★炸裂、精密誘導(クリティカル)打撃術式(ストライカー)
「先制打撃といこうか、レントミア」
「いいよ、ググレ!」
馬車の上からレントミアがよく通る声で叫んだ。
ハーフエルフの風に揺れる萌黄色の髪と、ほっそりとした身体の縁が、逆光で不思議な輝きを放っている。
「『指輪』のデータリンクの状態はどうだ?」
「うん、敵の数と位置がよく見えるよ」
どうやらレントミアにも、俺の見ている戦術情報表示と同じものが見えているようだ。夕べ仕込んだ「指輪」は順調に機能している。
「では、脅威度の高い先頭の4匹を倒す。爆炎弾を4発、頼む」
「了解、じゃ打ち合わせどおりにいく……ねっと!」
レントミアが僅かに目を細めると、途端に頭上に四発の火球が発生した。
光と、熱い熱量がここまで伝わってくる。同時に四発の励起といえば、隣国最高の魔法使いディンギル・ハイド戦を髣髴とさせる光景だが、レントミアはそれを余裕の表情で難なくこなしている。
そして次の瞬間――、俺以外の全員がレントミアの行動に目を疑った。
「はあ――ッ!」
レントミアが気合と共に、火球の群れを「垂直」に打ち上げた。
敵となる魔物が上空に飛んでいるわけではない。何も無い空に向けて撃ち放ったのだ。
「え!?」「レントミアさん、どうして……真上に!?」「失敗。……したの?」
「いいや! ここからは俺のフェーズ! ――魔力糸による目標への精密誘導……開始!」
俺は空に向けて右手を振り上げると、上空の火球を魔力糸で貫いた。
四発の「火球」は、そのまま上空に消えるかと思われた瞬間、俺の操作によってまるでビリヤードの弾が弾けたかのように跳ね跳び、四方に分かれてすぐに水平に飛翔し始めた。
――精密誘導自律駆動術式を、超駆動!
「はぁあああッ!」
戦術情報表示に表示されている敵の赤い光点めがけ、四つの青く輝く矢印が急速に接近し、座標位置を表す数値が目まぐるしく変化してゆく。
上空で四方に飛び散らせた火球を、俺が特殊な魔力糸で地表の魔物めがけて誘導しているのだ。
ここまで、レントミアが火球を生じさせてから僅か数秒の時間だ。
炎の塊は徐々に尖ったヤリのような形に姿を変え、斜め45度の角度で矢のような速度を保ったまま森の中へと突入した。
と――、木々の向うから地響きに似た爆発音と赤黒い爆炎が立ち上った。それも周囲四ヵ所同時にだ。
森の木々の間から引きちぎれた小枝や緑の葉が、俺達のいる広場に向け噴き込む。
「うわっ!」「きゃ!」「にょぉお!?」
「目標への着弾を確認、効果を評価中……全弾命中! 敵反応消滅を確認」
戦術情報表示で禍々しく光っていた赤い点が四つ、同時に消失した。
「やったねググレ、成功だよ!」
「あぁ! これは……いける!」
俺とレントミアが近ければハイタッチでもしていただろう。
――俺とレントミアの連携攻撃、『精密誘導打撃術式』
共有した戦術情報を元に、優先的に倒すべき目標を選定。次に魔力糸を標的に固定し次のフェーズへ。
レントミアは攻撃手段となる魔法を「垂直に上げる」。これは森の中で水平に撃っても、木に邪魔されて届かない、あるいは木々にぶつかり減衰する。それを回避する為に、障害物の無い上空に打ち上げる。
魔法使いの消耗を最小限にする為、レントミアの仕事はここまでだ。
俺は次に魔力伝導性の高い特殊な魔力糸を俺が操作し、敵にくくり付けた標的めがけて、「攻撃魔法」そのものを精密誘導し、直上から攻撃する。
魔物にとってそれは「脆弱な真上」からの致死性の一撃となる。
つまり直接見えない敵であっても、遠距離から打撃できるのだ。
