賢者、パーティ編成を思案する
【これまでのあらすじ】
『竜人の血』が付着した僧侶のローブを入手したググレカスは、ついに薬の合成に成功する。プラムは回復し、命は繋ぎとめられたかに見えた。
しかし、作り出せた薬は僅か三粒。
プラムの命を救う為にググレカスは、竜人の血を手に入れる旅に出る事を決意する。
「お、おいおい……いきなり食うと身体に悪いぞプラム」
「ふももっ、んぐっんぐー!?」
「口に物を入れたまま喋るんじゃない!」
今、プラムは飢えた獣のような勢いで朝ごはんを食べている。
俺が一晩かけて作った薬は、まさに「魔法の薬」といった劇的な効果を発揮してくれた。プラムは夕べまで重症だったとは思えない程の回復をみせてくれた。
人間と身体のつくりが違うとはいえ、プラムの症状は通常の病気ではなく、命の核となっている竜人の血が、枯渇したことによる症状なのだから、補給による回復は理に適っているだろう。
プラムがもりっ、もりっと両頬を膨らませて、そのままゴクン、と飲み下す。
瞬く間に食卓の上に並べた丸ごとのハムや、チーズの塊が胃袋に消えていく。
「ッ、ふごもっ!?」
「ほーら、言わんこっちゃない……」
目を白黒させて顔を青くするプラム。どうやら喉に詰まらせたらしい。
呆れながらブドウジュースのビンを渡すと、ゴキュゴキュっと一息に飲み干してぷっはーとか言う。
こういうシーン昔見たことがあるな……と逡巡する。たしか青いジャケットを着た大泥棒の三代目が、悪い伯爵相手にお姫様を守って大活躍するアニメ映画の一場面だ。
「ぷはぁっ……。やっと、お腹が膨れたのですー」
満足げに椅子の背もたれに寄りかかり、にひっと笑顔を見せる。
僅か二粒という薬の残量や、竜人の里への旅の事、いろいろ考えなければならない事は多いが、今はとりあえず……ほっとしていた。
「まぁ、それは何よりだ」
「…………」
「どうしたプラム?」
「んー? 何だか背中が痒いのですー……」
もぞもぞと椅子の背もたれに背中をこすり付ける。
「夕べは風呂に入っていないからな、汗のせいだろう。見せてみろ……」
「ひゃー、れでぃの汗ばんだ背中、はずかしいのですー」
「うるさい」
寝巻き代わりのノースリーブの服は肩が露出していて背中が見えた。俺はプラムの後ろに回り、長い赤毛を指で梳きながら左右に分けてみた。
細い首筋にうなじ、そして目を引くのは肩甲骨の上の辺りからちょこんと生えているコウモリの様な羽だ。
これこそがプラムが竜人の血を受け継いだ証拠でもある。
本来の竜人は飛翔する事ができるほどに強靭な羽を持つが、プラムは羽ばたく事もできないオマケ程度の付属品だ。
使い道はまるで無く、学舎にいく時は目立つし邪魔なので畳んでいるほどだ。
「ん……?」
――なんか……前より伸びている気が?
指でつまんで引っ張ってみると、以前よりも僅かだがしっかりした感触があった。
育っているのか?
以前俺は人造生命体について検索魔法で調べまくった。材料や錬成方法、必要な詠唱魔法、それらは太古の書籍の記録として調べられたが、ホムンクルスがその後どうなるか、どうなったかの記述は意外と少ないのだ。
戦闘の道具として、あるいは愛玩用と、生成に用途はあるのだが「成長した」という記録は目にしたことがない。
「くすぐったいのですー」
「あぁ、すまん……。ま、なんともない。とりあえず風呂場でお湯を浴びてくるといい」
「はいなのですー」
とててと駆け出したプラムの背中を見送りながら、元気になった嬉しさとは別に、一抹の不安も覚えていた。
薬の副作用だろうか……? それとも……。
俺は朝日の差し込む食卓の椅子に腰掛けて、今までの情報を整理し、ゆっくり思案することにした。
――俺がプラムを練成した時に検知されたという『魔王と同じ波形の波動』。それが仮に今回も検知されるような事があれば、原因は俺が行った「薬の合成過程」そのものあると見て間違いない。
なぜなら竜人の血を使った命の核の合成は、その多くが人造生命体の練成工程と同じ術式を用いているからだ。
だとすれば『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)や、隣国カンリューンが危惧するような事態、つまりは『闇の復活』という事態はありえない事になる。
――賢者の魔法実験が原因でしたっ! てへ。で、話は終わる。
だがもし、プラム自身が『闇の復活』の触媒として機能している、と考えた場合はどうだろう?
竜人の血を身体の奥底に持つ人造生命体、プラム。
そして、元来は竜人と同じ種族だったという魔王デンマーン。共通点は「竜人」というキーワードだけだ。
しかし――、デンマーンが何らかの方法で復活の機会を窺い、プラムの体内で密かに育っているとしたら……? 検知された闇の波動は、プラムの体内で動き続ける竜人の血を転用した『生命の核』が原因という事に繋がらないか?
魔力を失い無垢な子供に還元されてしまった元悪魔神官ヘムペローザ。彼女がこの館を訪れた事だって、魔王デンマーンの波動に引き寄せられた……というのはこじつけすぎか?
