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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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 闇夜の襲撃者

 レントミアは揺れる馬車の屋根の上ですっと立ちあがったまま、周囲の草原の向こう、なだらかな丘陵地帯に意識を集中しているようだった。


 時折揺れる馬車の屋根の上で安定して立ち続けていられるのは、魔力強化外装(マギネティクス)を脚部に展開し、自動重心制御術式(オートバランサー)でバランスを保っているからだ。

 いつもの可愛らしい悪戯好きなハーフエルフの顔は影を潜め、警戒感を露わにした野生動物のような凛々しさが感じられる。


「まずいね、囲まれてる」


 レントミアは静かに、そして緊迫した声で俺に告げた。

 俺は弾かれるように、魔力糸(マギワイヤー)策敵結界(サーティクル)を、最大直径まで拡大させる。


「ヘムペローザ、すまないが中に入っていてくれ」

「…………わかったにょ」


 子供の姿をしていてもその中身は、断片的な「大人」が混在している元悪魔神官ヘムペローザ。ダークエルフのクォーター少女は、すぐに事態を察したようだ。

 俺の胸にじゃれついていた褐色の少女は、静かに頷くと馬車の荷台へと戻っていった。


 俺は馬車の操縦に気を配りながらも、策敵限界距離にまで広げた警戒用の魔力糸(マギワイヤー)の感覚を辿ってゆく。

 通常は身の回りや屋敷の周囲など、せいぜい数十メルテの範囲に展開しているものだ。

 だが、この広大な草原地帯では、周囲数百メルテまで拡大しなければ意味がない。


 数百メルテという直径まで魔力糸(マギワイヤー)策敵結界(サーティクル)を拡大するという行為は、腕を思い切り伸ばした指先で、針の穴に糸を通し続ける感覚に似ている。

 つまり相当の集中と持続力が必要なのだ。

 魔力糸(マギワイヤー)を一体の敵相手に伸ばすのと、「円形」を保ったま広大な範囲に展開させるのとでは、疲労と魔力消費が桁違いだ。


 俺は魔法の馬の操舵に集中し、周囲の策敵はレントミアに任せていた。出来ないわけではないが、最大直径を保ったままでいるには限界があるのだ。

 まぁ、そんな頼みのレントミアのやつは途中で寝ていたわけだが、見渡す限りの草原で気が緩んだのだろう。


「丘陵地帯の向うを併走している。上手く地形を利用して接近してきている」


 不安定な屋根の上に立ったままのレントミアの翡翠色の瞳が険しさを増す。

 切れ長の瞳にはいつもの余裕は感じられない。


「数は三十以上……これは狂狼属(バブレス・ウォルフ)か」

「うん。間違いない。このあたりを縄張りにする連中か、よほど賢いリーダーがいるみたいだね」

 ハーフエルフの耳がぴん、と動いた。


 ――狂狼属(バブレス・ウォルフ)

 草原地帯に出没する狼や野犬のモンスターの総称で、群れを統率する強力なリーダーが存在する。

 日没と共に行動が活発化し、脆弱と判断した行商の馬車や旅人を集団で襲う。

 一匹単位の戦闘力は中型の犬と変わらないが、脅威は群れとしての統率の取れた襲撃行動にある。はじめに馬を襲い、馬車を動けなくしてから取り囲み攻撃するというような事を組織だって行う厄介な相手だ。

 数で押されれば熟練した上位護衛業者(冒険者)でも苦戦を強いられ、時に大損害を出すこともある。


「まだ、こちらを窺っているだけだ。逃げ切れるかい?」

「今、やってる」


 レントミアの落ち着いた声に、俺は頷く。


 日が落ちきる前に、重装甲の物流キャラバン隊に追いつくはずだったのだ。

 だが、キャラバン隊は未だ影も形もない。俺たちは、草原地帯を馬車一台で、ひた走る状況に陥っていた。

 だが、実は魔法の馬――スターリング・スライムエンジンが本調子ではないのだ。

 出力が本来の最高出力時の七割から六割ほどしか出ないのだ。

 館のガレージで半年以上メンテナンスをしていなかったのが響いているらしい。本来ならば半日かけて整備してから出発すべきだった。

 とは言え後の祭りだ。


 馬車の中にいる皆はまだ、このことを知らない。

 知らせたところで悪戯に怖がらせるだけだし、馬車での移動中に襲われたら前衛も後衛もない。一方的な逃げの一手、逃亡戦となる。


「くそっ! 動け、このポンコツ馬」


 俺はじっとりと汗ばんだ手のひらで手綱を握り、魔力糸(マギワイヤー)で速度アップを命じ続ける。だがワイン樽と鉄の足を持つ我らの馬はガクガクと震えるばかりで、これ以上の速度は出せないと悲鳴を上げ始めていた。


