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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆5章 それが摂理に適わぬ願いでも (竜人の血脈 編)
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 師匠と弟子と、変わりゆく世界

 大地の果てに沈んだ太陽の赤黒い残照が、弱々しく辺りを照らしている。

 館の周囲に散在する立木と繁みは、既に黒く塗りつぶされたように見える。


 俺は着地で崩れた体制を立て直しながら、立木の暗がりから現れたハーフエルフの魔法使い、ブラムス・レントミアを睨んだ。互いの距離は十メルテほどか。


「やだなググレ。どうしたの? そんなに怖い顔して」

「何の用だ……?」

 俺の低く警戒心を含んだ声に、レントミアは僅かに眉を動かすと、少し悲しげに目を細めた。

「ググレは……変わっちゃったね」

「な……?」


 俺はその言葉に息を飲んだ。

 変わった? 俺が? 何が?

 長かった冒険を終え、心身の疲れを癒そうと世間とのかかわりを拒み、一人引き籠った俺はあれから何も変わっていないはずだ。

 変わったというなら、世界のほうが変化したのではないのか?


「大事なものが、他に出来たんだね」

「――!」

 俺は言葉を失った。無意識の内に俺を掴むプラムの小さな手の感触が思い出された。

「ちょっと嫉妬しちゃうな」

 レントミアが寂しそうな表情を浮かべた。俺にとってこのハーフエルフは師匠であり、かつては大切な友人以上の存在だったのは確かだ。

「……そんな話をする為に、姿を潜めて近づいたのか?」


 屋敷の外に感じた気配はセシリーさんの他にもう一つあった。それがレントミアだ。

 隠蔽(ステルス)型の魔力糸(マギワイヤー)で全身を繭のように覆い隠し、外部からの信号を遮断して接近していたのだ。

 通常であれば見破れないが、既に俺の魔力糸(マギワイヤー)による対人警戒用の結界は改良を施してある。自律駆動術式(アプリクト)の検知用の術式(アルゴリズム)を強化し、ステルスキャンセラー機能を組み込んで検知精度を高めていたのだ。

 身を隠して近づいてくる時点で怪しいが、そんな事ができる人物は限られる。


 闇に包まれた屋敷の周囲は俺たち以外の気配は感じられない。

 幽鬼のように浮かんで見える姿は、意外なほどに華奢だ。小柄な身体を魔法使いの白い外套(ローブ)で包み、すらりと伸びた細く白い脚がスカートの裾から覗いている。

 ……まだ女装してやがるのかコイツは。

 苦々しく睨む俺の目線をどう勘違いしたのか、レントミアは白いワンピースの裾を指先でひらりと揺らして見せた。


「ううん、単なる興味だよ。何だかググレのお屋敷が騒がしかったからね」


 ひょい、視線を外し屋敷の方を仰ぎ見るレントミア。

 横顔は可愛い天使のように見えるが、性格は残忍だ。大方プラムの異変を察知し、俺の憔悴しきった顔を拝みにきたのだろう。


 暗い屋敷のシルエットがぼんやりと浮かぶなか、四角く闇を切り取ったように浮かぶ二階の窓が、黄色く暖かな光を灯している。

 セシリーさんが書斎に到着したらしく、身振り手振りで説明するヘムペローザの話に耳を傾けているようだ。

 金髪碧眼の村長の娘セシリーさんは、クリスタニアの構成員だが、目的はあくまでも俺たちを監視する事であり、直接何かを仕掛けてくる人じゃない。

 そもそも、プラムやヘムペローザにとっては今も優しくて頼りになる「セシリお姉さま」なのだ。


「……ちょっとプラムが熱を出してな。風邪薬の材料を王都まで買いに行くところだ」

「こんな時間に、魔力強化外装(マギネティクス)を使って?」

「あ、あぁ。お前が先日使っているのを見て、たまには俺も使おうかと……」


 冷や汗を掻きながら応える。我ながら下手な芝居だ。そもそもバレバレだろう。


 第一、こんな事をしているヒマはないのだ。一刻も早くメタノシュタットに赴き、竜人(ドラグゥン)の血を手に入れねばならない。

 

 竜人の血を浴びた外套(ローブ)を持つディカマランの六英雄の僧侶、マニュフェルノを探し出すか、それが無理ならば……地下の非合法商店街を全て回って探すしかない。検索魔法(グゴール)の知恵が及ばない、地下街の混沌の底を。


