賢者、神と悪魔に「F5」アタックをかます
冷静に考えれば、殺気立つ三人を相手に一人で立ち向かうというのは無謀だ。
元の世界に居た頃のヘタレで何も出来ない根暗な俺だったら、ヘラリと笑ってそんな危険な事からはさっさと逃げ出していただろう。
――だが。
今は違う。即席のメッキだらけの『賢者』かもしれないが、俺を信じて一緒に戦ってくれる仲間達がいるのだ。だから俺はこいつらとだって闘える。
しかし……どうやら一筋縄ではいかないようだ。
「賢者ググレカァアアス! フハハ、どうなされた?」
カンリューン四天王の一人、アンジョーンが芝居がかった歩みで広場の中央へ進み、片手を水平まで持ち上げて、手のひらを上に向けながら俺を指した。
ぐるりと周囲をうかがえば、俺が立っている広場の中央の位置から、三人の敵ががそれぞれ10メルテほどの距離を置いて三方から俺を取り囲んでいる。
俺の正面にはアンジェーン。精悍な顔の魔法剣士であり、中距離の魔法戦闘と剣の近接戦闘を同時にこなす難敵だ。
俺の右後方にはベアトゥス。魔力強化内装を使い全身の筋肉を内側から極限まで活性化、近接格闘戦に特化した魔術師の中でも異例の存在だ。チョビヒゲと七三分けのザマス男だが、耐久性が飛び抜けて高いので並みの攻撃では傷つけられないだろう。
左後方には四天王の紅一点、ハーフダークエルフの女魔法使いウネーリュン。遠距離攻撃に徹した志向性熱魔法の速射と連射可能な魔法力は脅威だ。
俺の結界で跳ね返せてはいるが、着実にこちらは消耗する。
同時に三人か……さて、どうしたものか。
「貴殿は――、こう考えている。『何故、真名聖痕を書き換えられないのか』と!」
「…………」
俺は応えず眼鏡の中央を人差し指で持ちあげた。確かに、心の中で俺は「その通りだ」と漏らしていた
――真名聖痕破壊術式、拒否防壁。
俺の術式を妨害したのか……? だが一体どうやって……。
眼前に展開している戦術情報表示には、「実行不能」が繰り返し表示されている。詳細なエラー表示を表示させると、「真名不一致」と言う一文が目に留まった。
検索魔法で調べた四天王三人の「真名」が間違っていた? 千年図書館に記録されている「書物」そのものが間違っているのか?
いや、……違う。
俺はもう一度検索魔法でアンジョーンの真名を調べ上げる。出新地の出生名簿に住民票、照合するのには一秒も必要ない。
と、複数の名前が俺の検索にヒットした。なるほど……。複数の「偽の真名」を書物に書き込んだのか。
単純だが……妙案だ。
俺は思わず唸った。敵ながら術の特性を推論しての「策」にしては上出来だ。
「キシシ、あんな賢者の顔はじめて見る顔ザンス」
「まったく……気色の悪い術ばかり使いやがって、いい気味だよぉ!」
俺の沈黙を「困惑と絶望」と勘違いした四天王が嘲笑する。
「ディンギル・ハイドに通じた術が、我らに通じるとでも思ったか? あやつなど我ら四天王の中では一番の小物に過ぎぬわ!」
アンジョーンは掲げた片手をぐっと握り締め、余裕の笑みを俺に向けた。それは完全に勝利を確信し、どうやって俺を切り刻もうかと考えている顔だ。
それほどまでに四天王の一人、ディンギル・ハイドの完敗はコイツらにとっては許しがたい事だったのだ。プライドと国家の威信を傷つけられた四天王は、「賢者に対する復讐」と更なる「力」を求めてこの里へやって来たのか。
だが……。
「お前達の御託に興味は無い。俺は急いでいる。……魔術師を廃業したくなかったら……どけ」
「フハハハ! 賢者よ、真名聖痕を破壊できぬ我らに勝てるおつもりか!?」
