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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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 賢者の決断

「カンリューン……四天王」


 口の中に砂が入り込んだようなザラついた感覚に、低く呻き声を漏らした。


 カンリューン公国の誇る最精鋭の魔法騎士団。その中でもトップの実力を持つ最強の四人が歴代『四天王』を名乗る事が許されると聞く。

 かつて俺と対戦した魔法使いティンギル・ハイドもその一人だ。友人のファリアを傷つけ、許しがたい相手ではあったが最後は改心し、プラムを救ってくれた恩人でもある。

 しかし他の三人は未だ『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)と結託し、背後で暗躍を続けていたというわけか。


 俺は不機嫌な顔を二十メルテほど先に佇む赤いローブの魔法使いに向けた。


 水場の脇の人物も、屋根の上に立つ人物も頭からフードを被っていて顔は窺い知ることが出来ない。四天王は残り三人。だがここ居るのは二名だけだ。闘技場で見かけたときはもう一人、大柄な人物がいたはずだ。おそらく残り一人は、この里の「異変」に関与していていると考えるのが妥当だろう。


 それよりも、今まで背後でこそこそ動いていた連中が、竜人の里の先客として俺達を出迎えるとは一体どういうことなのだ?

 

 森の中に築かれた竜人(ドラグゥン)の里は静まり返っていた。

 広場には俺たち以外の人影は無い。つい先刻まで生活が営まれていたであろう気配は残っているが、全員が忽然と姿を消してしまっているのだ。

 広場の先には、黒塗りの四頭立ての装甲馬車が止まっていた。どうやら俺が昨夜感じた馬車はこいつらで間違いは無いようだ。


「いきなりのご挨拶だな? 俺達はこの里の住人達に用があるだけだ。貴殿らと争う理由は無いが……?」


 俺は馬車を止め、御者席に立ったまま赤ローブに向かって叫んだ。

 家々が取り囲むように円を描く広場の中心には、共同で使う水場がある。その横に立っていた人物は赤いローブを勢いよくはだけ、フードをとって顔を見せた。

 細面で眼光の鋭い男だ。髪はグレーで短く刈られている。何よりも目を引くのは魔法使いとは思えないほどに筋骨逞しい体つきと、手に持った片刃の『剣』だ。

 魔法の杖の変わりに携えているのは一振りの片刃の剣だ。日本刀のように湾曲はしておらず直線的な形で、鞘には豪華な装飾が見えた。

 

「カンリューン四天王の一人、魔法剣士アンジョーン。好きな食べ物は……キョムチか」


 つぶやいたのは、俺だ。

 ちなみにキョムチとはカンリューンの伝統料理で塩漬け野菜に赤いハーブで味付けをしたものだ。俺はあまり好きではないが。

 気勢を制する一言に、さしものアンジョーンも驚きの色を浮かべた。


「ほ……う!? 流石は世界を見通す力があると言う『賢者』ググレカス殿だ」


 魔法剣士アンジョーンは、検索魔法(グゴール)で「瞬時に割り出せるほどに」有名な、国を代表する魔法剣士らしい。それだけ膨大な記録がカンリューンの公文書館や王政府に残されているのだろう。『書物』であればどんな情報も検索できる俺にとっては組みし易い相手というわけだ。


 得意な魔法、携えた必殺の魔法剣『金色(キネティック)黎明(ホルゾート)』の特性、過去の戦跡、性格、出身地、好きな食べ物、今住んでいる場所、そして……飼っているネコの名前まで。赤裸々に俺の目の前の戦術情報表示(タクティクス)に表示されてゆく。


「戦うつもりならやめておけ、()()の魔法使いならいざしらず、君のように名の知れた魔法使いは、ティンギル・ハイドの二の舞だぞ」


 俺は皮肉を込めて言うと、もう一人の人物にも視線を向けた。


 その風貌から、四天王の紅一点、志向性熱魔法(ポジトロール)の使い手ウネーリョンだと判る。先ほど俺を狙撃した奴だ。

 もっとも、奴が得意とするレーザーのような志向性熱魔法(ポジトロール)程度では、俺が展開している高速暗号化(バリアチェンジ)魔法防壁(ファイアウォール)を突破する事はできないが。


「高いところがお好きかウリューネン。今度は空中を歩いて見せてくれるのか?」

「くっ……!?」


 俺の呼びかけに、屋根の上の赤ローブは慌てたようにローブを脱ぎ捨てた。

 女魔法使い(ウイッチ)と呼ぶに相応しいかは疑問だが、胸元が大きく開いた黒ゴスロリ風のボンテージ衣装で固めた黒髪の女だ。ダークエルフのハーフらしくヘムペローザよりも色黒で、垂れ目に泣きホクロが妖艶な印象だ。

