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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆3章 ググレカスの鈍感 (六英雄の一人と再会する 編)
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 賢者、売られたケンカを買う

 俺達の目の前に現れた魔法使いが纏う赤いローブには、二匹の蛇が互いに噛みあう図柄が描かれていた。

 それは陰陽を表す力の循環と、無限の生命を意味する魔術的な呪形だ。

 ティンギル・ハイド卿と呼ばれた金髪の魔法使いは、優雅な仕草で礼をすると、色素の薄い瞳をカッ、と見開いた。


 ――ギィン!


 瞬間、硬質の金属を石に叩き付けた様な衝撃音が耳をつんざいた。


 ――随分なご挨拶だな。


 俺は俄かに眉をひそめる。

 今のは凄まじい魔力を帯びた『眼力』の放射が、俺の結界を貫いた音だ。

 つまり本当の音じゃない。

 魔力同士が衝撃する波動を、一種の「音」として感じたのだ。

 おそらく戦士であるファリアや、彼女の腕に抱きついているプラムには聞こえていないだろう。


 金髪男が挨拶代わりに放った眼力光線は、十六層展開していた俺の結界を、一撃で五層ほど貫通していた。


 ――ふぅむ……? なかなかの威力だな。


 通常、魔法使いと呼ばれるクラスの連中は独自の防御結界(シールド)を展開している。


 『対魔法防壁(ファイア・ウォール)』と呼ばれる見えないバリアのようなもので、相手の魔法攻撃を半減、もしくは打ち消す効果を発揮するのだ。

 対呪、対炎、対冷、対雷、対霊、対魔、対聖、対腐、対破、対縛……といった具合に、種類に応じた防御壁が数多く存在し、魔法使いは通常2、3種類を重ね合わせて衣服のように身に纏っている。


 魔法使いは高度な詠唱と儀式により、これを使いこなし初めて一人前と言える。


 相手も俺と同じ16枚の結界を展開してるところ見ると、相当の使い手らしいが……これをいきなり引き裂くとは、ぶしつけで失礼な行為だ。


 相手の力量を推し量ろうとしたのだろうが、宣戦布告にも等しい行為だ。とはいえ、ここで相手にするのも面倒くさいので、この場は黙って耐えることにする。


 ちなみに俺は、結界を展開するにあたり、難しい呪文の詠唱も儀式も使っていない。


 ――自律駆動術式(アプリクト)による複数種類結界(・・・・・・)自動詠唱(オートロード)

 

 これにより多種多様な結界をランダムに自動生成し、周囲にシールドを展開しているのだ。


 これを自分の口と手を使った呪文詠唱でやろうと思えば途方も無い疲労を招く。だが俺は疲れるのはごめんなので、検索魔法(グゴール)で得た知識によりある種のチートを行っているのだ。


「これはこれは、大層なご挨拶を……。私はググレカス。以後……お見知りおきを」


 俺はぶしつけで失礼な挨拶で機先を制したつもりらしい赤マント男に、同じような仕草で丁寧に礼を返し名を告げる。

 俺の場合は静かに瞳を閉じて、何もしないごく普通の挨拶だが。


 ティンギル・ハイドは拍子抜けしたように口の端を持ち上げると、

「貴方が噂に聞きし高名な『賢者』ググレカス殿でございますか!? いやはや、これはこれは……! お目に掛かれて光栄に存じます。私は……カンリューン・チュスン公国の魔術近衛兵団長を勤める、ティンギル・ハイドと申します」


「こちらこそ、ティンギル・ハイド卿。私の大切な友人の許嫁が、一国の魔術団長とは嬉しい驚きだ」


 ファリアからは魔法使いで嫌な奴、と聞いていたが、賢者である俺にいきなり喧嘩をふっかけるような態度を取るとは、相当根性のネジ曲がった男に思えた。

 まぁ自分の許嫁を横取りしようという男が、ノコノコ現れたのだから怒りもするだろうが……。


 カンリューン・チュスン公国は、このメタノシュタット王国の西に位置する中規模の国だ。表面上は友好国ではあるが、歴史だ文化だと何かとメタノシュタットと揉めることの多い国でもある。

