必殺、竜撃羅刹《ドラゴンスクリュー》四重殺《カルデッド》
プラムの水晶ペンダントを通じて送られてくる映像中継の向こうでは、プラムとヘムペローザ、そしてイオラとリオラが、蠢く土のゴーレム達を徐々に圧倒して始めていた。
「土のゴーレムを百体配置した」と語っていた四天王ベアトゥスの魔力を遮断しても尚、動いている点が気になるが、残りは僅か二十体ほどだ。
『ワイン樽ゴーレム』の活動限界はまだ五分以上あり、これなら勝利は疑いない。そこに蜂起した竜人たちも加勢して、大樹の周囲を占領していた土のゴーレム達を次々と打ち崩してゆく。
「うあちっ!? ググレたすけてー!」
レントミアの悲痛な声が聞こえたが馬車の上でSMショー、もとい。赤い蝋燭を持った僧侶に溶けたロウを垂らされているだけのようだ。
可愛らしい顔の美少年ハーフエルフが、お下げ髪の眼鏡僧侶にロウソクを垂らされるという何が何だかよくわからない事が馬車の上で行われている。
レントミアも連続で魔法を使い続けて疲れているだろうし、すこしマニュに疲労回復をしてもらうといい。
俺はふっ、と微笑んで映像中継の画面を縮小した。
俺が映像中継を通じてプラムとヘムペロに指示を出し、レントミアに円環魔法の実行を合図したのは実際のところ1、2分程の間の出来事だ。
ファリアと二人の四天王――アンジョーンとベアトゥスの戦闘は凄まじいの一言だった。
俺は広場で吹き荒れる衝撃波と激しい土煙から逃れつつ、四天王と戦うファリアをサポートし続けていた。
ズシャアッ、と俺の傍らにファリアが片膝をついて着地。目線は敵を見据えたまま、
「すまないなググレ、一分では片付けられなかった」
本来は秀麗な顔立ちだが、野性味のある表情で敵を威嚇する。顔は汗と泥と血で汚れ、銀色の髪も獅子のたてがみの様に乱れている。
「構わないさ。お陰でレントミアとマニュの方はもう大丈夫だ」
「それは良かった。ではググレ、あの……老婆をなんとかしてくれないか?」
くんっ、とファリアがアゴで指し示す先に、白髪を振り乱した老婆が、半狂乱で上空に手を掲げ、魔法力を集約し始めていた。
四天王の一角、女魔法使いウリューネン。
魔法供給を絶ったにもかかわらず、なんと自らの生命力を魔力に転化して決死の攻撃を仕掛けてきたのだ。見る間に老いは加速し、歯は抜け落ち、目はくぼみ、その姿はもはや死霊のようなボロボロの状態だ。
遠隔からの熱線攻撃という横槍で、ファリアはアンジェーンとベアトゥスの戦闘を「一分で」終わらせる事はできなかった。
ファリアはベアトゥスの連打を左手だけで裁き、アンジェーンの鋭い剣を、右手の戦斧を回転させる事で防ぐという離れ技をやってのけた。魔法剣士と格闘系魔魔術師、二人の四天王を終始圧倒していたからこそ、俺はイオラやレントミアの援護を充分に行うことが出来たのだ。
「では片をつけようか。いい加減こいつ等の顔は見飽きてきた」
「同感だ。実はマニュやレントミア、プラム嬢に会いたくてウズウズしているんだ」
ファリアは柔らかく笑みを零して頷くと、エメラルド色の瞳に鋭い光を宿し、カンリューン四天王を睨み返した。
「永遠の若さと……美を……竜人の血で、賢者の秘薬を……諦めないぞぇッ!」
うわ言のように歯の無い口で叫ぶウリューネンが、最後の魔法力で励起したのは、特殊な三次元機動用の魔力糸だった。
見えない糸がピキピキと音を立てながら広場の空間全体に、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされてゆく。
指向性熱魔法を俺やファリアに撃っても通用しないと悟ったらしく、最後になって戦術を変えてきたようだ。
ちなみに魔法力を持たない戦士であるファリアに、俺は対魔法防御結界を展開し続けていたが、ファリアはそんな物に頼らずとも、指向性熱魔法の強烈な熱線砲を巨大な『戦斧』の側面で受け流すというムチャクチャな方法で防いでいた。
曰く「私を傷つけたくば、竜のブレスぐらい持って来い!」だとか。ファリアは闘気だけで魔法を弾き返したりもする可憐な乙女なので、さして驚きもしないが。
「ウリューネンの意思、確かに受け取った。我らの……清らかな世界と勝利のために、いくぞベアトゥス!」「ハイザンスー!」
ウリューネンが展開した空中の見えない「糸」を蹴りあげて、魔法剣士アンジョーンと強化筋肉戦士ベアトゥスの身体が軽やかなステップで遥か虚空へと上ってゆく。
それはまるで透明な階段を駆け上がるかのごとく早さだった。
「粘液魔法ッ!」
俺が放ったバスケットボール大の「粘着弾」は、空へと駆け上がる二人の足元をかすめ、フガフガと恍惚の表情を浮かべる老婆の顔面を直撃した。
「ぶごごぼっ!?」
「外したか。だがウリューネン、それ以上は手出し無用だ!」
俺が言い終わらないうちに、上空から二人が叫んだ。
「ディカマランの英雄よ! これが……最後の勝負だ」
「ミー達の……最後の力、受けられるものなら……受けてみるザンスー!」
「ファリア、連中は自らを運動エネルギーを加えた質量兵器と化して、超高速の剣撃と打撃を同時に仕掛けてくるつもりだ!」
「ググレ、判り易く言え! 頭痛がする!」
ファリアが俺の方を見て目を白黒させて訴える。あぁ、すまん。そうだった。
「えと……まぁとにかく、飛んで来たら ぶ ち の め せ 」
「よしわかった!」
わかったのか!?
