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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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★宿場町ヴァース・クリン

「町のあちこちから、もくもく煙が出ていますよー?」


 プラムが馬車の脇の小窓から顔を覗かせて目を丸くしている。横から黒髪のヘムペローザもにゅっと顔を出す。


「にょほほプラム、あれは湯気じゃ、この辺りは温泉が湧いているからにょ」

「おんせん?」

「地面から湧き出るお湯の事にょ! 天然のお風呂にょ!」

「ほわぁ……!? す、すごいのですー!」


 馬車の後ろでプラムとヘムペローザがそんな会話を交わしている。

 俺達が辿りついた国境の宿場町ヴァース・クリンは、大陸の中央まで連なるパルノメキア山脈の一番東側に位置し、なだらかな山間に築かれた温泉宿場町だ。


 昔ながらの風情を残す「旅人の宿」や、大型の団体観光客をも受け入れ可能な大型の宿泊施設まである、かなり大きな宿場町だ。

 お湯はあちこちから豊富に湧き出ており、どこの宿でも「源泉かけ流し」の露天風呂が使えるのが特徴だ。

 メタノシュタット王国やカンリューン公国への交通の要所として古くから栄え、ここを拠点にパルノメキア山脈を越える旅路に向かう者、北方の懐に広がるキョディッテル大森林での魔物狩りに赴く者、更に西に進みカンリューンのシケットゥル湿原へ向かう者も多い。

 俺達が目指すのもキョディッテル大森林の奥深く、『竜人の里』だ。


 一刻も早く向かいたいところだが、焦りは禁物だ。パーティの面々も流石に丸一日近く馬車に揺られて幾分疲れが見える。ディカマランの英雄の三名以外は、元々旅にも慣れていないので、今夜はゆっくり休ませてやりたいところだ。


 俺達の馬車は宿場町の門をくぐり、人々で賑わう商店街や、様々な大きさの宿屋を横目に眺めながら、駐馬場(※馬車を止めておく公共の駐車場)へと馬車を滑り込ませた。

 周囲にはキャラバン隊の馬車や、個人の馬車、行商の馬車と数多くの馬車が駐車していて、馬車の前で商売を行っている連中も見える。


「よし、到着したぞ! 今から宿に向かう。必要な荷物以外は置いていって構わないぞ」


「了解。執筆セットですね、わかります」

「オレはこの剣さえあれば他はいらない」

「……イオ、着替えと洗面道具忘れずに」

「お菓子、お菓子の袋は忘れないのですー!」「今夜はパジャマパーティにょ!」


 それぞれが身の回りの荷物を持って馬車を降りる。


「旅のお方、施錠魔法(セキュアス)はご入用かね? 一晩二十ゴルドーだよ」


 馬車から荷物を降ろしていると、ニコニコと笑みを浮かべた中年の魔法使いが近寄って俺に声をかけてきた。ヨレヨレの年期の入った紫色のローブに古びた藤蔓の杖を持っている。


「あぁ、必要ないよ。連れに魔法使いが居るんでね」


 俺は指でくいっと屋根の上を指差した。

 昼寝をしていたレントミアが眠い目を擦りながら、あくびをしている。

 可愛い顔をしたハーフエルフの少年が、俺の目線に気づいて小さく手を振ってよこす。

 中年の魔法使いは一瞬目つきを鋭くし、しかしすぐに穏やかな顔を作った。


「……そうかい。この辺りは馬車荒らしも出るんでね、せいぜい気をつけることだ」

「ご心配なく。連れの施錠魔法(セキュアス)を解呪出来るやつは、そう居ませんから」

「ヒヒ、それは心強いことで。では……」


 嫌な笑みを残し、魔法使いは後から入ってきた馬車の方へと歩いていった。


「賢者、今のは?」

「施錠屋さ。馬車を護る魔法をかける商売だよ」


 オレはイオラの鳶色の瞳を見つめながらそう答えた。

 停車した馬車に見張りでも居ればいいが、留守にする場合は「車上狙い」を防止する為の魔法をかけるのが一般的だ。それを代行してくれるのが「施錠屋」という商売だ。

 落ちぶれた低位の魔法使いや、引退した魔法使いが小遣い稼ぎでやる場合が多い。

 

