★ティンギル・ハイドの驚愕
◇
「どうだプラム!?」
「すごい……凄いのですググレさまー!」
「だろう!? ホラホラぁぁあ」
「ひゃああぁ! もっと、もっとなのですー!」
「なっ……何をやっているんだぁググレッ!?」
バコッ! と突然開かれた扉の向こうに立っていたのは、俺の友人である大柄な女戦士、ファリア・ラグントゥスだった。
鍵をかけていたはずだが、ドアノブごと引きちぎられている。
何を思ったのか、顔を真っ赤にしてハァハァと肩で息をして、目を白黒させている。
「やぁ、おはようファリア! どうだいこれ? 凄いだろう」
徹夜明けでハイテンションな俺は元気な声で、ファリアに向けて腕を空中で振って見せる。
途端にキラキラキラ……! と光の粉と粒が噴き出して消えてゆく。
色は七色、レインボーカラーの粒子が美しい。
一番苦労した分はやっぱり輝きと色合いだ。
「すごいのですー! 綺麗なのですー!」
「見ろ、プラムにも大ウケだ!」
プラムが光の粉を空中で捕まえようと飛び跳ねる。大きな緋色の瞳には、光の粒子がまるで銀河の星のように映っている。
「そ……そうだな」
ファリアの呆れたような声と冷たいジト目。
ここは王都メタノシュタッドの宿屋『ゴーホーム』の一室。
ドタバタから一夜明け、今は爽やかに光の差し込む朝だ。
ちゅんちゅんっと小鳥が可愛らしい声で歌いながら窓の外を飛んでゆく。
昨日はファリアの恋人のふりをしてみたり、鬼の様なファリアの親父に睨まれたり、イラっとする魔法使いに絡まれたり、挙句決闘をするハメになったりと大変だった。
俺達は今日の決闘に備え、街に宿をとった。
「これは徹夜で組み上げた、新しい拡張機能自動駆動術式さ!」
自信満々に手を振って見せると、手全体から光の粒子が飛び散った。まるで七色の光の洪水。
あの憎たらしい金髪の魔術師をギャフンと言わせるため、俺が徹夜で組み上げた必殺のビジュアルエフェクト自動駆動術式。
キラキラしゅわわーという効果音付きでビジュアル効果はばつぐんだ!
一般的な魔法使いの魔法は、火炎弾や氷の礫、風の刃といった視覚効果が派手なものが多い。最強魔法の雷撃系なんて、必殺技感バッチリだ。
それに比べて、賢者の魔法は地味なものが多い。
そもそもあまり知られていない上、相手を攪乱したりハッキングしたり、どこか陰湿で卑怯なイメージさえあるのだ。
そこで俺は一晩かけて、弱点改良に挑んでいたのだ。
改良の方向性が間違ってるんじゃないか? という脳内の声はとりあえずスルー。
このキラキラビジュアル演出魔法を、俺の魔法術式と連動させれば、かなり見た目が派手になるはずだ。
先日の魔物討伐戦でもこれを使っていれば、セシリーさんのハートだってガッチリ射止められたのに。……もっと早く造ればよかったな。
「ググレー! おまえ今日が何の日かわかっているのか!?」
血管を浮き上がらせて大声を出すファリアに、プラムがびく、と動きを止める。
「叫ぶなよ、わかってるさ。だから徹夜で新しい魔法を構築したんじゃないか」
「新しい魔法っておま……え」
「弱点の克服……、つまり演出面の強化だ!」
ぴっ、と指を一本たてた先からもキラキラと眩い光が散る。イイネ!
「バカか!? 相手は国を代表する魔法使いだぞ! 何やってたんだオマエは!?」
「ぐえぇええ! やめろ苦しい」
「はわわ……ググレさまぁあ……!」
女戦士に首を絞められるという賢者の修羅場。まるで崩壊寸前の家庭じみたワンシーンに、プラムがベットの脇で震えている。
「いいか! 今日の決闘はわ……わたしのテーソーがかかっているんだぞ!?」
「朝から貞操とか言うな」
「あんなカマキリ男の国に連れて行かれて、その……邪な目的でわたしの純血が汚されたら……私は、私は……ッ」
お嫁にいけないではないか……と、呟きが聞こえた気もするが空耳だろう。
一夜明けてもファリアは、どこか不安げな顔つきだ。
「俺は勝つ。それでいいだろ」
いつもより少し小さく見えるその肩に軽く手を乗せて、言い切る。
「……ググレ」
朝日を浴びて一層深い色を湛えたエメラルドの瞳が俺をじっと見つめる。
吸い込まれそうな輝きに俺は……
ガクン、と気を失いそうになった。
「ダメだ……眠い。 ……すまんが寝るから、時間になったら起こしてくれ……」
「…………」
俺はあくびをしながら寝台に潜り込んだ。実は徹夜明けで壮絶に眠いのだ。
決闘は確か昼過ぎだから、それまでは寝よう。
プラムが「ググレさま朝なのに寝ちゃダメなのですー!」と、俺が被った毛布の上で飛び跳ねる。
プラムのほわほわと柔らかい感触がちょっと心地よくて、捕まえて抱き枕にしてやりたいところだが、そこは自重。
「……プラム殿、飛び跳ねるなら私が見本をお見せしよう」
ガシャリと鎧が擦れる音が響く。
え?
