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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆4章 賢者と憧れの学園生活? (二人目の六英雄登場 編)
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★『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)

 ◇


 俺はプラムと同じ道を歩き村の中心へとやってきた。

 いつも通りに寝不足な俺は、日光に当たると弱るらしくクラクラする。

 昨夜はプラムに渡すペンダントの仕掛け造りで半徹夜だった。

 まぁ、夜更かしはいつもの事だが。

 太陽はだいぶ昇り、照りつける白い日差しが痛いほど眩しく感じられる。

「まるでヴァンパイア賢者だな……」

 ひとりごちながら舗装された石畳の道を歩く。


 村の中央広場で辺りを見回せば、朝の忙しい風景とはうって変わり、オバちゃん達が中央広場の周りに集まってのんびり立ち話をしている。

 小さな子供らが走り回り、老人たちは家の前で囲碁のようなゲームに興じている。

 その先には、直径十メルテ(約十メートル)程の石で組まれた円形の水場あり、飾り気のない地味な噴水が真ん中からちょろちょろと吹き出ている。ここは村人たちの憩いの場であり、地下からの湧水を溜めて共同の生活用水として使う場所でもある。

 俺はとりあえず水を飲み、顔を洗った。

 冷たくてミネラルたっぷりの水が全身にしみわたるようだ。


「ありゃま? 賢者様やね、今日はこんな早くからどうなされた?」

「あらあら、珍しい、今日はいいお天気ですわね賢者様」

「わー! 賢者さまだー!」

「けんじゃさまらー」

 あっという間に俺は村人に取り囲まれた。

 実はこれが苦手であまり出歩かないのだが。


「はは、ウチのプラムが今日から王立学舎に通いはじめましてね、近くに来たついでに覗いて行こうかなと思いまして」


「あんれまー、プラムちゃんが!?」

「賢者さまのお嫁さんは若いなーって噂しとったですよー」

「お嫁さんでも勉強は大事ですもんねぇ」


「え!? いや、お嫁じゃないですよ! 預かってる子供ですからね!?」

 俺が血相を変えて全力で否定すると、残念そうに「あらまぁ?」とか口々に言う。


 ……ったく、おばさん達の噂話は恐ろしいな。どうせ俺の屋敷を掃除しに来てくれる『オバちゃん連合』が好き勝手言いふらしているのだろう。

 じゃ、俺は先を急ぐので……、と歩きはじめようとするとビア樽のようなマダムが行く手を遮った。

「実は最近肩こりが酷くてねぇ」

「うちのヨメが酷いんですよ!」

「屋根裏にハチの巣が出来てね」

「賢者さまー、背中がかゆいの」

「うちの旦那は夜がダメでねぇ」


 口々にどうでもいい悩み事を話しはじめる。

「あああッ! すみません、俺は教会に用事がありますのでこれで!」

 もはや人生相談どころか完全に昼のワイドショーの某有名司会者みたいな扱いだ。

 俺はこれでも世界を救った賢者なのだが、そんな事はお構いなしだ。


 マダムと子供らを振り切って駆け出した俺は、曲がり角を曲がり、村の中心にほど近い神聖教会を目指す。

 振り返るとワラワラと村人が追いかけてくる。

「ひい!?」

 ――ゾンビ村か!?

 角を曲がると見せかけて、勝手口から教会に転がり込む。

 どうやら振り切ったらしいが、帰りの事を考えるとかなり面倒だ。

 はぁ、と一息ついたところで神父様が登場。


「迷える子羊よ、教会に何か御用かね? 人生の記録を書きとめる場合は1ゴルドー、呪いを解く場合は5ゴルドーの寄付を……」

 NPCみたいなことをしゃべりだす壮年の神父は俺の顔をみると、

「おぉ? 賢者ググレカス殿であったか。これは失礼……、こんな粗末な教会によくぞおいでくださった」

「お久しぶりです、マーチカット神父」

 小さい村なので俺達は一応顔見知りだ。

 温厚そうな顔には歳を重ねたであろう深いシワが刻まれている。

 白髪の混じる髪を後ろに撫でつけて、神父帽を被るのがスタイルだ。


 教会は元の世界と同じで十字架が掲げられている。違うのは崇める対象が太陽神、ア・ダモス・テェイだという事だけだ。

 教会は小さく、礼拝堂を兼ねたホールに長椅子が十脚ほど並べてあるだけだ。

 小さいとはいえステンドグラスからは美しい七色の光が差し込み、太陽神を模したという十字架(正確には十字架に丸い輪がついたもの)を照らしている。


 ちなみにこの世界の教会にはセーブしたりロードしたり、毒を治療したり、ましてや生き返らせるなんて機能は、無い。

 呪いは解けるらしいがフラシーボ効果ぐらいしか期待できない。

 死んだら終わりというのは、この世界に厳然と適用されたルールで俺達はつまり無敵じゃないってことだ。


「今日はどのような御用ですかな?」

「実は、これをご存じないかと思いましてね」


 俺は検索魔法(グゴール)画像検索(ガゾン)と、映像再生の自律駆動術式(アプリクト)を使い、昨日ヘムペローザが売りつけようとした護符を、空中に再現して見せた。

 手のひらよりも長い短冊状のお札には、俺の検索魔法でも検知できない謎の文様が描かれている。

 初めて見る賢者の魔法に、目を丸くして驚いていたマーチカット神父だったが、護符を見た途端、難しい顔つきになった。

「これを……どこで?」

「実は昨日、子供が売りに来たのです。どうやら本来は無償で配る物らしいのですがその子は……かなり空腹のようで、小銭を稼ごうとしたのです」

 元悪魔神官ヘムペローザ。黒髪に黒い瞳を持つダークエルフクォーター。

 プラムと今は学舎で勉強中であろう彼女だが、常に腹を空かせている様子が気がかりだった。

「これは私も最近目にしております。どうやらこのあたり一帯村に配られているようなのです。出所は……メタノシュタット聖堂教会の『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)……だと思われます」


