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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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★湯煙の向うの、魔界

「ウチは今、二人部屋なら四つ空いてるアルネ」


 恰幅のいい宿屋の主人はそう言って長いカイゼル髭を撫でた。


「四部屋か、それで構わない。前金でいいか?」

「毎度アル。あ、ウチ自慢の露天風呂は男女別アルネ! お客さん……女の子多いからって一緒に入っちゃダメアルネー」

 ドゥホホと豪快に笑う主人から、俺は四つの鍵を受け取った。


 秋の観光シーズンに魔物狩りの季節が重なって、宿屋はどこも満室だった。

 町の中心から少し外れた通りで、でようやく空きのある宿屋を見つけたときはもう夕方近かった。

 宿場町ヴァース・クリンに着いてからというもの、イオラとリオラの鎧を買い揃え、その後はプラムとヘムペローザにせがまれて、屋台でしこたま串焼肉を買い食いしていたのだ。

 レントミアとマニュフェルノとはその後合流したのだが、二人で町を散策していたようで、五回もナンパされたとぷりぷり怒っていた。まぁ無事で何よりだ。……相手が。


 俺達が宿泊する宿『銀河パレスホテル』は、全部で十部屋しかないような古びた宿だ。しかし小さいながらも掃除は行き届いていて、露天風呂も広そうだ。よく言えば「隠れ家のようなひなびた温泉宿」か。部屋は二階の突き当たりから並んで四部屋だ。


「さて、部屋割りをどうしようか……」


 俺達は狭い階段を上りきった踊り場で、鍵を見つめて思案した。


 俺とイオラ、レントミアは男子だ。女子はマニュにリオラにプラムにヘムペローザ。

 うーん、どう分けようか? 俺とプラムが一緒でもいいな。あとは適当に……。


「ワシとプラムは同じ部屋がいいにょ! 今夜は女子の『ぱじゃまぱーてぃ』にゃ!」

「ぱじゃまぱーてーなのですー!」

「リオラも後で来るがいいにょ!」

「うん! 行くね」


 謎の女子会を提案するヘムペローザにつられてプラムも腕を振り上げる。リオラも参加するらしい。まぁ気の合う女の子同士、今夜ぐらいは好きにさせてやろうか。

 プラムの体調が心配だが、魔力糸(マギワイヤー)で繋がった水晶ペンダンもあるし、遠隔で生体反応をモニターしておけば問題ないだろう。


「では仕方ないな、俺とイオラで……」

 俺が男同士の友情を育もうかな、なんて思っていると、


「私、イオと一緒がいいです」

 リオラが静かにそう言って、俺の手からすっと鍵を一つ持ち上げた。

「俺も、リオと同じ部屋がいいな」

 互いに微笑んで、自然にイオラがリオラの荷物を運んでやる。


「そ……そうか、そうだな」

 ま、別に身内なんだし、組合せ的には問題無いわけで。


 なんというか、イオラとリオラには他人が入り込めない「瞬間」みたいなものがあって、それはおそらく強い絆のようなものだと思うが、少し羨ましくなる時がある。

 少なくともそれは俺は産まれてこの方、誰とも感じた事のないものだ。


 残るは僧侶マニュフェルと魔法使いレントミアだが、もう考える余地はなさそうだ。


「ボクはググレと一緒でいいよ。ね?」

 ぱぁ、と明るい表情で楽しげなレントミア。窓から差し込む午後の日差しが整った輪郭と柔らかそうな髪を照らしている。

「そ、そりゃまぁ、そうだな」

 別に男同士だし、何も気を使う必要はない……よな。うん。


「単独。宿泊希望。一気にペン入れする予定。だけどアシスタント募集中」


 びっと親指を立てて、鼻息荒く部屋の方を指差すマニュ。なんだが俺の方を見る笑顔が怖い。

 思わずジト目をなげかける。


「なんでお前の同人誌作成に俺が手を貸さにゃならんのだ……」

「彩色。ググレ君の髪の部分は黒ベタ塗りが大変、レントミア君の髪は薄墨でいいので」

「だからなんでそういう作品前提なんだよお前は!?」


 俺達の不毛なやりとりを尻目に、双子の兄妹とイオラとヘムペロはそれぞれの部屋に入っていった。「わー結構きれい!」「窓から町が見える」「にょほほ、ワシの城にょー!」と歓声が響く。


「はぁ……」


 俺もなんだか疲れた。流石に眠い。今日は飯を食べたら風呂に入ってゆっくりしよう。


 ◇

 

 宿の一階にある渡り廊下を進むと、板塀に囲まれた露天風呂があった。

 岩を配した本格的なつくりで、男女は板塀で分けられている。源泉賭け流しは嘘ではなく、真鍮製のパイプを通って熱いお湯が注がれていた。


 時間が早いせいか、他には誰も入っていなかった。今なら貸しきり状態だ。


「おぉー!? すげぇ!」


 イオラが興奮し飛び込む。いきなり飛び込むんじゃない! 全身を洗ってからお風呂に入るのは異世界でも同じマナーだろう。


「他に誰もいないし、これならボクも平気」


 他人に肌を見られるのが恥ずかしいというレントミアが、俺の背後にへばりついて周囲を伺っている。

「あ、あまりくっつくなよ……」

「だって知らない人に見られたら、嫌だもん」

 といって背中にぴとりと密着する絹のような柔肌の感触が……って、マニュの同人誌みたいに言わせるな!


