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 人造生命体(ホムンクルス)の少女、プラム①

「ググレさまー、お食事なのですよー!」


 ばかん! と書斎の扉が勢いよく開け放たれると、元気だけが取り柄です、といった感じの少女の声が響いた。

 振り返るまでも無く、それは同居人のプラムだ。


「……もう少し静かにできんのか、プラム」

「だって手が塞がってるのですー、熱いのですしー!」


 静かな時間が終わりを告げた事に嘆息しつつ、手に持っていた手紙を本の隙間に挟む。

 先ほど翼竜(ワイバーン)の「使い魔」が運んできた手紙は、王政府内務省(・・・・・・)からのものだった。俺が今、世話になっているメタノシュタット王国周辺にある国々の動向(・・)が簡潔に記されていた。

 砂漠の国イスラヴィアや、極北の国プルゥーシア。そして隣国カンリューンなどで不穏な動きがある、と。


 ――こんな事を知らされても、俺は何も出来ないんだがな……。


「ググレさまー! 見て見て、見てくださいですー!」


 椅子の背もたれに身を預けたまま振り返ると、開け放たれた扉の前に立っていたのはメイド少女のプラムだった。

 あどけない顔立ちにくりんと大きな愛らしい濃いルビー色の瞳。白い歯を覗かせて笑うその笑顔は、朝日のように眩しい。ほっそりとした身体に緋色の髪は、全体的に赤い竜を連想させる色合いで、空色のワンピースが髪色を美しく引き立てている。


 ドアを足で蹴り開けたまま、片足立ちの状態で姿勢を維持しているのは、両手で湯気を立てる(ナベ)を持っているからだろう。


「お昼ゴハン、プラムが作りましたのですよー!」

 えへん、とぺったんこな胸を張る。


「お……お前が?」

 俺は信じられない思いで湯気を立てる鍋に視線を移す。

 なんだか嫌な予感しかしないが、プラムが俺のために料理を作ってくれたらしい。

 本来ならばその気持ちは称賛すべきなのだ、が。


 プラムは俺の傍らに歩み寄ると、湯気を立てる鍋をドン、と何の躊躇いもなく本の上に置いた。

 読みかけの本が鍋敷きと化してしまったが、俺は寛大だから怒らない。

 ちなみに、哀れにも鍋敷きなった本は、千年前に滅んでしまった魔法文明に属する偉大なる魔法使いが書き遺した世界に二冊とない秘蔵本だ。

 値段をつければ役人の一年分の給金でも買えない程に貴重な本なのだが、そんな事をプラムに説明しても分からないだろう。


「どうぞ、食べて下さいなのですー」


 にこり――と、まるで「普通の少女」のように微笑む。


「あ、あぁ、ありがとう」

「えへへー」


 書斎の椅子に腰かけたままの俺と、プラムの目線の高さは同じだ。

 背の高さやほっそりとした身体つきは、『人間』でいうところの10歳ぐらいの女の子といったところ。

 全体的に子供じみていて、胸はつるぺったんの幼女体型。俺はどちらかといえば、胸で甘えさせてくれるお姉さんタイプが好きなのだが……。


 そんな事を考えていると、プラムが小首をかしげながら俺の顔を覗き込んだ。

 緋色の瞳は不思議な光を湛えている。

 大きくて切れ長の目元は凛々しい雰囲気を持っているのだが、「ほぉー?」と間抜けに緩んだ口元から覗く八重歯が、ちぐはぐでなんともいえない可愛らしさを醸し出している。

 実は八重歯と言えば可愛いが、実際は竜人(ドラグゥン)の血を引くことによって生えた立派な(キバ)だ。ついでに言うと、今は隠れていて見えないが、背中には小さな『羽』だってあるのだ。

 そう。

 この(プラム)は人間じゃない。


 ――人造生命体(ホムンクルス)


 ひと月前に、自らの手で作り出した『人造生命体』だ。


 本来ならば理想の恋人として産まれるはず……だった。

 だった、という事で判るとおり、この実験体は俺の目的を果たすには至っていない。


 俺は元の世界では一人で暮らす事に慣れていたし、寂しいなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 けれど、ある新月の晩。誰もいない館の中で、真っ暗な窓の外の景色と、ランプの揺れる炎を見ていたら寂しさを感じ、無性に話し相手が欲しくなった。


 本音を言えば『甘え上手でしっかり者の、可愛くて巨乳な彼女! ……いや、贅沢は言わない。せめて可愛いメイドさんが欲しいなぁ』なんてことを思った。


 それは健全な男子なら至極当然の考えだと思う。だけど今にして思えば、ちょっとした気の迷いというか、若気の至りというやつだろうか。


 何よりも俺は世界的に名の知れた「賢者」なのだ。今更街で女の子に声をかけたり、新しい出会いを探したりするのも躊躇われる。

 っていうか、そんな勇気はそもそも……無い。

 ならば「魔法で創っちゃおう!」と、思い立ったのが吉日というもの。


 早速、得意の検索魔法(グゴール)で、千年図書館(サウザンド・ライブラリ)を調べはじめた俺は、やがて「人造生命の練成」という太古の魔法体系の知識に辿り着いた。


 この世界には千年ほど前まで栄えていた強大な魔法文明があったらしいのだが、そのほとんどは失われてしまっている。今使われている魔法体系はいわばその残滓に過ぎない。

 妖精や地上を跋扈する怪物も旧魔法文明が産み落とした遺産の一部という事らしい。俺がグゴールで調べた範囲でも、建造物を丸ごと天空の城みたいに浮かせたり、死者を蘇らせたり、巨大な竜を創造し使役したり……。

