スターリング・スライムエンジン、『スタンディング・モード』
「イオラ、リオラ、馬車の後方を二人で守ってくれ、さっきみたいなミミズの奇襲にも気を付けるんだ!」
「わかった任せろっ! 賢者はどこに行くんだ?」
珍しく全力で走る俺を見てイオラが尋ねる。
「俺は馬車の前を守る!」
「賢者様が……一人で前を!?」
リオラが心配そうな表情で、俺に視線を向けた。
「案ずるな、俺にはいろいろと策があるのさ!」
奇襲を受けた混乱からマニュの励ましで立ち直った俺は、いつも通り不敵に笑って見せた。
俺は矢継ぎ早に指示を出しながら陣形を整えてゆく。
「レントミア、馬車の上で呪文詠唱の用意をしてくれ。例のアレをやるぞ!」
「――うんっ!」
レントミアが素早く馬車の屋根の上によじ登り、円環魔法の杖を取り出す。ぶんっと一振りし、魔法戦闘の準備を整える。円環魔法は切り札だが、準備だけはさせておくのだ。
ハーフエルフの魔法使いの右手には、夕べ仕込んだ『魔法の指輪』が光っている。
俺とレントミアの目には、まるでクモの糸のような魔力糸が見えていた。それはまるで運命の赤い糸のように俺とレントミアの指輪を繋いでいる。
「落胆。私の忌避の祝福が、効果を発揮していない……?」
「違うよ、マニュの魔法はちゃんと効いてる。いま接近中の魔物は、忌避しきれない中級以上の魔物だよ」
肩を落とす僧侶に、屋根の上からレントミアが優しい声をかけた。
「感謝。少しでも役に立てているなら……」
「マニュ、少しどころか大いに役立っているさ」
眼前に展開した戦術情報表示に感知された魔物の影は10匹。
マニュの唱えた忌避の祝福により「低級」な魔物の殆どは馬車から退けられているようだ。もし低級の魔物までもが押し寄せて来ていれば、こんな数ではすまないだろう。
雑魚とはいえ大量に接近されてしまえば圧倒され手に負えない。そうなればこの森から撤退するしかないのだから。
「うわ、甲虫系が7、芋虫みたいなヤツが3匹いるね」
「中級以上の選抜メンバーか、これはまたご大層な歓迎だな」
レントミアには「戦術情報表示」のウィンドゥが見えているわけではないが、自ら展開した索敵結界で感じた魔力波動の特徴で、ある程度の敵の種類がわかるのだ。流石は世界トップレベルの魔術師だ。
俺の場合はそれを更に進化させ、眼前に浮かぶ戦術情報表示にレントミアの検知した情報と同じか、それ以上の詳細な情報が表示されている。検索魔法と連動し、該当の魔物の記録から必要なデータを表示し、更に周囲の地形マップを重ねて表示している。
敵の位置や移動速度、進行方向が手にとるようにわかる――。これこそが俺が複雑高度に組み上げた自律駆動術式による「可視化」の技術だ。
敵の動きが手に取るように判るということは、常に優位に立てる。
もちろん、土の中に息を潜めていた死肉虫=大ミミズに気がつかないなど、「弱点」もあるが、それでも視界が悪い夜間や、森の中、ダンジョンなどで絶大な効果を発揮しうる。
ざっと見たところ、森の大きな木に隠れて同心円状に接近し、同時に一斉攻撃をするつもりらしい。と、更に二つ赤い点が増えた。全部で12匹……魔物はまだ増えるかもしれない。
木々に遮られ姿は見えないが、時折ビキ、ピキッと枝を折る音が近づいてくる。
周囲は全て鬱蒼と茂る木々で見通しの効かない森だ。俺達の馬車を中心に半径十メルテ程の範囲だけが開けた場所になっている。
足元はコケむした古い木々と湿り気を帯びた土で、倒木もある。
何らかの原因で元々あった木々が枯れ、森の中にぽっかりと空間が開いていたのだ。綺麗な水場もあり休息にもってこいだと馬車を止めたが、どうやらここは旅人を襲う魔物の狩場、罠だったようだ。
馬車の通ってきた道は、既に前後とも魔物に塞がれていた。
となれば、この広場のような場所で迎撃するしか手はない。
10匹を超える中級以上の魔物――硬い外殻に覆われた昆虫型の敵を相手に戦えば、屈強な戦士が何人いても数に押されやがて全滅しかねない。
だが、俺達は賢者率いる「暫定」ディカマランの英雄パーティーなのだ。
「マニュ! 今回はお前が馬車の絶対防衛ラインだ。プラムとヘムペロを頼むぞ」
「了承。子供達は未来の宝。私が……守る」
「マトモな事も言えるんだなマニュ」
おぉ、と一瞬感動する俺。
「養子。だってググレ君×レントミア君の、未来の養子になるのだから」
「もう玉砕覚悟で守ってろよ!?」
俺はマニュにプラムとヘムペロを任せ、馬車の前の方に向かって駆け出した。
そして馬車を引く魔法の馬――スターリング・スライムエンジンに手をかざす。魔力糸を魔法の馬のワイン樽の身体に幾本も更に打ち込み、俺の完全な支配下に置く。
――スターリング・スライムエンジン起動、『スタンディング・モード』!