 入ってみるとお湯は熱く快適だ。これはいい! 疲れも取れそう。

 ひゃっはっぁ! と、誰も居ないのをいいことにイオラが泳ぐ泳ぐ。そういうところはアホ少年丸出しだ。


 その脇ではレントミアが人魚のような格好で露天風呂脇の岩に腰掛けて、足をじゃぶじゃぶさせている。細身の裸体とかが湯煙で見えなくて正解だ。


 カポーン、という風呂桶の音と、きゃっきゃ! と楽しそうな声が板塀の向こうから聞こえてくる。


「時にイオラ君。隣は女子風呂だ」

「はぁ……?」

「隣は女子風呂だ」

「二度も言うな! だからなんだよ? ……まさか、賢者おま、覗くとかいうなよ」


 イオラが半眼で俺を睨む。


「バカを言うなイオラ、賢者な俺が覗くとでも?」

「違うのか? ……リオも入ってんだからな、覗いたら承知しねぇぞ」


 マジメな顔でいきり立つイオを俺は制する。

 まったく、若いというのに夢の無いヤツだな。

 女風呂はロマンだ楽園だ! と誰が言ったかは知らないが、一つだけ忠告しておこう。

 隣は楽園じゃない、魔界だ。


 俺はザバァと立ち上がった。立てよ、男達。


「――チッ……!」


 途端に、板塀のほうから激しい舌打ちが聞こえた。


「邪魔。どいてググレ君! 見えない……イオ君の……うら若き肉体、レントミアきゅんの……透けるような白い肌、ハァハァ……」


「覗くんじゃないこの変態僧侶がぁああっ!」


 俺は板塀の節穴めがけて、思い切り桶を投げつけた。

 覗くのは男の役目だろうが!


挿絵(By みてみん)


 ◇

 

『でさ――――』

『――――あはは、もう、イオってば』

 

 隣の部屋から、和気あいあいとした話し声が漏れ聞こえてくる。隣のイオラとリオラの部屋からだ。

 反対側の部屋からも『ですー』とか『にょ』と聞こえてくる。そろそろ子供は寝る時間だと、叱りに行くべきか。


 対して、俺とレントミアの部屋は静かなものだ。窓の外はすっかり日が暮れて街の明かりが灯っている。

 俺は明日からの旅の準備で自律駆動術式(アプリクト)の仕込み中なのだ。今回の旅のために特別に開発した新しい術式もあるわけで、実戦で利用できるように「最適化」をしている最中だった。

 

 レントミアは妙に大人しいが、眠いのかベットにもぐりこんで、首だけを出して俺をずっと眺めている。

「ねーググレ。ひまー」

 翡翠のような暗緑色の瞳がまたたく。

「後でな」

 以前の旅では、馬車の中でレントミアと将棋に似たボードゲームをやることが多かった。今は持ち合わせていないが。

「ぶー……」

 何かを企んでいる目つきだが。

 と。


「ググレ、昨日さ、コンボ攻撃……したよね」

「あ、あぁ。長遠距離射撃なんて、初めてにしちゃうまくいったがな」

「うん。ボクとググレで、もう少し旨く連携できないかな? 例えばググレが認識した敵の位置を、魔力糸(マギワイヤー)で直接ボクに送ってくれれば、正確に早く対処できると思うんだ」

「なるほど……それは、アリだな」

「でしょ?」


 俺は自分のベットにあぐらをかいたまま、考えた。

 確かに直接データリンクして、情報をレントミアに送ってやれば、連携はもっとスムーズに行くはずだ。優先的に対処すべき目標の座標位置、方向、距離をレントミアが知れば、正確に狙撃だって可能だ。


「悪くないな、だが、レントミアと俺とで直接魔力糸を繋ぐには、水晶か何か、魔力をプールできる媒体が欲しいな」

「んー、そんなコトしなくても、身体同士で直接繋げばいいんだよ」


 もぞもっとレントミアがベットのなかで蠢く。まるで芋虫みたいな動きだ。


「一種の契約術式か……? どうやって?」


 なんとなくだが、嫌な予感しかしない。


「ちなみに、ボクは今、裸です」

「…………で?」

「これ以上言わせないでよ、もう」

 レントミアが頬を赤くして、少しずつ毛布をめくる。細く白い鎖骨と、首筋が……


「アホか――ッ!」


 俺は思い切り枕を投げつけた。ふぎゃ! と悲鳴が上がる。

 ったく、どいつもこいつも。


 だが、データリンクの話は一考の余地がある。それは戦闘時の戦術情報を、魔法使いと賢者が共有し運用するという発想は、勘と経験に頼るやり方よりは、何倍も確実性が高い。


「冗談だよー。でもこれで戦いは有利に進められても、竜人(ドラグゥン)から血を貰うのは……至難の事だよ」


 真剣な眼差しで、レントミアが言った。

 その通りだった。人間嫌いで知られる竜人から、命と同じ価値を持つ血を貰うなど、普通に考えればできる筈がない。


 とはいえ、戦って傷つけるなんて考えは毛頭無いのだ。


「わかってる。その為の策を……準備しているのさ」


 俺は、小さく呟くと、手元に戦術情報表示(タクティクス)を幾つも浮かび上がらせた。


<つづく>

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