★一人ぼっち、回想録
「なんで……元・悪魔神官のお前が学舎(学校)に通っているんだ?」
イオラとリオラと談笑を始めたヘムペローザに向かって。俺は問いかけた。
双子と向き合うと頭一つ小さい黒髪の少女ヘムペローザは、まるで普通の友人のように話をしている。
ヘムペローザは何故か勝ち誇ったような顔で振り返ると、両手を腰に当ててふんぞりかえり、俺を指さす。
「カカカ! 教えてやろう賢者ググレカスにょ!」
「……食った途端強気になりやがったな」
「まずは学舎を支配し、純真な魂を持つ子供たちに大魔王様の素晴らしさを教え込みシモベとして支配、やがては王国全てに暗黒の根を張り巡らせるのにょ!」
ばあっ! と両手を天に振り上げる。
それはまるでチビッコが妙なやる気を出しているシーンみたいだ。
「お、またヘムペローザのネタが始まったぞ?」
「ヘムペローザちゃん、それ教室でも言ってたよね……」
イオラとリオラが苦笑しつつ、互いに顔を見合わせる。
コイツは教室でもそんなこと言ってるのか?
だとすればかなり浮いてるんじゃないだろうか? 仇敵ながら心配になってくる。
「怪しげな札を売り歩くのも……その一環か?」
「うっ!? ……そ、それはだな、資金を集め闇の軍団を再び創り上げる為にょ! その暁には賢者ググレカスゥ! 貴様は…………い、一番最後に倒してやる……にょ」
後半はトーンダウン。
俺が冷たい目で睨んでいるせいもあるが、口をぽかんと開けたまま「何を言ってるかわかんないですー……?」的な視線を注いでいるプラムと目が合ったからだろう。
俺とヘムペローザのやりとりに、イオラとリオラも注目している。
兄妹の鳶色の瞳と綺麗な栗色の髪は同じ仕様で、顔立ちも良く似ている。
魔王軍との戦乱で孤児となった二人は、この村に身を寄せて暮らしている。本当なら幸せに両親と暮らしているはずだったはずなのに、だ。
その原因の一端が、目の前にいる少女――悪魔神官ヘムペローザだと知ったらどうするのだろう?
兄のイオラは勇者志望だ。強くなりたい、誰かを護りたい、そして魔物を許さないという強い気持ちを持っている。それに両親を殺されたという恨みが絡めば逆上しかねない。
下手をすると俺の館の敷地内で『白チョークで人型が描かれるような惨劇』が起こる可能性だってあるのだ。俺はメガネの名探偵くんじゃないのだからそういう事態だけは避けたい。
最悪、俺がフォローしてやらねば面倒なことが起こりそうだ。
「……と、いう本をこの前読んだにょ!」
――思い切り軟着陸しやがったな!?
俺の心配をよそに元・悪魔神官はある程度は空気が読めるようだ。
にょはは、と引きつった笑みを浮かべる黒髪のダークエルフのクォーター少女に、六英雄を窮地に追い込んだ悪魔神官の威厳なんて微塵も無い。
ふぅ……やれやれ。血の惨劇だけは避けられた。
「ヘルペローザって……妄想がダダ漏れだよな」
「教室でずっと六英雄の本を読んでいるし、好きなのよね?」
「そうにょ! あの憎っくき六英雄を研究しておるにょ! 賢者女体化なんて最高だったにょ!」
「同人本は家で読め!」
教室でずっと俺達六英雄本を読んでるとか、どんだけ好きなんだよ!?
今のヘムペローザは中二妄想をまき散らして、教室で孤立してるボッチなんじゃないか?
て、いうか。
――お前は俺か……?
