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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆4章 賢者と憧れの学園生活? (二人目の六英雄登場 編)
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 プラム、はじめての友達

 ガツガツと物凄い勢いでベーコンと野菜のスープを食い尽くしたヘムペローザは、ふぅ……と一息ついたかと思うと、俺に向けて皿を差し出した。

 

「……何のマネだ?」

「おかわりだにょ!」

「帰れ」

「じょっ……冗談にょー」


 冷たく言い放つ俺に「元」悪魔神官ヘムペローザは慌てたように作り笑いを浮かべた。


 明るいキッチンは、俺とプラム、そして訪れる客人の為の食事の場でもある。

 簡単なオーブンと調理台、そして組み上げた井戸水が出てくる簡易水道、窓際には玉ねぎやハム、にんにくがぶら下げてある。

 賢者の館とはいっても、普通の家庭のキッチンと変わらない造りだ。

 そして今、中央に置かれた木のテーブルに座っているのは、黒髪に褐色の肌が珍しい小柄な客人。


 眉の端を曲げて皿に目線を落とすダークエルフ四分(クオー)(ター)少女はよほど空腹なのか、既に空になった皿に顔を近づけて、舌で舐めようとしている。

 ほんとうにロクな物、食べてなさそうだな……。

 見かねた俺はキッチンの壁に干してあった豚のロースハムを半分放ってやる。


「ほれ、人様の家から盗ったりするなよ」

「にょおぉ……!? いいのか?」

「あぁ」


 俺が首肯すると、目を輝かせてヨダレを垂らさんばかりに(ハム)に食いついた。


「賢者……悔しいが……今日のところは肉に免じて……見逃してやるにょ」

「おぃ、勘違いするなよ? お前が……本当にかつての仇敵かどうかは別として、腹をすかせてフラフラしている女の子を、捨て置けないだけだからな」


 自分でもツンデレだなと思うセリフに、思わず赤面する。


「それはそうと、ググレカスにょ」


 もきゅもきゅとハムを咀嚼する元、悪魔神官。


「何だ?」

「あのプラムとかいう娘……、お前が造り出したのかにょ?」


 ――!?


「……なぜ、そう思う?」

 ヘムペローザは、はっと軽く笑いながら、さも普通の事のように。


「匂いだにょ。人間でも魔物でもない、けれど……すこしだけ懐かしい匂いがするにょ。おそらくこれは……竜……かにょ」

「ほぅ……流石だな。まぁ、当たらずも遠からず、といったところだ」

「まぁよい。ワシにとっては今このハムのほうが大事にょ」

「……」


 俺はむっと黙り込んだが、内心は肝を冷やしていた。

 やはり悪魔神官と名乗るだけはある。プラムが人造生命体(ホムンクルス)であることを一瞬で看破し、俺の練成術の組成を言い当てたのだ。

 俺の生命練成術は、大魔王デンマーンが自らの魔力の波動で『魔物』を産み出した事と似通っているのではないか? あるいは同義の類の禁忌なのではないだろうか。


 ――プラム……。お前を造りだしたことは、神の禁忌に触れることなのか?


 だとしたら俺はどんな罰を受けるというのだ?


 俺は立ち尽くしたまま、キッチンの隅で鍋のフタを抱きしめているプラムに視線を向けた。

 赤毛の人造生命体(ホムンクルス)は、ヘムペローザがハムをかじる所を見ていた。

 すると俺の傍に寄ってきたかと思うと、小声で耳打ちする。


「ググレさまー、あの子、すごくお腹すいてたですかー……?」

「そうらしいな」

「プラムのご飯、半分あげますから、毎日食べに来て欲しいのですー……」


 俺は驚いた。

 プラムは元悪魔神官の少女を気にかけているのだ。

 本物の人間……いや、それ以上に純粋で素直で優しい心。

 

 これが魔王の魔物と同じだなんて、俺は何をバカな事を。

 

 俺は先ほどまでの暗い妄想を吹っ切るよう、プラムの頭をわしわしと撫でた。

 暖かくて柔らかいプラムの髪の手触りに思わず目を細める。

「プラム、それは無理なんだ。あの子にも帰る家があるし、そういうわけにはいかな……」


 きゅぴぃいいいんっ!


