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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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 ググレカス、僧侶の治療をウケる

 ◇


 うん?

 今何時だろうか? 目を開けているのか閉じているのも判らない深い闇の中に、俺は佇んでいるらしい。時間と身体の感覚が麻痺している。

 そういえば俺はマニュを腐朽(ペドス)の力からは移封する為に全力を出し切り、そこで力尽きて寝てしまったんだ。


 あの後、皆はどうなったのだろう?

 少なくともレントミアやイオラが無事なのだから、大丈夫……だよな?

 だが……眠い。ひたすらに眠い。まぁ、眠いのはいつもの事だが。

 それにしても暗いな。誰か、明かりを……。


「原初。世界は闇でした」


 ――え……?

 不意に闇の中に声が響いた。それは呪文詠唱だ。声はとても近くから聞こえる。

 だが、闇以外の何の気配も無い。虚無のように暗い空間だ。


「生命。闇の中で輝いた光はやがて、粒になり、海の渚で洗われて、命を宿しました」


 この声は……マニュフェルノ?

 思わず声を出そうとするが、声が出ない。身体が動かない。


「着火。炎は命なり、滴る命の(たぎ)りの、印なり」


 ボッ、と炎が燃え上がり、蝋燭に火が灯された。

 オレンジ色の光に照らしだされた空間は見覚えがあった。馬車、グランタートル号の荷台の中だ。見慣れた天井が蝋燭の炎で照らされて、黒い影とコントラストを分けている。

 荷台の前後には(ほろ)が降ろされ、外の光を遮断していたようだ。


 そして、炎に照られたマニュフェルノの顔が、真上からにゅっと現れた。


「――ひい!?」


 俺はようやく声を出せた。情けない悲鳴のような声だが。


「覚醒。ググレ君おはよう、目が覚めた?」

「マニュ……無事だったか」

「馬鹿。他人の心配より、自分の心配を」


 マニュの眼鏡が蝋燭の明かりで光っていて、表情は読み取れない。

 いつもの調子の柔らかな声色と、緩んだ口元。

「……? うっ!?」

 俺はそこでようやく気がついた。右手が激痛で痺れていた。寒気のような強烈な痛みが右手の先端から伝わって全身を巡っている。


「治癒。開始、ググレくんの右手を……治します」


 と、マニュの口元が下弦の月のように弧を描いたかと思った瞬間、真っ赤な陽のついた蝋燭をかざし、溶けた蝋を俺の胸の中心に垂らし始めた。


「熱ちいいい!? え!? ちょっ――!?」

「治癒。は始まったばかりです」


 また、熱い蝋が俺の胸に垂らされる。熱ちいっ! いや! まて、俺は


「ぜぜぜ、全裸じゃねーか!?」


「全裸。それは産まれたままの、穢れなき姿」

「説明せんでいい! って、解け! 手足を! や、やめろマニュー!」


 手足が四方の荷物か何かに縛られていた。この構図、大昔の特撮でバッタ人間に改造されるバイク乗りが「やめろ、ショッカー!」と叫ぶ場面にそっくりだ。

 白衣の僧侶姿のマニュがゆらりと立ち上がり、俺を見下ろす。口の両端は相変わらずニッともちあがったままだ。


「続行。次は徐々に下腹部を清めます」

「アホゥ! 右手だけでいいだろうが!」


 魔王城の最終決戦の直前、「全裸で」蝋燭を垂らすという行為の、「全裸」部分は必要がないとマニュ自ら明かしたのだ。

「迂闊。あれは仕方なかった……」

 魔王との決戦の直前、傷を負った俺達はマニュの治療を受ける必要があった。

 だが結局鎧やら何やらを装備したままで治療が可能だった。結局のところ全裸にするのはこの変態僧侶の趣味だったわけで。まぁ薄々気がついてはいたがな。


「逡巡。服を脱がさないと治せない……そんな風に思っていた時期が、ありました」

「もういい。頼むから手を治してくれよ……」

 指先が痛みを訴えていた。

「了解。ググレくん、意外と元気そうで、よかった」

 ほっとしたように、微笑むマニュフェルノ。

「お前もな」

 マニュはいつものマニュフェルノのままのようだ。

 俺達の仲間、少し変態でどうしようもない僧侶の、マニュだ。


 マニュは黒く変色した手を見て目を細めてから、俺の右手に『治癒の蝋燭』を垂らし始めた。熱い蝋が垂らされるごとに痛みが薄れ、傷が癒えてゆくのがわかった。

 治療が終わったところで、ようやく手足を開放される。足元にあった服に手を伸ばし、とりあえず身の安全を確保……


「完治。……よかった」

「ぬ、わ!?」

