人造生命体(ホムンクルス)の少女、プラム②
俺はプラムから差し出されたスプーンを受け取ると、紫色でグチョグチョした謎料理に差し入れてかきまわした。
何とも言えない異臭が鼻を突く。
「食べてください、ググレカスさまー」
「あ、あぁ……? 頂くよ。それと、堅苦しいからググレでいい」
「ググレ……さま、召し上がれなのですー!」
プラムがニコリと微笑んで、期待に満ちた瞳を向けてくる。
人造生命体とはいえ、プラムには自分の考えはもちろん、喜怒哀楽、豊かな感情もある。見た目も行動も人間の「女の子」と変わらない。
すこし悲しげに眉を曲げられたりすると、きゅっと胸の奥が締め付けられる。
ゴクリ……。
とはいえ、プラムに料理を作れるほどの知恵があったか怪しい。
嫌な予感しかしないが、スプーンでかき混ぜてみると、シチューとジャムを混ぜたようなドロリとした手ごたえだ。何かを煮込んだものらしいが、正体が全く不明。おまけにツンとした得体の知れない臭気が鼻を刺激する。
思わず顔をしかめながら、隣で俺の様子を伺っているプラムに尋ねる。
「中身は何だ……?」
「えとですね、セシリーお姉さんが差し入れてくれた『さんどいっち』を煮込んだ……シチューなのですよー!」
えへん! とでもいいたげな顔でプラムがふんぞり返る。
「煮込むなよ!?」
「焼けばいいんですかー?」
「サンドイッチはそのままでいいんだよ!?」
「えー、プラムわかんないですー」
――イラッ。
俺が渋面を浮かべると、てへっ☆、と片目をつぶり舌先を覗かせる。
「ま、まぁいい。味見はしたのか?」
「してないですよー。だって、不味そうなのですしー」
「おいまて!?」
俺の怒気を孕んだツッコミに、プラムがひゃー、と身を固くする。
「どうして怒るのですー?」
「うっ……」
その顔には素直な困惑の色が浮かんでいる。
アニメやマンガならここで鍋の中身を頭からブチまけるところだが、俺は仮にも名の知れた賢者さまだ。ちょっとの事では怒らない寛大な心の持ち主でもある。
プラムは元気だけが取り柄のアホの子だから、多少の事は目をつぶろう。
その心は時に人間以上に純粋で、真っ直ぐな事を俺は知っているからだ。
俺は、はぁと溜息をついてから、鍋の中身をスプーンですくい上げた。
「まぁ……見た目はアレだが、せっかく作ってくれたんだしな」
「ググレさまー……!」
プラムの顔がぱあっ、と笑顔に変わる。
単純な奴め。
俺はプラムの期待に満ちた瞳に促されるように、ドロドロした紫色の物体を恐る恐る口に運んでみた。
「ぐ――ぉッ!?」
口の中が、死んだ。
溶けたチーズとふやけたパンにレタスの食感のコラボレーション。
おまけに、舌にまとわりつくシチューの味は『サンドイッチの煮込み』という割には何故か酸味が効いている。
なんというか、まるで胃の中から逆流してきたアレの味に似ているというか……。
「どうですか? お砂糖とお酢で、お腹に優しい味付けなのですー」
「思いっきりゲロ味じゃねーか!? オゥエ……」
俺はたまらずプラムの頭を思いきりペチーンとひっぱたいた。
「きゃんッ!?」
「い、痛い……!? 酷いのですーググレさま!」
プラムが涙目で頭を押さえて抗議する。
賢者でもこれはキレていい。
「黙れこのバカ! なんてもの食わせやがる!」
「プラムは少しでも消化のいいものをとー……」
「じゃぁまずはプラムも食べてみないか、んんーっ?」
俺はプラムの下あごをガッ! と押さえて口をこじ開け、スプーンでゲロ風味の煮込み料理を流し込んだ。
「ぶげ……不味ッ!? うぉえー!」
プラムが涙目で逃げ出す。
緋色の髪をなびかせて部屋の反対側まで逃げて、喉を押さえてゲーゲーえずいている。
「ひひひ、酷いのですー!」
「どっちがだ!? せめて自分で味見してから出せ!」
「うぅ……ググレさまのバカ」
「よし、全部食わす!」
俺は鍋を抱えたまま、プラムを猛然と追い回した。
と、まぁこんなドタバタとした毎日が、かれこれ『一ヶ月』ほど続いている。
そう。
プラムを創りだしてから既に、三十日が過ぎていた。
設計寿命は「三日」だったはずのプラムが、今日も生きているのだ。
俺は驚きと共に戸惑いを感じていた。
けれど、どこかで安堵している自分もいる。
人造生命体は時が来れば活動を止め、分解してしまう……と魔法の書物には書かれていた。けれど十倍近い日々を過ぎた今日も元気いっぱいだ。
……何故だ?