 ウリューネンはそのまま屋根の上から空中へ、まるで透明な板があるかのように歩き始めると、アンジョーンの斜め上方で空中静止した。

 種を明かせば、特殊な術式で硬化させた魔力糸(マギワイヤー)を周囲に張り巡らせて、その上を歩く手品のような魔法だ。格闘戦で「三次元機動」をやられるとやっかいだが。

 

「賢者……ググレカス、貴方には我ら四天王の名声を失墜させた罪を……償ってもらいたいと言いたいところですが」


 俺の挑発めいた口調に、均整のとれた体躯をもつ魔法剣士、アンジョーンが口を開いた。

「勝手に突っかかってきて自爆しただけだろうが。謝罪も賠償もせんぞ」

「確かに……、ティンギルは我らの中で一番の小物。敗北は致し方ありますまい。ならば貴方にはせめて『寄付』をお願いしたい」


 意外な言葉に俺はすこし面食らう。


「寄付だと?」

「そう! 我が偉大なるカンリューン公国の『清らかで美しい発展』の為、いいや世界の安らぎと平和の為! ググレカス殿には是非とも寄付に協力していただきたいッ!」


 四天王のリーダー格だと言う魔法剣士アンジョーンが芝居がかった声を張り上げた。

 俺は眉をひそめた。


「何の話かな……?」

「とぼけないで頂きたい。完璧な人造生命体(ホムンクルス)の製法、『命の秘薬』……つまり竜人(ドラグゥン)の血から作り出す究極の延命薬ですよ!? それを寄付して頂きたい!」


 ――なんてことだ。


 えらく直球で来たものだ。

 カンリューンは四天王の一人、ティンギル・ハイドをファリアにけしかけて、屈強な北方の戦士ルーデンスの血筋を手に入れようとしていた。そして今度は、ホムンクルスと『命の秘薬』つまり、プラムの薬の製法を欲している。

 

 恐らく……情報源はレントミアだ。

 『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の魔法顧問として招かれたレントミアは、つい先日までは俺への当てつけもかねて俺や周囲の監視と報告を行っていた。

 それは「魔王復活の気配」を察した連中の差し金だったのだが、調査の過程で、俺の人造生命体(ホムンクルス)の実験やプラム、そして竜人の血から作る秘薬の情報が漏れてしまったのか。


 俺はゆっくりと、馬車の屋根の上のハーフエルフに憤りの目線を向けた。


 ――てへっ☆

 

 と小さく舌先を見せて可愛く片目をつぶるレントミア。……この野郎!


「竜人の血はここで幾らでも手に入る! あとは……ググレカス殿のご協力があれば、我々は最強の兵士を、魔王の軍勢をも一蹴できる無敵の軍隊を作り出せるッ!」


「お前らの野望も妄想も興味は無い。この里の竜人達をどうした?」

「おや? 何やらお怒りで? おかしな話ですなググレカス殿、あなたもここに『血』を求めてやって来たのではありませんか?」


 俺は拳を握り締めた。確かにそうだ。が……。


「さぁ、さぁ! ググレカス殿! 世界を救ったディカマランの六英雄の賢者よ! あなたの聡明な頭脳ならば私の言葉の意味がお分かりでしょう? 世界を救う為……あなたの協力が必要なのですよ!? 世界が闇に再び覆われる前に! 我々は一致団結して準備を整えねばなりませんんんんッ!」


 アンジョーンは、両手を天に掲げ、高揚したように叫びつつけた。無人の広場の見えない聴衆に熱弁するかのごとく、拳を振り上げ唾を飛ばしその細い目をひん剥きながら。

 まるで狂った終末論者だ。――世界は滅ぶ! 魔王が復活する! と恐怖をあおり人々を意のままに操り世界を支配しようとする連中だ。

 これが『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の正体か。

 

「賢者、どうすんだよ?」

「賢者さま……」


 イオラとリオラが隣で不安げな目線を俺に向けた。背後を振り返ると、泣きそうな顔で様子を伺うアネミィとプラム、そして口を真横に結んだヘムペローザと目が合った。


 ――ここまで来て、また危険な目にあわせてしまうのか。

 

 なぜ、こうも困難ばかり続くのだろうか。

 俺の安らかな日々も、プラムの命も、それを望む事がそんなに世界の「摂理」とやらにそぐわぬ事なのだろうか?