 不意にマニュフェルノに俺は抱きしめられた。ぎゅっと包み込むように俺は僧侶に抱かれて背中に回された暖かな指先が、背骨と肩甲骨の間を這う。


「ちょっ!? おま……っ」

「感謝。ありがとう、ググレ君」


 柔らかなマニュフェルノの頬が、俺のほほと触れ合って耳元で小さな囁きがもれる。さわ、とマニュフェルノの銀色の長い髪の香りが鼻をくすぐる。


「まぁ、その……これからもずっと、よろしくな」

「承諾。ググレくん……」

 心臓がばくばくと暴れているのを悟られないように、努めて冷静に声を漏らす。だが俺は嬉しかった。マニュがこうして居てくれたことに。


 ――と。馬車の幌がガバッと開かれた。外の光が差し込んで、俺は思わず小さく悲鳴をあげる。


「賢者にょ! 気がついたか……にょっ!?」

「賢者様! 気がつかれまし……」

「まったく心配させやがっ……」


 ヘムペローザとイオラとリオラ、全員の顔が瞬時に石化する。

 治癒と称して二人きりで馬車に閉じこもってから、大分たっていたのだろう。俺の声が聞こえたので心配した皆が様子を見に来てくれたのだ。

 だが、そこで展開されていたのは、全裸の賢者に覆いかぶさった僧侶という「痴態」だ。


 ばっ! とイオラがヘムペローザの目を両手で覆う。

「にょお!? 見えん、見えぬにょイオ兄ぃ! 人間同士の……営みがっ」

 更にリオラが、(イオラ)の両目を渾身の力で押しつぶしにかかる。

「いててて!? 目が、目がつぶれるやめ、リオラ!」


 リオラが「賢者さまの……ばかっ!」と可愛く叫んで、(イオラ)とヘムペロを引きずっていった。外はどうやら夕刻だ。

 馬車はあの爆心地からだいぶ離れた森のまで進んでから、停車したらしかった。


「ち、ちがうんだ! これがマニュの……僧侶の治療なんだっ!」

「……大人の治療ですよね、わかります。ごゆっくり」


 リオラが凍りつくような声色でそう言うと、三人を引き連れたまま馬車から距離をとり、ぷいっと明後日の方向を向いてしまった。


「ちがううううううううう!」


 やっぱりこうなるのか!? 俺の叫びがむなしく響き渡った。

 多感なお年頃のリオラとイオラにとんでもないものを見せてしまったのだろうか。これからどう説明しようか……、頭痛の種は増えるばかりだ。


「ん? そういえば……プラムとレントミアは?」

「ボクはここだよ?」

 振り返ると、馬車の荷物の中から、にゅっとレントミアが顔を出した。

 頬を赤く高揚させて、なんだかホクホク顔だ。

「そこにいやがったのか!?」

「えへへ、マニュの治療は久々だったしね」


 きゃはっと笑うハーフエルフだったが、馬車を中心に周囲数十メルテに魔物払いの結界が張ってあり、仕事はきちんとこなしているあたりが流石だが。


 となるとあとはプラムだが……一体どこに。


「イオラ、リオラ! プラムを知らないか!?」


「……! あれ?」

「さっきまでチョウを追いかけて……プラムちゃん!」


 リオラが顔色を変えて森の奥に向けて叫んだ。

 ヘムペローザといつも一緒に居ると思っていたのだが、ヘムペローザも慌てたように辺りを見回すばかりだ。

 まったく、フラフラとどこへいったんだ?

 俺は慌てて服を着て、馬車を飛び出した。まずい、結界の外に出たら魔物にまた襲われてしまうかもしれないのだ。

 

 ――まさか、薬が切れてその辺りで倒れているんじゃ……!?

 

 嫌な予感がぞわりと背筋を這った。


 と、


「でねー、すごく優しいのですよー」

「…………うん」

「あ! みんなのですー」


 プラムがひょっこりと、森の奥から現れた。

「プラム!」

 俺達は一斉にプラムのほうへと駆け寄った。

 プラムはきょとん、とした様子で俺やイオラやリオラを眺めていたが、俺の姿を見るなり俺に全力でタックルしてきた。

 

「ググレ様、ググレさまぁああー」

「心配をかけたな、もう……大丈夫だ。ところで……」


 俺の視線の先に、イオラやリオラ、そしてヘムペローザも視線を向ける。


「プラム、その子は……どちら様?」

「あ、新しいお友達なのですー!」


 プラムがとててっと、同じ背丈の「子供」に駆け寄ってぱあっと笑顔を見せた。


「…………ども」


 緋色の瞳に燃えるような紅い髪。全体的に亜人であることを示す四肢のバランス。だけどプラムとどことなく似通った雰囲気の――女の子。

 その子の背中にはプラムとは比べ物にならないほどの立派な「羽」が生えていた。


「どっ……竜人(ドラグゥン)!?」


<つづく>


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