★僧侶マニュフェルノは腐ってる?
『毒まむし亭・マニュフェルノ』
――魔法印刷天然色同人誌多数販売中!(裏「英雄本」あります)と張り紙がしてある扉を開けて店内に入ると、不快なすえたような臭いが鼻を突いた。
「…………いらっしゃいませー」
女店員の暗い声が店内にこだまする。
店の中は薄暗く、見渡せば宿屋の一室ほどの広さしかない狭さだ。
壁には四方全てに立てかけ式の本棚があり、魔法印刷で刷られた天然色の本が売られている。すべて手作りの同人誌らしく、表紙は男が並んで微笑んでいたり、裸に首ネクタイというよく判らない表紙絵の、世も末だと思いたくなるようなタイトルの本が並んでいる。
売られている本はどれも腐臭漂う、一部のコアな女子向けらしい。
『異世界一ハツコイ』
『純情ギャラクティカ』
『くらえ俺の聖剣!』
『二刀流・すたーばーすと☆すとりーむ』
と、ここまではいい(よくもないが)。
問題は書棚一段すべてを占拠している同一作者と思われる作品群だ。カッコは帯の煽り文句だ。
『ディカマラン英雄伝(エルゴ女体化×ファリア男体化)』
『教えて夜の賢者さま(安定のググレカス総受け本)』
『ひみつの英雄伝、微熱天使レントミア(きゅん死確実!)』
あ、頭がおかしくなりそうだ――ッ!? なぜ俺が「総受け」!?
「焼き払え! ……と言いたいところだが、そうもいくまいか」
苦々しい表情で店内を見回せば、数人の先客がいて熱心に品物を物色している。
全員が秘密の宗教団体のように頭からすっぽりフードを被っていて、表情は窺い知れないが、体型はどことなく不摂生な小太り気味で……おそらく全員女だろう。
「ググレー! 見てよこれ! 凄いよっ!」
レントミアの興奮気味の弾んだ声が店内に響き渡った。
とててっ、と駆け寄ってくる少女の様に可愛いハーフエルフ。さらさらの淡い緑色の髪に、ぴんと立った特徴のある耳。
「お、おい騒ぐなレントミ……アッー!?」
不覚にも俺のほうが大声を上げてしまった。何故なら女装美少年レントミアが嬉々として手にしている本が原因だ。
『羅撫愛撫 (賢者ググレカス×魔法使いレントミア)①』
――これは……酷い。
何故か妙にリアルに描かれた「俺」と「レントミア」が裸で抱き合っていた。
しかも「①」!? ②や③があるのかよ。
「これは絶対に買いだよっ!」
瞳にキラキラと星を散らして、レントミアが本を胸に抱きしめる。
店の隅にある「お会計」へと突進しかけたレントミアの首根っこをガッシと捕まえる。
「買うな――!?」
見れば手に数冊キープしてやがる。
「えー!? 折角だから買おうよ、だってこれ、マニュフェルノの手描きだよ?」
「やはりあいつかッ!」
英雄を題材にした不埒な本を製造しているのが他ならぬ六英雄の一人だとは。どうりで妙にリアルなわけだ……。
ディカマランの六英雄唯一の治癒魔法の使い手、――僧侶マニュフェルノ。
丸メガネに、ゆるゆる編みの銀色お下げ髪。一見するとほにゃっとした癒し系に見えるが、頭の中は……腐っていた。
癒しの神コゥリホグスーの巫女でありながら、冒険の最中も戦いの時も常に二つの事柄を「×」で結びつけるのに頭がいっぱいのようだった。
それだけではない。
冒険の最中は怪我をすれば彼女の世話になるしかないのだが、治療の度に「全裸」になることを要求され、理由を聞いても『加護。神様の加護をウケる為』とワケの判らない事を言うばかりだった。
しかも治療に使う魔法道具が『癒しの蝋燭』という血のように赤いローソクなのだ。
俺は魔物に傷つけられた腕を直すのに草原の真ん中で全裸になり、治癒の魔法が込められたという赤いローソクをタラタラと垂らされた。
生死に関わる状況下では、選択肢なんて他にないから仕方ない。
「熱ッ!? そこ、傷口じゃないぞ!?」
「必要。神のご加護がありますように」
「熱ぃい!? どどど、どこに垂らしてんだよ! ホントに必要なの!?」
「治療。そのまま動かないで」
「判ったから早く血を止め……、あれ、意識が……」
「反転。四つん這いに、なって」
「う、……わかったから、あっ!」
「境地。だんだん良くなるから……はぁ、はぁ」
万事がそんな感じだった。
治療は確かに完璧なのだが、その方法と過程に問題がありすぎる。異世界広しと言えども、こんな治癒をする僧侶が他に居るのだろうか?
