ファリアの泣きべそと、終焉の幻影
「世界が……滅ぶ?」
ファリアがそんな事を言うのは初めてで、俺は正直驚いた。
かつての魔王大戦の時でさえ、自分が戦士であるという事に誇りを持ち、常に俺達の戦いと勝利のために全身全霊を傾けてくれたファリア。
絶望的な状況にあっても尚「世界が滅ぶ」などと、感傷を口にした事など唯の一度も無かった。
俺は脈を図りながら耳を傾けていたマニュフェルノと目線を交わした。
治癒と癒しを担当するマニュフェルノが、メガネの奥で僅かに険しい顔をした。まだ意識が混濁しているのかもしれない、と心配しているのだ。
ファリアは俺にしがみ付いたまま、怯えた子供のように言葉を紡いだ。
「……恐ろしい夢だった。見たことも無いような巨大な竜、いや……竜か? 多分そうだと思うのだが……。無数の四角い空を飛ぶ竜が、世界を破壊してゆくのだ」
「それは……」
俺は思わず息を呑んだ。
「人間たちは剣のような……空を飛ぶ奇妙な乗り物で対抗するが、次々に燃え落ちてゆくんだ。街が……見知らぬ巨大な塔の林立する街が燃え……みんな死んで。私は、その炎に包まれた世界で、ただ怯るばかりで……」
「ファリア……もういい」
俺は、頼りにばかりしていた強いはずの女戦士を抱きしめた。銀髪を静かに撫でてやる。
ファリアの発した夢の内容に、背筋を何か冷たい得体の知れないもので撫でられた様な、ざわついた感覚に襲われた。
――四角い竜、空を飛ぶ剣。
それは、メタノシュタットの地下図書館で見せられた滅びの予言そのものだ。
幻視なのか、予言なのか、あるいは過去の映像なのか……。今は知るすべは無いのだが。
メタノシュタット文化祭の日、路地裏で出会った絵描きの少女、ウィア・レゥ・ィア。鳥の瞳をもつ娘という半獣人の少女は、その瞳で何を見たのだろうか?
四角い竜と、三角の剣、そして丸い星――。
それはファリアが見た幻の映像と同じなのではないだろうか? 千年帝国の終焉の日、滅亡の記憶を。
だが、過去の幻影と言い切ることも難しい。
コーティルト・スヌーヴェル姫が囁いた「私たちに――未来が、本当にあるのなら」という言葉も気掛かりの種なのだ。
広域予言魔法として、鋭い感性を持った子供達が描いた絵を集め、「集合的無意識」のサンプルとして文化祭の絵から未来を読み取った結果が「終末の幻影」と似ていると言うのも解せないのだ。
同時に、王国の未来予見を司る『星を詠む者たち』と呼ばれる魔法使い達は、星の運行が乱れ未来が見えないとも語っている。
バラバラだったパズルのような疑問と謎が、あるひとつの恐るべき予感へと帰着してゆくのを感じていた。
つまり……世界に何かが起きようとしているのだ。
そのきっかけは――、宝具が世界に解き放たれたせいなのか……?
そんな自分の予感と想像に戦慄を覚える。
すべてが杞憂であればいい。平和なこの世界と、時々騒ぎを起こすバカが共存する賑やかなこの世界の日常が、これからも続くことが俺の望みなのに……。
「ググレ、すまない。もう……大丈夫だ。私としたことが、空中で必殺技を叩き込んだ直後さ……。あの金色のタマネギのようなものが……左腕に取り付いたせいで、こんなまやかしを見せられたのだろう……」
ファリアが身を起こしながら頭を振った。体調が良くないせいで、不安と恐怖という根源的な感情を抑制できないのだろう。
「大丈夫。おそらくそれは……千年前の出来事だ。あの宝具が見せた記憶の断片さ」
憶測だが、大方これで合っているだろう。
ヤーグゥチが見せたのではなく、タマネギ宝具が断末魔で見せた、ヤツが生きていた時代の記憶の発露なのだ、とファリアと自分を納得させる。
「記憶の……断片?」
「あぁ。未来の予言でもなんでもない。終わったこと、過去の出来事さ。心配するな」
「そうか……そうなのだな」
ファリアは少し落ち着いたのか、辛そうにまた目をつぶった。だがやはり立ち上がれるほどではないらしい。
『神根の枕』と名乗った金色のタマネギ帽子の宝具の効果が、はっきりと判明したわけではない。
もしかすると、他人に「希望」と「絶望」の夢を見せることで、人間の魂が「相転移」とも言える状態の変化を起したときに発する、何かのエネルギーを得ていたのかもしれない。
希望が絶望に変わる時に生じる負の感情――即ち、悲しみや諦め、虚無感といったものは、それだけで一部の黒魔術では呪詛の源なる程だ。
それらを糧にして魔力に変換することで、使用者に無尽蔵ともいえる魔力を供給していたのではないか?
