たった一人の闘い ~ 賢者VS四天王 ~
「ここは俺が引き受ける。皆は……里の中央にある巨木の根元に行って、アネミィ達竜人を助けてやって欲しい」
それが俺の下した決断だった。
「――な!?」「そんな!」
「ググレ一人でやるつもりなの!?」
驚きの声をあげる双子の兄妹、そしてレントミア。
イオラとリオラは互いに顔を見合わせる。栗色の瞳が不安げな光が揺れていた。俺は二人の肩を抱き寄せて、小声で一息に作戦を告げる。
「いや、皆で戦うんだ。……よく聞いてくれ。作戦はこうだ――」
俺が四天王をひきつけている間に馬車で広場の中央を横切って、マニュフェルノとアネミィ、そして兄の竜人を馬車に回収、そのまま大樹の根元へ向かってくれ。
御者は魔法の馬を操れるレントミアに勤めてもらう。
連中の話を総合すれば、おそらく竜人たちは大樹の根元にある「神殿」に閉じ込められている。その周囲を百体のゴーレムが包囲しているらしい。
そこにイオラとリオラを前衛に、レントミアが魔法で援護しつつ斬り込む。あとは遠慮は要らない。思いっきり暴れていい。マニュには後方支援と竜人の治癒をたのむ。
イオラとリオラが疲弊したら俺が遠隔で『ワイン樽』ゴーレムを起動し援護する。
外からの助けが来たと知れば、竜人達は蜂起し形勢は逆転するはずだ。
俺は矢継ぎ早に指示を出す。イオラとリオラは真っ直ぐな瞳で真剣に俺の話を聞いてくれた。
「連中が操るのは『土の傀儡』だ。生き物じゃないから遠慮はいらん。一撃で首から上を粉砕するんだ」
「わかった」「……はい!」
「イオラ、リオラ。お前たちが『勇者』になるんだ」
頼もしい二人の『未来の勇者』に俺は託す事にしたのだ。竜人達にとって「勇者の一行が助けに来た」という、ここ一番の大舞台を。
その為には俺が圧倒的戦闘力を誇る四天王三人を引きつけて足止め……いや。倒す必要がある。
アネミィの兄や竜人を容赦なく痛めつけた残虐性、そして本性を剥き出しに俺の秘薬とプラムの命を奪おうというイカレタ連中に、もはや手加減は無用だ。
俺は胸のポケットから小瓶を取り出すと、中から赤い丸薬を取り出した。
二粒しか残っていないそのうちの一粒をプラムの口に含ませて、残り一粒は瓶に戻してヘムペローザに託す。これが最後の一粒だ。
「飲んでおきなさい。これで最低でも三日はもつ」
今日で薬を処方してから丸三日が過ぎたのだ。いつ効果が切れても不思議ではない。俺と離れている間にプラムの容態が急変でもしたら、それこそ取り返しが付かない。
「飲みましたです。ググレさま……」
ごくりと薬と飲み込んだプラムが、丸い緋色の瞳を俺に向けた。
「ググレさま、何処か……遠くに行ってしまうのですかー?」
「行かないさ。ちょっとあのこわーいおじさん達とお話をするだけさ」
「でも、ググレさまは一人なのですよー? 怖くないのですかー?」
アホの子なりに何かを察しているのだろう。プラムが珍しく食い下がる。俺のローブの裾を掴んで離そうとしない。
思わず抱きしめてやりたい衝動に駆られるが、俺は小さな手をとって微笑む。
「プラムや皆と、これからもずっと一緒に居るために今は仕方ないんだ。少しの間我慢してくれ。プラムにもここから先は頑張ってもらうから、水晶の首飾りを離すんじゃないぞ」
「は、はいなのですー」
ぐっ、とプラムが涙を飲み込んで、こくりと首を振った。
小さな飾り気のない水晶の首飾りはプラムの生命力を監視する為の術式と、映像中継の魔法が仕込んである。
今となっては俺とプラムを繋ぐ絆そのものだ。
