★君は『すごいあくましんかん』だね!
かつて――
俺達ディカマランの六英雄は、大魔王デンマーンを打ち倒した。
その旅の途中で幾度となく俺達の前に立ち塞がり、最大の敵として火花を散らしたのが『悪魔神官』ことヘムペローザだった。
自ら大神官と名乗ってはいたが、大魔王デンマーンの闇の波動を浴び続けることで最終的には究極体・ウルティメイト・ヘムペローザとして進化、最終決戦の舞台となった魔王城で、俺達と壮絶な死闘を演じた。
「忘れたとは言わせないにょ! この……大魔王様さまの寵愛を一身に受けた大神官……ヘムペローザ様をにょッ!」
俺はその押し売り少女の言葉を信じられなかった。
褐色の肌を持つダークエルフのクォーター少女は、肩で息をしながら黒髪を揺らし、険しい眼つきで俺を睨んでいる。
いきなりの剣幕に気おされたプラムは、俺の背中にひっついたまま、隠れて出てこない。
「うーむ……?」
困ったなぁと、俺は頬を掻いた。
最終決戦で戦ったヘムペローザは神官として、いや人間としての自我を無くし、悪魔の化身として、ただひたすらに連続攻撃を繰り出す強敵だった。
ヘムペローザの猛攻に劣勢に立たされた俺達六人は、やむなく対魔王用に準備していた究極の六連撃究極連携奥義をぶちかまし、なんとか勝利を収めた。
(おかげで大魔王デンマーンに奥の手が知れてしまい、更なる苦戦を強いられたのだが……これはまた、別のお話だ)
俺達の究極奥義を喰らって、木端微塵のギッタギタに粉砕しはたずの相手が、どうして目の前に現れるというのかは謎だ。
まさか……例の「闇の復活」と関係があるのだろうか?
――ははは、ありえない。
少なくと悪魔神官ヘムペローザは、こんなちんちくりんのちびっ子じゃない。
どちらかというと「成熟した魔女」といった風貌で、巨乳をゆさゆさ揺らしながら攻撃してきたことはよく覚えている。
「賢者をからかってはいけないな。相手を怖がらせて何かを売り付けたりするのはよくない事だよ。それに……悪魔神官なんてもう居ないんだ」
「いるにょ! ここにいるではにゃいかっ!?」
ぶんぶんっと腕を振り上げて、ぷんすか怒る様子は、プラムといい勝負の残念な子なのかもしれない。
俺達六英雄が大魔王とその配下、つまりは悪魔神官以下幹部たちを根こそぎ倒しまくったのは、この世界では広く一般的に知られた話で周知の事実で、子供だって知っている話だ。
ちなみに、王都の本屋に行けば、六英雄にちなんだ関連本もたくさん売られている。
『ディカマラン英雄伝』(全一八巻)
『新訳、ディカマラン英雄伝・疾風の章』(現在三巻まで)
『勇者エルゴと、愉快な五人の仲間達』(児童向け)
『英雄伝Ⅰ 光の勇者、エルゴノート 勇気の章』
『英雄伝Ⅱ 最強の女戦士、ファリア 剛腕の章』
『英雄伝Ⅲ 円環の魔法使いブラムス 時空の章』
『英雄伝Ⅳ 神速剣士、ルゥローニィ 百腕の章』
『英雄伝Ⅴ 慈愛僧侶マニュフェルノ 神託の章』
『英雄伝Ⅵ 粘液使い賢者ググレカス 粘液の章』
と、ベストセラー書籍だけでもこれだけある。
歴史書的な本もあるが、著名な作家が書いた小説風の本もある。
(だが、とりあえず『英雄伝Ⅵ』を書いた著者! ちょっとこっち来い!)
兎に角……だ。
街の本屋に行けば俺達に関する大概の知識は手に入るのだ。
ライトノベル風に挿絵が付いた軽い本も普通に売られているし、裏路地の地下本屋にまで足を延ばせば、怪しげな外伝やスピンオフ本、「総受け」なんて書かれた同人本すら売られていると聞く。
何が誰が総受けなのか知りたくもないが……。
話が逸れてしまったが、こんな女の子に霊感商法じみた浅知恵を吹きこんだ奴は誰だ?