「確かに可能性はある。だが……」
今の時点では何も……無いのだ。
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
『魔王の波動』の原因が、俺の実験であれプラムの成長に伴うものであれ、「何も起きていない」今は、全てが憶測でしかない。
クリスタニアの魔術顧問という名目で、俺に数々のちょっかいを出していた魔法使いブラムス・レントミアも、初めはそれを疑っていたのだ。もっとも――
レントミアの目的の半分は、クリスタニアの仕事を口実にした、俺への嫌がらせだったわけだが……。
俺はパンを飲み込みチーズをかじる。そして検索魔法を展開する。
目の前に浮かぶ半透明の光の窓。
当然ここで「魔王 復活 闇」の単語で検索をしたところで答えなどは見つからない。
グゴールは過去に起きた歴史を記載した書物、誰かが刻んだ石碑、作家が書いた小説……。そういう書物のデータベースから言葉を拾い集めてくるからだ。
検索魔法は過去の情報を教えてはくれるが、決して答えを教えてはくれない。
未来の指針は、俺自身が見つけていかなければならないのだ。
兎に角――だ。
今、俺が今やるべきこと、やりたいことはプラムの命を救う事だ。
竜人の血を大量に――せめてワインのビン一本程の量でいい――を手に入れられれば、薬をもう少し量産し、そして単なる延命薬ではない本当の「治療薬」が造れるだろう。
「そうなれば、やはり目指すは『竜人の里』か」
検索魔法で『竜人の里』を検索すると、僅かだが情報はすぐに見つかった。
ティティヲ大陸のはるか西、カンリューン公国の版図にパルノメキア山脈がある。
その懐に広がる広大な太古の森、キョディッテル大森林。滅多に人前に姿を現さないというドラグゥンの民は、その森に潜んでいる。
眼前に浮かんだ半透明の窓を俺は指でなぞった。
『ミロノの手記』『ティティヲ大陸探訪記』『メルノメキア山脈を越えて』などの過去の偉大な探求者たちの書籍情報に記された手書きの地図から、おおまかな里の場所を特定する。
通常の冒険者であれば、酒場で噂を聞きまわり、そして事件に巻き込まれ、ひとしきりクエストをこなし……そしてようやく里への地図を手に入れる。と、地図を手に入れるのにもたっぷり一ヶ月はかかるだろう。
俺はとえいば、朝飯を摘みながら、ものの五分で地図を入手。ついでに旅の最短ルートも策定中だ。
宿屋や商店の情報は、王政府の書架にある「業者管理資料」を漁れば料金から部屋数、秘密のサービスまでが調べられる。
(流石にリアルタイムでの空き部屋情報検索や、予約なんてことは無理だが……)
ここは俺の「賢者の力」の独壇場だ。思う存分活用する。
「ここから歩けば十日、馬車なら……半分以下か」
検索地図魔法で地図を空中に浮かべ、いくつかのルートを策定して見るが、どれもかなりの距離だ。
途中から国同士を結ぶ交易街道から随分と離れて森を進む事になる。
当然、危険な山賊や、野生のモンスターとの遭遇戦は避けられないだろう。
いくら賢者とはいえ一人ではとても無理だ……。
パーティを組まねば、危険が大きすぎる。
「前衛に戦士、後衛に魔法使い。僧侶も欲しいが……」
そこですぐに思いつくのは腐った僧侶マニュフェルノと、美少年ハーフエルフのレントミアだ。
二人ともいろいろと(かなり……か?)問題はあるが、なんといっても最強のディカマランの英雄だ。冒険を共にしてくれるとなれば、これ以上心強い仲間はいない。
「頼めば、来てくれる……よな」
ちょっと自信が無いところが情けないが、プラムを救う為に力を貸してくれると信じたい。
前衛は最強の女戦士ファリアがいい。
その背後に魔力強化外装を展開した俺。
後衛の魔法使いはレントミア。
最後尾は治癒担当の僧侶マニュフェルノ。
思いつく人員で構成するなら、こういう布陣が理想だろう。前衛が切り込み時間を稼ぎ、魔法使いが攻撃するのは王道だ。
本来は俺も後衛だが、今回ばかりは攻撃的守備位置、つまりはボランチの位置に立つことにする。
監督でありディフェンダーであり攻撃もこなす。少ない人数で冒険に望むとなれば仕方ない。
「いやいや……ダメだ。ファリアのやつが居ないんだ」
前衛が不在なのだ。頼りのファリアはあの決闘の後、故郷ルーデンスに一家で帰郷中。
今頃は家族で水入らず、あるいはオシャカになったルーデンス独立や、いろいろと面倒そうな故郷の政治問題を片付けている最中かもしれない。
鳥に魔法を仕込んで手紙を持たせ、相手に情報を伝える手段はあるのだが、その手紙を読んで出立しても、ルーデンスからここまでたっぷり五日ほどの道のりだ。
とてもファリアを待っていられない。
プラムの薬の効果がいつまで持つか判らない状況では、時間が惜しい。
前衛といえば勇者エルゴや剣士ルゥローニィが居れば心強いが、ここ最近は行方が知れない。
今頃どこぞで冒険を繰り広げているのだろうが……。
メタノシュタットの護衛業者ギルドで前衛用の「戦士」を雇う手もあるが、気はあまり進まない。先日酒場で俺とレントミアに絡んできたような連中が多く、信用がおけない。
「さて……どうしたものか」
俺は椅子に腰掛けて天井を見上げた。
大人数での冒険には馬車も必要だが、幸い馬車は屋敷のガレージに、かつての冒険で使った『グラン・タートル号』が格納されている。
今、俺の屋敷に馬はいないが……秘策はあるから心配ない。
と、そこで魔力糸が訪問者を検知した。
見覚えのあるお馴染みの気配が、玄関を慣れた様子で開けて上がりこんでくる。
「賢者様! プラムちゃん大丈夫ですか!?」
「おーい、賢者ー! プラムー、見舞いにきたぞー!」
それは、勇者志望の双子の兄妹、イオラとリオラだ。
「ふむ――悪くないな」
そう。この二人を前衛に……!
<つづく>