最後に、馬車の屋根から御者席に降りて来たレントミアに手を差し伸べて、俺は一つ頼みごとをする。
「レントミア、合図したら円環魔法を撃て。一度でいい。圧縮する魔法は……ごにょごにょ」
俺はレントミアのエルフ耳に唇を寄せて、囁いた。
「――!? それで……いいの?」
「あぁ。俺に考えがある」
レントミアがきょとんと切れ長の瞳を大きくする。だがすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。そしてハーフエルフの少年は目を細めて穏やかな表情を作り、
「ググレ、ボク達は……友達だよね?」
まるで確認するかのように言葉をつむぐ。エルフの村を追い出され長い放浪の果てに見つけたディカマランの仲間達と、俺との絆を確かめるように。
「あぁ、友達だ。指輪はその証だろ?」
「繋がってるんだね」
「言わすな恥ずかしい。だからパーティはお前に任せる」
俺はごつ、とレントミアの胸を叩いてから戦術情報表示を展開し、ある自律駆動術式を実行しつつ、ふわりと馬車から飛び降りた。
レントミアが馬車の手綱を握り、コクリと頷く。
広場で俺は三人の敵と対峙した。
カンリューン四天王――『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)と繋がった世界平和原理主義者達は、俺に人造生命体の製法とプラムの秘薬を差し出せと、全てを諦めろと言っているのだ。
「随分と――長い会議ですな賢者殿。そろそろお聞かせ願おうか? 貴殿の、返答を!」
カンリューン四天王、最強の魔法剣士アンジョーンが声を張り上げた。
その言葉に空中に浮かんだまま、ウリューネンが禍々しい赤い色の光の玉を励起する。
全身の筋肉を漲らせ、ぐっ……と腰を落とすベアトゥス。
俺は空を仰いだ。
昼近い空は青く遠く、森の木々は陽光を浴びて輝いていた。世界はとても美しい。
これからも俺はプラムやレントミア、皆と一緒に居たいし、屋敷でのんびり気ままに生きていきたい。
だから、俺の答えは一つだ。
「バカめ」
「は?」
「『バカめ……』だ!」
アンジョーンが一瞬、俺の返事が理解できない、という表情を浮かべ――、そしてすぐに耳まで裂けたかと思うほどに口端を吊り上げた。
「では……消えてもらおうか賢者ググレカァアアアアアアアアアス!」
魔法剣士の叫びと共に、四天王が爆発的な戦闘力を開放した。
「キッシャアア! 潰す! 賢者を潰すザマース!」
爆裂したかと思うほどに地面を蹴り上げて、俺に向けて巨体を跳躍させるベアトゥス。
「ハハッ! 結界を……全部削り取ってやるよっ!」
ウネーリュンがルビーのような光線、志向性熱魔法を束で撃ち放つ。
「賢者! 我が剣、黄金の秘剣の一撃……うけてみよッ!」
そして、アンジョーンが魔法剣、『金色の黎明』を抜き払い俺に迫る。それは剣に魔法力を纏わせて、鎧も魔法防御も全て切り裂くという無類の切れ味を誇る必殺剣だ。
俺に三人が飛びかかった瞬間レントミアが馬車を発車させた。
馬車は一瞬で広場を横切ると、重傷の竜人とマニュフェルノ、そしてアネミィを荷台にひきずりこんで猛然と走り去った。
「あぁ!? アンジェーン! あいつら巨木の神殿に行くザンス!」
「捨て置け! ゴーレム百体相手に何ができる!」
「今は……賢者を仕留めるのみよッ!」
次の瞬間、赤い熱線が『俺』の身体を貫き、ベアトゥスの鋼鉄のような拳が俺の胸をえぐった。更にアンジェーンの剣が易々と『俺』の頭をザクロのように切り裂いた。