故に、ディカマランの英雄たちは常に「安全第一」で戦い、「健康管理」にも気を遣うようになっていた。
羞恥プレイのような治療をされるくらいなら、自分の身は自分で守るしかない! という高い意識が生まれ、それが結果的に最後まで生き残れた理由かもしれない。
――とにかく、だ。
「おい! この変態本の作者はどこだ!?」
俺は会計に座っていた女店員に詰め寄った。
本物の「賢者」と、横に並ぶ可愛らしいレントミアを交互に何度も見ながら、あわわ!? と目を丸くして驚いていたが、おずおずとカウンターの奥の小さな扉を指さした。
見れば店の奥へ続くらしい扉がある。ヤツはその奥か。
「邪魔するぞ……!」
俺は躊躇いなくその扉を開け、暗い通路に足を踏み入れた。
と、すぐに背後から「五ゴルドーになります」と店員の声が聞こえてきた。
レントミア……、後で本は燃やすからな。
兎に角マニュフェルノには一言言ってやらねば。俺達をネタにするな、商売するなと。
だが、あくまでも本来の目的は『竜人の血』が付着した、マニュフェルノの僧侶の外套を手に入れることだ。
プラムの延命の為に、どうしても手に入れねばならない。
もし、ここで手に入らなければ……。後は非合法の地下商店を一晩中駆け回ってでも探すよりほかない。
人一人通れるほどの真っ暗な通路を少し進むと、先に黄色い光の帯が見えた。
突き当りの部屋から灯りが漏れている。祈るような気持ちで俺は、通路の突き当たりのドアノブに手をかけた。
◇
「奇跡。奇跡って本当に……あるんだね」
お下げ髪に丸メガネの少女は、そう言うと、ほわぁ、とした笑みを浮かべて……バタリ、と昇天したように机に突っ伏した。
狭い部屋の中はゴミと衣服、そして本や書きかけの原稿で散らかっている。いや、散らかっている、なんていうのは生ぬるい。これはゴミ屋敷、汚部屋だ。
部屋の中央のちゃぶ台のような机に突っ伏しているのが、僧侶マニュフェルノだ。
「お、おい……マニュフェルノ?」
「うわ、何ここ、ゴミ捨て場!?」
俺は入り口から一歩も踏み込めないでいるが、その脇からレントミアがひょこっと顔を出す。あまりの惨状にさすがの腹黒魔法使いも言葉を失っているようだ。
レントミアの声に反応したのか、マニュフェルノはがばっと顔を上げた。
メガネの奥で瞳を丸くして、口元ににぱぁ……という妙な笑みを浮かべる。
「驚愕。本物の……ググレカス×レントミア……リアルカップリングキタァアアア……!」
弱弱しく首だけを持ち上げて、俺達の方を見て両の拳を握り締める。
久々の再会を喜んでいるのか、それとも夢と現実の区別がつかないのか目は虚ろだ。
ペンだけは握ったままで、どうやら何かの原稿を書いている最中らしいが、覗き込む勇気は無い。
瞳の色は紅く白い肌と銀髪と相まってまるで吸血鬼のようだ。
何枚もたて続けに原稿を描き続けていたようで、もう体力気力共に限界らしい。どこの世界も作家という生き物はこうなる運命なのか。
「まぁ……元気そうでなによりだ」
「歓喜。まさか二人が会いに来てくれるなんて」
マニュフェルノの口調は静かだが、心底喜んでいるらしい。
口調が独特なのは、出身地による訛りなのだとか。
「うん、ググレとデートの最中で立ち寄ったんだ」
「嗚呼。二人の仲が……戻って、発展してる!?」
「違う! 実は用事があってここに来たんだ。デートでもなんでもない」
「えー!? 違うの?」
「ちょ、おまっ」
レントミアが不満げに口をとがらせて俺の腕にしがみ付く。
ねぇ! ねぇ! と、ぴょこぴょこ飛び跳ねて詰め寄る。顔が近い、顔が!
「密着。あぁ……上下運動」
マニュフェルノはくわっ! と目を血走らせてカリカリと俺とレントミアをスケッチし始めた。お前らやめい!
「久しぶりに会っていきなりなんだが頼みがある。お前のローブを貸してほしいんだ」
「外套。ローブ? 私の……匂いの染みついた……ローブ?」
すーはーすーはー、くんか、くんか、と変な身振りを交えて俺の方を見る。
「変な言い方するな! 竜人を治療した時の、赤いシミ……血が付いたやつだ」
「竜人。? ……あぁ、思い出した」
「あるのか!?」
「勿論。でも……この部屋のどこかに埋まってる」
「な、なにぃ……」
俺は絶句しながら、この部屋を探すのと地下商店を探すのは、どちらが早いだろうか? なんて考え始めていた。
◇
<つづく>




