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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆6章 竜人の里へ! ~賢者の旅と新たなる仲間たち (本格クエスト編)
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 最前衛に立つだけの簡単なお仕事です

「――と、いうわけで、最前衛に立つだけの簡単なお仕事です」


 俺は二人に一通りの経緯と説明を終えた。

 明るい光の差し込むキッチンで、俺は自ら入れたばかりのお茶を勧める。

 テーブルには栗色の髪と瞳を持つ双子の兄妹が腰掛けている。説明を熱心に聞いていたイオラとリオラは顔を見合わせ、そして瞳を輝かせた。


「――行く! 行きます! いや、行かせてくれ」

「病気を治すお手伝いが出来るなら……私、行きます」


 二つ返事とはまさにこの事か。打てば響くような速度での返事がかえってきた。

 勇者志望の(イオラ)だけのみならず、妹のリオラも来てくれるというのは想定内だ。この二人はいつも一緒(セット)だからな。


 出発は明日の朝。

 早い方がいいが、荷物の準備に馬車の整備、それに二人を連れて行くには保護者であるセシリーさんの同意を得る必要もある。

 それと、俺自身も今回の旅に際していくつかの魔法の準備が必要だ。


「だが……遠足じゃないんだ。もちろん最大限努力はするが、怪我の危険もある」


「構うもんか。オレは勇者になりたいんだ。危険は覚悟の上だ」

「そうか。イオラには最前衛として踏ん張ってもらえたら助かる。あくまでも『時間稼ぎ』で構わない。無茶はしなくていい。危なくなったら……」

「最前衛!? うぉお! これだよっ、オレがやりたかったのは!」

「イオ、落ち着いて……」


 すっかりテンションの上がった兄のイオラの横で、冷静な(リオラ)が静かに口を開く。


「賢者様、私もイオと並んで戦います」

「いや……でも君は……」


 兄のイオラは一番前で有り余る元気を武器に暴れてもらう。だがリオラは……女の子だから出来る限り危険な目にはあわせたくないのだが。


「イオは私が援護します。だから……大丈夫です」

「はぁ!? 援護って何言ってんだリオ。お前は一番後ろに隠れて……うっ!?」

「忘れたのイオ。私には……これがある」


 顔色を変えるイオラの目の前で、(リオラ)がポケットから何かを取出した。


「母の形見の……『炎の鉄拳(ブラスナックル)』です」

「か……形見って」


 君達のお母様はどんな方だったの!?

 ブラスナックル。つまるところ、拳にはめて使う鉄拳だ。古い言い方だとカイザーナックルとか言う、ケンカ上等な人達が持つような武器だ。

「リ、リオラの拳の強さに……ぴったりの武器だね」

 俺は引きつった笑みで褒めておく。


「はい、お恥ずかしい話ですが母は若い頃、ティバラギー村では名の知れた、コカトリス乗り(ライダー)だったらしくて……これを愛用していたのです」

 リオラはまるで指輪でも見せるように、鉄拳を付けて眺めている。

 イオラも何か思い出したくないことでもあるのか、目を背けた。


 コカトリスは凶暴な鳥型のモンスターで作物や家畜を食い荒らすのだが、地方の村に住む一部の若者達の間では、その派手な羽の色と喧しい鳴き声が好まれるらしく、罠で捕まえて乗りこなして走り回る一団がいるのだ。

 乗りこなす際は、拳で(コカトリス)の側頭部を叩きつけて操るのだとか。

 ティバラギー村のライダー連合か……。と、俺は二人の心中を察する。

 