「フ……フゥハハハ!」
「な!? 痴れたか賢者!」
「残念だが……高笑いは『賢者』にのみ許された行為だ。ご遠慮願おうか?」
俺は挑発的にふんぞり返って眼鏡を光らせた。
「その減らず口、いつまで叩けるか……なあッ!」
「キッシャアア! 潰す潰すザンスゥウウ!」
「燃え尽きっちまいなァアアア!」
魔法力を纏った剣の一閃と、隕石のような巨大な拳、そして一ダース分の熱線。
それは三方同時からの一点集中攻撃だった。
瞬時に魔力強化外装を脚部に展開し、上空へと跳ねる。眼下で俺の立っていた場所が粉微塵に吹き飛ぶのが見えた。
――と
俺の更に上空に、巨大な黒い影が躍り出た。
「く!?」
筋肉の反応速度そのものを高めたベアトゥスの驚異的な跳躍は、俺の魔力強化外装を軽く凌駕していた。
「もらったザンスー!」
ドウッ! と言う衝撃をうけ、俺はそのまま地面へと叩きつけられた。広場の石畳が砕け、地面が破裂したように土砂が巻き上がる。魔力強化外装と対衝撃結界で衝撃は吸収したが、間髪をおかず灼熱の光線が幾本も襲い掛かった。
「ぐ、ぬうっ!」
俺が展開している結界が火花を散らし、光線を湾曲させて後方へと弾き飛ばす。更に、走りこんできたアンジョーンの魔法剣が、水平になぎ払うように打ち込まれた。
「ハアッ!」
ギィイイイインッ! という鋭い音と立てて、俺の高速暗号化魔法防壁が一気に十数枚消失する。
辛うじてバックジャンプで回避するが、反撃の間も呪文詠唱さえも与えないという超連続攻撃に、さしもの俺も逃げの一手に追い込まれた。
俺は少しの間合いの先に、ズシャアッ、と片膝と手を地面について着地した。俺はそこで演出魔法を最大出力で自動詠唱し、眩い光と輝きで連中の目をごまかす。
「ハハハ? なんのマネですかな? もう逃げられませんよ賢者、グゥグゥレェカァアアアアス」
カハァッ……と恍惚とした顔でアンジョーンが剣を構えた。
あと一撃受ければ結界は全消失し、俺は切り刻まれてしまうだろう。
僅か2、3秒の間の猛攻で、俺は激しく消耗していた。ここにもし、イオラやリオラ、そしてプラムが居たならば俺の敗北は決定的に思えたかもしれない。
だが、俺はゆらりと立ち上がるとニィと口角を吊り上げた。
「さて、そろそろ頃合だ……」
連中の猛攻をうけつつも、俺はただ逃げ回っていたわけじゃない。
――連中に悟られなかったのは幸いだった。この広場全体に、クモ巣のように隠蔽型魔力糸によって、重層型複式結界を築いていた事に。
そして、既に俺の仕込んだ自律駆動術式が、すでに自動詠唱されつつあることに。
最初に異変に気がついたのは、女魔法使いウリューネンだった。
「は……な……なに? これ」
「どうしたザマス、ウリューネ……な、なにぃ!?」
ウリューネンが周囲に光らせていた魔法の光がみるみる小さくなってゆく。そして巨大な筋肉塊だったベアトゥスの身体が、急速にしぼみ始めた。魔法で作られた偽りの筋肉が失われてゆくのを巨漢の魔法使いは両手をみつめて呆然としている。
「ま、魔法力が消えてゆく!? な……な、何をした賢者……!?」
アンジョーンの金色の魔法剣も急速に輝きを失い、ただの鉄の剣へと変じてゆく。
「DDOS攻撃。『分散型神域サービス妨害攻撃』だが……。判るまい?」
俺は冷たい声で言い放った。
「デ……ディードス? ――なんだ……それは? なぜ……なぜ魔法力そのものが消失しているのだ!? 結界で包み込んで魔法力を遮断したのではない、このエリアそのもの……魔法が消失……いや、『提供されなくなって』きている!?」
アンジョーンは震えながら剣を呆然と眺めた。