人造生命体(ホムンクルス)が風邪って……」


 エルフ特有の切れ長の瞳を半眼にして、レントミアが呆れたような半笑いを浮かべる。

 プラムの生命の(コア)でもある竜人(ドラグゥン)の血に、『闇の復活』の気配が隠されているとコイツはずっと疑っているのだ。


「じゃぁ、ググレカスが戻ってくるまで……ボクがあの子を見ててあげるよ」

「い、いやそれは!」

「何? ボクは学舎のクラスメイトで、友達だよ?」

「都合のいいことばかり言うな、お前はこの前……解剖するとさえ言ったんだぞ」

「えー? 言ったっけ?」


 企みのある目をしたレントミアが屋敷に向けて駆け出そうとするのを、俺はダッシュで行く手を遮って阻止する。


「ま、まて!」

「……随分必死だねググレ、プラムちゃんそんなに……悪いの?」

 凶悪な光を宿す瞳で俺を挑発的に見上げてくる。お前、ほんとに一緒に世界を救った一員かよ?

「なんなら…………ボクが診てあげるよ?」

「それは……」

「あは! どうしたの? ググレ」


 女装美少年の顔がどんどん昂ぶっていくのがわかる。

 俺が困る顔を見て、楽しんでいるのだ。性格悪いなコイツは……。


 かつての冒険の最中もこんな調子だった。いや……最初、俺が異世界に来てレントミアと出会ってから最初の半年間は、メンバー内でも屈指の「仲良し師弟」だったはずだ。

 だが、コイツが男だと知ってしまってからは、こじれた気持ちは容易には元に戻らず、関係は急速に冷え込んだ。そして、俺に対するレントミアの態度は徐々に捻じ曲がったものになっていったのだ。


 今レントミアを屋敷に置いていけば何をするかは明白だ。プラムを治療と称して弄り回し命を奪う事さえ躊躇しないだろう。そして、俺が絶望に染まる姿を見て歓喜するだろう。

 レントミアを力ずくで無力化してしまう手もあるが、本気の戦闘となれば決着は容易にはつかない。そもそも俺は急いでいるのだ。


 ――ならば


 俺はハーフエルフの翡翠色の瞳をまっすぐ見つめて、結んでいた口元を緩めた。


「レントミア、頼みがある」

「な、何?」


 俺の真剣な声に不意を突かれたのか、ぴくん、とエルフ耳を立てるレントミア。


「俺と一緒にメタノシュタットへ行ってくれないか? そう、夜の……散歩だ」

「え……、い、一緒に?」


 ぱちくりと瞳を瞬かせて、戸惑いの表情を浮かべる。


「あぁ。とある魔法の触媒がどうしても欲しいんだ。レントミアなら街も知り尽くしているだろう? 一緒に案内して欲しい」

「一緒に……ググレと買い物?」


 何故かレントミアは混乱しているようだ。自分の本来の目的と、俺が提示したささいな頼み事がハーフエルフの頭の中で天秤にかけられているらしい。

 俺はもう一声、頼み込む。


「夜の街を歩くなんて事はめったにしないからな、自信が無いんだ。頼む」

「グ……! ググレがそう言うなら……いいけど。ボクもあまり詳しく……ないよ」

「構わない。一緒に来てくれたら心強いんだが」

「――! いく! うん、いこ!」


 レントミアの表情が一転、ぱっと明るいものに変わる。それは、見た目の歳相応の輝きを帯びた顔だ。

 驚いたのはむしろ俺の方だった。ブラムス・レントミアの変わりようにだ。殺気をまとわせて闇に潜み、まるで暗殺者のような冷たい光を放っていた瞳は一転、魅力的とさえ思える表情をかたちづくる。


「ちょっと急ぎたいんだ。王都まで走るけど構わないか?」

「へーき。ググレこそ、魔力強化外装(マギネティクス)あまり得意じゃないでしょ?」

「……あぁ、実はもうヒザが痛いんだ」


 窓から飛び降りてここまで跳躍した時点で、制御が不十分だったらしい。ヒザに少しだが痛みがあった。

 それを聞いたレントミアはくすり、と初めて自然な笑みをこぼした。

 すっと横に並び、暗闇の遥か向うに煌くオアシスのような光の島を見つめた。

 

