押し売り少女、襲来
――ググレカス様はどうやって賢者になったのですか?
なんて質問を受けることがあったなら、俺は静かにメガネを指先で持ち上げて、
「千年図書館に連綿と蓄えられた人類の英知の結晶が、俺を賢者にしてくれているのです(キリッ)」
と、静かに微笑を浮かべながら答えるだろう。
検索魔法で得られる膨大な知識の源泉は、千年図書館に蓄えられた人類の英知たる『書籍』から得られている。
検索妖精達が俺の声に反応し、位相のずれた世界から知識を汲みだして伝えてくれるのだ。
――まぁ、なんにせよ、本を書いた全ての著者達に俺は最大限の敬意を表するよ……。
俺はそんな事をぼんやり考えながら、千年図書館から探し出した「お気に入り」の一冊を読んでいた。
静かな午後の光が差し込む書斎は、俺の賢者エネルギー充填の場だ。
開け放たれた窓からは心地の良い風が吹き込んで、白いレースのカーテンを揺らしている。
ソファーで俺はだらしなく寝そべっている。
探偵ものならここで電話がかかって来るところだろうが、生憎この世界にはそんな物は無い。
村の困りごとを解決したり、突然やってきた友人に決闘の場まで引っ張り出されるのは本来、俺の求める優雅な生活とは程遠いものだ。
活字を読んで、ただひたすらのんびりする――。これが俺の求める賢者の時間なのだ。
俺の密かなブームは、検索魔法で千年図書館を検索し、埋もれていた『お宝本』を発掘して読むことだ。
もちろん、本と言っても実体は無い。
俺の目の前に浮かぶ半透明の板は、魔法術式を組み合わせたオリジナルの魔法、書籍の内容を表示する「魔法の本台」だ。
本来は戦闘用である戦術情報表示を簡素化し、読書に特化した自律駆動術式に組み替えたものだ。
仮想の表示窓は他人からは見えないという安心の紳士仕様!
超古代文字や、神聖文字で書かれた難解な文字は全て翻訳魔法が「日本語」に直してくれるので異世界人な俺でもまったく問題ない。
俺は指先で空中をなぞるようにページをめくる。
『魔法使いヴァルトリュンと秘密の弟子』
今読んでいる本は、数百年前に書かれたという半実録小説だ。
タイトルはありきたりだが、これがなかなかにけしからん。
ストーリーは、美女魔法使いヴァルトリュンが村の少年を弟子に迎え、魔法の修業と称していろいろと……うらやましい事をしてしまうというものだ。
少年目線で書かれた小説は妙なリアリティがあり、地の精霊との契約をする為といわれて疑問に感じながらも、先生の足の指をちゅーちゅー舐めるところなんかもう……大変よろしゅうございます。
あぁ……俺も美人魔法使いの弟子になりたかったな。
魔法使いと言えば、一緒に大冒険を繰り広げた『ディカマランの六英雄』には、一人の魔法使いが居た。
――円環魔法の使い手、ハーフエルフのレントミア。、
共に旅をした大切な仲間で、俺に魔法の使い方を教えてくれた「魔法の先生」でもある。
そして俺が知っている中でも最強クラスの魔法使いだ。先日戦ったカンリューン四天王の一人、ティンギル・ハイド程度なら十人束になっても敵わないだろう。
何よりもレントミアは美しい容姿で定評のエルフの血脈、つまりハーフエルフで……とても可愛いかった。
翡翠色の瞳に若草色のさらさらの髪――。
体つきは細く小柄で、小花の咲くような笑みと、鈴の音が鳴るような声をきかせてくれる。
「――ググレ! 魔法の練習、しよっ?」
そんな風に可憐に微笑むと、俺の心臓はいつも高鳴ったものだ。
けれど、一つだけ残念なことがあった。
見た目が『女の子みたいに可愛い』というだけで……実は『男のコ』だったのだ。
まぁ男の娘といってもいいほどに女の子のような見た目なのだけど、本人はそんなことは全然気にしている様子は無かった。
元来エルフは性別の垣根が低いのか、俺と親しくなったレントミアは、普通の男同士の友達というよりも、ちょっと恋人ちっくな接し方をしかたをしてきたのだ。
腕を組んでみたり、指を絡めてきたり、上目遣いで甘えた素振りを見せてくれたり……。
そんなことをされて、平常心で居られる男が居るだろうか?
いや……居ないと断言しよう。
俺は、可愛らしい容姿のレントミアが同性だという事実を後になって知り、天国から奈落の底に突き落とされた。
世界が終わる気分がわかるだろうか?