 と両眼を光らせて、ヘムペローザの口が「ω」の形に持ち上がった。

「毎日? 毎日来てやっても良いにょ! なんなら、ここに住み込みで、三食食うのを手伝ってやってもよいのだにょ!?」

 聞こえてたのか。


「アホぅ! 誰がそんな寄生家族みたいなマネを許すと思うか」

「きせい……? なんですかー?」


 プラムが首をかしげてたずねる。

 俺が元居た世界で読んだ漫画にそんな恐ろしい話があった。

 偉大な不二子A先生の短編か何かだ。


「いいかいプラム、『納屋を貸して母屋を取られる』ってことわざがあって、他人に不用意に親切にすると、やがて家もみんな盗られてしまうんだよ」

「それは困るのですー……。このおうちが無くなったらプラム、どこでググレ様と寝ればいいのですかー?」

「橋の下とか木の下だな。嵐の夜は寒いだろうな」

「い、嫌なのですー!」

 俺が眉をまげて肩をすくめて見せると、プラムが泡を食ったように慌てて悩む。

 あはは、単純で面白いな。


「ここ、こら賢者ッ! わわわ、ワシはいくらなんでもそんな乗っ取りなんて……極悪で卑劣なマネはせんにょっ!?」

「極悪も何も、悪魔神官なんだろ?」

「おぉ、そうにょ! 世界を大魔王様の寵愛の波動(ヴァイブ)で満たし、統一された絶対平和と永遠の安らぎをだな――」


 ヘムペローザが椅子の上に立ち上がり、ご高説を始めたところで襟首を掴んで台所の勝手口から放り出してやる。

「放せにょおおお!」

 少しかわいそうだが甘い顔を見せるとつけあがる性格のようだ。


 放り出された悪魔神官ヘムペローザは、ぶぅ、と頬を膨らませていたが、やがてトボトボと歩き出した。

 と――、


「ヘムペロ……ちゃん!」

 プラムが俺の脇を掠めて外に飛び出したかと思うと、ヘムペローザに駆け寄って声をかけた。

「へ、ヘムペロちゃん!?」


 ぎゅっと両手を握りしめて、大きく息を吸い込んで、

「プ、プラムのごはん……少しなら分けてあげるのですー……。だからまた……遊びに来てほしいのですー。 あ、でもお家をとっちゃ……ダメなのですけど……だからその」


 必死の様子で、言いたい事を上手く伝えられないのがもどかしいのか、プラムは目を閉じたり開いたりしながら、時々息継ぎをするようにしゃべり続けた。

 その言葉を黙って真剣に聞くヘムペローザの意外な様子に、俺は見守ることにする。


 悪魔神官と呼ばれてはいても、元はただの神官だったと後に聞かされたことがある。

 世界の腐敗と混沌を憂い、必死に人々に神の愛を訴え続けたが返ってきたのは、冷笑と排斥だった。

 やがてヘムペローザは世界の絶対統一、永遠の安らぎに満ちた世界を標榜する魔王デンマーンに引き込まれていったのだという。


「プラム……だったかにょ? またワシが来てもいいのかにょ?」

「いいのですー! お友達になってほしいのですー……」


 プラムがこちらを振り返り、目で訴える。

 そうか。

 プラムは友達が欲しいのか。

 イオラとリオラという歳の近い子はいるが、あの兄妹は少しだけ大人だ。

 プラムにとって同じ背丈の、同じ目線で話せる相手が欲しいのだろう。


「まったく……しょうがないな、別に来てもいいが、悪さはするなよ?」

「あぁ、約束するにょ」

「……賢者……ググレカス。その……」

「なんだ?」

「今日は馳走になったな……ありがとう、にょ」


 褐色の頬を赤くして、目線は僅かにそらしたまま、笑みを見せる。

 大きくなったら美人になるであろう整った顔に、大きな瞳。