 施錠魔法(セキュアス)の効果は、触ると電撃のような衝撃が走ったり、大きな音が出たりと脅かし程度だが、盗人が荒らしている現場を見つかれば、即刻他の馬車主が駆けつけて捕まえるか、ボコボコにされて衛兵の詰所に突き出されることになる。

 泥棒を働く側にしてみれば、それでも十分な阻止にはなるのだ。


「へぇ……! けど、まぁオレらにはレントミアさんがいるもんな」

「まぁ、それもあるが……ああいう輩は、窃盗団とグルかもしれないんだ」


 安い値段で施錠魔法(セキュアス)を施して、仲間が来たときに解除する。そんな詐欺まがいの施錠魔法使いには注意だ。あるいは、無理やり解呪(ディスペル)をする魔法使いもいたりする。


「そ、そういうもんなのか!?」

「俺達は伊達に長く旅をしていないさ」


 俺は余裕の笑みを見せて、リオラが馬車から荷物を降ろすのを手伝う。ほぉぉ……と、イオラとリオラがあらためて俺とレントミアに尊敬の眼差しを向ける。


「では、頼むぞレントミア」

「うん! 施錠魔法(セキュアス)! ――痛覚(ペイナス)


 途端に薄絹のような光の幕が馬車を覆った。もし馬車に悪戯をしようとする者が居れば触ったとたんに全身に痛みが走り、悪さは出来ないはずだ。


「ボクのは死んだ方がマシ、って思うくらい痛いからねっ」


 とんでもない事をさらりと言いながら、昼寝で乱れた髪を整えるレントミア。


「どれ、念のため俺もかけておくか」


 俺も自律駆動術式(アプリクト)から『施錠魔法(セキュアス)』の『狂乱(マドナス)』を選び、馬車に対して自動詠唱(オートロード)を実行する。


「わぁー、ググレさまの魔法なのですー!」

「ダメだプラム! 俺が明日、解呪するまでは触るんんじゃないぞ」

「……? 触るとどうなるのですかー?」

「レントミアの『激痛』に続いて、『脱糞(ダッフン)だぁ!』と半狂乱で叫び続ける事になるのだ」

「こ、こわいのですー!」


 プラムがぴゅっと皆の後ろに逃げ込む。

 ぐふふ、と黒い笑みを漏らしながら視線を先ほどの中年魔法使いにチラリと向けた。


「賢者、おま……ほんと性格歪んでるな……」

「ふふん。これが経験値というものだ」


 イオラとリオラの尊敬の眼差しが、一瞬で「引き」に変わる。

 だが、やりすぎという事はない。長年の経験上、これぐらいはしておかないと安心できないのだ。

 

 ――何よりも馬車には、大切な薬の材料が積んであるのだから。


 ◇

 

「この町も人が多いのですねー」

「メタノシュタットとはまた、雰囲気が違うにょぅ?」

「あぁ、ここは旅の拠点だからな。護衛業者や商人が多いんだ。装備をそろえたり、買い物をしたり、ご飯を食べたり……、いろいろさ」


 いかにも冒険者という格好の一向や、物を売りに来たと思われる行商人、そして旅行を楽しんでいるという感じのお供を連れた金持ちなど。歩いている職業も格好も様々だが、誰もがこの町の「宿と温泉」を目当てに来ているのは間違いなさそうだ。


 俺の両手には、プラムとヘムペローザがぶら下がっていた。

 小さな手がぎゅっと俺の両手をそれぞれ握っている。右手に赤毛のプラム、左手に黒髪に褐色の肌のヘムペローザという珍妙な組み合わせ。

 人ごみでの迷子防止という理由なのだが、これでは完全に子連れにしか見えない。

 俺はまだ独身で絶賛彼女募集中の身なのだが……?