 俺とレントミアの会話の様子から異変を感じ取ったのは、僧侶マニュフェルノだった。


「感知。私も感じる。飢えた……獣の視線」

「はは、マニュが言うと別の意味に聞こえる不思議だな」


 俺は茶化してみたが笑えない。


「ググレ、君がリーダだよ、指示を」


 レントミアが屋根の上に座り、俺のほうに顔を寄せて囁いた。

 そうだ。俺は今この馬車の、いや一行(パーティ)のリーダーなのだ。


 以前の旅であれば、異変を察知した俺やレントミアがそれを告げると、真のリーダーである勇者エルゴノート・リカルが立ち上がり――


「フゥハハハ! 諸君! 戦いの準備だ! ファリアは俺と前衛! ローニィはググレカスとレントミア、そしてマニュフェルノの近接防御。ググレカス! 君は敵の分析と戦術指示を出し続けてくれ! まぁ大丈夫! 成れば成す、なんとかなるさ、ハッハッハ!」


 と、敵がどれだけ来ようが、高笑いをしながらぐいぐいと指示を出してくれた。

 実際の戦術は俺の担当だがリカルの訳のわからない自信と、アホなのかと疑いたくなるほどに仲間を信じるその心があってこその、ディカマランの六英雄だったのだと今更ながらに思う。


 ――リカルと同じ事を、俺が出来るのか?


 いや、同じ事なんてできる筈がない。

 戦力も格段に違う。それに俺にはリーダーシップなんてものはない。

 俺は……、いつも誰かの後ろに隠れていただけで……


「ググレ! 群れが陣形を狭めてきた、来るよっ!」


 レントミアの一段と緊迫した声が響いた。その声は馬車の中で何事かと様子を窺っていたイオラやリオラ、そしてプラムの耳にも届いた。

 皆は、何か危険が近づいている事を、直感で理解したようだった。


「自信。もってググレ君。大丈夫、ググレ君が出来る事を、やればいい」


 眼鏡の奥で輝く、意外なほどに大きな瞳が俺を見つめていた。僧侶マニュフェルノがいつの間にか身を乗り出し、俺の隣で応援してくれていた。

 

「仲間。私達は仲間。皆で、戦える」

「そうか、そうだな。俺が出来る事は……皆を信じる事しかない」


 意を決して馬車の荷台に向かって俺は声を張り上げた。


「みんなよく聞いてくれ、この馬車は今魔物の群れに囲まれている。だが、心配はいらない。この速度を保っていれば必ず逃げ切れる、それには……皆の協力が必要だ」


 俺はメガネをくいっと指先で持ち上げて、続けて叫ぶ。


「―総員、第一種戦闘配置!」


 第一種も二種も何も、そんな事前の打ち合わせなんてない。勢いだけだ。

 元いた世界の戦争もので、宇宙船の艦長が必ず言う「カッコいいセリフ」だったから言ってみたかったのだ。

 だが、なんとなく意味は伝わったようだった。


「了解、ググレ!」

「受理。戦いの準備を」

「おおぅ! リオ、剣をこっちに」「イオ、無茶しない。馬車から落ちない事」

「プラムとワシは、ググレの後ろでフォローするにょ!」「はいなのですー!」


 俄かに馬車の中が慌しくなる。

 大事なのは馬車を止めないこと、馬の脚を決して止めないことだ。

 もし止まれば、全方位からの襲撃に晒される。いくらレントミアと俺がいるとは言え、物量で押され続ければ危険が増す。

 停車し別の馬車やキャラバン隊が通りかかるのを待って籠城する手もあるが、自らの危険を冒してまで襲われている俺達を助けてくれるとは限らない。


 兎に角今は――戦況分析と戦術立案が俺の最優先事項だ。


戦術情報表示(タクティクス)!」


 途端に半透明の窓が俺の眼前に浮かび上がる。検索魔法(グゴール)地図検索(マッパ)と、魔力糸(マギワイヤー)による策敵結界(サーティクル)からの情報を重ね合わせて表示する、俺の虎の子魔法だ。