「わー、ファリアお姉さん、ジャンプ得意ですかー?」
「あぁ得意だとも。以前ジャイアント・デス・スネークを全体重を乗せたドロップキックで仕留めた事がある」
「やめて!? 永眠しちゃうだろ!」
俺は跳び起きて逃げた。頼むから寝かせてくれ!
◇
街は一夜にして俺と隣国の魔術師ティンギルの一騎打ちの話題でもちきりだった。
「チケット! 安いネ! いい席アルネ!」
「伝説の一戦! あのディカマランの六勇者の賢者ググレカスと、隣国カンリューン最強魔術師ティンギル・ハイドの一騎打ちアルネ! 見逃したら一生後悔スルアルヨー!」
「今の倍率は、2:1だ、攻撃型のティンギル優勢だな」
「ググレカスの直筆サイン、安いヌィダ! 本物ヌィダ!」
俺達は宿屋を出て、メタノシュタット中央闘技場へと向かっていた。その道すがらは信じられない光景が広がっていた。
「なんだ…………これは」
ダフ屋に、賭け屋、そして偽グッツ販売。
片言の外国人らしき男が路地裏でチケットを販売している。
世界に名だたる大国、メタノシュタットの王都でも一歩路地裏は胡散臭い連中がごろごろいる。
「ねー、ググレさまー、ググレさまがいっぱい呼ばれてるのですー?」
プラムが不思議そうに指さす。
「シッ、見ちゃいけません」
――どうして……こうなった?
俺が競技場に着くと、すぐに控室に通され、身体チェックを受けた。
栓抜きや毒霧など、反則の道具を持っていないか確認するためだ。
魔術師同士の対戦である以上、基本的にルールは魔法の撃ちあいになる。 肉弾戦で殴りかかってもいいが、かなり観客からヤジが飛ぶことになるだろう。
どうやら金髪魔術師は結構な有名人らしかった。
金色の魔法使いティンギル・ハイドとか二つ名まであるとかなんとか。
後から知ることになるが、競技場の周辺に居た同じ服装のマダム達はその熱心なファンらしい。
「ファリア……、頼むからそういう情報は最初に教えてくれ」
こんな話なら最初から断ったのに。
「す、すまないググレ。わたしも……こんな事になるとは……」
おろおろと動揺するファリアは、借りてきたネコのような状態だ。
会場で配られていたパンフレットによれば、賢者と魔法使いの対戦で、勝利したほうが『ファリア姫』と結ばれるらしい。
イケメン風に揺れる金色の魔法使いと、全身黒の根暗そうな賢者の絵が「VS」を挟んで描かれている。
『姫を奪おうとする漆黒の賢者に黄金の魔法使いが立ち向かう』みたいな構図だ。
「なんだこれ!?」
完全に悪役じゃねぇか!
事実を歪曲、捏造するのが好きなようだが、それにしても腹が立つ。
しかし、パンフレットの魔法印刷、それも一晩で大量作成する組織力と資金力は一体どこからくるんだ?
