竜人(ドラグゥン)の少女
「どっ……竜人!?」
「「えっ!?」」
俺の言葉に双子の兄妹は驚きの声を上げた。
目の前に現れたのは、緋色の瞳に燃えるような紅い髪をもつ、プラムとよく似た雰囲気をもつ少女だった。
野性味がありながら、あどけなさを残す丸い輪郭にアーモンド形の瞳。その目の輝きは、プラムと同じ年頃とは思えない程に高い知性を感じさせる落ち付きを宿している。
体の背中部分から首筋や腕の背面にかけては、鱗のような皮膚の紋様が浮き出ていて、子供ながらに「竜人」の名に相応しい趣きがある。
何よりも目を引くのは、背中に這えた羽だ。プラムとは比べ物にならないほどの立派なドラゴンのような「羽」を、時折もぞもぞと動かしている。それは間違いなく亜人間の中でも特に希少な存在と言われている竜人族の特徴だった。
秋の森はひんやりとして少し肌寒いほどだがドラグゥンの少女は、体の一部を覆うような薄手の見慣れない衣装を身に付けているだけで、ヘソやお腹を大胆に露出させている。
森でいきなり出遭った俺達人間を警戒しているのか、一言も発さない。
何故かプラムと俺を交互に眺めては、目を瞬かせている。
「この子が……」「ドラグゥン?」
突然現れた見慣れぬ亜人間に、イオラとリオラは戸惑いの表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。
この旅がプラムの命を救う薬をつくる材料となる、「竜人の血」を手に入れる事が目的であることは、二人も承知の上での同行だ。その「竜人」が思いもよらぬところで、ひょっこりと目の前に現れたのだ。
「アネミィちゃんなのですー! そこで知り合いましたー」
「そんな馬鹿な……」
驚いてるのは俺のほうだった。
竜人はめったに人前に姿を現さない。人間嫌いで知られる彼らの里は、見つからないように幾重にも幻惑の結界が張られていると言われている。
俺が検索魔法地図検索で探し出した「竜人の里」があると言われている場所は、ここからまだ半日ほど歩かねばならない森の奥にあるはずだ。
「でかしたにょプラム! この娘に村まで案内させるにょ!」
ヘムペローザがプラムの肩にガッシと腕を回して、偉そうに言う。
おー? アネミィちゃんのお家ですねー? と言いながらプラムが「ぽん」と手を打つのを『アネミィ』という竜人の少女は目を丸くして眺めている。
「プラム、その子と一体どこで知り合ったんだ?」
「えーとですね、チョウを探していたらアネミィちゃんがいたのですー」
「…………仲間」
アネミィと呼ばれた少女は短い言葉を発すると、鼻をすんすんと鳴らして、プラムの匂いを嗅いでいるかのような仕草を見せた。
どうやら迷子か何かの事情で村から離れた竜人の子共に、プラムが森でバッタリと出会ったのだろう。
そんな偶然があるのだろうか? ……プラムの体内の竜人の血が引き寄せたのか? 人間と竜人のハーフの一種とも言えるプラムに「同属」の匂いを感じたのかもしれない。
「初めましてアネミィ。俺は賢者ググレカス。見ての通り旅をしている」
俺はアネミィという竜人の目線に合わせて地面に片膝をつき、穏やかな声で告げた。そして身振りでイオラとリオラ、ヘムペローザにも挨拶をするように促す。
「ググレさまは、プラムのおとーさんなのですー」
「いや、それは違うがな……」
「同属」と思い込んでいたプラムと、苦笑を浮かべながらその頭を撫でる「人間」の俺とが一緒に居る事で、どうやらアネミィも警戒心を解いてくれたようだった。
「…………迷子」
ぼそり、とアネミィがこぼした。八重歯、というか牙がプラムとよく似ている。
「え?」
「賢者、どうやらこの娘、迷子らしいにょ」
意外と細かい事に気がつくヘムペローザが、アネミィの代弁をするように言う。
やはり迷子か……村まで案内してもらうのは、無理というわけだ。
