また友達になれたなら……
◇
「オラァ! 何とか言えやゴラァ! シャァ!」
「あ、兄貴や、やめ!?」「痛い!」「ギャッ!?」
知性と教養とは無縁と思われる頭の悪そうな怒声が店の外から響いていた。
声の主は、ついさっき俺達に絡んできた半獣人のチンピラとその仲間のものだ。
俺とレントミアが立ち寄った飲食店の中で、大酒を煽りながらバカ騒ぎしていた一団がいたが、その中の一人がレントミアをじろじろと舐めまわすように見るなり、絡んできたのだ。
身の丈は2メルテもあろうかという大男で、人狼か何かの血を引くのだろう。酷く獣臭い。背中には時代錯誤も甚だしい派手なだけの対甲冑剣を背負っていて、仲間もガラの悪い連中ばかりだ。
美少年魔法使いの可愛い容姿に騙されたのか、レントミアに近づくと「オレらと飲もうぜ」なんて言いながら、薄汚い手を伸ばしてきた。俺は自然とハーフエルフと半獣人の間に身を滑りこませていた。
「あぁん? じゃまだゴラァ」
「……やれやれ」
やめとけコイツは男だぞ……と、忠告しようかとも考えたが口を利くのも面倒くさかったので、俺は獣人とその仲間全員に魔力糸をノーモーションで叩き込んだ。
同時に全員の脳髄に認識撹乱用の逆浸透型自律駆動術式を感染させてやる。
ぱちん! と俺が指を鳴らすと半獣人とその仲間は全員起立。回れ右をしてそのまま店の外に飛びだして、後は勝手に生ゴミ捨て場の中で錯乱し喧嘩始めたというわけだ。
店の中の他の客は、一瞬何が起きたかわからずにポカンとしていたが、「あれ賢者さまじゃね!?」「やっべ! 本物だ」「凄ぇ!」という声と共に拍手喝采を浴びる事になった。
おかげで美味いと評判の店の特等席を予約なしで確保できたのはラッキーだったが。
「ググレ、助けてくれて……ありがと」
席の対面に腰を下ろした偽美少女、年齢不詳のハーフエルフが可愛らしく微笑む。
「アホか。おまえ、奴を『爆殺』しようとしただろ?」
「え? バレた? ダメだった?」
てへ、と小さく舌を出す。
あの半獣人がレントミアに指一本でも触れようものなら体内の骨が瞬時に発火、内側から爆散していただろう。――炸裂系の接触型殺傷魔法、だ。
「当たり前だ。店の中で人間爆弾とかシャレにならん」
いきなり店中を肉片で汚してみろ。賢者の名にR15指定がつくだろうが。
むしろあの連中は俺に感謝すべきだ。この可愛い顔をしたハーフエルフは、時に容赦なく残忍なのだからな。
まったく、とため息をつくまもなく次々と美味そうな料理が運ばれてきた。料金は前払いですぐに出てくるセットメニューを頼んだ筈だが、店の女店主がサービスですから! と愛想よく最高級の肉の香草焼きを置いていった。
「ググレ、乾杯っ!」「お、おぅ」
とりあえずぶどうジュースをまず一息で飲み干す。俺は未成年だから酒はダメだ。
温かいミルクを、こくこくっと飲むレントミア。……お前はすくなくとも未成年じゃないよな?
目的が竜人の血である事、それを持っているのが英雄の一人、僧侶マニュフェルノであることを告げると、レントミアは何か思い当たるところがあるようだった。
「んー、ググレが泣いて頼んだら教えてあげるよ」
なんて相変わらずの意地の悪い返事だが。
黙々と腹ごしらえをしつつ、俺は映像中継と、存在測定を眼前に展開しプラムの様子を窺うう。四角い半透明の小窓が展開し画像を映し出す。
ぐーぐーという高いびきは黒髪のヘムペローザ。
セシリーさんも椅子に座ったまま心配そうな面持ちでプラムを眺めている。
プラムの熱は相変わらず高いが、呼吸脈拍とも悪くは無い。眠ったままなのが幸いだ。
映像はプラムの枕元にぶら下げた水晶ペンダントが発信しているものだ。魔力糸で繋がったペンダントは、お守りであり、こうして遠隔監視できる生命線でもある。
「ねぇ、ねえってば!」
「あ、あぁ?」
レントミアの声に俺は顔を上げた。
「せっかく二人でお食事中なのに、画面ばかり見ないでよ」
何だこの会話。倦怠期のバカップルか。
ぶぅ、とレントミアが怒った顔をしてみせる。店の落ち着いた間接照明の中、翡翠色の瞳が不満げにな光を帯びている。
「す、すまん。つい、心配で」
「親ばかー。それともやっぱり恋人なの?」
「からかうな。お前の知っている通り、人造生命体だ」
「ふぅん。前はボクのことばかり見てくれたのにね」
「……それは……」
俺は顔が熱くなるのを感じ、テーブルの中央に残された大麦パンに視線を落とした。
確かに、そんな時もあった。
異世界に来て初めて見たエルフの美しさと、驚異的な魔法の力に俺は魅了されていた。
俺はこの世界に来た時から検索魔法は使えたが、戦力にならない俺はパーティのお荷物でしかなかった。だがレントミアは俺の資質を見抜き、検索魔法の応用による各種魔法の構築方法を考え、教えてくれたのだ。
レントミアの親切に感謝しながら、俺は尊敬し憧れた。その気持ちは当然――美少女ハーフエルフ魔法使い(男だったが)への淡い恋になってゆくのも自然の流れだろう。