 神に挑まんとするがごとき、高度な魔法文明だったらしい。

 俺はその中でも秘術の一つとされる『人造生命錬成』の研究に没頭した。


 ゴーレムのように命のない無機物を操るのとは根本的に違う、生命そのものを根源から創造するという、まさに神のような所業だ。

 元の世界でも遺伝子研究やIPS細胞、クローン技術という技術は研究されていた。しかし実用化にはほど遠いのが現状だったはずだ。しかし旧魔法文明において既に、完成した一つの技術体系として確実に存在していたらしい。


 俺は有り余る時間を利用し、知識の探求を繰り返した。

 そして――ようやく実現に漕ぎ着けた人造生命体『試作第一号』がプラムなのだ。


 ――寿命は3日。


 それがプラムという実験体に与えた寿命のハズだった。

 実験試作の一号として、俺がそう設計し素材を錬成したからだ。

 時が来て寿命を迎えれば、身体を支えていた魔法結合が崩れ、土と少しの有機物と、調合を施した秘薬の残りカスに分解し、消滅する――。


 三日が過ぎれば全てがリセットされる。

 それが試作一号プラムの運命だった。

 心は持たず、俺の意のままに動く人形として産まれ、時が来れば自動的に崩れ去る……。

 それは究極の人造生命を生み出すための前哨実験であり、試作品だったからだ。


 そして――1ヶ月前のあの日。

 実験室の中央に設えた培養タンクの中から、白く華奢な身体の少女がゆらりと立ち上がった。

 長い赤色の髪が全身に張り付いて、全身から透明な液体――複雑な魔術式で調合した培養液、がポタポタと滴り落ちていた。

 立ち上がった少女――試作実験体一号が辺りを見回して、幾度か目を瞬かせる。

「……ふぇー……?」

 周囲には実験器具が並び、薬の瓶や魔術の触媒が壁を埋め尽くしている。

 ここは賢者の屋敷の一室を改造した実験室(ラボ)だ。

 ぼけーとした顔できょろきょろとあたりを見回していた紅色の瞳が、やがて俺を捉える。


 ――と、


「あなたは……誰なのです……かー……?」


 突然の言葉に俺は驚愕し、自分の目と耳を疑った。

「な、なにぃ!?」

 試作実験体一号の瞳には、明らかな「意思」の光が宿っていた。


「ずっと、わたしを呼んでいた『光』なのですかー?」


 実験体の唇が再び動いた。それは人の言葉だった。


「なんて……こったい」

 俺は驚いた拍子にズレたメガネを指先でくい、と持ち上げた。


 実験は「肉体の人造合成」を目的とした予備研究の筈だった。その過程で『自我』を宿すなどありえない。この実験に挑む為に幾度も魔法術式設計(アルゴリズム)を研究し、見直し、繰り返し手順を確認した。

 集めた素材の質、材料の混合比、培養液の濃度、精霊の加護を受ける魔法術式――。


 特別に手に入れた、人造生命体の命の(コア)となるという、『竜人(ドラグゥン)の血』。


 それらはを間違いなく古代の秘術書通りに組んだはずだった。


 間違いがあるとすれば、検索魔法グゴールが「誤った情報」を拾い集めてしまったとか、翻訳魔法(ヤクトゥース)誤差(・・)が生じた可能性ぐらいかもしれい、が――


 既に、結果は目の前に存在する。


 ぺたぺた、という素足の音で俺は我に返った。

 試作実験体一号は、おぼつかない足取りで俺の傍に歩み寄ると、ふらりと倒れ込むように俺の胸に倒れ込んできた。


「お、おいっ!?」


 俺はその身体の感触にハッと、息を飲んだ。

 思わず支えた少女の細い身体は、力を入れれば壊れてしまいそうな程に柔らかい。指先からは確かに少女の温もりが伝わってきた。


「光……なのですかー?」

「そ、そうだ。俺が、お前を創ったんだ」


 俺はこくり、とうなずいた。


「よかった……。わたしの、ご主人さまなのですねー……」


 本当に嬉しそうで安心しきった笑顔を、少女は俺に向けた。


 驚くべきことに、それは完全な人造生命(ホムンクルス)だった。

 一度の、それも予備実験のつもりで行った合成で、いきなり成功させてしまったらしい。意思を持った、完全な人造生命(ホムンクルス)の錬成を。


 いや――失敗した、というべきだろうか?


 目の前の生き物は、つるっぺたな胸の少女の姿をしていた。言っておくが俺にロリ属性は、無い。

「こんな事なら、いっそ巨乳にすればよかった!」

 賢者でありながら不謹慎に悔やんだのは、今となっては内緒だが。

 メガネをすちゃりと指先で持ち上げると、思わずフフ……フゥハハハ! と爽やかな笑みがこぼれた。

 人造の少女が、俺の顔を不思議そうに見て目を(またた)かせた。


 人間となんら変わらない姿の少女に俺は「プラム」と名前を付けた。


 綺麗な緋色の瞳と髪が、まるで果物のすもも(プラム)のような色だった、という安直なものだが、それでもプラムは満足したらしく、「プラム」と呼びかけると、目を瞬かせた。


「ぷらむ……? プラムなのですー!」

「うん、悪くないな」

「えへへー」

 ぎゅっと甘えるように抱きついてくる小さな身体を抱きとめて、頭を撫でてやる。 


 孤児を放り出せるほど俺は外道では無いし、自分が創出してしまったのだから当然、面倒を見るしかなかった。

 何よりも、仮の命が尽きるまで見届ける必要があった。


 ――ほんの数日、僅かばかりの時間かもしれないが。


 俺は、こうしてプラムと共に屋敷で暮らし始めた。


<続く>


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