「ぐわー……」
俺の悲鳴が響いた。だが、棒読みだ。
「――!?」「なにぃ!?」「こ……これは何ザン……ス!?」
『俺』は立ったまま、三人の四天王の攻撃を浴びてズタボロの状態だ。しかし、身体の両側に新しい『俺』がニュルニュルと分裂して立ち上がった。
「賢者が……増えた!?」
「ふざけるなザンスウウウ!」
身長3メルテに届くかと思えるほどに巨大な筋肉の塊が再び『俺』を殴り砕く。その拳で頭が吹き飛び、胴体がまるで粘土細工のようにひしゃげて飛び散った。
「ま、まてベアトゥス! これは……幻術魔法だ!」
「フ……フハハハ……、貴様らは既に俺の『術中』にいるのだよ?」
まるで空間全体から聞こえるような俺の高笑いが響いた。
途端に周囲に飛び散った『俺』の破片から、次々と「賢者ググレカス」の姿をした影が立ち上った。影はすぐに色を深め、細部のディテイールを明確にして『俺』と寸分たがわぬ姿となる。
一口に幻術と言えるかは疑問だが、これはイオラとリオラとはじめてであったときに使った俺の自律駆動術式の応用だ。
魔力糸で造った人型の骨組みに、擬似画像と外装変化を自動詠唱させて作り出した俺の偽者。
「ひぃ!? き、気持ち悪いよ!?」
紅一点のウネーリュンが悲鳴をあげた。広場の中央でアンジョーンの横に並び立ち、赤い志向性熱魔法を四方八方に撃ちまくり、周囲の『俺』を次々と撃ち抜いては切り裂いてゆく。だがそれは新たな『俺』を産み出すだけだ。
今や水場と広場には数十体の「賢者ググレカス」がひしめいていた。
「「「「「フゥハハハハハハハハ!」」」」」
「おのれ――化け物め!」
アンジョーンが失礼千万なセリフを吐き、魔法力を『金色の黎明』に集中させると剣が黄金の光を帯びはじめた。
空間も魔力をも切り裂くという、アンジョーンの必殺剣――
「金色の黎明の斬撃――ッ!」
天をも貫く輝きで周囲を一閃する。広場を埋め尽くしていた『俺』がつぎつぎと破砕され、光の粒子となって消えてゆく。
「おぉッ!?」「流石……アンジョーンザンス!」
光の粒子が消え去ると、広場に静寂が訪れた。
「やれやれ……自分が壊されるのはあまり気分のいいものではないな」
隠蔽魔力糸で身を包み姿を消していた俺は、四天王の背後にいきなり姿を現した。
「――ッ!?」「賢者!」「ググレ……カス!」
三人が驚愕に目を見開いて、同時にダッシュで散開する。二歩、三歩とバックステップで広場の四方に間合いを取る。
だが、遅い。
俺の手から伸びた魔力糸は、既に四天王が纏う魔力防壁を貫いて、三人の真名聖痕に達していた。
「はっ!?」
「しまっ……」
「こ、これはっ」
俺は眼鏡を指先で持ち上げると、躊躇無く自律駆動術式を超駆動させた。
「真名聖痕破壊術式!」
それは検索魔法で探り当てた連中の「真名」、つまりは魔法使いとしての存在を表す秘密の名前を使い、神や悪魔との魔法契約そのものを破壊し、魔法を利用不可能にしてしまう俺の必殺術式だ。
四天王のディンギル・ハイド戦の時は「書き換えた」だけで済ませたが、この実戦ではそうはいかない。完全に破壊してやる。
だが――。
俺の眼前に浮かび上がっていた戦術情報表示が一斉に赤い表示に切り替わり、「実行不能」を浮かび上がらせた。
「な……なに!?」
次に驚愕の声を漏らしたのは俺のほうだった。
真名聖痕、破壊が……実行……不能?
「……真名聖痕破壊術式、拒否防壁」
カンリューンの四天王はそう呟くと、ニヤリと口角を吊り上げた。
<つづく>