正直、俺にとっては辛い黒歴史でしかないのだが……、まぁ、今になって思えば懐かしくも楽しい思い出だ。
遠い目をしながら、俺はふるふると頭を振る。
と――、
「ググレさまー! ぐぐれさまー!」
ばかん! と開かれた扉の音が、賢者タイムの終わりを告げる。
プラムが必死の形相で俺に飛びついてきた。
俺が造った人造生命体は相も変わらず元気そのものだ。
設計寿命三日を過ぎ、遂に四十日を超えている。寿命が何時尽きるのだろうか……、なんていうのは実は杞憂なのかもしれない。――いや、そうであって欲しい。
「な、なんだ? いきなり入って来るんじゃない」
「たいへん、たいへんなので……す?」
プラムが途中で何かに気が付いたように、空中をじっと見つめている。
緋色の瞳がぱちくりと瞬き見つめる先には、俺が展開している仮想の書籍リーダー魔法がある。
だが、これは他人にはみえないはずだが?
「ググレさまー、ここに……『もっと……したを……つかいなさい、そうじょうずね、もっと』って書いてるのですよー?」
「はうぁ!? え!? いや、これはお前には関係ない!」
「ググレさまはお空に字も映せるのですねー……」
俺は慌てて魔法の書籍リーダーを掻き消す。
はわぁ、と感心した様子で空間を見つめるプラムの横顔は、とても魔法力があるとは思えない程あどけない。
「プラムには……今のが見えたのか?」
「はいなのですー。ぼんやり、ふわふわ、見えるのですー……」
何故だ?
先日の決闘でも魔力糸、それも隠蔽型の奇襲を見破った。
プラムのそれは着実に進化している気がする。
まさか、成長……しているのか?
人造生命体が成長するなんて、そんな話は聞いたことが無い。
錬成された時の姿のまま生きつづけ、時が来れば崩れ去って消えてしまうはずだ。
俺はプラムの頭に手を置いて、髪の毛を引っ張ってみた。
絹糸みたいに柔らかくて細い赤毛の髪は、確かに前より伸びている気が……?
「れでぃーの髪をひぅぱらないでくださいー!」
「あ、すまない、ちょっとな」
ぷくー、と少しだけ頬を膨らませて、けれどすぐにハッと何かを思い出したような顔をする。
「……あ! たいへん、大変なのですー!」
プラムはおもむろに俺の服を握りしめて、
「不幸に……不幸になるのですー!」
「はぁ?」
「だから……その、おふだを買わないと、不幸になるのですよー……!?」
「意味がわからないが」
「だから、玄関にお客様なのですー……!」
「!?」
――魔力糸で幾重にも結界している俺の屋敷に、どうやって入ったんだ?
俄かには信じられない思いで立ち上がり、俺は玄関へと向かった。
◇
「悪霊だにょ……! 悪霊がこの館には憑いているにょ!」
「…………」
「だが安心するにょ! この札を張ればたちまち悪霊退散、家内安全、火気厳禁、とにかく買わないと不幸になるのだにょー!」
どうやら押し売りらしかった。
怖がらせてそれをダシに高価な壺やお札を買わせようとする輩は、この世界にも居るのだ。
年の頃はイオラやリオラと同じくらいだろうか?
きりりとした目元に挑発的な口元。それと語尾が少しうざい。
顔立ちは綺麗だが、ダークエルフか何かのクオーターらしく、肌の色は褐色だ。この世界では結構珍しい黒髪を長く伸ばし、パッツンと切り揃えられた前髪がなんとも特徴的な『女の子』だ。
……こんな子が霊感商法とは、世界はまだまだ問題を抱えているようだ。
「な、なんだにょ!? その可哀そうな子を見るような眼は!?」
「あぁ、失礼。でも……間に合ってるから、うちでは要らないよ」
扉を閉めようとするが、その子がガッ! と素早く足先をドアの隙間に挟み込んで閉めさせない。
靴には鉄板でも入っているのか、固い音がした。
「く……! 要りません……よッ!?」
「アンタバカなにょ!? 買わないと……不幸になるんだにょ!?」
「要らんと言っておろうが……! ぐぬぬ」
俺もついムキになる。
ぐいぐいと渾身の力でドアを引っ張り膠着する。
「グ、ググレさまー……買わないとこわいですよー……」
プラムが俺の背中で怯えたような声を出す。
あぁ、まったく! めんどくさいっ!
「『賢者』に怪しげな札を売りつける気かっ!?」
俺はつい叫んでいた。
途端に、その少女はきょとん……と目を丸くして動きを止める。
「賢者……グ……ググレカス……だにょ?」
「あぁ、俺が賢者ググレカスだが?」
何か? とフカンで見下ろして威圧する。
まさかインチキ商品を売りつけようとする相手が、世界で名だたる賢者であるとは夢にも思わなかっただろう。
だが、前髪パッツン娘は意外な反応を見せた。
「こ、こんにゃろー! ここで会ったが百年目にょー!」
「な、なんだぁ?」
今度はキレはじめたぞコイツ。
「忘れたとは言わせないにょ! この……大魔王様さまの寵愛を一身に受けた大神官……ヘムペローザ様をにょッ!」
「……はぁッ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げていた。
<つづく>