ファリアが両脚を開き、ぐっと身を低くして構える。はるか上空の敵に狙いを定めるようにキッと見上げたまま、必殺の奥義の構えを取る。
俺では到底持ち上げる事すらできない巨大な戦斧を背後に隠すように水平に維持し、まるで「居合い」をする侍のような独特の構えをする。
空中ではアンンジョーンとベアトゥス、二人の四天王が全身から魔力を搾り出し、極大の奥義を放とうとしていた。
一瞬の無音――。もう止める術はなかった。
黄金色の剣を構えたアンジョーンと、右手だけを岩石のように巨大化させたベアトゥスが空中から身を躍らせて、垂直降下で俺とファリアに向かって突撃を敢行する。
「カンリューン・隕石双雷撃ォオオオオーッ!」
高空から自らを質量兵器と化した四天王二人の体当たりの落下攻撃が、ファリアに炸裂したかと思われた、その刹那――
「竜撃羅刹――四重殺!」
ファリアが叫んだ。瞬時に女戦士の周囲の石畳が、円形に割れて跳ね上がる。ドゥオッ! という凄まじい闘気の奔流に、落下してきた二人の人影が、一瞬押し止められたようにさえ見えた。
――否
四天王二人は本当に「空中静止」していていた。
同時に四発――、魔法でもなんでもなく、本当に同時に四発の戦斧の超打撃が、アンジョーンとベアトゥス、それぞれ仲良く二発づつ叩き込まれていたのだ。
ゴォン! という金属の鐘を打ち鳴らすような超重低音の響きと、僅かに遅れて発生した爆風が、周囲の竜人の家々屋根瓦やの脆弱な部分を吹き飛ばして行く。
ファリアの放った必殺技、竜撃羅刹は、4連撃、8連撃、そして究極の16連撃と、相手によって使い分ける。
「ぐっ――はぁあああああああッ!?」
「ごはぁぁああああああああ!」
二人は錐揉み状態で、きれいな放物線を描いて空中を飛翔しながら、ドシャアッと広場の反対側へと落下した。
その姿はもはやボロ雑巾そのもので、白目をむいて時折ピクピクと痙攣している。
打撃を受けた身体の部位は大きくへこみ、衝撃の強さを物語っていた。比喩でもなんでもなく、本当に竜を殺した事がある巨大な戦斧での必殺技は、人間相手に放つ場合は手加減しなければ、あたり一面にモザイクをかけないとお見せできないことになる。
「逆刃」で撃ちつけたのがファリアのせめてもの情けだろう。
失神してはいるが、生きてはいる。
だが、これから俺の「真名聖痕破壊術式」百連発のお仕置きの時間が始まるのだ。正しい名前がヒットするまで繰り返し真名を破壊させて頂く。
魔法使いとしての「死の儀式」さえ終われば、四天王三人は新たな人生を歩めるだろう。
そう。魔法の使えない平民としての、正しく清らかな道を。
◇
広場で四天王三人の「処置」を終えた俺とファリアは、レントミアやイオラたちの居る大樹のほうへと急いでいた。
走りながらファリアを会話を交わす。
「ファリア、よく来てくれたな……」
はぁはぁと荒い息を吐きながら俺は走る。
宿場町ヴァース・クリンの武器屋『なまくら亭』の主人は、きちんとファリアに伝えてくれたのだ。そしてファリアは俺達のために、その直後から走れメロスのように走り続け、俺達に追いついてくれれたのだ。それも絶妙なタイミングで。
家族団らんの温泉宿を邪魔してしまったことは本当に申し訳ない。後であの鬼のような親父さんにも謝らないとな……。
「ググレ……酷いぞ、私を置いていくなんて」
ファリアが少し拗ねたような顔をする。
「仕方ないだろ、急いでいたんだ。お前も故郷に帰っていたじゃないか」
「くぅう! 楽しい冒険、羨ましいいい!」
「いや、楽しかったが、結構苦労したんだぞ……」
俺はこれまでの事を思い返す。狼の群れに襲われたり、女僧侶に風呂を覗かれたり、ハーフエルフと親密に(?)なったり、森で化け物に襲われまくったり、挙句、四天王と名乗る迷惑な連中と戦ったり。
だが、俺の本当の目的は、まだ達していない。
「竜人の里を開放したら、次はどこへ向かうんだ? パルノメキア山脈の山頂の巨大洞窟か? あそこはディカマランの皆とも攻略していなかったもんな! 噂じゃアイスブレスを吐きまくるドラゴンや、太古の6本腕のスケルトン軍団がいるらしいぞ!?」
ファリアがまるで「美味しいスイーツのお店」を語る女子のように目を輝かせて語る。
「行かないよ、旅はこの里で……終わりだ」
「なにおー!?」
「俺……、この旅が終わったら、プラムと館に帰るんだ」
まるで自分に言い聞かせるように呟いていた。
おそらく俺は、笑っていたかもしれない。
願いのような、祈りのような。そんな風にただ、楽しい未来を考えていた。
<つづく>