ワイン樽に四足の鉄の足が付いただけの「馬」は、俺の命令に応えビシュゥ! と蒸気を噴き出すと、身体を震わせながら二本の後ろ足だけで立ちあがった。
「手数が足りないんだ。お前達にも……働いてもらうぞ」
『……フルフル!』『……ブルブル!』と、二匹の魔法の馬はそれぞれ嘶き、完全に二本足で立ち上がった。
その背丈は2メルテに達し、なかなかに威風堂々としたワイン樽だ。
これはいわば俺の魔力糸による有線操作の『簡易ゴーレム』だ。
フルフルとブルブル(ググレ命名)に俺が指示を与えると、二体のゴーレムは、ギシュギシュと全身を軋ませながら馬車から離れ、森の木々と俺達の中間地点で停止した。『フルフル』は俺の前方に突出させて配置、『ブルブル』は後方のイオラとリオラの更に前方へ突出配置するような格好だ。
俺は二体のゴーレムを「待機モード」で停止させる。もし魔物が接近すれば、あとは自動で迎撃……つまるところ殴りかかる仕組みだ。
「すげぇ! あれも賢者の力なのか……」「強い……んですよね?」
イオラとリオラが二足歩行の「樽」を見て驚きと困惑の声を漏らす。
「あぁ、強いぞ! ……普通のワイン樽の三倍ほどな」
キラリンと俺は眼鏡を光らせる。
「にょぉお! ググレめ禁断のゴーレムを起動しおったか……かつて魔王城でワシの配下のゴーレムの制御を奪い、壊滅させれくれた苦い思い出がぁあ……」
「ヘムペロちゃん!? しっかりするのですー! 何処か痛いのですかー!?」
「にょ!? プラムワシは頭など打っとらんにょ!」
プラムに心配されるようではヘムペロもおしまいだ。
スターリング・スライムエンジン『スタンディング・モード』は実は格闘戦に強いとか、機動性が高くなるとか、そんな事はない。
存在そのものの威圧感と敵の気を引く「カカシ」としての役割、足止めを狙ったものだ。
魔物が一気に突進して間合いを詰められないようにする為の、いわば「弾除け」だ。それでもこの状況下では無いよりは遥かにマシだろう。
「ところで賢者! 敵はどこから何匹ぐらい来ているんだよ?」
イオラが痺れを切らして叫んだ。
戦術情報表示が感知した魔物の数は十二匹。
徐々にその距離を縮め、最も近いもので二十メルテ程まで近づいている。俺達のすぐ目と鼻の先まで近づいてきていた。
だが、目を凝らしても深い木々が邪魔をして、魔物らしい姿はまだ見えない。通常ならこの段階でも誰も気がつかないだろう。
統率する魔物は見当たらないが、大ミミズの奇襲で混乱したところを一気に取り囲んで襲うのが、この森の魔物たちの戦術のようだ。
「イオラの前方から6匹接近中。今は20メルテほど先だ。全て昆虫型、あと二分で接敵するぞ」
俺は情報を正確に、淡々と告げる。
「虫か……。奇襲したり木に隠れて近づいたり、気に食わなないぜ」
イオラは鋭い視線で磨きたての短剣を森の奥に向けて構える。リオラもイオラのやや後ろで身構えるが、不安げな視線を兄に向ける。
「でも六匹も来られたら私達……」
「大丈夫、俺が全部倒してやるぜ!」
「バカイオ……六匹だよ? わかってるの!?」
リオラが思わず苛立たしげに声を荒げた。
リオラはしっかりして見えるが普通の女の子だ。その常識的な心配も当然の事だ。
人間の肉を喰らうという先ほどの大ミミズのような魔物が群れで来るのを迎え撃つなんて、本来なら恐怖に駆られ逃げ出してもおかしくはないだろう。その気持ちを支えているのは兄の存在と、背後の馬車に押し込んだプラムとヘムペロの為なのだ。
ならば、これ以上心配させないように、俺が状況を変えてやる。
「リオラ、心配はいらない。今から俺達が魔法を見せよう。そう、新しい魔法だ」
俺は指先で目の前に浮かぶ戦術情報表示の中で輝くいくつかの赤い点を指差して選択していく。この「点」は全て敵だ。俺達の居る場所の周囲をぐるりと取り囲んでいる魔物達だ。
敵の中で最も脅威となりうる、超硬質の外殻を持つ敵と、最も近づいている敵、計4体を優先的に排除することにする。
「先制打撃といこうか、レントミア」
「いいよ、ググレ!」
馬車の上からレントミアがよく通る声で叫んだ。
さぁ、賢者のパーティの力を、とくと味わうがいい。
<つづく>




