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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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 腐朽(ペドス)の僧侶

 イオラは猛然と二匹の魔物に向かって走り出した。

 並んで立っていたリオラは一瞬の躊躇(ためら)いをみせ、イオラの後を追うことはしなかった。だが賢明だ。ここはイオラに任せリオラは討ち漏らした場合のバックアップでいい。


 俺の見ている戦術情報表示(タクティクス)には、前衛の二人の状態が映し出されている。

 近接戦闘時には体力や状態などを逐一把握し、無理をさせないことが基本だからだ。

 村の野イチゴの森で共闘した時よりは随分と逞しくなっているようだ。思わず目を細めて双子の二人の後姿に視線を向ける。


「マニュ、イオラに成功(サック)祝福(フェス)を!」

「成功。……祈願! イオラくんの……剣に祝福(フェス)を!」


 僧侶マニュフェルノが馬車の上からイオラの剣めがけて魔法を放った。

 

 常人には淡いオーロラ程度にしか見えない光だが、俺たち魔力を持つ者の目からは放射の軌跡がはっきりと見えていた。イオラの剣が魔法の祝福(フェス)をうけて輝く。それは、攻撃の成功率が上昇した事を意味していた。


「お!? ぉおおおお!」


 イオラが魔法で輝いた剣の意味を理解したのかは定かではないが、剣を構えたまま勢いを止めることなく突進する。その視線の先では、二匹の魔物が俺の操る「ワイン樽のゴーレム」と殴り合いを演じていた。

 『カブァアア!』『クワァアアア!』と叫びながら、カブトムシのような角を生やした魔物が、ワイン樽に猛進し、頭の角で突き飛ばそうとする。

 だが、自動重心制御(オートバランサー)自律駆動術式(アプリクト)を組み込んでいるスターリング・スライムエンジン、つまりは「ワイン樽のゴーレム」は容易には倒れない。

 片足で『おっとと……』と絶妙なバランスを保ち、しぶとく立ち続けている。


 苛立ち怒りを露にするカブトムシの魔物が、黒々とした腕を大きく振り上げた瞬間、疾風のように懐に飛び込んだイオラの剣が、深々と首を貫いた。


 『カブァ!? ……グハッ』


 それは完璧に魔物の急所を捉えていた。

 魔物に対してパワーでは劣るイオラのような戦士としては、マニュの成功(サック)祝福(フェス)はこれ以上ない援護となったようだ。

 運が悪ければ魔物の硬い外殻に剣が跳ね返され、傷一つ与えられない事もありえる。しかしイオラの短剣(ショートソード)は見事に、甲虫の外皮の繋ぎ目、柔らかな首の付け根を貫いたのだ。


「や、ぁッ!」


 イオラは片足で魔物の胸を蹴り飛ばし、バック宙するような体勢で、剣を抜き払いながら背後へと飛んだ。

 視線を外さずに着地したとき、カブトムシのような角を生やした体長二メルテを超える魔物はよろめき、盛大に後ろ向きに倒れこんだ。

 断末魔の叫びを上げながら、魔物の身体は幾度か痙攣し動かなくなった。それが土地の瘴気から生まれた魔物の最期だった。

 

 魔物と一口で言ってもこの世界にはいろいろな種類がある。純粋に魔法で造られたもの、魔界に属する幽鬼や悪魔。先日の狼やカボチャの化け物、そしてこのカブトムシのように土地の瘴気で汚染され魔物化したものなどだ。

 