「まいったな……」
生い茂る森の木々の隙間から見上げた空はオレンジ色に染まり、鳥や翼竜が家路を急いでいる。陽が落ちれば森の中は急速に闇に包まれる。人間を寄せ付けない魔の時間だ。
これから暗くなる時間に、移動する事はいくらなんでも無謀だ。
どうやら今日はここで「野宿」決定らしかった。
◇
パチパチと燃える焚き火を囲んで、俺達は夕飯を食べ、談笑しながらいろいろな話をして時間をすごしていた。
俺の右側にプラムと、新しい友達のアネミィ。その隣にはヘムペローザが座っている。
たき火を囲んで、倒木を集め即席の椅子にしている。
左側にはやや密着気味の美少年ハーフエルフのレントミア。
更にその隣にはイオラとリオラが並んで腰を下ろしている。
対面に焚き火の炎で眼鏡が光っているのは僧侶マニュフェルノだ。その胸には今朝までは無かった黒曜石のようなペンダントが光っている。
『腐朽の涙』と名付けたその宝石は、俺がマニュフェルノの腐朽の瘴気を吸い取って集め結晶化したドロップアイテムだ。
マニュを苦しめた呪いの力は、今はマニュの胸に首飾りとして光っていた。
俺達は森の中の少し開けた場所に馬車を止め、魔物よけの結界を張って一晩過ごすことにした。
レントミアの結界と、マニュフェルノの忌避の祝福と組み合わせているので安全は保障できる。
二十メルテほど先の森の中で「カブトムシ男」が、俺達に気がつく様子も無く、木に抱きついたまま樹液をちゅーちゅー吸って食事をしている。
人間のオサッンがカブトムシの着ぐるみを着て木に張りついているみたいで、なかなかにシュールな光景だ。
更に今日の失態の原因となった「地下からの襲撃」を防ぐ為、俺は魔力糸を束ねて造った即席の「音響探知杭」を地中に何本も打ち込んで、音響反応で地中を移動する魔物を検知する体勢を整えた。
まさに鉄壁の野宿体勢だ。
「うめぇ!」
「うん、おいしい!」
イオラとリオラがほくほくとした笑顔を見せた。二人は焚き火で炙った干し肉にスパイスソースを垂らし、ライ麦のパンで挟んだサンドウィッチを頬張っている。
焚き火であぶった干し肉は格別の味だ。これは旅の野宿の楽しみの一つだ。
宿場町ヴァース・クリンで仕入れた食料は沢山あって飲み物も果物も心配は無い。せめて食事ぐらいは豪華にいきたい。
「旨いか? プラム」「はいなのですー!」
にこにことご飯を食べるプラムの横で、アネミィがその様子をじっと見ている。
「アネミィ、大丈夫だから食べてみるといい」
「…………うん」
小さく頷くと、躊躇いながらも「ぱくり」と頬張る。途端に目を丸くして、俺を見て、また食べる。どうやら気に入ったようだ。
「…………おいしい」
無感情にも思える表情だが、語尾がすこし華やいで聞こえた。
まぁ竜人の子供とはいえ、プラムやヘムペロと扱いは大差がないようだ。俺は少し安心する。これなら明日、竜人の村に行っても話し合いの余地はあるだろう。
――血を分けてくれ、という無謀にも思える交渉だが。
と、ヘムペローザがサンドウィッチを睨んだまま、食べるのをガマンしていた。
「? どうしたヘムペロ、食わないのか? 旨いぞ」
「にょは!? 賢者がそういうのなら食べてやるにょ!」
ぱぁっと嬉しそうに微笑んで、肉を挟んだパンにかぶりつく
俺が声をかけるのを待っていたのか? コイツもよく判らないやつだな。嘆息しながらも俺は無駄に子供の扱いが上手くなっている自分に苦笑する。
「ね、ググレ」
「なんだ?」
レントミアが頭を寄せて、企みのある光を宿した目を俺に向ける。
「目の前にある『血』を貰えば、この旅は終わりだよ?」
パキリと焚き火の中で薪が爆ぜた。
黙りこむ俺に、まるで悪魔の囁きのようにレントミアが続ける。
「ボクの魔法であの子を眠らせて、血を少しだけもらってさ、マニュの魔法で治療すればいいじゃん?」
