男子生存率は1%……という噂
雪で覆われた森の向こうに、赤いとんがり屋根がひとつ二つと見え始めた。
館が小高い丘を登るにつれて、目的地であるルーデンスの中心都市、『アークテイルズ』の全容が見えてきた。パルノメキア山脈の懐に広がる森の中の広大な城塞、一言で言えばそうなるだろう。
赤い屋根の塔のようなものは、森と街を隔てる壁の要所となる「見張り台」の屋根だという事がわかった。
冬でも濃い緑を失わない針葉樹の森に見え隠れしているのは、赤褐色の焼き瓦を冠した淡い土色の建物の群れだった。
集落、あるいは地区ごとに数十件何軒かの家が集まり、森と混じりあいながら小さな村を形成し、それらが全体として大きな街を成しているようだ。
規模で言えばティバラギー村が10村ほど集まって、広い範囲をぐるりと取り囲む「石塀」の内側で暮らしているといった雰囲気だろうか。
「これがルーデンスっスか!」
「拙者も来るのは初めてでござるよ」
身重の犬耳少女スピアルノが、ルゥの手を握りながら慎重な足取りで庭先を散歩していた。
お腹も大分ぽっこりとしてきて、一目でわかるほどだ。
出産予定は春を過ぎて初夏の頃らしいが、犬耳なのかネコ耳なのか、いったいどんなハーフが生まれてくるのか今からとても楽しみだ。
「……森を切り取って出来た町、オラの砂漠の国とは全然違うんスね」
感慨深そうにエメラルド色の瞳を細めるスピアルノ。
「そうだな、俺も来るのは初めてさ」
「賢者っスも?」
意外そうな顔をするが、ファリアの故郷ではあっても来たこと無かったのだ。
「ここから街全体が見渡せるでござるね、……メタノシュタットよりも広いのでござろうか?」
手のひらで頭上からの太陽の光を遮って、遠くを眺めるルゥ。
俺には見えない遠くの細部まで、この敏感なネコ耳の剣士は見えているのだろう。
確かに同じように石塀で囲まれた都市といえばメタノシュタットを真っ先に思い浮かべる。王都は川が運んだ肥沃な土と、緑豊かな平原地帯の真ん中に存在する。メタノシュタットの住人の祖先は小高い岩山を中心として城を築き、その周囲に大都市を築き上げたと伝承に記されている。
だが、ルーデンスはそれとは違い、広大な森林地帯と共生しているようにも見える。
「広さは同じようにみえるが、壁の内側の緑の多さが全然ちがうな。建物が1割、残りは木と開けた牧場のような感じだな」
「ここがファリアさんの生まれ故郷ッスね」
「で、ござるね」
「ルゥ猫」
「スッピ」
ちゅっ。
「…………」
……何故にそこでキスをする。
仲良しの二人の世界に唖然としつつ、俺は館を慎重に操りながら進んでゆく。
やがて俺達の「賢者の館」は、小高い丘(パルノメキア山脈から続く尾根の一つだろう)の一層高いところまで進んだところで、歩を止めた。
二足歩行で動く館では、ぐるりと巡らされた石塀を超えられないからだ。
戦術情報表示と検索魔法地図検索を組み合わせ、周辺の小道を探る。
この街の民は、直径10キロにも及ぶルーデンスの街全体を気の遠くなるような年月をかけて、高さ5メルテもある石塀で囲い込んだのだ。
それは森の中の巨大城塞都市国家といってもいい程の規模で、正直ここまで立派な都市だとは考えていなかった。
「賢者ググレカス、ここでお屋敷を止めますの?」
庭先に立って進路を眺めていると、妖精メティウスがフワリと俺の肩に乗ってきた。
「うむ……。どう進もうか、道を確かめているんだ」
「お一人で外にいらしたら、寒くはありませんでした?」
蜂蜜色の髪をゆっくりと指で整えると、俺の頬にぴとりと寄り添う。
「今はお陰で暖かいよ」
「どうぞ、お役に立ちまして?」
「もちろん」
北風で冷たくなりかけた顔に、暖かい陽だまりのような感覚が伝わってきた。妖精の存在エネルギー、その一部が熱に変換されて生じた体温だ。
「そういえば、メティは今まで何処に行っていたんだ?」
「心配してくださったのかしら?」
「……まぁな」
「レントミアさまのところですわ。水晶でいろいろ楽しい研究をされているのですよ」
「そりゃ楽しそうだな」
「いろいろな魔法を水晶に貯めたり、演算回路が……どうとか」
「ふむ? あいつも研究熱心だからななぁ」
どうやら今までレントミアと一緒に館の中で遊んでいたらしい。
温泉街ヴァース・クリンの洞窟で拾い集めた水晶などを材料に、いろいろとよく分からない魔法の研究をしているようだ。
レントミアと言えば、温泉での一件以来、少し変化が生じてきたように思う。今まではあまり積極的に自分から話しかける事は無かったのだが、メティウスやドワーフ少女フィフティス、それにイオラやリオラとも楽しげに会話するようになったのだ。
以前は他人を警戒し、気を許したごく一部の仲間――即ちディカマランの英雄メンバーだが――としか親しく口を利かなかったのに比べれば、これは大きな進歩だろう。
俺と強い友情で結ばれたハーフエルフは、それを心の拠り所にしているらしく、ゆっくりとだが一歩ずつ成長しているのかもしれない。
元々純粋なエルフ族は言うに及ばず、ハーフエルフも人間よりは長命で、俺達とは別の、ゆっくりと進む時間を生きる者たちだ。
現に俺が19歳になった今も、レントミアの見た目は出会った3年前とまったくと言っていいほど変わっていない。俺の心を惑わせた時と同じ、少女と見紛う可愛らしい少年の姿をしているのだ。
