夜の旅路と、満天の星と
「賢者、今のは!?」
「大丈夫ですか賢者様!」
「ググレさまーっ!」「やったのかにょ!?」
馬車の屋根から荷台へと降りた俺とレントミアを、イオラとリオラ、そしてプラムとヘムペローザが出迎えてくれた。
「もう心配ない、魔物の群は去った。敵の親玉も……レントミアがやっつけた」
「さっきのとんでもない爆発がそれか! レントミアさんは……本当にディカマラン最強の魔法使いなんだなっ!」
「レントミアさま、凄い……!」
双子の兄妹は、心底感動したといった様子だ。リオラはキラキラと瞳を輝かせ、イオラは全身で勝利の感動を表現している。
荷馬車の防衛というこの二人の活躍が無ければ、プラムとヘムペロが本当に危ない目にあうところだったのだ。
「イオラ、リオラ。君達にも感謝する。ありがとう」
俺は心から礼を言った。
「賢者に褒められた……なんか照れるな」
「私達はただ、賢者様の指示通りに後ろを護っただけです」
なんだ、意外と素直じゃないか。中学生ぐらいの年頃の二人は、反抗期というか、どうも俺を信じきっていないところがあるからな。
「だが戦ったのは君たちだ。流石勇者志望だよ」
「にょほほ、賢者め偉そうに命令しくさってからに、レントミア兄ぃを見習うにょ!」
横から褐色の肌のヘムペローザが口を挟む。……コイツは魔物の軍団を率いた元悪魔神官なのだから、馬車から叩き落しても大丈夫だったんじゃないだろうか? なんて黒い想像が頭をよぎるが、かろうじて引きつった笑顔でごまかす。と、
「えー? ググレさまはいっぱいいっぱい、しゅるって、糸を出してましたよー……?」
「にょ!? 賢者が出していたのは口だけであろう?」
「ちがうのですー! ググレさまはっ! その……白いのをしゅるるって」
プラムは魔力糸が見えるので、俺の活躍を見ていてくれたようだ。
俺はこれで十分だ。
「あぁ、いいんだよプラム、怖かったか?」
「ちょっと怖かったですー、けど皆がいたから大丈夫だったのですー」
プラムは荷物の隙間に隠れたまま、イオラやリオラ、ヘムペロを見回して嬉しそうに微笑んだ。
俺はプラムの言葉に頷きながら、足に力が入らないという美少年ハーフエルフに肩を貸し、静かに荷物の上に座らせた。
「レントミア、大丈夫か?」
「うん、まだ……足が、いうこと聞かないけど」
レントミアが長いまつげに縁取られた大きな瞳を細める。
レントミアの円環魔法は魔力消耗が激しく、一撃必殺の切り札だ。
しかも今回は、不安定な足場の上で立ち続けて、威嚇の為の火炎魔法を放ち続けていたのだ。脚に展開していた魔力強化外装との併用で、魔力と一緒に相当の体力を消耗したらしい。
「ボクの魔法だけじゃ……無理だったんだ。ググレカスの誘導が無くちゃ……ね」
レントミアがフォローを入れてくれたが、馬車の中では「レントミアが魔法で倒した!」という認識で盛り上がっている。
まぁ、それは間違いじゃないから別に構わないさ。
「レントミアの火力が無ければ、狂狼属の王は倒せなかった。あいつは俺の魔力干渉を退けたんだ」
「かなりの上位の魔物だったね。この草原のボスレベルだ」
「あぁ。だがそれもお前の破壊力で粉砕したんだ、万事解決さ」
「もうググレわっ、きゃ!?」
俺はレントミアの首を後ろから掴み、ウニウニと揉んでやった。くすぐったそうに身をよじるハーフエルフが白い歯を覗かせて笑みを漏らす。
「勝利。ググレカス×レントミアのコンボ、お見事……」
「マニュ、俺達の名前を『×』で繋ぐんじゃない!」
「必然。それは鉄板のカップリングだから仕方ない」
「誰がカップルだ!?」「えー! 違うの? ねぇ、ググレ!」
皆が笑う。馬車の中の緊張の空気がようやく緩んでゆく。
「よし。このまま進んで国境の温泉町を目指そう!」
「おぉ!」
「緊急。ググレくん……、馬車を止めていい?」
マニュが前方を凝視したまま、ぷるぷると肩を震わせている。
咄嗟に索敵結界で周囲三百メルテを走査するが、魔物はもう影も形も見当たらなかった。
「あぁ、もう大丈夫だと思うが、どうした……?」
「尿意。おしっこ……もれそう」
「――!」
◇
俺達はその後、草原地帯を抜けたところに流れる小川の近くで停車し、少しの休憩と、魔法の馬――スターリング・スライムエンジンのメンテナンスを行った。