 ――『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)

 

 メタノシュタット聖堂教会の一部秘密主義集団『ひとつの清らかな世界(クリスタニア)』。

 神聖教会内部でも先鋭化された思想を持つ原理主義集団といわれている。

 秘密結社的意味合いの強い組織らしく全容は知られていないが、その構成員は金髪に青い瞳をもつアーシアン系人種に限られるとされている。

 『世界の支配者は本来、神に最初に造りだされたアーシアン系人種である』という歪んだ優越主義に彩られた思想が、彼らの基本理念の一つである。

 教会内のみならず東方三大国のメタノシュタット王国、カンリューン公国、トゥーリアン皇国、各国の政治中枢深くまで影響力を及ぼしていると言われている。

 しかし、先の魔王戦乱では何の役にも立たず、それをきっかけとして更に過激な思想へと突き進んでいるとも言われている。

 ミュンミィ書房・刊、『世界の宗教と裏歴史』より――


「なるほど」


 俺は検索魔法(グゴール)を閉じた。

 太陽神を崇め、人々の心のよりどころと自然への感謝を主な教えとする『神聖教会』は、世界中に広がった一般的な教会だ。俺が今訪れているこの教会もその一つに過ぎない。 

 俺の魔力糸(マギワイヤー)による対人結界をいとも簡単に突破したあの謎の護符は、メタノシュタットの聖堂教会、それも『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)が独自に開発したものだと考えるのが妥当だろう。


 聖なる力は魔法使いや俺のような賢者が使う魔法力とは正反対のものだ。魔の力を相殺し清め無力化する効果がある。

 村中に配られている札が聖なる物である以上、悪意は無いと思えるが目的は何だろうか。魔力の無効化か、あるいは何かの検知か……。 


 ちなみに、俺が戦闘時に展開してみせたランダムバリアチェンジ型結界は、ちゃんと『対聖』属性を織り込んである。聖なる力で俺の結界を無力化しようとしても無駄だ。


「ググレカス殿、その護符は私も渡された事がございます」

「! それは、『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の者から、ということですか?」

「はい……その、実は」

 俺は無言でメガネを指先で持ち上げ、神父の次の言葉を待つ。


「村長の御令嬢の……セシリーさまからです」


 な――!?


 神父の口から出た言葉に、俺は言葉を失った。

 冷たい鉛を飲み込んだように腹の奥が冷たく蠢く。

 金糸のように輝く金髪に吸い込まれそうなほどに美しい、青い瞳。

 俺の嫁候補ナンバーワンだった、村一番という評判の美少女セシリー。

 彼女がメタノシュタット聖堂教会の秘密結社、『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の構成員だというのか?


「札の効果について……彼女は何か言っていませんでしたか?」

「とにかく村中に配るように、と。これは……闇の復活を阻止するために必要な聖なる護りなのだ、と」

「闇の復活……!」


 やはり『闇の復活』と関係があるというのか。

 と――、


「口の軽い神父様ですね、場末勤めではしかたありません、か?」

挿絵(By みてみん)

 皮肉めいた口調と、そぐわないほどに澄んだ声色が鼓膜を揺らす。

 俺が振り返ると、光を背負い――黄金の輪郭に縁どられた少女の姿があった。

 たまご型の美しい輪郭に黄金の髪、そして見る者を魅了する碧眼。


「セシリー……さん?」

 俺はくちをパクつかせるのが精いっぱいだ。

「賢者さまも、そのようなお顔をされるのですね。……初めて見ました」


 くす、と軽く微笑みを浮かべ、教会に一歩踏み込む。

 金色の美しい髪がふわりと後に続く。


「こ、これは……セシリー様!」

 神父が動揺を露わにしてみじろぐ、しかしセシリーさんは神父には目もくれず、俺をじっと見据えたまま歩み寄ってくる。

 俺はまるで蛇に魅入られた蛙のように動けないままだ。


「大猿に襲われても、隣国最強の魔法使いを前にしても表情一つ変えない賢者様の驚いた顔……ですね。ふふ……」


 何故……ばかな、そんな。


 そんな言葉ばかりが頭の中で渦巻く。

 村はずれの森で襲ってきた上級モンスターを操っていたのも、ティンギルとの決闘の場で俺を奇襲した魔力糸(マギワイヤー)の主も、全て――やはり


「君が……そうなのか?」


 俺はようやく言葉を漏らす。口の中がカラカラで、バクバクと暴れる心臓が口から飛び出そうな感覚に襲われる。

 金色の髪をかきあげて、精緻な作りの彫刻のように美しい輪郭を持つ少女が、ゆっくりと唇を開く。


「イエス……でもありノーでもありますわ、賢者様」

「賢者に禅問答……ですか?」

 俺は複雑な思いを断ち切ると、可憐な笑みを浮かべるセシリーさんと対峙した。


<つづく>

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