 後ろからは面白い物でも見るように俺を眺める美少年ハーフエルフと、銀髪のお下げを揺らしながら歩く、僧侶姿の眼鏡少女がついて来ている。

 レントミアが美少女にでも見えるのか、すれ違う通行人が、時折はっとした顔で振り返っては目を丸くしている。

 更にその後方に、辺りをきょろきょろと物珍しそうに見回す双子の兄妹が続く。

 本来の前衛と後衛が完全に入れ替わった格好だが、町の中での隊列だから問題はない。


 宿場町ヴァース・クリンのメインストリートである『湯煙(ユミ)(カーオル)り』には、旅に必要な道具(アイテム)を売る店、武器や防具を売る店、そして温泉街特有のみやげ物を売る店などが並んでいる。


 香ばしい香りを通りに漂わせているのは、この地方特産の様々な野生動物の「味付け串焼肉」を売る店だ。女戦士ファリアが飛び上がって喜んで片っ端から食べ歩いていたことを思い出す。……あいつは肉好きだからなぁ。

 実を言うと俺やディカマランの英雄は、以前もこの町を訪れたことがあった。だから宿や店の並びの勝手はわかっていた。


 と、俺は一軒の店の前で足を止めた。看板には『武器と防具の店、なまくら亭』とある。


 レントミアとマニュフェルノは武器には興味がないらしく、二人で近所を散策してくると言い残し、どっかへ行ってしまった。

 美少女二人(見た目だけだが)ではいささか不安だが……。まぁ大丈夫だろう。


 俺は他のメンバーを引き連れて店に入り、イオラとリオラの装備を見繕うことにした。

 店の中は狭いながらもいろいろな武器や防具が並んでいる。

 対野獣用の大型の剣や斧、そして女性向けに装飾の施された細身剣(レイピア)が並べてある。防具は鋼鉄製の重装甲甲冑(ヘヴィアーマー)よりは、動き重視の軽いものが多い。


 俺がその中から選んだ装備は、イオラとリオラの体力に合わせて軽く、動きやすさを重視したものになった。

 身体の一部だけを覆うような部分型(ハーフ)(レザー)(アーマー)

 鉄の武器での斬撃や、剣の突き対する防御には心もとないが、この辺りに出没する動物型や昆虫型の魔物がもつキバやツメから身を守には十分だろう。


「どうだ、着心地は?」

「お、ぉお! なんか凄くいいぜ! 軽いし」

「私も、なんだか恥ずかしいですけど、ぴったりです」


 イオラは胸と腹部を護り、左肩から左の手に沿って覆うような鎧だ。左側で受け止めて、右手に持った剣で攻撃するように左右非対称の形に加工してあるのだ。足元には膝とすねを守る一部分だけの物をしつらえた。

 イオラの持っていた『錆びた短剣』も買い替えを考えたが、イオラにとっては馴染みがあり、重さや長さが丁度いいらしく、今回は店の奥の鍛冶場で、打ち直して整備してもらう事になった。


 リオラの鎧もイオラと同じ(タイプ)の皮の鎧だが、両手の手甲の防御部分を、ヒジまで覆うものに変えてみた。

 母の形見だという『炎の鉄拳(ブラスナックル)』を装備し、打撃での近接格闘戦に対応した装備を選んだのだ。二人ともよく似合っている。

 しめて三百二十ゴルドーだ。


挿絵(By みてみん)