何か奇跡でも起きたのか?
元々が「失敗作」である以上、寿命設計も狂ってしまったのか、それとも混ぜこんだ竜人の血による生命力が原因か?
考えられる要因はいくつかあるものの、まるで原因が判らないのだ。
プラムが元気よく跳ねて、くるりとターン。緋色の髪がその後を追って、ふわりと舞う。
「ググレさまー、遅いですよー!」
「うぬぬ、すばしっこいやつめ……」
その笑顔は、健康な少女の輝きに溢れている。
プラムの寿命が今すぐ尽きてしまうようには、とても見えなかった。
だがそれは逆に、俺の心にじわりと影を落とし始めていた。
――あと何日、元気で居てくれるのだろうか……?
実験が思いがけない結果に至ったことに落胆しつつ、今日もプラムが元気でいてくれることにホッと、安堵している自分がいることに俺は気がついてた。
◇
「ったく」
追いかけっこに飽きた俺は、溜息をつきながら窓の外を眺めた。
書斎は二階にあり、ここからの眺めはなかなかいい。
窓から見える空は青く澄んでいて、ちぎれ雲がぷかぷかと浮いている。
視線を屋敷の手前から移動させてゆくと、屋敷の周りはよく手入れされた庭木や芝生が陽の光を浴びて輝いてる。
人が乗り越えられないほどの石垣の巡らされた屋敷の敷地の外は、村の農民たちが所有する畑や、清らかな水の流れる小川、なんとも牧歌的な風情を醸し出す、メルヘンチックな屋根の家々がぽつぽつと並んでいる。
天気さえ良ければ、十キロメルテ南にある王都メタノシュタットの城が見える事もある。
かつての過酷だった冒険の日々がまるで嘘のように平和だ。仲間たちと過ごした時間が、随分と昔の事のようにさえ思えてくる。
今の俺はこうして屋敷に引きこもり、のんびりと読書と研究に明け暮れる毎日を、平和を謳歌している。
だが静かに安寧に、とはいかないようだ。
「じゃぁ、お料理教えてくださいなのですー」
プラムが今度は俺の腕にしがみ付いて、上目づかいで甘えてくる。
ぴょんぴょんと跳ねる様子に、思わず頬が緩む。
「料理……か」
料理なんて作った事は無いが、俺には検索魔法がある。調べればなんとかなるか?
コイツを錬成したことに比べれば、料理なんて大したことのない作業に違いない。
「プラムはググレさまに喜んで欲しいのですー!」
にこにこと屈託のない笑顔を向けてくる。
「あーもう、わかったよ」
じゃれついてくるプラムを引きはがして、俺は立ち上がった。
せっかくのサンドイッチを食いそびれた俺は空腹だ。とはいえ、プラムに作らせるくらいなら、俺が作ったほうがいいに決まっている。
「サンドイッチの残りは無いのですよ? お料理、できますかー……?」
「あのな、サンドイッチは食材じゃない。それ自体が料理なんだ。まぁ、今度は俺がやるから、黙って見てろ」
おれはぶっきらぼうに応えると、つかつかと台所へと歩を進めた。
「わぁ……ググレさまのお料理たのしみですー」
「棒読みだな!?」
――けれど。
静かで孤独だった俺の日常が、少しだけ楽しくて賑やかなものになった事だけは確かなようだ。
<つづく>