 更に戦術情報表示(タクティクス)には、俺が魔力糸(マギワイヤー)をメンバーに接続し、直接取得した情報から、体力(HP)、魔法残存力(MP)、状態(ST)を表示する事も可能だが、この状況下ではあまり意味が無いので今回は展開しない。

 

 これによりどんな状況でも正確に戦況を知り、敵の数や距離、特性を識別できるのだ。


 画面の中央に光る青い点の塊が俺達だ。

 その周りを取り囲むように蠢いている赤い点が『敵』だ。

 一定の距離を保って移動している魔物の数は、三十体を超えている。


 続いて魔物の固有波形パターンによる照合で種類を分析し終えた自律駆動術式(アプリクト)が、その正体を明らかにする。


 ――狂狼属(バブレス・ウォルフ) ×32


「やはりこいつらか。リーダーは……、これか」


 俺達の遥か後方、魔物の群れの最後尾にそいつはいた。一際大きく赤く輝く光点の正体は、狂狼属(バブレス・ウォルフ)(ロード)。二百メルテ後方に等速で移動中だ。

 高い知能を持ち、人間には聞こえない音波で群れを統率する狼の王。


 と、戦術情報表示(タクティクス)が、約十体に及ぶ赤い輝点の急速な接近を告げた。


 それぞれのマーカーに表示された距離を表す数値が百、八十、六十……と減じる。

 およそ十頭の狂狼属(バブレス・ウォルフ)が左右からこの馬車めがけて突進を仕掛けてくることを察知し、背景表示が黄色く変化し警告を発しはじめた。


「レントミア、対地魔法攻撃用意、出力は最低でいい。弾数を用意してくれ!」

「はいよっ!」


 屋根の上に再び立ち上がったハーフエルフ魔法使いは、状況が悪くなっているにもかかわらず、逆に弾むような声をあげた。

 そう。いざ戦闘となれば、負ける要素などないはずだ。

 こちらには最強の「六英雄」の半数が揃っているのだから。

 レントミアが印を組み呪文詠唱を終えるまで僅か二秒、頭上にはいくつもの輝く小さな炎の塊がが浮かびあがった。

 それとほぼ同時に、日が落ちて薄暗くなった草原の向こうから、魔物がついに姿を現した。

「わー、あれはオオカミさんですかー?」

「おぉ、お? ワシを悪魔神官と知っての狼藉かにょっ!?」


 青黒く長い毛並みの狼に似た魔物だった。目は燃えるようにギラギラと赤く輝き、耳まで裂けた口元には鋭い牙が見える。長く伸びた舌が垂れ下がり汚らしい涎をまき散らしながら猛然と駆け寄ってくる。


「狼の魔物だ! 賢者! こいつら馬を狙ってるぞ!」

「プラム、ヘムペロちゃん、顔を出さないで!」


 イオラとリオラが叫ぶと同時に、左右から数等の狂狼属(バブレス・ウォルフ)が、馬車の先頭に猛然と吠え掛かった。


 ――ガウァッ! ガウァッ! ガアアアアッ!


 魔物は四足で疾駆しながら、馬車の先頭を走る「魔法の馬」を威嚇している。

 左右から同時に威嚇されれば普通の馬であればこの時点でパニックに陥り、最悪コントロールを失うだろう。だが、意思を持たない魔法の馬、スターリング・スライムエンジンはびくともしない。


「レントミア――撃て!」

「爆炎弾ッ(フレイムプロゥ)」


 レントミアが叫びながら、数発の火球を左右の狼の群れ目がけて放った。着弾と同時に炸裂すると真っ赤な爆炎が巻き起こり暗闇を切り裂いた。

 直撃を受けた狂狼属(バブレス・ウォルフ)がギャンッ! と悲鳴をあげて後方へ転がりながら消えてゆく。不運にも近くで爆発に巻き込まれた狼も一緒に吹き飛び、草原の向こうへと弾き飛ばされた。


 既に四頭の魔物の光点が戦術情報表示(タクティクス)から消えた。

 レントミアにとってはこれで「最低レベル」の威力で撃ち放った火球なのだ。

 

「んー? やっぱり馬車が速いと当たらないね」

「上出来だレントミア、近づいたら適当に追い払ってくれ。俺はその間に……敵のボスを抑える!」


 俺は更にもう一つ、戦術情報表示(タクティクス)ウィンドゥを展開した。


<つづく>


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