく無関係と思われることを説明した。
高い身体能力と生命力を誇る竜人たちを次々と倒し、一気に里を制圧した侵略者――カンリューン四天王は、村はずれの木に縛り付けられていた。
ファリアの攻撃をくらって生きて居るのは流石だが、もう立ち上がる気力も無いようだ。更に俺の力で魔法を使えない身体になった連中は「ただの人間」でしかなく、逃げたところで魔物が闊歩するこの森から抜ける事は不可能だろう。
このあとの処置は竜人たちに任せることにした。
俺は、彼ら三人の目的が「竜人の血」であることを告げた。強靭な肉体や、若さを手に入れる秘薬の原料とする為に、竜人達の血を欲していたとも。
会場全体がざわめき、重苦しい空気に包まれた。
「なんと……」「そのような恐ろしい事が」「だから人間どもは信用できないんだ!」
場内の空気がにわかに緊迫の度合いを高める。当然だろう。マニュの治癒で一命は取り留めたが未だに怪我が治りきらない者もいるのだ。
だがこれは賭けだった。
俺も「血」を欲するという目的は同じなのだ。だが、彼らとは違うと示す必要がある。そのための手はずは整えてきたつもりだ。
と、そこで長老の提案で、四天王と土人形を操った魔法使いの処置が話し合われた。
怒りの矛先が俺達に向くことを恐れたのだろう。聡明で思慮深い長老に感謝する。
土人形を操り、竜人達を神殿に押し込めていた張本人は、トロノ・パックと名乗る少女だった。カンリューン魔法騎士団の最高位は「四天王」だが、その直属の部下にあたる「十六部衆」と呼ばれる高位の魔法使いのうちの一人らしかった。
だが今は、蓑虫のようにぐるぐる巻きに縛られて、外でガクガク震えている。
真名聖痕破壊をしようかと思ったが、どうやら「働き次第では四天王に昇格させてやってもいい」とそそのかされ、手を貸しただけらしかった。
それにトロノ・バックの操った百体のゴーレムは、実のところ誰も傷つけては居なかったのだ。
竜人の男達を容赦なく倒していったのはアンジェーンとベアトゥス、そしてウリューネンであり、土人形は、竜人達が神殿に逃げ込んだところを、外から閉じ込める役割で配置されたらしかった。
イオラ達も土人形に押し潰されはしたが、命まで奪われる状態ではなかったのは確かだ。
竜人達は、四天王三人と土人形使いの少女を、カンリューン公国の王都へつれて行き、処置を請うことで一致したようだった。
まぁ、凄惨なリンチとか処刑なんてものは見たくないので助かる。寛大で法の裁きにゆだねる姿勢は、流石高い知性を宿す種族だけはある。
「では、賢者の名において二度とこの里が脅かされる事が無いように、カンリューンの王に向けて一筆、書き添えましょう」
「おぉ……賢者殿!」
俺は竜人に頼んで紙をもらうと、衆目の目の前でさらさらと手紙を書いた。
要約すると「乱心した四天王を成敗させて頂きました。詳しくはトロノ嬢に聞いてくださるようお願い申し上げます。二度と偉大なるカンリューン王の臣民たる竜人達を苦しめることが無いよう、『賢者』ググレカスが謹んでお願い申し上げます」
といったものだ。
封印の自律駆動術式をかけて魔法の光で手紙を光らせて見せると、竜人達が目を丸くした。それは王以外の者が開けようとしても開かない一種の暗示術式だ。
「この手紙を添えて連中を引き渡せば、この里に恐ろしい連中が来る事は無いでしょう。カンリューンのみならず、メタノシュタット王にも進言しておきます故」
「何から何までかたじけない、賢者ググレカス殿。世界で唯一の賢者さまの手紙とあれば、どこの国の王であろうとも、決して蔑ろには出来ますまい」
長老の隣で俺の手紙を受け取ったかっぷくのいい老人が感服したという様子で俺の手を握った。
やはり「賢者ブランド」と魔法の演出には食いつきがいいようだ。
――これなら、アレを使える。
「では、ささやかながら、宴の準備を……」
と、そこで俺はおもむろに立ち上がると、長老の前に膝をついて、声を上げた。
「お願いがございます……血を……皆様の血を分けていただきたい」
瞬間、空気が凍りついた。
それはそうだろう。この里を侵略し、暴虐を尽くしたカンリューン四天王と同じ言葉が賢者の口から告げられたのだ。
「な……なんと申された? 賢者……殿」
長老の瞳がぐっと細められる。
ざわめきと衝撃が、静かな波紋のように竜人達の間に広がっていった。
「血?」「賢者さまが……私達の血を?」「それじゃ……連中と同じじゃないか」
呻きとも、怒りともつかないため息が、漏れた。
「お、おいググレ、お前一体何を!」
事情を知らないファリアが慌てて俺に詰め寄った。
レントミアとマニュフェルノはぐっと唇を結んで事の成り行きを見守っている。
イオラとリオラは、旅の目的がプラムを救う薬の材料、つまり竜人の血であることをおそらくこの瞬間まで忘れていたかもしれない。事の重大さに互いに顔を見合わせて戸惑いの表情を浮かべた。
当のプラムは理解できていないだろうが、ヘムペローザが手を握ってぐっとその場でこらえてくれている。
「俺は……ある命を、救いたいのです」
俺は静かに、そして真剣な面差しのまま竜人たち全てに聞こえるような声で続けた。
「血は命だ!」「それを渡せとは……!」
怒りの声が上がる。しかし長老はそれを制し、一段低まった声で、
「余程の事情がおありなのでしょう、しかし……我らにとって血は命そのもの。渡せと言われて差し出すわけにはまいりませぬのじゃ」
と俺をまっすぐに見つめながら告げた。
口調は柔らかいが、有無を言わせぬ迫力があった。瞳が、これ以上は申されるなと訴えていた。この場を収めきれぬ、という事なのだ。
竜人たちの反応は予想を上回る険しさだった。
だが。
――ここからが……賢者の、俺の力を示す時だ。
<つづく>




