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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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★樽と、ちいさな決意とスライムと

 ――スターリング・スライムエンジン、スタンディングモード。

 

 それは俺自慢の『ワイン樽ゴーレム』を通常の馬である四足歩行モードから、二足歩行の格闘戦(スタンディング)モードに移行させる命令術式(コマンドスクリプト)だ。


「更に、搭乗(マニューヴァ)モード、起動!」


 俺の一声で、二本足で立ちあがった『ワイン樽』の上部のフタがパカリと左右に開く。それはまるで選ばれし「操縦者」を招き入れる為にコクピットを開いた、主役メカのようだった。とはいえ、その操縦席となる樽の中を覗き込むと粘液質のスライムがウネウネと蠢いている。色は赤と青が入り混じったようなもので決して気持ちのいいものではない。


『これに乗ってイオラとリオラを救ってほしい』

「乗れっていうにょか? これに……!?」「う、動いているのですー……」

『中のスライムは心配ない、無害だ』

「無害って……」


 思わずうっ、と顔をしかめるヘムペローザとプラム。


 スライムは世界中どこにでも居る低級の魔物で死肉を漁ったり、種類によっては寝ている旅人を襲うやっかいものだ。だが、このワイン樽に詰め込まれているスライムは、人体に危害は及ぼさない種類のものだ。魔力を蓄積する性質と、原始的な「筋肉」の働きをする二種類を絶妙にブレンドし、樽に詰め込んでゴーレムの駆動システムにしている。


 確かにスライムの樽に入れ、というのは正気の沙汰ではないかもしれない。

 だが、今は躊躇っている時間は無かった。イオラとリオラは消耗し、数多くの(クレイ)ゴーレムに包囲され、「おしくらまんじゅう」のように、ぎゅうぎゅうと潰されそうだ。


「ええい! イオ兄ィとリオ姉ェを救うにょ! プラム!」

「は、はいなのですー!」


 一瞬躊躇いの表情を浮かべたプラムとヘムペローザだったが、意を決したように互いに顔を見合わせて頷くと、一息に馬車の荷台から二つのワイン樽めがけて飛び込んだ。


 ジュポッ! とヌメリと湿り気のある音を立てて、二人の身体が樽に飲み込まれる。


「にょ!? にょわぁああああ! ぬ、ぬるぬるするにょー!?」

「にゅる、にゅるるるって、き、キモチワルイのですー!」


 プラムとヘムペローザが、樽から顔だけをにゅっと覗かせて悲鳴をあげる。その様子に屋根の上のレントミアとマニュフェルノが驚きの顔を浮かべた。


「ググレ、あの二人を『操縦者』に!?」

「回想。ググレ君はあの樽を自分用に作っていた。魔力はプールされている。プラムとヘムペロが……動かす事も不可能じゃない」


『そう。選ばれし者だけが動かせるこのゴーレムの力を……今、二人に託す!』


 俺は戦術情報表示(タクティクス)の小窓から別のメニューを選択し、「ワイン樽ゴーレム、搭乗者神経接続(ダイレクトリンク)」用の自律駆動術式(アプリクト)自動詠唱(オートロード)させた。


「にょぉおお!? こやつら、手足と、こっ……股間に巻きついてくるにょー!」

「はわぁああ、く、くすぐったいのですー!?」


 頬を赤らめて半泣きのヘムペロと、ぐっと耐え忍ぶプラムに内心すまないと謝りつつも、俺は心を鬼にして叫ぶ。


「少しの辛抱だ! スライムがお前達を操縦者と認めれば、思いどうりに動かせる!」


「は……う。おにょっ……れ、おぼえておれ賢者にょー!」

「んっ……プラムもガマン、するのですー」


 二枚のパネルがポップアップで表示され、俺の自慢のワイン樽ゴーレム、『フルフル』と『ブルブル』の断面図、それにスライムに蓄積された魔力残量と『搭乗者』との魔力操縦系統の同調(シンクロ)率が表示された。