「いや、いいんだ。うん。二人で最前衛を任せたよ……」


「あー! やっぱりイオ兄ィとリオ姉ぇなのですー!」


 そこに髪を濡らしたままのプラムが顔を出した。ほかほかと湯気をたてながら、新しい上着に着替えている。髪は洗いざらしのままだ。


「ちゃんと拭かないと、また熱が出るぞ」

 俺はタオルでごしごしと頭をふいてやる。まったく世話の焼ける……と愚痴を言いつつも何故か笑みがこぼれてくる。


「だって二人が来た気がしたのですー」

「! ……あぁ、そうだ。二人がお見舞いに来てくれたんだ」


 勘も鋭くなっている。魔力糸(マギワイヤー)の気配を感知したり、訪問者を見分けたり、感覚も以前とは少し成長しているのかもしれない。


「なんだ、思ったより元気そうじゃん」

「よかった……熱が高いって聞いてたから……。もう平気なの?」

 イオラとリオラは、ほっとしたように笑顔を浮かべた。


「はいなのですー! ご飯食べたら元気になりましたー!」

 ぴっ、と二人に背伸びをしてみせるプラム。本当に下のように元気に見える。

「あはは、頭と同じで単純だなー」

「単純なのですー!」


「プラム、それ褒められてないからな……」


「そういえば賢者、プラムはその旅の間、どうするんだ?」

 イオラが尋ねる。

「旅? ググレさまー、どこかに……また行くのですかー?」


 プラムが緋色の瞳を曇らせて、不安げに俺を伺う。


「あぁ、すこし旅に出ようかと思ってね。だけど……今度はプラムも一緒にだ」


「――わ、わあああ! すごい、プラムもいけるのですかー!?」

「あぁ。今回は馬車を使う。プラムは乗っていればいい」

「は、はいなのですー!」


 瞳をこれでもか、というほどに輝かせて、プラムが跳ねる。

 それを見てイオラとリオラも笑みを浮かべた。


「よかったな赤毛(プラム)!」「一緒だね、プラム」


 そう。

 少しでも一緒に居たいのは……俺のほうなのだ。



 ◇


 時間は瞬く間に過ぎてゆく。

 まだ病み上がりのプラムを部屋で休ませつつ、俺は明日の出発に備え、ばたばたと旅の支度を整えてゆく。

 本当は屋敷で本を読んで暮らしたいのだが、大きな目的が出来た以上、隠遁生活も一時返上で旅に赴くのだ。


 イオラとリオラには「一週間ほど賢者と旅に連れて行く」としたためた手紙を持たせ、一度セシリーさんの元へと帰した。

 明日の朝、出発の時間に来てくれることを信じて。

 

 「旅に出るので協力して欲しい」旨の手紙は、僧侶マニュフェルノにも送ってある。


 魔法使いの情報伝達手段は、『使い魔』に手紙を持たせて相手に送り届けるなんてのが一般的だが、俺の場合は使い魔を持たないので、庭の枝で暇そうにしていたカラスに魔力糸(マギワイヤー)を撃ち込んで運動野を操り、手紙を咥えさせて送り届ける。

 つまり即席の使い魔といったところだが、この方法は相手の居場所を知っている必要があるので、確実に送れるのはマニュフェルの腐った店だけだ。


 もう一人の頼みの綱、ハーフエルフの魔法使いレントミアは、隠蔽(ステルス)型の魔力糸(マギワイヤー)大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)を村中に張り巡らせている。

 ヤツはそれを監視し『闇の波動』とやらの検知に余念が無いだろうから、今回は逆に利用して用件を伝えてある。

 わざと魔力糸を震わせて、モールス信号に似た合図を送ったのだが……通じるだろうか?


 ――何よりの問題は、連中が俺の頼みを聞いてくれるか、だが。


 そもそも六英雄は、勇者エルゴノート・リカルが率いたパーティだ。

 かつての仲間とはいえ、真の意味でのリーダーではない俺の……頼みを聞いてくれるのだろうか? 

 今日は楽しかった! と微笑んだレントミアを信じたい気持ちと、気まぐれで「えーやだよー」なんて言われそうで怖い気もする。

 

 俺はそんな事を悶々と考えつつ、屋敷のガレージで埃を被っていた馬車「グラン・タートル号」を軽く掃除し、水と屋敷にあった食料と……お菓子を積み込んでゆく。


 イオラとリオラも……プラムもいるし、少しは遠足気分も必要だろう。

 

「はは、なんか楽しいな」

 

 グラン・タートル号は俺たちディカマランの六英雄が旅で使った馬車で、魔法で強化された金属製の独立懸架サスペンションを持ち、不整地走行もこなす。

 見た目は車輪のついた小さな小屋といった風だが、元の世界で言うところの4WD車のような馬車で、とにかく丈夫に造られている。

 魔法装甲処理が施された材料で作られているので、低レベルの魔法攻撃や、矢や投石程度の物理攻撃も弾き返す、安心の無敵仕様。

 だが人が乗れば重量もかさむので、馬で引くには二頭は必要だ。

 

 そこで、この馬車は普通の馬ではなく「魔法の馬」で引くのだ。

 

「励起――スターリング・スライムエンジン」


 俺の自律駆動術式(アプリクト)に呼応して、ガレージの隅で埃を被っていた一抱えもありそうな『ワイン樽』がにょきっと立ち上がった。


 続いてブルブルと身体を震わせて、もう一つ立ち上がる。それはワイン樽に細い鉄の足が生えただけの、いい加減な物体だ。


「おぉ、ちゃんと動くな! 流石俺とレントミアの合作だ」


 ニョキッと生えた四つ足が、ガチョッ、ガチョッという音を立てながら足踏みする。

 計二匹の『ワイン樽の馬』だ。

 横倒しにしたワインの四方向から金属の足が伸びていて、付け根とヒザの関節がうねうね動く。見た目は「首の無い馬」というか「機械の犬」という感じで少し不気味だ。


 ワイン樽の中身は二種類のスライムと魔法の薬、そして魔法術式の込められた水晶が複雑に組み合わせれた物が入っている。

 試作魔法エンジン――スターリング・スライムエンジン。

 収縮を繰り返す二匹のスライムの力で四肢を動かすという馬鹿げた仕組みだが、俺と魔法使いレントミアの合作で、旅の終わりまできちんと働いてくれたタフな「馬」だ。

 

 燃料は時折、生ゴミとかの餌を、樽の上の穴から入れてやるだけでいいスーパーエコなエンジンでもある。


「あとでご飯をやるからな」


 俺が樽をバム、と叩くと、一層激しく足踏みをしてじゃれ付いてくる。なかなか可愛い馬達だ。

 ちなみに時折俺の話し相手にもなってくれた……相棒でもある。


「ググレっ! おまたせっ!」


 弾んだ軽やかな声が背後から聞こえた。

 振り返るとガレージの入り口に、細身の人影が見えた。

 逆光できらきらと輝く緑色の髪、そしてぴんと伸びたエルフ耳――

 

「レントミア、来てくれたのか」

「もちろんっ!」


 ハーフエルフの「少年」は、零れる様な可憐な笑みを口元に浮かべた。


<つづく>


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