今回魔物の襲撃に遭遇した一つの原因は速度が出なかった事だ。しばらく使っていなかったせいで潤滑油が切れていた事と、中に詰め込まれたスライムが空腹だった事が原因らしかった。適当な食べ物を放り込み、潤滑油代わりに俺の粘液魔法で各部をヌルヌルにしてやると、馬達は軽快な動きをとりもした。
「粘液。! ググレ君が粘液を出せるようになってるー……!?」
妙なところに感動し、興奮しているマニュフェルノを馬車に押し込み、俺が再び手綱を取った。このまま走り続ければ、明日の昼過前には国境の宿場町、ヴァース・クリンに辿りつけそうだ。
既に時間は真夜中だ。
前方にようやく何台かの馬車の明かりが見え始めた。
先を行くキャラバン隊にどうやら追いついたらしかった。ここまでくればもう心配は無いだろう。
ひとごこちつきながら暗い夜空を見上げると、満天の星が輝いていた。
馬車の中で俺以外のメンバーは、毛布を被って思い思いの場所で眠りについていた。
眠るといっても、狭い馬車の荷台だ。荷物に寄りかかったり、隙間で身を固定したり。熟睡とは行かないが、明日は宿屋に泊まれるのだ、今日だけ辛抱してもらう。
荷物の間で互いの頭を寄せて眠っているのはイオラとリオラ。一枚の毛布を二人で仲良く被っているとか、どんだけ仲がいいのやら。
プラムとヘムペローザは身体が小さいので、真ん中で足を伸ばして寝かせて貰っている。
マニュフェルノは、疲労したレントミアの足を治療するといって魔法の治療アイテムの『癒しの蝋燭』を取り出して「脱衣。脱いで」「嫌だよっ!?」と、不毛な押し問答を繰り広げていた。だがレントミアが俺の隣に逃げ込んで、マニュの治療は辞退したようだ。
マニュは一人、馬車の一番後ろの片隅で、水晶灯の明かりを頼りに何かをしきりにメモしている。何を書いているのか聞いてみたいが……やめておこう。
辺りは静かで、魔物の気配もない。
冷たくなってきた夜風が、身体の芯を冷やす。
レントミアはといえば、俺と並んで御者の席に座り、両手を後ろについて天を見上げている。
視線を上に向ければ目に入る、天空を横断するように白いもやは天の川だ。
「星が、綺麗だね」
夜の空気のように澄んだ透明な声色が、耳に心地よく響く。
「あぁ、そうだな」
俺は言葉少なに返事を返す。
元居た世界とは、色も形も違う天の川。
天の川が銀河系の渦の中心だというのなら、俺が今見上げている世界の銀河は、違うものなのだろうか?
「レントミアは寝なくていいのか?」
「ググレこそ昨日からあまり……ていうかほとんど寝てないでしょ?」
並ぶと俺の肩の位置になるハーフエルフの小さな顔が、俺を心配そうに覗いている。
「フゥーハハ! 俺はむしろ夜の闇の中で活動が活発化するのだ!」
すちゃりと眼鏡を指先で持ち上げてみせる。
自分で言うのもなんだが、昼は頭がぼーっとしているが、何故か夜は冴えてくる。
「典型的な夜型人間だね……」
呆れたようにレントミアのエルフ耳が垂れ下がる。
と、もぞもぞっと外套の内側に、レントミアがもぐりこんできた。
「――おっ! おいっ!? おまっ!」
「夜は冷えるねっ!」
「可愛く言ってもダメだっ」
細身の身体が俺に絡みつく。動揺して馬車が揺れ、慌てて手綱を握り締める。
「ボクは、ここで寝るよ……」
「いやいや!?」
ローブに潜り込んだまま小さな頭を俺の肩に預けると、ほわ、と小さくあくびをして、レントミアはすぐに寝てしまったようだった。
……寝たフリかもしれないが、体力を消耗しているコイツを起すのも忍びない。
ていうか、何故かほんのりいい匂いがするし、暖かいし、まぁ……いいか。
なんて諦めかけた、その時――。
ビチャ……ッ! と背後で何かが垂れる音がした。
ハッとして振り返ると、馬車の最後尾でマニュフェルノが鼻を押さえていた。
「…………!」
思い切り鼻血を噴出したらしい。
それだけじゃない。イオラとリオラが暗闇の中から、爛々とした視線でこちらを伺っていた。
――さっきの馬車のゆれで目を覚ましたのか!
「…………」「…………」
見てはいけないものを見てしまった……。という顔をして二人は頷きあうと、毛布を被って再び寝てしまった。
「ちっ……! ちがうぅうううう!?」
◇
翌日。
太陽が天頂に差し掛かるころ、俺達の馬車は、キャラバン隊の馬車や、行商の大型の貨物馬車と共に、国境の宿場町、ヴァース・クリンへと到着した。
「さぁ、今夜は……温泉に入れるぞ!」
俺は目の前に広がる宿場町を眺めながら、馬車の面々に声をかけた。
<つづく>