 スライムが搭乗者の皮膚の表面の電位差を読み取り、それに合わせて動くという一種の直接操縦でワイン樽ゴーレムをリンクさせているのだ。

 ヘムペローザのシンクロ率は77%、プラムも優に80%を超えている。パネルの表示が、次々と赤から緑の表示に変わってゆく。

 そしてこの(ゴーレム)は「搭乗者」がいて初めて100%の性能を発揮できるのだ。


『よし、全制御システムオールグリーン、行ける! 頼んだぞ……プラム、ヘムペロ!』


 俺の言葉を合図に、馬車と二体のゴーレムを接続していた「手綱」が外れた。

 瞬間、『外部魔力供給』から『内臓魔力消費』へと表示が切り替わる。

 それは、俺やレントミアの魔力糸(マギワイヤー)による外部魔力供給から、スライムそのものに蓄積された内臓魔力での駆動に切り替わった事を意味していた。秒刻みで魔力残量表示が減少してゆく。

 

 ――残存魔力量からはじき出された限界稼働時間は、約10分。


「お、ぉお!? 動く……動くにょ、こいつ!」

「すごいのです、ぐぐれさまー! 思いどうりに……お馬さんが動きますですー!?」


『あぁ! 思いっきり行け! 頼んだぞ、二人とも!』


 ズギュゥン、と駆動音を響かせて『フルフル』と『ブルブル』が動き出した。ズシリと足を踏み出すと、土のゴーレムたちの虚ろな視線が一斉に二人に集まる。


「おにょれらぁああ、イオ兄ィと……リオ姉ェを……」

「離すのですーーーーっ!」


 二人の叫びに呼応して、猛然と動き出した二体のワイン樽が、群がって来る土人形を一撃のもとに粉砕した。

 『フルフル』が振り上げた鋼鉄の腕が土人形の頭を吹き飛ばし、胴体中央部まで真っ二つに切り裂く。『ブルブル』が横なぎに振り抜いた腕が、一撃で3体の土人形の頭を粉微塵に吹き飛ばす。

 『フルフル』にプラム、『ブルブル』にはヘムペローザが乗っている。

 どちららも基本仕様は同じだが、スピード重視のフルフルに、パワー重視のブルブルと、若干チューニングが施されている。


挿絵(By みてみん)


 操縦者が樽の中で腕を動かせば動きをトレースし鉄の腕が動く。脚はわずかに動かすだけでそれを何倍にも増幅して『樽』の脚部が動く。

 二足歩行の姿勢とバランス制御は自動(オート)。つまり自動制御と手動制御の混合が、スターリング・スライムエンジン、スタンディングモード改、――搭乗(マニューヴァ)モードなのだ。


「プ、プラム!?」「ヘムペロ……ちゃん!?」


 イオラとリオラは土に押しつぶされそうになりながらも、プラムとヘムペローザの首がにょっきりと生えた『ワイン樽』に目を丸くする。

 しかし奮闘していた双子の兄妹の体力は既に限界近くまで下がっていて、HP表示もも黄色から赤の危険粋にまで低下していた。


「にょほほ、いけるにょっ! この……ワイン樽なら!」

「おばけなんて……やっつけるのですー!」


 ぼかんっ! と出鱈目な勢いで、二体のワイン樽ゴーレムが、双子の周囲に群がっていた土人形たちを次々に薙ぎ倒し吹き飛ばした。

 自律制御のオートモードや俺の遠隔操作では、決してこうは行かないだろう。プラムとヘムペローザが目で見て判断し、ワイン樽に繊細な動きをさせてこそ可能な救出劇だ。

 

「た、助かったぜ……」「ありがとう……ふたりとも」

 完全に周囲を囲まれて身動きの取れなかった双子の兄妹は、自由になった身体で立ち上がった。だが既に二人はフラフラで立っているのがやっとの状態だ。


 そこで俺はレントミアの銀の指輪めがけて、合図を飛ばす。

 

『今だレントミア、円環魔法(サイクロア)、励起!』

「――! うんっ!」


 俺の言葉に弾かれたように、ハーフエルフが目をつぶり精神を集中させて円環魔法(サイクロア)を励起する、詠唱に約10秒、眩い輝きがレントミアが手に握った巨大な虫眼鏡のような杖で輝きだした。