背後では三分の二程に縮んだベアトゥスが「うぬぅぁ!?」と、状況が理解できないと言う声を上げて筋肉を膨らまそうと足掻いていた。
一番効果があったのは女魔法使いウリューネンだ。髪は白髪に変わり、顔の小じわが物凄いことになっていた。顔を押さえて狂ったようにわめき始めるところをみると、どうやら魔法力で若さと見た目を維持していたらしい。
――DDOS攻撃。『分散型神域サービス妨害攻撃』
言ってしまえばこれは、神や悪魔が「魔法の力」を術者に提供することを妨害する術式だ。
魔法の力の根幹は、連中が「真名」で契約を交わしてた上位存在、つまりは神や悪魔と呼ばれる存在から分け与えられるものだ。
魔法使いは呪文を組み合わせ、これらの存在に呼びかける事によって「魔法力」を得て様々な事象を引き起こす。
その仕組みは、魔法使いであれば誰であっても変わらない。
俺も例外ではなく、千年図書館の検索妖精が一応の魔力供給元という事になっている。
神や悪魔にとって、人間界の魔法使いの呼びかけに応える事は、彼らの「存在の認証」という存在そのものを維持する力や糧となる為に、呼びかけに応ぜざるを得ない。
例えそれが契約を交わしていない相手でも「祈り」は必ず聞いてくれるのだ。つまり神や悪魔にはそういう特性がある。
もちろんそこから「力を貸す」には「真名」による契約を交わしている必要があるが、「願い」という呼びかけには、神も悪魔も必ず応じてくれるという律儀な性質があるのだ。
判りやすく言うならば、神社で拍手を打って願う行為や、教会で神に祈りを捧げる行為がそれだ。その時神や悪魔は必ず人間の声に耳を傾ける。
俺はそれを逆手に取った。
一秒間に数億回、計数十億回に及ぶ「呼びかけ」を四天王が契約している神と悪魔に対して行い続けているのだ。
この広場に俺が張り巡らせて配置した「祈り」と「呼びかけ」の自律駆動術式を、延々とループさせて自動詠唱させ続けているのだ。
一つ一つはごくごく単純な行為だが、その超膨大な数のリクエストに対して、神や悪魔は対処切れずに、魔法力の供給が困難ほどに疲弊してゆく。
種明かしをすれば、俺が居た世界では大勢の人間が一斉にキーボードの「F5」キーを乱打して、標的となるサーバをダウンさせるという「DDOS攻撃」が存在した。つまりこれの異世界版だ。神や悪魔に対して数兆回の「ピンポンダッシュ」を行って魔法力供給というサービスを停止させたのだ。
「これが賢者の力だ。まだやるか?」
俺は四天王が唖然としている隙に、戦術情報表示に映像中継を映し出した。
四角く空間を切り取ったような「小窓」には、プラムがしているペンダントからの映像が送られてくる。
馬車はどうやら竜人の里の真ん中にそそり立つ巨木の根元にたどり着いたらしい。
馬車は停車している。
プラムは馬車の御者席でヘムペローザと共に、イオラとリオラに「リオラ後ろ!」「後ろ!」と敵の接近を叫びながら応援している。
そこには周囲を埋めつくほどの土人形の群れが蠢いていた。
背丈は人と変わらないが、まるでゾンビのような不気味なゆっくりとした動きで、近づいてはドロと土で出来た身体に取り込もうとする。
「はああっ!」「たっ!」
イオラとリオラは一体つづ確実にドロ人形の頭を粉砕し打ち倒してゆく。時折レントミアの放った火炎魔法が炸裂し、同時に数体を木っ端微塵吹き飛ばした。
――だが、数が多すぎる。このままでは……。
四天王を倒し、土のゴーレムを操っている術者を戦闘不能にしなければ、数で押されてしまう。じわり、と焦りが沸き起こりはじめた。
<つづく>