 その時、重々しい音と共に広場にボロ布のようなものが投げ込まれた。


 同時に反対側の広場の入り口に、大柄な人影がゆらりと現れた。赤いローブを背中に羽織ってはいるが、その巨大な肉体を包み隠すには大きさが不足している。

 現れた巨漢の男は、仄暗い瞳を俺に向け、ニヤリとした冷笑を浮かべた。


「ベアトゥス、やりすぎだ。竜人はわが国の大切な『資源』だ」


 四天王のリーダー、アンジョーンがその巨大な男――ベアトゥスを一瞥、そして広場に投げ込まれた「ボロ布」に冷たい目を向けた。

 と、ボロ布が僅かに動いた。

「くはっ……! おの……れ」

 それは若い竜人(ドラグゥン)だった。背中の羽は破れ全身が血と泥で汚れている。殴打の後が生々しく、もはや息も絶え絶えだ。それでも腕を地面に付き、全身を震わせながら立ち上がろうとしいる。その紅い瞳には、怒りの炎が燃えていた。


「侵略者……め」

「…………()ぃいいい!」


 突然アネミィが馬車の荷台から飛び降りて駆け出した。はっとする俺とイオラの脇をすり抜け、広場の中央へと一足飛びに駆け寄ると、そのまま血まみれの身体を抱きとめた。

「アネミィ!? ……無事……だったのか」

「…………()()ぃ!」

「……母さんも、皆も……ミノリの大樹の……神殿に」


 震える手で妹の身体を抱きとめたアネミィの兄は、そこまで言うとガクリと地面に崩れ落ちた。泣き叫ぶアネミィは何度も兄の名を呼ぶが、反応がない。


「酷い!」「くそ!」

 たまらず飛び出そうとするイオラとリオラの腕を俺は掴んで止めた。

「離せ賢者! 助けないと!」「賢者さま……アネミィが!」

 今行くべきではない。プラムは状況判断に優れたヘムペローザが後ろから抱きしめて押さえてくれていた。


「俺の……指示を待てッ!」


 まるで爆発寸前の火山のような俺の声押され、イオラとリオラがはっと身を硬くする。

 マニュフェルノだけが馬車を飛び出して、水場の脇の竜人の兄妹に駆け寄った。凶悪な四天王が近くにいるが、意に介した風も無く倒れこんだ若い竜人の身体に手をかざす。


「微弱。だが……生きている」

「…………でも、兄ぃからこんなに血が……」

「治癒。馬車に戻れば治癒が出来る」


 マニュとアネミィを無視し、ベアトゥスと呼ばれた大男がアンジェーンの方へと巨大な身体を揺すりながら移動してゆく。足元で一歩ごとに地面の石畳がひび割れた。


「ったく、神のご意向に逆らうんじゃアーリマセンよ? ですが……これでもう逆らう竜人は居ないザンスよ?」


 ぺっ、と地面に唾を吐き捨てた巨漢の男の声は、異様に甲高く耳障りだった。頭髪は金髪の七三分け、全身が異様に膨らんだ筋肉の固まりは鼻の下のヒゲを撫で付けた。


「ベアトゥス、首尾に抜かりはないな?」

「ハイザンス。村の連中は全員あの『巨大樹』の根元に集めたザンス、ゴーレム兵百体を配置しましたので、もう誰も逃げられないザンス」


 キシシ、とその巨漢は空気の漏れるような笑い声を上げた。

 その両手は血で汚れ、何人もの「竜人(ドラグゥン)の戦士」を打ち倒してきた事は誰の目にも明らかだった。


 ――四天王の一人、魔力強化内装(マギネインティクス)の使い手、ベアトゥス。

 全身の血管の内側と神経節に特殊な魔力糸(マギワイヤー)を張り巡らせ全身の筋肉を限界まで強化、超人的な運動能力を獲得する特殊術式――。近接戦闘に特化した魔術師だ。

 

「さぁ……どうなさいますか? 賢者さま。『寄付』をここで頂けるなら、貴方も皆様も無事に帰って頂いて構いませんが?」


 アンジェーンが俺の方を向いて余裕の笑みを浮かべた。

 三人のカンリューン四天王が揃ったのだ。圧倒的な力を誇る三人は竜人の里を占領し、住人の血を奪うつもりなのだ。


「んん……? お返事を頂きたいですな賢者殿。まさか……我ら『四天王』三人を相手に、無茶な事をお考えではありますまい?」

「クフフ……」

「キシシ……」


 ボンテージの女魔法使いと巨漢の筋肉が不快な嘲笑漏らす。

 アンジョーンもその言葉とは裏腹に、俺を倒したくてしょうがない、と言わんばかりの飢えた野獣のような顔つきだ。

 

「皆……聞いてくれ」


 俺は馬車の方へ向き直り声をかけた。皆の視線が一斉に集まる。

 屋根の上のレントミア、イオラとリオラ。そしてプラムとヘムペローザの眼差しを、俺は静かに見つめ返した。

 全員の顔をゆっくりと見回してから、一拍の間をおいて、


「ここは俺が引き受ける。皆は……里の中央にある巨木の根元に行って、アネミィ達竜人を助けてやって欲しい」


「――な!?」「そんな!」


 それが俺の下した決断だった。


<つづく>

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