と、疑問はすぐに解けた。
紙の下の方にデカデカと『カンリューン公国 芸能普及省』と書かれていた。
「あんの野郎!」
思わずビリりと破り捨てる。
歯ぎしりをするも、あの嫌味な魔術師ティンギル・ハイドのバックには当然国家レベルの支援があるという訳か。
一筋縄ではいかないだろうな。
その時、開場と告げる鐘が鳴らされた。
地響きのような歓声が沸きあがるのが控室まで聞こえてくる。
俺は立ち上がると青地に金縁の刺繍の付いた賢者のローブを颯爽と羽織った。
「やれやれ、いくか」
「ググレさま……ケンカするのですかー? 怖くないですかー……?」
プラムが心配そうに見上げてくる。
緋色の瞳に映る俺は、いつもと変わらない飄々とした顔だ。
「へーきさ。プラムは客席で見ているがいい。イオラとリオラ、それにセシリーさんと応援してくれ」
いつものようにぽんとプラムの頭を撫でてやる。
「はい、なのですー……」
さっき控室に村の3人が応援に駆け付けてくれたのだ。
勇者志望の双子の兄妹、イオラとリオラ。それとセシリーさん。
興奮気味だったイオラと、負けないでくださいと強い言葉で応援をくれたリオラ。引率者であるセシリーさんは、複雑な表情で言葉少なだった。
俺を応援するか、カンリューンのアイドルを応援するか迷っているのだろうか?
それとも……、あの森での魔力糸の一件に、セシリーさんは本当に関与しているのだろうか?
だとしたら、この会場でまた何か仕掛けてくるかもしれないが。
いずれにせよ――
俺は闘技場の中央へと歩みを進めた。
思わず太陽の眩しさに目を細める。
どぉお、と凄まじい歓声が沸きあがった。
直径五十メルテの闘技場は、剣士同士の戦いや、戦士と魔物の一騎打ちが行われる市民の娯楽の場でもある。
賢者、ググレカス! と場内にアナウンスが響き渡る。
観客席を埋め尽くす、人、人、人。
円形の闘技場は人々は埋め尽くされていた。おそらくは数千人はいるだろうか?
石造りのコロッセオは、古代ローマのそれによく似ている。
まさか、自分がここに立つとは思ってもみなかった、その中央で俺は立ち尽くす。
空は青く、風は凪いでいる。
打ち鳴らされる銅鑼が、否応も無く人々の興奮を高めてゆく。
国賓クラスの来場者、騎士団姿の一団、魔法使いの長老たち、そしてもっとも多いのは魔法学校の学徒達。
おそらくは名だたる賢者と魔法使いの一戦ということで、学校総出で見学に来ているのだ。そして老若男女、いろいろな人種の市民の顔。
イオラ、リオラ、そしてプラムも何処かに居るのだろうが、見つけることは出来そうもない。
「――う……」
ダメだ。こういう所は本当に苦手だ。
兎に角、はやく終わらせて屋敷に帰って本を読みふけって賢者エネルギーを補給しないとマジで死ぬ……。
くらくらする頭を振り、足を踏ん張る。
「ググレカス殿! よくぞ来られたな、逃げもせず」
甲高く、不快な声は、忘れるはずもない。
カンリューン・チュスン公国の魔術近衛兵団長、ティンギル・ハイド。
細面に釣り目、鋭く冷たい眼光。
金色に染まった髪と、赤い魔法使いのローブが陽光にギラリとした光を放つ。
見知らぬ人の群れ、顔、俺に注がれる視線。その全てが俺は嫌いだ。
だが、何よりも……今はコイツが嫌いだ。
俺の大切な友人、ファリアを泣かせたコイツが。
開始の鐘と同時に、全力の魔力放射が俺に襲いかかった。
昨日浴びた攻撃の数倍の力。
――ギィイインッ!
金属が弾け飛ぶような魔力の衝突音。
それは物理事象として、本物の音として人々の耳にも届いたらしい。
人々がその強大な音に目を丸くし、言葉を失った。
だが、不可視の力のぶつかり合いの本質を見切った人間は、この闘技場でどれほどいるだろうか?
魔術師や、魔法学校の生徒たちは理解できただろうか?
「な……なにぃ……!?」
驚きの声を漏らしたのは最高位を自称する魔術師、ティンギル・ハイドだった。
俺は身じろぎもせず、静かに口を開く。
「……同じ挨拶とは、芸が無いな」
昨日の不意打ちで俺の魔法防御を五枚を破ったティンギルは、それ以上の力をぶつければ全崩壊させられると踏んだのだろう。
残念だが、ティンギル・ハイドの魔力放射は俺の結界を貫けない。
ただの一枚も、だ。
いや、おそらくはこの世界の魔術師、誰も破れないだろう。
――十六種類の対魔法結界を超高速でランダムに消失、生成を繰り返し暗号化する、超駆動自律駆動術式――。
「くっ……!?」
ティンギル・ハイドの顔が、みるみる驚愕で染まってゆく。
「戦闘時の結界が……昨日と同じだとでも思ったか?」
俺は眼鏡を指先で持ち上げると、冷たい声で言い放った。
<つづく>