これは狂狼属の王との超遠距離戦闘で得たヒントを元に、レントミアと俺で組み上げた連携術式だ。
「この調子で、魔物を削りまくるぞ」
「うんっ!」
再びレントミアが三発の火球を打ち上げる。俺はそれを上空で誘導し、戦術情報表示に表示されている赤い光点めがけ撃ちこんだ。
森の向うから立ち上がる爆発音と黒煙。
敵の姿を見ることもなく、俺達は次々と魔物を撃破してゆく。
そもそも、火球の一発が、かなりの威力の火炎魔法だ。上級魔術師が渾身の力で放つ魔法をレントミアは次々と繰り出している。
おそらくは攻撃を受けた魔物ですら、何が起きたか理解できないまま、一撃で外殻を貫かれ内側を燃やし尽くされ、天に召されているのだろう。
気がつけば戦術情報表示に映し出されている赤い光点は、僅か3匹に減じていた。
涼しい余裕の表情だったハーフエルフの頬にも、一筋の汗が流れていた。
戦術情報表示に映し出されたレントミアの魔法残量は、六割ほどに減っていた。疲労を抑えたつもりでも、流石に連続での魔力放出は厳しい。
「レントミア、これ以上はもういい、ここから先は近接戦闘でカタをつける」
「う、うんっ……」
「大丈夫か?」
「ググレ、後で肩を揉んでね!」
軽口を叩きながらも、レントミアはぺたりと疲れた様子で屋根の上に座り込んだ。
すかさず馬車の御者席で様子を伺っていた僧侶マニュフェルノが、『真っ赤な蝋燭』を取り出して治癒の準備をする。
「治癒。必要であればいつでも可能……、レントミアくん疲労回復、どう?」
「いいっ、いらないよっ!?」
全裸になって蝋燭を垂らされるという特殊すぎる僧侶の治療は、出来ることなら受けたくない。レントミアがぴょんっと立ち上がって元気をアピールする。
「安全。第一。だけど怪我をしたら衛生兵におまかせ……ウフフ」
僧侶は危険な色の蝋燭を振りかざし、『治癒』のターゲットを前方で戦いに備えるイオラとリオラに変えたようだった。
……本当に怪我だけは気をつけろよ、イオラ。
その時、俺達の攻撃を回避した魔物二匹がついに馬車のいる広場へと躍り出た。爆発音に恐慌状態に陥ったのか、物凄い勢いで飛び出し現れたそれは、人と甲虫を混ぜたような魔物だった。バキバキッと木の枝をへし折りこちらに向かって突進してくる。
「ガブッァアアアア!」「クブァアアアアア!」と耳慣れない叫び声をあげた二匹の魔物が、イオラとリオラのいる場所めがけて猛烈な勢いで突進を仕掛けてくる。
「で、でたぁああ!?」「きゃぁああ!?」
身構えていたイオラとリオラも、流石にその姿と突進の勢いに恐怖をあらわにする。
「レントミアは屋根の上からフォローしてくれ、ここは……俺がやる!」
俺は両端に配置していた「ワイン樽のゴーレム」――スターリング・スライムエンジン、スタンディングモードに戦闘開始の自律駆動術式を送り込む。完全に操作するのではなく、半自動制御で戦闘を行わせる為だ。
『フルフル』は俺の背後に配置したまま警戒を続行、イオラとリオラの前方に展開していた『ブルブル』に命じ、二匹の魔物にタックルするように突進させる。
二匹の甲虫型の魔物がワイン樽のゴーレムめがけて襲い掛かる。ガブァ!? グバァ! という不気味な咆哮と共に、硬い木と甲羅が激突する音が広場に響きわたった。
丈夫さだけが持ち味のワイン樽ゴーレムは、二匹の魔物の突進を受け止めていた。
ギ、ギギ、と鉄の手足が軋み悲鳴をあげる。
「イオラ、甲羅の隙間を狙え! 首の付け根だ!」
「――あぁ!」
俺の声にイオラは、はっとしたように頷き、猛然と走り出した。
<つづく>