まるで昔の俺を見ているようだ、と思った。
途端に、心の奥底に封印していたはずの記憶が湧き上がった。
四角くて冷たい教室という牢獄に、三十数名と共に詰め込まれた俺は、空気みたいな存在で友達なんて一人も居なかった。
まぁ、俺にとっては必要無かった、といってもいい。
唯一の友は『本』だった。
本を開けば存在する、無限の開かれた世界。
想像力には限界がなく、人々が積み上げた知識の海は深く、宇宙そのものだと思う。
そして俺はある日、迷い込んだ図書館の書架の最深部の迷宮から、この世界へとやってきたのだ。
俺はこの世界でようやく『仲間』や『友』と呼べる人々と出会った。
それでも……。
俺の心は満たされなかったのかもしれない。
かつての世界で手に入らなかった物を、無くした自分の半身を求めるように俺は――太古の失われた錬成術、人造生命の生成に手を出した。
「ググレさまー……、学舎にプラムも行きたいのですー……」
――プラム
透明な声にはっとする。イオラとリオラが、プラムが俺を覗きこんでいた。
「プラムはヘムペロちゃんや、イオ兄ぃリオ姉ぇと行きたいのですー……」
俺の腕をゆさゆさするプラムに困惑する。
夕焼けみたいな茜色の瞳には、俺の困り顔が映りこんでいる。
プラムを学舎に……? そんなこと、できるはずが……。
「おい偽賢者さまよ、なんで触手を屋敷に閉じ込めておくんだよ?」
「イオ……!」
「この前、森に行った時も、王都に決闘を見に行った時も、こいつ……プラムは全部初めて見るものばかりって、言ってたんだぞ」
イオラの真剣な声が俺の心に突き刺さった。
確かにプラムにとっての「世界」はこの屋敷の周りだけだ。
今日はじめてヘムペローザという友達が出来るまでは、話し相手だったのは俺と、村のおばちゃん連合、そして遊びに来るイオラとリオラぐらいのものだ。
「行くのが心配なら、俺達がちゃんと連れて行くし、面倒は出来る限りみるからさ」
「そうですよ賢者さま、私もいます」
勢いだけの兄と、しっかり者の妹。この二人がプラムと居てくれたら学舎だって心配ないだろう。けれど……
「ありがとう、イオラ、リオラ。しかし……プラムは……」
いつ寿命が尽きるかわからない、人間でもない中途半端な存在で――
そんな事を言えるはずも無く……。俺は口をつぐんだ。
「賢者にょ。おぬし、プラムが他人と違うから、なんて考えておるにょか?」
いつの間にか俺達から距離を取り、屋敷の門のところまで移動していたヘムペローザが声を上げた。
風が、長い黒髪を梳いてゆく。
「ハッ、笑わせるわ。ワシを見るがいい! 差別と嫌悪の対象、どこの教会も引き取りを拒んだダークエルフの血族の子にょ! それでも学舎ぐらい行っておるにょ!」
「ヘムペローザ……」
「明日、迎えに来るにょ! これは……駄賃がわりにょー!」
びし、と指差す反対の手には、台所に残してあったはずのロースハムが握られていた。
「あっ!? こらお前っ!」
「じゃーにょ! プラムー!」
大きく手を振ったかと思うと、くるりと身をひるがえしヘムペローザは走り去った。
俺は唖然としながらも、小さく笑みを漏らし眼鏡を指先で持ち上げる。
「ググレさまー……?」
「あぁわかったよ。プラム、明日から……お前も『学舎』に行くがいい」
「わぁああ! ググレさま、だいすきなのですー!」
わしっ! とプラムが俺の腰にしがみついて満面の笑みでぴょんぴょん跳ねる。
俺は……何を心配していたんだろうか。
プラムにはもう、こんなに友達がいるじゃないか。きっと大丈夫だ。
「偽賢者!」「賢者さま!」
可愛い笑顔を見せるイオラとリオラの顔をぼんやり眺めながら、俺はこの後のことを考えていた。
明日と言っても役人の仕事に任せていては、入学手続きが間に合わないだろう。
多少面倒だが、俺が今から王立学舎に出向いて話を付ければ一発だろう。
顔パスで手続きを終え、制服も貰い受ければいい。
「仕方ない。俺は今から学舎に出向いて手続きをしてくる。プラムも……下見がてら一緒に行くかい?」
「はいなのですー!」
俺が微笑みかけると、プラムが目を輝かせて敬礼をして見せる。
イオラとリオラも一緒に来てくれるらしい。
――だが
俺には二つ、気がかりがあった。
一つはヘムペローザがこの屋敷に来たことを感知できなかった事。
魔力糸による結界は健在だ。
それが検知できないという事は、聖なる加護を受けた札をヘムペローザが持っていたからだろうか?
あれはおそらく……メタノシュタット聖堂教会が配っている護符だ。
検索魔法画像検索で照合しても、該当する紋様は見当たらない。おそらくあれは高度に構築されたオリジナル品だろう。
一体何の目的で配っているのだろうか?
そしてもう一つ。
忌み嫌われると彼女自身が言った通り、ダークエルフ(正確にはクオーターだが)を受け入れた教会保護施設がヘムペローザ、おそらくは他の子供にもロクに食い物を与えていないかもしれない、という事だ。
これは俺の推測に過ぎないが、ヘムペローザは札を売って小銭を稼ぎ、食い物を買おうとしていたのだろう。
「ググレさまー、準備ができたのですー!」
「おーい、早くいかねーと日が暮れちまうぞー」
先を行く双子の兄妹と、ぴょこぴょこ跳ねるように進むプラムの後姿を眺めながら、俺は微かな胸騒ぎを感じていた。
<つづく>