「あ、あのさ。でも……その、俺……お金無いんだ」

「賢者様、ごめんなさい。私もお金もってません……」

 二人は困ったように、顔を見合わせてうつむいた。


「金の事なら心配しなくていい。俺が君達を『雇った』事にしておけばいいだろう? 装備はこちら持ちだ、もちろん宿と食事もだ」

「そんな……!」「いくらなんでもそれは……」


「にょほほ! 賢者は可愛い魔物を倒しまくってお金を稼いだ悪党じゃからにょ、それであの屋敷も買ったのにゃ! これぐらいの小銭なんぞがっ!?」

「だまれアホっ」

 俺はヘムペロの頭にゲンコツを振り下ろした。もはやプラム同様、容赦無しだ。

「い、痛いにょおのれ……賢者め」


 この世界では「魔物を倒せばお金が出てくる」なんて便利な仕組みは存在しない。

 王政府が「この地区の魔物を狩ってくれれば、一匹辺りいくら払いますよ」という御触れを出した場合に、護衛業者(傭兵や冒険者)が魔物を狩り、その働きに応じて支払われる、実績歩合制だ。

 証拠として魔物の身体の一部、キバや角などを王政府の役場窓口に提出してはじめて、報酬金がもらえる仕組みだ。

 増えすぎて危険を及ぼす魔物が増えた場合、そうして地域の安全を確保する仕組みが働くのだ。

 

「まぁ、とにかく。俺達は一応『世界を救った英雄』なんだ。お金に関しては王政府から、たんまりもらってるのさ」

「賢者……ホントに、いいのか?」


 二人に余計な心配をさせないように俺は、静かに微笑んで見せた。勇者になりたいと俺の館を訪ねてきたのも何かの縁だ。

 何よりも、この二人には素質がある。本当に「勇者」を目指すかどうするかは、これからいろいろな事を経験して、それから決めても遅くは無いのだ。

 平和な村での暮らしも良いだろうし、世界を回る冒険だって悪くない。


「賢者様! ありがとうございます」

「あ、ありがと……、うございます」


 俺は明るい笑顔を浮かべる二人の肩をポンと叩いて、いいってことさ、と言って店を出た。


 イオラの剣が仕上がるのは明日の朝だという事だから、あとは宿に行って部屋を取り、食事とお楽しみの……温泉だ。

 

 と、通りの中央を物々しい一団が通り過ぎてゆくのが見えた。

 ガシャガシャと鉄製の防具と武器で身を固めた重装備の戦士達だ。雇われた傭兵らしいが数は二十名ほど。見るからに屈強そうな連中だ。

 通りの居た人々がギョッとして思わず道を開け、その一団を見送る。

 そして更に目を引いたのは、後ろに続く魔法使い達だった。顔つきと漂ってくる魔力から見ても中級以上の手練れの魔術師たちだ。

 全部で三十名ほどの集団は、町の外に向かってズカズカと移動していった。


「……あれは、狂狼属(バブレス・ウォルフ)(ロード)狩りの一団ですな、この辺りを荒らす狼どもとその『王』で、とんでもなく強くて狡猾なヤツなんだとか」

 

 武器屋の店主が後ろから俺達に声をかけた。

 狂狼属(バブレス・ウォルフ)(ロード)……? あぁ、あれか。


「先日も大型の馬車が襲われて大損害をだしたばかりでさぁ、魔法使いも居たようだが、てんで歯が立たなかったとかで……流石に王政府も重い腰を上げて、ようやく戦力揃えて討伐戦だとさ」

「へぇ……。まぁ、あれなら大丈夫でしょうな」

 俺は店主の言葉に頷いた。

「だといいが」

 店主はそう言って店の中に戻ってしまった。


 それは夕べ俺達を襲ってきた狼の群れと『王』だろう。レントミアの円環魔法(サイクロア)の直撃を受けて、黒焦げの死体でも残っていれば幸運な方だろうが……。

 残るは手下の狂狼属だけだし、連中の仕事はすぐに終わるだろう。


「な、なぁ、賢者、今の話って……夕べの?」

「あぁ、俺達が倒したやつだろ」

「やつだろ……って」


 俺の興味無さげな返事に、イオラは信じられない……という面持ちで完全武装の大集団を見送っていた。


<つづく>


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