 俺の戦術情報表示(タクティクス)から、また一匹の魔物を示す赤い「輝点」が消えた。


「ナイスだイオラ! あと一匹、『樽』が足止めしている今がチャンスだ」

「わかった……ぜッ!」


 イオラが再び地面を蹴った。目標はワイン樽の胴体に「大アゴ」で噛み付いているクワガタのような姿をした魔物だ。

 体勢を低くして地面を猫のように走り、魔物の腹の下へ身体を滑り込ませると、イオラは渾身の力を篭めて短剣を思い切り突き上げた。

「クワガッ!? ……タガッ」

 その剣先は意外なほど易々とクワガタの身体を貫通し、背中まで剣先が突き抜けた。

 途端に、ワイン樽ゴーレムに噛み付いていた大アゴの力が抜け、膝から順に地面にずるずると倒れていった。


 イオラが二匹の魔物を葬っている間に、反対側からもう一匹の魔物が木々の枝を薙ぎ払って現れた。緑色の人型をした魔物は、両手の先端にあるカマキリのような釜を振り上げながら俺めがけて突進してくる。咄嗟に「ワイン樽ゴーレム」でその魔物の進路をふさぐ。

「レントミア!」

 阿吽の呼吸、ハーフエルフはとんど詠唱時間を費やす事も無く、火炎系の魔法を緑色の魔物めがけて撃ち放った。着弾する直前、俺はワイン樽を四足モードに変化させ、数ステップの間合いを取らせる。

 次の瞬間、巻き起こる火炎の渦に飲まれ、カマキリ男は立ったまま燃え上がった。


「咄嗟で、簡単な魔法しか撃てなかったよ」

「いや、十分だろう?」


 炎に包まれ動かなくなった魔物を一瞥しながら、俺は屋根の上で苦笑する可愛らしい顔の魔法使いに視線を向けた。


「うーん? ホントはもっと派手に内側から木っ端微塵にしたかったのにな……」

「俺の至近距離でそんなもん撃つなよ!?」

「ググレが汁まみれになるかなって、思ったのに」

「おまぇなぁ……」


 俺の呆れ顔を見て、きゃははっと可笑しそうに笑うハーフエルフを半眼で睨む。

 レントミアの性格は相変わらずだ。まぁ仲直りしたとは言え、根本的に悪戯好きの残虐趣味は変わっていないわけで。

 だがこれで接近していた魔物は全て片付けたはずだ。


「イオ!」

「リオ、見たかオレの――」


 リオラが(イオラ)に駆け寄ったその瞬間、イオラの瞳が大きく見開かれた。


「リオラ危な……ッ」


 同時に、戦術情報表示(タクティクス)がつんざくような警告音を発した。真っ赤な背景に「赤い輝点」それも――「ゼロ距離」!?


「真下――だと!?」

「ググレッ! 何かが……昇ってくる!」


 ぐわんっ! と地面のあちこちが同時に波打った。


「きゃぁ!?」「にょおおお!?」「緊急。つかまって、みんな」


 馬車の下の地面も大きくうねり、固唾を呑んで戦いを見守っていたプラムとヘムペローザが悲鳴をあげる。

 と、地面の表層が内側から破裂するように吹き飛び、緑色の触手が幾本も飛び出した。それは植物の根のような形状だが、収縮を繰り返しながら何かを探るように、ウネウネと地面の上を激しく這いずり回る。

 触手は地面に倒れていたカブトムシ男とクワガタ男の身体を絡めとると、地面の中に引きずり込もうとしていた。


「植物系の妖緑体(プラネティア)! こいつ、最初からこの場所に!?」

 

 ――いや……違う! 「この場所」を造ったのが、コイツなのだ。


 綺麗な水場に明るく開けた場所、出来すぎな条件に引き寄せられた旅人や、それを狙う魔物すらも根こそぎ餌にする、このエリアの植物系ボス級モンスター。


 ――妖緑体(プラネティア)食腕草(ドロゥセラ)


「イオラ、リオラ、馬車に走れッ!」


 俺は叫びながら魔力強化外装(マギネティクス)を脚部に展開し、馬車へと飛び乗った。


「プラム無事か?」

「ふええ! ググレさまー怖いのですー」

「大丈夫だ、この馬車は装甲されている、少しの間なら――」


 馬車の荷台の隅で怯えきっているプラムに声をかける。ヘムペローザは、泣き叫ぶでもなく鋭い目線で地面をのたうつ食腕を睨みつけていた。

 馬車を取り囲むように、巨大な蛇のような緑色の『食腕』が、獲物の気配を探るように蠢いている。

 レントミアの円環魔法(サイクロア)で地面ごと抉り取るか、しかし真下に本体が潜んでいるのでは俺達もただではすまない。何よりも地中深くに本体を隠した敵まで炎が届かないのだ。