――それは。確かに考えていない、と言えば嘘になる。
だが、俺は世界をすくった「賢者」としてそんなマネはしたくなかった。
命の摂理とやらを捻じ曲げようと言う賢者がこんな事を言うのもおかしな話かもしれないが、越えてはならない一線、プライドというものがある。
「ね? ググレがやらないならボクが――ほが!」
俺はレントミアの後頭部を押さえつけ、口にパンを詰め込んでやった。
「黙れ、断る。二度と言うな」
「もふー、ググレって変にマジメだよね!?」
そして、夜は更けてゆく。
子供たちは馬車の中で寝かせ、旅に慣れている俺やレントミア、マニュフェルノはそれぞれの場所で仮眠を取る。マニュは馬車の御者席で手帳に何やらメモをしている。
レントミアは俺の腕にしがみついて焚き火を眺めていたが、やがてくーくー寝息を立てて寝てしまった。ハーフエルフの寝顔は、端正なつくりの人形のように整っていた。
地面に寝ては風邪を引くと、俺のローブをかけてやる。
だが俺は、皆が寝静まっても眠れずに居た。じっと地面に手をかざし目をつぶる。
――おかしい。
俺は地中に打ち込んだ「音響探知杭」が捕らえた一つの音に、疑問を感じていた。それは大型の……おそらくは四頭立て以上の装甲馬車の音だった。
魔力糸が届かない探知範囲外を俺達を避けるように移動する、馬車の音。
夜中にもかかわらず移動し続けている。
その向かう先は、明日俺達が向かおうとしているエリア、つまり『竜人の里』があると思われる方向だ。
何か嫌な予感がした。
と、馬車から降りてきた人影が、焚き火の前でじっと音を聞いていた俺の傍らに腰を降ろした。
振り向くと、リオラだった。
栗色の髪と、長いまつげに彩られた瞳が焚き火の炎に照らされて光を帯びている。
「あ、あの……、賢者さま」
「なんだリオラ、眠れないのか?」
「いえ、賢者さま、今日は……ありがとうございました」
「? なんだっけ」
俺は一瞬何の事かわからなかった。
「魔物の穴に、引きずり込まれそうになったとき、賢者さまが助けてくれました」
「あ、あぁ、それは別に……」
妖緑体食腕草にリオラが捕らえられ、ズルズルとひきずりこまれそうになった時の事か。イオラが必死に助けようと奮闘したが、それでも足りず、俺がなんとか助けに入ったときの事だ。
「あの時、本当に怖くて、イオも必死に助けようとしてくれたけど……ダメで。もうほんとうに死んじゃうかと思うと怖くて……。でも、賢者様がたすけてくれました」
そのときの事を思い出したのか、ぎゅっと身体を丸くして、目に涙を浮かべて焚き火に視線を向けてリオラが言葉を紡ぐ。
「すまない。安全は保障すると言っておきながら、あんな目にあわせてしまった」
むしろリオラ達を危ない目にあわせてしまった自分が情けない。イオラとリオラは余裕でサクサクと戦えるぐらいにしてやりたかったのだ。
「そんな! 賢者さまは……やっぱり凄いです! マニュさんを助けた時も、わたし、泣きそうになりました。ほんとに、ほんとに、凄いです」
リオラは初めてそんな風に俺を褒めてくれた。上手い言葉が見つからないのか、何度も言葉に詰まりながら、それでも真剣な眼差しで何度も言ってくれた。それでもう十分さ。
「さぁ、もう遅いから休むといい」
「あ、あのっ……その」
俺が立ち上がるとリオラも立ち上がり、もじもじと頬を染める。何かを言いたそうに唇を動かすが、うつむいてしまう。
え? なに……まさか。
憧れてます、尊敬してます、好きです……とか!? いやでもリオラは俺にとってはちょっと生意気な「妹」的な存在だし、いきなりそんな……でも。
頬を真っ赤にしたリオラが、ばっ、と顔を上げて涙目で叫ぶ。
「とっ、トイレに付いて来てくだいっっっ!」
「あ……、うん」
ですよね。だと思ったよ。
<つづく>