 とはいえ、戦争状態にあるわけでもない。だからこうしてこのメタノシュタットの大使公館施設を使えているわけなのだ。

 何よりもカンリューンは歌や踊りを披露する芸商、元の世界でいうところの『アイドル』を他国に輸出している国でもある。

 いわゆる『カンリューン・アイドル』と呼ばれる人々は一部の層、特におばちゃんや高齢者に人気があるらしい。

 そういえば村一番の美少女、セシリーちゃんも好きだとか聞いたことがあったな。

 チャラっとしたコイツの金髪といい、いろいろな意味でいけすかない。ギリッ。


 私怨はさておき、俺はわざとらしく笑顔をうかべる。

 ファリアの父親であるアンドルア・ジーハイド・ラグントゥスへ視線を向けると、族長である彼の顔は、幾分険しさを増している。

 その表情はこの金髪のひょろりとした魔法使い、ティンギル・ハイドに対してのものなのか、俺には窺い知れない。


 俺は場違いなプラムをティンギル・ハイド卿の目が届かないように、ローブの内側に招き入れて隠した。

 折角ファリアの父親と打解けはじめていたのに、プラムは怯え押し黙ったままだ。

 まぁ、こんな大人の会話、理解する必要もないが。

 俺は緊張をほぐすように、プラムのほっぺたを引っ張ってやる。と、ローブの内側で子犬みたいに俺の指を甘噛みしてきた。

 あぎ、と犬歯が食い込んで、少し痛いが構わない。

 温かい舌の感触がくすぐったい。


「本来であれば、ティンギル卿とわが娘ファリアの婚礼につて、話を進めたいところなのだが……この賢者殿が、異議を申し立てておられる。婚儀への異議申し立ては我が一族の習わしで、決闘と……」

「決闘とはまた古風な……。して、賢者さまの異議とは?」


 ジーハイド・ラグントゥスの声に、俺に視線を向けるティンギル・ハイド。

 顎をすこし上げて、冷たい目線を俺に送ってくる。

 いちいちイラっとくる顔だ。

 カマキリ顔という第一印象だったが、虫嫌いのファリアは生理的に受け付けないだろう。


「私はファリアさんとお付き合いをさせていただいております。故に、ティンギル・ハイド卿との婚儀については承諾しかねる、といった異議にございます」


「グ、ググレ……!」


 傍らで困惑と嬉しさの入り混じる、複雑な表情で俺を見つめる親友のファリア・ラグントゥスに俺は、軽く片目をつぶってみせる。

 演技だからな、演技。


「キャハハ、横恋慕とは、無粋な、ハハ、これはこれは、ディカマランの英雄の賢者様ともあろうお方が、このような女に興味がおありか? ハハ、愉快」


 甲高い笑い声で、長めの金髪をかきあげて、赤いローブを揺らす。


 ――今……なんて言った?


 こんな女、と言ったのか?

 俄かに自分の耳を疑うが、ファリアが唇を噛んでうつむく。

 窓からの陽光を受けて光る銀髪が、さらりとその瞳を覆い隠す。

 その表情を見た瞬間、俺の胸の奥にじりっ……とした熱いものがこみ上げた。


「はは、これは失敬、族長殿。多少勘違いされておられるようですが、私はファリア嬢と婚儀を交すとは、一言も申しておりませぬぞ?」

「ぬぅ……!?」

 ティンギル・ハイドの軽薄な声に、族長ジーハイドの顔がにわかに険しさを増す。

 何やら雲行きが怪しい。


「族長殿の悲願である『ルーデンス自治区を一国家として独立させる』という運動への援助は惜しまない、と私は確かに申しました。そして本日は『契約』を結びに来たのです。その代償として……ファリア嬢を頂きたいとは申しましたが」