「……ボクね、エルフの里を追い出されて一人、死にかけていたところを、リカルに助けられたんだ」
レントミアが俺の沈黙に、ぽつりとそんな事を言った。
「勇者、エルゴノート・リカル……」
それは初めて聞く話だった。レントミアとエルゴノートの出会いか。
エルゴノートは俺たちのリーダーであり、太陽みたいに明るく真っ直ぐで、いわゆる「勇者脳のバカ」だった。
個性豊かで強烈なメンバーを一つのパーティとして率いるのは、ヤツのリーダーシップなしでは無理だったろう。
「人間の血が混じったボクは邪魔者で、村ではいつも一人だったんだ。だから……一人でこの世界に放り出されたググレはなんだか同じ気がして、なんていうか、友達になれるかな、なんて思っていたんだよ」
えへ、と寂しげな笑みを零して小首をかしげると、柔らかな髪がさらりと揺れた。
「レントミア、俺は――」
バカだ。最悪だ。
俺はレントミアの事を何も判っていなかったのだ。勝手に尊敬し、憧れて、その可愛い笑顔を好きだと思い、挙句――。男だと判った途端、一方的に心を閉ざし拒絶したのだ。
俺はレントミアをどれほど傷つけたのだろうか。
手を振り払い背を向けたあの日、レントミアは何を思ったのだろうか。
純粋な気持ちをある日突然踏みにじられたレントミアが、俺にやりきれない想いを歪んだ形でぶつけてくるのだって、そう考えれば当然だ。
ぐっ、と唇を噛み締めて、俺は精緻な顔立ちのハーフエルフを真っ直ぐ見つめなおした。
勝手でわがままでバカなのは承知の上だ。許してくれ、とは今さら言えない。
それでも俺は言わずにはいられなかった。
「また……友達に……なりたい」
――と。
「ググレ?」
「なりたいんだ! レントミア、君と! もう一度―― 友達に」
あの頃のようにはいかないかもしれないけれど。
「いくらなんでも、虫がよすぎるかもしれないが……」
途端に、ぱぁっと花の咲いたような笑みを浮かべ、エルフ耳が垂れ下がる。
「ググレ……! うん! ――いいよ、いいにきまってるよ!」
行こう! とレントミアが勢いよく席を立ち、俺の手を引いて店の外へと躍り出た。
「お、おい! どこへ!?」
「ググレが行きたいって言ったんでしょ! 竜人の血、僧侶マニュフェルノのところ」
「――! 知ってるのか? 居場所を」
「目星はついてる。けど……あとは足で探すしかないよ?」
俺達は雑然と賑わう夜の街を、まるで縫う様に疾駆した。
魔法の水晶の明かりと人々の声と、全てが交じり合って流れてゆく。
脚部に魔力強化外装を展開し、夜の街並みを俊敏な猫のように跳ねた。
王都とはいえ夜は別の顔が見えてくる。強盗にケンカ、薄汚い地下商店街で良くない商売をする人間達。
だが、そのすべてが、今の俺とレントミアにとってはワクワクするような舞台装置にさえ思えた。
地下の非合法商店街に入った途端、帽子に刃物を仕込んだチンピラが華麗な技で襲ってきたけれど、舞うように素早く左右にひらりと身をかわしてやり過ごす。
「早いね」「レントミアも」
駆け抜けならが互いに顔を見合わせると、自然と笑みが漏れた。
◇
「レ……レントミア……こ、ここは」
「うん……ついてきて」
俺の手をぎゅっと握り、レントミアが細い身体を寄せて、甘えたような声で囁く。
熱い吐息が耳をくすぐる。
「いやっ!? ししし、しかしいくらなんでも」
「いいから。来て」
――いやいや! よくないだろ!?
俺達は王都の中でもかなり奥まった裏路地に居る。あたりには怪しげな桃色の看板を掲げた宿屋がいくつも立ち並んでいた。
なんだ『休憩30ゴルドー、宿泊90ゴルドー』って。
「とッ、友達宣言はしたけれど、やっぱり男同士はマズイと思うのだが――ッ!?」
目を白黒させて間抜けに口を動かす俺に、女装美少年魔法使いは「ぷっ」と噴き出してカラカラと笑い声を上げた。
腹を抱えてひとしきり笑うと、切れ長の大きな目に浮かんだ涙を指先で拭う。
「ググレ……人間の欲望は底なしだというけど、ボクも同意するよ」
「おまえなぁ……」
「あは、怒った?」
冷たいジト目で見る俺を面白そうに窺うう美しいハーフエルフ。コイツの性格はやっぱり根本的に悪戯好きで気が抜けない。
しかし、レントミアがすっ、と指差す先には、宿屋よりも更に怪しげな店が見えた。
裏路地のいかがわしい宿屋の片隅に、ポツンとある入口は見落としてしまいそうだが、そこには明らかに他とは違うオーラを放っていた。
「え……?」
薔薇のレリーフでふちどりされた紫の看板には、こう書かれている。
『毒まむし亭・マニュフェルノ』
――魔法印刷天然色同人誌多数販売中!(裏「英雄本」あります)
「多分、ここ。僧侶……マニュフェルノのお店」
「え、は!? ここ、こっ……コぱぁあああ!?」
気が付けば俺の肺からは、奇妙な悲鳴が漏れていた。
<つづく>