 圧縮する魔法、それは――


『マニュ! 治癒の蝋燭を! 溶けた(ロウ)を……円環(サイクロア)錫杖(カカラ)へ!』


「承知。ググレくん。治癒の蝋燭よ、命の滴よ……、癒しと、安らぎを」


 マニュフェルノが短い呪文詠唱と共に真っ赤な蝋燭に火をともす。途端にぽたり、と蝋が溶け、赤い血のような滴が零れ落ちた。

 レントミアがその滴を『円環(サイクロア)錫杖(カカラ)』で掬い取り、急速に圧縮、加速させてゆく。円を描きながら集約してゆく輝きが、真っ赤な光となってレントミアとマニュフェルノの顔を照らす。


『放て、イオラとリオラに!』


「うんっ! ――二人とも……! これをっ!」


 俺の誘導は必要ない。わずか目と鼻の先、イオラとリオラが支えあいながら立っている場所に向けて、レントミアが『円環(サイクロア)錫杖(カカラ)』を振り抜いた。

 ビシュッ! という空気を切り裂く音と共にまばゆい赤い光が飛翔して双子に直撃する。


「わっ!?」「きゃ……!?」


 立ち上る火柱のような輝きと共に、二人の体力がみるみる回復する。俺の目の前に浮かぶ戦術情報表示(タクティクス)のHPバーが一息に上限まで全回復し、青い輝きで満たされる。

 何が起きたかと眼を瞬かせる二人だったが、すぐにその効果を理解したようだ。


「身体が……軽い!?」「傷も……治ってる!」


 イオラとリオラは互いに小さく微笑んで頷きあうと、地面を勢いよく蹴ってその場から跳躍した。二人が跳んだ先は――イオラとヘムペロが大暴れしている所の更にその先だ。

「はぁああっ!」「とりゃぁあっ!」

 全体重を乗せたリオラの飛び蹴りが土人形を頭から踏み砕き、イオラの剣が土の化け物を文字通り一刀両断する。


「イオ兄ぃ復活かにょ!」「リオ姉ぇー!」

「ありがとよプラム! ヘムペロ!」「ここから先は一緒だよ!」


『レントミア! 残存魔力を全て投入し、正面に火力を集中! 包囲網を……突き破れ!』


「ははっ、もう……人使いが荒いんだから。後で優しくして貰うから……ねッ」


 ハーフエルフは疲労した顔に笑顔を浮かべつつ、強烈な魔法を励起する。

 火龍のような火炎が一閃、大樹の根元まで群がっていた土人形を炎の龍が包み込んで焼き払ってゆく。表面が高熱で焼かれた土人形は硬化し、バキバキとその場で崩れ去った。


 その時――、神殿の扉が開き、一斉に竜人達が飛び出すのが見えた。


「勇者様に続くのじゃぁあああああ!」「うぁあああ!」「わぁああ!」

 年老いた白髪の竜人が気勢を上げ、それに棍棒やフライパンを持った女達、後ろにはプラムやアネミィと歳の変わらない子供の竜人が続く。

 その瞬間俺は理解した。高い戦闘力を誇るはずの竜人の里が、あっさりと三人の四天王に屈し、神殿に篭城せざるを得なかった理由を。

 四天王が卑劣にもこの里を急襲した理由――それは、里の男達が冬を前にした「狩り」の遠征中で留守だったのだろう。残っていたのは僅かな男衆と、老人や女子供だけだ。


 だが――どうやら大勢は決したようだ。

 俺の采配というよりは、プラムとヘムペローザのイオ兄ィとリオ姉ぇを救いたい、という意志の力が大きかった。『フルフル』と『ブルブル』を自律駆動モードで動かすことは出来ても、都合よく兄妹を助け出すことは難しかっただろう。


 俺は安堵し、プラム目線の映像中継(リアルライヴ)から、目の前で今まさに繰り広げられているファリアと四天王の「死闘」へと目線を転じた。


<つづく>


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