 ならば、俺の魔力糸(マギワイヤー)で本体を直接叩くしか……、だが、神経節を持たない植物系の魔物に撹乱系の自律駆動術式(アプリクト)は通じない。


「きゃあっ!」

「リオ――――――ッ!」

 もう少しで馬車にたどり着くというところで、リオラが足をとられ転倒した。あっという間に両脚と腕に緑の食腕が巻きつき、動きを封じられた身体を縛り付ける。

「や、やだ……ッ! イオ、イオッ!」

 いつも冷静で運動能力に長けた少女(リオラ)は、完全に恐慌状態に陥っていた。兄に向けて手を伸ばすが、むなしく空を切る。

「くっそ! リオッ!」

 二本、三本とイオラが短剣で緑の食腕を叩き切るが、リオラの足に絡みついた一本を切り損ねる。リオラはそのままズルズルと地面に開いた穴へと引きずられてゆく。

「いやぁああ!」


「やらせは……せんっ!」


 俺は脚部の魔力強化外装(マギネティクス)を最大出力に超駆動アクセルさせ、馬車の荷台を踏み抜かんばかりに蹴って飛翔。イオラとリオラを遥かに高く飛び越えて、リオラを引きずり込もうとする食腕の根元へと全体重を乗せた「蹴り」をぶちかました。


「賢者――飛翔閃脚(キック)!」


 叩き付けた足元からビチュッと潰れる感触が伝わり、リオラの足に絡み付いていた食腕を俺は踏みちぎった。


「賢者ッ!」

「け、賢者……さま」


 だが、着地の衝撃を吸収し損ねた俺の一瞬の隙を、妖緑体(プラネティア)は見逃さなかった。今度は俺自身が数本の触手に絡めとられ、穴へと引きずり込まれてゆく。


「ぬ、ぅおお!?」

「グ、ググレが食べられちゃう! 全部……焼き払うよ!」

「ばっ! バカやめろ! レン……」


 レントミアが特大の火炎魔法を頭上に励起したその時――


「解除。…………ググレ君。皆を……守ってね」


 ――マニュフェルノ!?


 眼鏡の僧侶が小さく微笑んだ。

 けれどその瞳には、寂しげな光が揺れている。

 銀色の長い髪に赤い瞳。他人とは違いすぎる瞳の色を眼鏡で隠し続けた少女の、仮面を付け続けた少女の、本当の微笑だった。


 長い長い呪文の詠唱――。緑の食腕が馬車の周りを埋め尽くしてゆく間、マニュフェルノは、ずっと唱えていたのだ。

 光と闇の属性を持つ異端の僧侶が封印していた、極大魔法を。


「禁呪。――腐朽魔法(ペドス)! …………さよなら、みんな」


 マニュフェルノが囁くと、青黒い光が馬車を中心に広がった。

 それはマニュフェルノの唱えた呪文から迸る光だ。いや、光というよりは『闇』、周囲の全てを飲み込む色彩を持たない、黒の空間だ。


「きゃわ!?」「にょおお!?」「イオ!」「リオラ!」


 黒い光に視界が閉ざされる直前、その場にいる全員に俺が展開している『防御結界』と同じものを全力で展開した。

 全ての魔法力を遮断できる、賢者の究極結界を。


「マニュフェルノ――――ッ!」


 次の瞬間。

 足に絡み付いていた食腕も、周囲の草木も、そして転がっていた魔物の死体すら、全てが沸騰したように一瞬でボコボコと膨れ上がり、黒く変色し――内側から次々と「炸裂」した。

 

<つづく>


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