 ――王都メタノシュタット。荘厳な白亜の城を中心として築かれた巨大城砦都市。


「ボクが教えた事、覚えてる? 自分の意思で動いてから制御を入れてみて。全部を制御しようとしてもうまくいかないよ」


 俺の真横に並んだレントミアの横顔に視線を這わす。頬を覆うように伸ばされた髪がさらりと風に揺れる。


「あ、あぁ……、そうかそうだったな」

「いい? いくよ」


 俺たちは同時に地面を蹴った。冷たい空気が耳元でくぐもった音を立てる。

 浮遊感を伴って、近づく地面に向けて俺は反対の脚を突き出す。

 着地の衝撃を感じた瞬間――「今!」と澄んだレントミアの声が耳に届いた。


 俺の意思に同調して、瞬時に自律駆動術式(アプリクト)が脚部の衝撃吸収装置(アブゾーバー)として機能する。

 殆ど痛みも衝撃も感じるまもなく、再び地面を蹴って飛翔。

 今度は先ほどよりも高く、速い。


「いいね、ググレ! なんだか……こういうの」

「あぁ、懐かしい……な」

「うんっ!」


 年齢不詳のハーフエルフ、レントミアが白い歯を見せて笑う。

 いつぶりだろうか、そんな顔をみたのは。

 

 街道を俺達は滑るように幾度も、跳ね飛んだ。

 途中ですれ違う行商人のキャラバンや、牛車を操る人々が目を見開いて驚く。

 

 暗闇の遥か向うだと思っていた巨大都市の光は次第に大きくなり、視界いっぱいを埋め尽くすように広がていた。俺とレントミアは王都メタノシュタットの城門へ跳躍し、そのまま二度、三度と壁を蹴り上げて、城下町へと自由落下、とある建物の屋根の上へ着地を敢行した。


「――――っく、はぁ、はぁ! レントミア……もう、俺は無理だ」

「ちゃんと出来ました」


 一刻(約一時間)以上かかる道のりを、その三分の一の時間でたどり着いたのだ。

 流石に全身が疲労困憊でガタガタだ。肌寒い季節だというのに、汗が頬を流れ落ちる。しかしレントミアの顔はいつもと変わらず涼しげだ。


 俺たちは建物の屋根の上にいた。眼下に広がる街の通りには魔法を込めた水晶や、香油の灯りがともされている。沢山の行き交う人の群れと、屋台、酒場、色とりどりの店の看板が見える。

 時間はまだ宵の口だ。仕事を終えた人々に、商売人、護衛業(この世界の「冒険者」という職業だ)、さまざまな人々でごった返している。食べ物のむせ返るような匂いと酒の香りが入り混じり、歌や音楽、笑い声があちこちから聞こえてくる。

 ここは大陸最大の王国、悠久の歴史を持つメタノシュタットの首都なのだ。街の中央に目を向ければ否が応でも巨大な建造物、白亜の城が目に入る。

 どうやら俺が先日決闘をした闘技場にも程近い場所らしい。


 呼吸が落ち着いた俺は、スカートの裾を気にする女装美少年ハーフエルフにむけて口を開いた。

 

「レントミア、俺は……実は、『竜人の血』を探しているんだ」

「……だと思ったよ。ていうか、それ以外ありえる? 夢中なあの子を救いたいんでしょ」


 けろりと事も無げに言う。あれほど俺を追い詰めて愉悦を浮かべていた狂気は、すっかり影を潜めている。

 俺を見て笑う可愛らしいハーフエルフを見ていると、まるで昔に戻ったみたいだなと、そんな思いが頭をよぎる。

 だが、何かを企んでいるのかも知れないという警戒もあった。レントミアの俺への歪んだ感情は、時に予測不能の方向で爆発することもあるのだ。

「……あぁ」

 どうして俺は、いや俺とレントミアはこうなってしまったんだ。


 ――出会ったあの頃に、戻れたらな。


 何の疑いも持たず、憧れの師匠と修行に明け暮れて、毎日が本当の冒険の連続で、楽しくて、ドキドキしていたあの頃に――。


「夜の散歩もいいけど、飲み物と食べ物が……ほしいな」

「そうか……。そうだな。流石に、限界だ。まずは腹ごしらえをするか」

「――うんっ!」


 気がつけば俺はプラムの看病からずっと飲まず食わずだった。フラフラするのはそのせいか。

 ――と、

 熱く、湿り気を帯びた手のひらが、ぎゅっと俺の腕をつかんだ。

 レントミアがニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて、傍らから俺を見上げている。密着した身体から踊る心臓の鼓動が伝わってくる。


「お、おぃ!? レント――」

「いこ、ググレ!」

「ぅわ!?」


 俺たちは同時に、夜の街へと躍り出だした。


<つづく>

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