★ハーフエルフの魔法使い、レントミア
「け……賢者さま?」
「こここっ……こいつはっ……おとっ」
戦術情報表示の『映像中継』画面を指差す俺だったが、あまりの事にうまく言葉が出てこない。
俺はふるふると震える指で、プラムの正面に陣取ったハーフエルフの「美少女」を指差す。
そう。見た目は美少女、中身は男――。
コイツこそが六英雄最強「最悪」の魔法使い、レントミアだ。
「男なんですよ!?」
叫びながら横を振り向くも、セシリーさんは明らかに二歩ほど距離をとっていた。
「はぁ……まぁ?」
セシリーさんは、いまいち飲み込めていないのか、俺の反応を不思議そうに眺める。
「こいつは可愛く見えますが腹黒で、男なんですよ!?」
もう一度言う。
「でも、可愛いからいいんじゃないでしょうか?」
「……え?」
「レントミア様は賢いお方ですし、何を着ても似合うし、かわいいと思いますよ? 賢者様はお仲間だったんですよね? 羨ましいですわ、一緒に旅ができたら楽しいでしょうね」
「そう……ですか」
俺はようやく理解した。
いまいち掴みどころの無い金髪碧眼の美少女セシリーさんは、『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の構成員であり冷徹な女スパイかと思っていたが、違う。
可愛いかの可愛くないか。キレイか綺麗じゃないか。
その価値観が全てなのだ。
天然で純粋な行動原理。だからこそクリスタニアのメンバーとして活動できる。
……どうりで会話が噛み合わないわけだ。と俺はひとり納得する。
それよりも……。
クリスタニアの魔法技術顧問という立場であり、大規模魔力探知網を構築しようと暗躍するレントミアが直接、村の王立学舎に直接乗り込んできたのが気がかりだ。
闇の復活、つまり『魔王と同じ波形の波動』を検知し、その原因を特定できる見込みがあるということだろうか?
そもそも日々怪しげな魔術実験をやっている「俺自身が原因ではないのか?」という仮説とは違う。つまり、
――原因となる人物は学校にいる、という事なのか。
気が付くとプラム達の授業が始まったようだ。
『映像中継』の画面の向うからざわめきと、椅子を引く音が響く。
中年の女教師が教壇に登り、はじめますよ、と声をかける。
この授業が終われば後はおまちかねの給食を食べ、掃除をしてから下校となる。
プラムもきちんと自分の席に戻り着席する。
授業中に立ち歩いたり騒いだり、学級崩壊の引き金を引くことさえ覚悟していた俺にとっては拍子抜けするほどの「お利口」さんぶりた。
「いいぞ、プラム……」
思わずそんな声を漏らすと、隣で画面を覗き込んでいたセシリーさんも笑みをこぼす。
席は双子の兄妹イオラとリオラの一つ前の席で、ヘムペローザの隣らしい。
最前列には明るい緑色の髪のハーフエルフ少女――レントミアの姿が見えた。
一度こちらを振り返り、可愛く微笑んで手を振る。
もちろん正体は「女装」した男の娘だ。
授業はことのほかスムーズに展開してゆく。
教科書というものは無く、先生が黒板に書いた文字や数式を、自分の手元のノートに書き写していくようだ。
プラムは真新しいノートにミミズが這い回ったような字を一生懸命書いていく。
ヘムペローザは開始五分で腹の虫が鳴って、クラスから失笑を買った。
「……これなら大丈夫そうですね」
「ですね」
俺とセシリーさんは、最初の目的も忘れすっかり授業参観の父兄のような心境だ。
四十日ほど前に俺が創った人造生命体のプラム。
最初から言葉を話し字を書けるのは、錬成の段階で言葉や文字の書き方などの基礎知識を刷り込んだからだ。
自律駆動術式と魔力糸を組み合わせた睡眠学習装置に似た仕組みで、培養中だったプラムの脳へ直接教え込んだのだ。
手間をかければ超天才だって作れただろう。
プラムは合成培養タンクから現れた瞬間から、すこしアホな十歳の子供なのだ。
――どうせ設計寿命3日の実験体だし適当でいいだろ……。
あのときの俺は、そんな風にごくごく軽く考えていた。
ずっとこのままの姿で大きくならず、歳もとらず、成長もしないまま……やがていつかは崩れて消えてしまうプラム。
けど……。
こうして皆と同じように楽しい時間を過ごしているプラムを見ていると、ほかの子供達と同じ「未来」があるんじゃないかと錯覚してしまう。
――そんなもの……ありはしないのに。
俺はぐっと唇を噛み締めていた。
『映像中継』の半透明の画面に写るプラムは、真剣な面持ちで先生の声に耳を傾けている。俺は黙ってプラムの顔を見つめ続けた。
◇
平和な授業風景に安心した俺たちは、放課後に校門前で待ち伏せをすることにした。
どうしてもレントミアと話をしたかったからだ。殴……る前に、聞きたいことが山ほどある。
とりあえず目下の質問は一つだけでいい。
――誰を調べていたのか、と。
やがて子供たちが学舎から出てきた。下校の時間だ。
俺とセシリーさんは、入り口わきに立ってプラムやイオラ、そしてレントミアが出てくるのを待つ。
不審者だと思われないように職員には一言いってある。
「わー! セシリーさまだー」「さようならー!」「セシリーさまさようなら!」
はい、気を付けてね、と優しい笑顔で村の子供たちに手を振るセシリーさん。
「ゲッ、賢者だ!?」「にげろー」
……何だよこの反応の違いは。
思わず睨み付けるが、ここはセシリーさんの顔を立てて引きつった笑みで子供たちの下校を見送る。
俺は王国公認の賢者のローブを纏った品格のある紳士だからな。
「わー! ググレさまなのですー!」
明るく弾んだプラムの声。
二つに結わえた紅い髪を躍らせて、すたたっと軽やかに駆け寄ってきて俺にダイブ。
「ぐはっ」と肺の空気がこぼれるが、俺はちょっと嬉しい。
……こんなに俺を歓迎してくれるのはプラムだけだからな。
「あ、偽賢者! プラムの迎えか、親ばかだなー」
「賢者さま、プラムはちゃんとできましたよ!」
双子の兄妹イオラとリオラもすぐ後ろから現れた。
二人は並んでニコニコしながら近づいてきた。白地に青の爽やかなラインの制服は、日差しの下で目にすると眩しく感じられる。
「あぁ、ありがとう、お陰でプラムも学舎デビューできたよ」
俺は心から礼を言う。
「カカカ! 感謝するならワシにすることにょ!」
ふんぞり返ったヘムペローザが横顔を出す。
少なくともお前は何もして無いような気もするが……。
と、そして奴が現れた。
ひときわ華やかな女子生徒の集団を引き連れた美少女。
――新緑を思わせる淡い緑色の髪に、深い翡翠のような瞳。可憐に弧を描く口元。
美少女は俺の姿を認めると、ぱっと瞳を輝かせ、澄んだ声色でこう言った。
「おひさしぶりですね、賢者……ググレカスさま」
それは女装美少年ハーフエルフ、レントミアだった。
<つづく>