なんにせよ、俺にベッタリという状態から少しでも早く卒業して欲しいのだが……。
館が止まったことに気がついた面々が何事 かと窓から外を眺めたり、玄関から出て辺りをうかがっている。
リオラにプラムにヘムペローザ、そしてマニュフェルノは木の実のクッキー作りの最中らしい。
「ここから先はルーデンスの領分だ、この図体で入るわけにもいくまいよ」
「認識かく乱して、普通の馬車に成り済ますのがいつものやり方では?」
「はは、前回の温泉といい、ここは別に俺達にとって敵対勢力の居る土地じゃないからな。こそこそ隠れるのは止めにするのさ」
「まぁ! 賢者ググレカス様、なんだか性格が明るくなりまして!? やはりマニュフェルノさまのおかげかしら……」
メティウスが何故か心配そうに眉を曲げる。
「む? 俺は最初から明るいだろ」
「え……えぇ、まぁ、そうですわね」
ったく。いつも愉快で朗らかな俺を捕まえて暗いというのは誤解も甚だしい。
さて。
見たところルーデンスの領域を囲っているのは石を組み合わせて盛って作った堅牢な石塀だ。
この森に暮らす危険な野獣や魔物、あるいは他国からの侵入に対する備えなのだろう。
館の足を伸ばして「跨ぐ」という手もあるが、そこまでする必要もあるまい。ここから先は、馬車に乗り換えて進むのが良さそうだ。まぁギリギリ壁際まで行ってみることにしよう。
と、そこでイオラが身支度を終えて庭先にやってきた。
腰には先日温泉街で買ったばかりの新品の剣と、武器屋で加工してもらったダガーナイフを身に着けている。
イオラはルゥと並び立つと、庭先で何やらルーデンスについて話し始めた。
やはりファリアの故郷と知って興味があるのだろう。
「やっぱ、ファリアさんみたいに強い人が多いのかなぁ……」
「で、ござろうね。お姫様であの強さでござる。お父様であるアンドルア・ジーハイド王も確か魔王大戦で12魔将軍のうちの3人を相手に戦って、打ち破った猛者でござるよ」
「す、すげぇ!?」
イオラが驚くと気を良くしたのか、ルゥが腕組みをしながらうんうんと頷く。
族長アンドルア・ジーハイドについては、俺もカンリューン四天王との決闘事件の前に拝謁しているが……縮み上がるほどの迫力だった。
ルゥとイオラのルーデンス談義も盛り上がってゆく。
「ルーデンスの男は常に戦い、激しく競い合うでござる。そして強いものしか生き残れないらしいでござるよ。なんでも生存確率は1%だとかなんとか」
「1%!? それじゃ男1人に女子が99人になっちゃうの?」
「う、うーん? そ……そうでござるな!」
「すげぇ、ルーデンスすげぇ!」
ルゥの話に、イオラが瞳を輝かせる。
……そうじゃないだろ。と思いつつも、面白いので放置しておく。
「ていうかさ、ファリアさんもあんなに強いんだから、女子も全部強いのかな?」
「当然でござろ! 噂ではデートは魔獣狩りが定番コース、結婚式と成人式はドラゴンの肉を自分で狩って来ないとダメらしいでござるしね」
「お、俺、生きていく自信ないんだけど……」
「まさに修羅の国! って痛い!?」
「あいたた!?」
ガッ! とファリアが、ルゥとイオラの首を後ろから掴んだ。
いつの間にか鎧を纏ったファリアが二人の背後に近寄っていたらしい。話に夢中だった二人はその気配に気がつかなかったのか。
ぬぅ……とファリアが笑みを浮かべながら、二人の顔の間に顔を差し挟む。
「ルゥ猫、イオラ。故郷の訓練場は、修羅たちが大勢居るぞ。……ルーデンスについたらお前達の入門手続きを進めておくが、いいか?」
「いっ!? いいいいやでござる!」
「やっ!? 1% 1%だよね!?」
「遠慮するな、強くなりたいんだろう? んんー?」
目を白黒させる二人の顔が徐々に青ざめてゆく。
ファリアのこういうところが、なんというか……とてもお茶目なところだと思う。
と、馬が一頭、こちらに向かって走って来るのが見えた。どうやら認識撹乱魔法を解除した「賢者に館」早速気がついたらしく、100メルテほど離れた石塀の入り口から慌てて駆け出してきたようだ。
ドドッ、ドドッ! と蹄の音が徐々に近づいてくる。
「賢者ググレカス、こちらに向かって来ますわ」
「うぬ、使者が来たようだ」
馬を駆るのは若い女……いや、イオラやリオラとさほど年の違わないように見える少女だった。
部分鎧を身に纏い、腰には二本の剣を下げている。銀色の髪をなびかせて、エメラルド色の瞳がこちらを険しい顔で睨んでいる。
20メルテほど先で馬の手綱を引き、前脚をバタつかせる暴れ馬を御する。
「――何者か! その怪しげなゴーレムは何か!」
凛とした、張り詰めた弓の弦のような緊張感のある声で、こちらに向かって問い掛けた。
「怪しい者ではない」
と、俺が答えようとした、その時。
「……サーリャ? おぉ! サーリャではないか! はは!」
ファリアが館の庭先から身を乗り出して叫んだ。叫んだ先は、馬上で瞳を細める少女だ。
だが、少女戦士は訝しげに眼を細めた。どうやらちょうどこちらが逆光で、しかも館の高さがある為に見えないらしい。
だが、はっとした表情に変わり、戸惑いと驚きの声を洩らした。
「その声……ファリア姉ぇ?」
「そうだともよ、サーリャ! わが……妹よ!」
<つづく>