無論、その膨大な負の魔力に逆に支配されてしまえば、大僧正カットゥーラのように「魔神」として身も心も喰らい尽くされてしまうのだろう。
突然ぽかっ! とメティウスが俺のおでこを平手で叩いた。
「いてっ!?」
「賢者ググレカス! いつまでも密着していらっしゃらずに、館にお連れしては?」
はっ、として顔を上げると、マニュフェルノは優しい笑顔で俺を見つめているが……瞳に光が無い。
「お……あ、そうだな! うん!」
俺はファリアがまだ意識混濁から抜けきっていないと判断し、館への搬送を決めた。
魔力糸で繋がっている「賢者の館」の様子を探るが、何事も無く無事のようだ。ガレージで待機している二機のワイン樽ゴーレム『フルフル』と『ブルブル』にこの場所まで走ってくるように指令を出した。
忠実なる四足歩行のゴーレムは、こちらから送った地図情報を元に、障害物や危険を避けながら自律的にたどり着く事ができる。
「これでよし、館からここまで300メルテほどだ。5分もすれば迎えが来るはずだ」
「お、おいググレ、私はどこも痛くないぞ」
「ファリアが泣きべそをかいた時点で重症だよ」
はははと笑うと、ようやくファリアはごしごしと目を擦り、白い歯を覗かせた。
「な、なにぉう……!?」
目線を広場の入り口付近に転ずると、レントミアの励起した太陽のように明るい魔法の下で、村人達数十人がイオラとリオラ、そしてプラムとヘムペローザを囲み、賑やかな勝利の宴が始まろうとしていた。
イオラの肩にはラーナが乗っているが、その幼女姿から、お姉さんお母さん世代の人気が高いようだ。
村の女達は飲み物と食べ物を何処からか持ち出して、みんなに配っている。
元々は復興のためにこの村に戻ってきた同郷の人たちなのだ。
神根聖域勧誘組合の僧侶が施した、怪しげな「支配のための暗示」の効果も消えつつあるようだ。
俺はようやく身を起こしたファリアを、妖精メティウスとマニュフェルノに任せて、俺は広場のほぼ中央、巨大なクレーターの周りに集まって何やら話し合いを始めていた10人の僧侶達に向かって歩き始めた。
そのすぐ横ではレントミアが胡坐をかいて座り、10人の様子を訝しげに眺めていた。
不穏な動きがあれば、頭上の灼熱の火球を雨のように降らせるつもりなのだろう。
「あ、ググレ! ファリアの調子は良くなった?」
「レントミアのおかげでな、いろいろ助かったよ」
「ホント?」
「あぁ」
はにかんだ笑みを浮かべるハーフエルフの若草色の髪を撫でてから、俺は円形会議をしている僧侶達に近づいた。
かなり気は進まないが、放置するわけにもいかないのだ。
「やぁ、身の振り方は決まったか?」
俺は10人の僧侶に軽い調子で話しかけた。
ぐるっ! と10人が一斉に俺を向く。
精悍僧侶、妖艶僧侶、狼族僧侶、小太僧侶、屈強僧侶、チビ僧侶、薄幸僧侶、包帯僧侶、鉄棒僧侶、少年僧侶。
十二神託僧なのに何故に10人しか居ないかと言えば、湖で戦ったエラストマ・プラスティカが脱落、更にもう一人「ガリエル老」と呼ばれていた、年老いた僧侶が逃亡したためだ。
ガリエルはカットゥーラと旧知の間柄だったと言っていたが戻ってくる様子は無い。
「くっ!? 出たなメガネ賢者!」
「おやめ、アルモンド」
妖艶僧侶に窘められて屈強そうな僧侶がモゴモゴしながら矛先を納めた。
ぐるりと見回すと、目を逸らすもの、睨み返してくるもの、汗を垂らすもの、包帯の隙間から目だけを覗かせるもの、ブツブツと独り言の速度が増す者……と様々な反応を見せた。
「本来ならば貴様らも全員ソレと同じ運命なのだが……な?」
俺はクレーターの中心でフンドシ一枚だけになったガイコツのように痩せた男に一瞥をくれた。完全に失神し白目を剥いている。
大僧正カットゥーラ。宝具の魔力に魅せられ、魔神に魂を売り渡した男。同情の余地など一片も無いというのに、命を奪えないのは……俺の甘さだろうか。
精悍な僧侶が一歩前に出た。
「カットゥーラ様……いや、この男の身柄は我々が引き受けたい」
「して、受けてどうする?」
俺はリーダー格らしい精悍な面構えの若い僧侶を見据えた。青年の瞳は青く、意外にも真っ直ぐな目線をしていた。
「本国に連れ帰り、僧会の……法の裁きを受けさせる」
「フ……痴れた事を」
俺は思わず鼻で笑った。
「きき、様ぁ! さっきから言わせておけば!」
精悍僧侶は何も言わないが、背後で半獣人の狼族僧侶がキバを剥き出しにした。
「……黙れ。他国の領土を掠め取り、怪しげな魔法で人々を支配。それだけでは飽き足らず魔神への供物を集めるために、手の込んだ魔法まで準備したのだろう? やり方が気に食わんな」
俺はピシャリと言い放った。
<つづく>