 綺麗な黒髪が俺にとっては懐かしく、眩しく見えた。


 まぁ、プラムの友達になってくれるなら別にいいさ。

 むしろ素性を知られても、逆に心配の無い相手とも言える、魔王の居ない今、何かを出来るわけじゃないだろう。


「でさー、まったく疲れたよ」

「もう、イオのばか」


 ――と、聞き慣れた声が二つ聞こえてきた。


 俺の屋敷の外を通りかかった二人の人物が、こちらに気がついて近づいてくる。

 門のところから屋敷の方を覗き込んで声を上げる。


「あ、偽賢者と触手!」

 ばし、と叩く音。


「こんにちは賢者さま、プラムちゃん」


 元気な少年の声と落ちついた少女の声はイオラとリオラ、勇者志望の双子の兄妹だった。


「いって……、あれ? ヘムペローザじゃん? こんな所で何してるんだ?」

「うにょ!? イオラとリオラではないかにょ? 今、学舎の帰りかにょ?」

「あぁ、リオが掃除当番でさぁ、ったくめんどくせーし」

「イオが手伝ってくれたの」


 と相変わらずの仲良し振り……って、学舎、つまり学校!?

 よく見れば二人とも、似通ったデザインの制服らしいものを着ている。

 普段着の上から着るタイプの簡易なものだが、男女で細部が違う制服のようだ。



「イオラとリオラは……学舎に行き始めたのか? というか、ヘムペローザと……知り合い?」

 むしろ動揺した声をもらしたのは、俺だ。

 一体、なにがどうなって……?


「知り合いってーか、同じクラスなんだ」

「はい、村の王立学舎です。セシリーさんのおかげで、先日から通い始めたんです」

 兄の声に、リオラの弾んだ声が続く。


 この世界には『学舎』と呼ばれる学校制度がある。

 王侯貴族のご子息が入る学舎は王都メタノシュタツトにしか無いが、地方の村には全年齢対象の『王立学舎』と呼ばれる学校がある。

 俺が元居た世界で言う所の小、中学校のイメージだろうか。

 身寄りのはっきりした子供であれば、誰でも入学可能で基本的に授業料はタダだ。

 週に二、三日程ひらく塾のような制度で、入学する年齢も人種もあまり問わない。

 迷惑をかけなければ人間だけでなく、亜人間(デミヒューマン)でもOKだ。

 授業内容は読み書きと簡単な計算程度、それと礼儀作や道徳など、普段の生活で困らない為のものだ。

 魔法学や神学、その他学問を本格的に学びたければ高額な金を払い、メタノシュタットにある各種学舎に入学するのが一般的なコースとなる。


「リオと二人で『転校』扱いってんで、結構珍しがられたけどな……」

「イオなんて女の子から質問攻めだったよね」

 ジト目で兄を眺める妹の口元は、半笑いだ。

「そんなんじゃねーよ、リオだって大人気だったじゃん」

「でも、ここに来る前は学舎も無い村だったから、嬉しいよね」

「まあな、でも勉強はどうもなぁ」

「イオは家に帰ったら復習ね」

「えー!?」

 互いに顔を見合わせて笑う様子と軽妙な会話は、傍目から見ても仲がいい。

 うぬぬ、イオラめ転校生属性まで身に付けたのか。勇者の道(?)まっしぐらだな。


「この二人は先輩であるワシが、面倒見てやってるにょ!」

「おま……、へルペローザも学校に通ってるのか!?」

「なんだよにょ? ワシだって、きちんと学舎は行かせて貰ってるにょ?」

「なん……だと?」

 元・悪魔神官の居るクラスって……どうなの?

 俺は複雑な面持ちで、痛み始めたこめかみを押さえた。


<つづく>

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