飲んだくれのダメ父親か、札を売らせている悪徳業者だろうか?。
売れるまで帰って来るな! と言われて、こうして売り歩いているのだろう。
誰にも買って貰えないまま家に帰ると、役立たずと罵られたり縛られたり、激しいお仕置きがまっているに違いない。
プラムやイオラ達とさほど変わらない年頃だというのに飯もろくに食べさせてもらっていないのかもしれない。
……うるっ。
俺は少し可哀そうになって、札の一枚ぐらい買ってやってもいいかな、なんて思い始めて、ポケットの小銭を探す。
「お、おぃ賢者? 今の『間』は何だ? てか、なんで目が潤んでるんだにょっ!?」
「お札を買おう、一枚いくらかな?」
「えっ!? 一枚10ゴルドーにょ……って違うぅうううっ!」
「え? 買うよ、買ってやるから、あとは家におかえりね」
お金を差し出そうとする手を、黒髪少女は払い除け、わなわなと唇を震わせながら、一転静かな口調で言葉を紡いだ。
「究極進化……クォバヤシィ・サティコ!」
俺はその言葉に愕然とした。
前髪パッツンの褐色少女が言った言葉の意味を知る者は、恐らく俺達ディカマランの六英雄以外に知る者はいないだろう。
居るとすれば……、悪魔神官ヘムペローザか魔王デンマーンだけだ。
悪魔神官ヘムペローザを追い詰めたところで、ウルティメイト・ヘムペローザに究極進化を奴は行ったのだ。その時の……技名だ。
「な……何故それを、まさか……本当に?」
「にょほほ! やっと信じる気になったにょ? ワシが真の力を発揮するために身に纏った、魔力強化外装、クォバヤシィ・サティコ……! お前たちを一時的とはいえ追い詰めた事を……忘れたとは言わせないにょ!」
魔力強化外装――クォバヤシィ・サティコ……を身に纏ったヘムペローザは、究極体・ウルティメイト・ヘムペローザとして俺達と戦った。
年末の歌謡祭の女性歌手が見せる巨大舞台装置の様な姿で、次々と強力な魔法と物理攻撃を繰り出し、俺達六英雄を追い詰めた事は記憶に新しい。
てことは……本当なのか!?
「でも……あの時、完全に消滅させたはずだが?」
「にょーほほ! 滅んだのは外装部分だけにょ! ワシは爆発に紛れ、裏口から逃げおおせたにょ! 魔王様からの寵愛波動が途切れ、ワシはこんな姿に縮んでしまったがにょ!」
「へぇ……?」
生暖かい目で俺は少女を見下ろす。
「ここで会ったが貴様の不運と思うにょ! 究極進化ぁあああ! クバヤスィ・サティコォオオオ……!」
早口にまくしたてた褐色の少女は、両手を天に掲げる。
大魔王デンマーンの寵愛の波動を全身に浴び、肉体を悪魔的に進化させるために――。
と、指先にトンボがとまった。
「…………」
何も起こらない。
もしコイツが本当にヘムペローザだとしても、もうこの世界に魔王はいないのだ。闇の波動も寵愛も何も無いだろう。
「……う……うぐぅ!? ……ぐっ……」
悔しさに唇をかんで、大きな目に涙をいっぱい浮かべはじめる。
あぁ、泣きそうだ。
こいつが本当にヘムペローザだとしても、ダークエルフクォーターの中二病を患った残念な子、ということで片づけてしまっていいだろう。
「よしよし君は『すごいあくましんかん』だね! もういいから帰りなさい、百ゴルドーだったかな?」
「ちきしょー! バカにするなぁあ、にょ……?」
「お、おぃ!? どうした?」
突然フラリと倒れかけた少女の体を俺は支えた。
小さくて細く軽い。プラムよりも頼りない身体に、俺は息を呑んだ。
「……お、おのれ……! 賢者めぇ……闇の波動が尽きたワシは……何とも惨めなもの……にょ……」
うつろな目線が空中を泳ぎ、フッ、と死に際のような笑みを漏らす。
ダラリと腕が垂れ下がる。
「おいこら!? こんなところで死ぬなよ!?」
……ぐぎゅるるるううううううう!
と凄まじいほどに腹の虫が鳴いた。
「いっ……! 今のは、ワシの体内の魔力炉が次元からの魔力供給断絶に対して警告を……だにょ」
はわわわ! と褐色の頬を赤くして俺から身を離す。
「もしかして……空腹なのか?」
「うっ……」
「言うな。札が売れないと食わせてもらえないんだろう? 縛られて酷い目に遭わされるんだろう」
「ちち、ちがうにょ! なんにゃその後半の可哀想な設定は!?」
「……仕方ない、残り物で良ければ何か食うか?」
「えっ!? ホントかにょ!?」
「あぁ……。プラム、もう怖くないから、スープの残りを準備してくれるかな?」
「ググレさま、お札買わなくても不幸に……ならないのですかー?」
ひょこ、とまだ心配顔のプラムが覗く。
ヘムペローザがふぃ、と目をそらして
「こ、これは……ただの寄付を募る為の、教会の聖なるお札だにょ……」
「……そうなのですかー……?」
不思議そうに首をかしげるプラム。
世の中にはいろいろな事情で生きている人間がいるのだ。いい勉強になったなプラム。と頭をぽんと撫でてやる。
そんな俺たちの様子に目を丸くしていたヘムペローザに、俺は手招きして招き入れる。
「入れ。だがな、飯を食ったら帰れよ」
「け、賢者め! ワシを食い物で懐柔しようとしても……そうはいかぬにょ」
「……じゃぁ今すぐ帰れ」
「嘘ですにょっ!?」
ぐうううともう一声鳴きはじめる腹の虫に、流石の「元」悪魔神官も逆らえないようだった。
まったく――。
「ググレさまのお家に、いらっしゃいなのですー!」
楽しそうなプラムの様子に嘆息しつつ、俺とプラムは食事の準備にとりかかった。
<つづく>