「そ、それは婚儀ということではないのか!?」

 巨漢のジーハイドの語気が俄かに強まる。が、動揺をあらわにし気迫が感じられない。 どうにも不快な金髪の魔法使いの高説が続く。


「はは? ですから、『優秀な戦士を産む』ルーデンスの民の娘さんを、我が国家に迎え入れたい、と言う意味、お分かりですか?」

「き、貴様……ッ!?」

「我が国は魔力に優れた知性ある者は多かれど、残念ながら盾となる頑丈な兵士に乏しいのです。そこで……! 貴方方ルーデンスの民のお力を、お借りたいのですよ!」


 大仰に手を広げて、口の両端を吊り上げてファリアに視線を這わす。

 彼女の顔にいつもの豪快な笑顔は既に無い。

 あるのは憔悴と怒りにも似た苦悶の顔だ。

 暴れてぶち壊すのは簡単だろう。だが、これは既に高度に政治的な問題なのだ。

 ――えらい事に巻き込まれたな。

 ファリアの偽恋人作戦なんて、同意するんじゃなかった。

 しかし。

 俺は今の今まで、面倒事は早く終えて屋敷に帰って本を読みたい、という事だけを考えていた。

 だが、友人のあんな顔を見せられて、黙っていられる程に俺は「お利口な」賢者ではないらしい。


 俺の紺色の外套(ローブ)の内側で、指を噛み続けるプラムの頭にぽんと手を置いて優しく撫でた。そして、もう片方の拳だけをぎゅっと握りしめた。


「話が違うぞ……! 奴隷として娘たちを差し出せというのか!?」

「そうは言っておりません。これは相互にとって有益な取引です。こちらは独立の援助を、貴方方は子を産む娘を……。もちろん、奴隷ではございません。丁重にお迎えし何不自由のない暮らしも約束しましょう」

 淡々と述べる金髪の魔法使いの表情は冷たく、事務的に説明しているだけという印象だ。

「話が違う! 娘を……(ファリア)を姫として迎え入れてくださるのではなかったか!!?」

「ハハ、そもそも私に、蛮族の姫が釣り合うとでもお思いか?」


 その言葉を聞いた途端、ジーハイド・ラグントゥスは、凄まじい形相で立ち上がり、傍らの斧に手をかけた。しかしすぐに崩れ落ち片膝をつく。

「うっ! ……あ! こ、腰がっ!? おのれ……おのれ」


「殿中でござるぞ、とは誰の言葉だったか……? 御冷静に、族長殿。我が国はメタノシュタッットの一自治区に過ぎないルーデンスを、独立させて差し上げたいと思っているだけですよ」

「う……ぐぅ」

「そのための、代償とお思いください。しかし、族長殿と娘さんの顔を立てて、形ばかりの婚儀を催すことはやぶさかではございませんよ? もっとも――」


 嘗め回すような視線をファリアに向け、


「着られるドレスがあれば、ですが。キャハハ!」


 耳障りな嘲笑に、俺は自分の胸から湧き上がる感情の正体を知った。

 殺意だ。

 賢者である以上、人を殺める事は有り得ないが、こいつは別だ。

 俺に対する無礼は気にしないが、友人を、俺の大切な(ファリア)への侮辱は別だ。


「貴ッ様ぁああああ!」

 俺の心とおそらくは同じ心境であろうファリアが、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 むしろよく今まで耐えたものだ。

 以前のお前なら、最初の一言で確実にキレていたハズだ。

 族長である父親の手前、余程耐えてたいのだろう。それも限界か。


 ファリアが打ち震え、背中の斧に手をかけたその時――


「――あぁ! そういえば」


 俺はそこで静かに、それでいてはっきりと通るような声を上げた。

 

 一斉に皆の視線が、集まる。

 ファリアの瞳は、怒りと羞恥で潤んでいる。

 父親であるアンドルア・ジーハイド・ラグントゥスのしわがれた顔は、苦痛と憤怒、そして悲しみに満ちている。

 赤いローブの魔法使い、ティンギル・ハイド卿の爛々とした目が俺に向く。


 わざと困ったような表情で、腕組みをしながら指先でメガネを持ち上げて、


「私は族長殿に決闘を申し込まれておりまして……」

「……ん?」


 首を傾げる魔法使い、ティンギル・ハイドに俺は明るい声を投げかける。


「族長殿は体調がすぐれない、と申されている。そこで提案なのだが……代わりに(けい)、私との決闘を受けて頂けないだろうか?」

「な……なにぃ?」


 ティンギルハイドが驚きに目を丸くし、そしてすぐにニイッとした嫌な笑みを浮かべた。

「何を言ってるんだググレ!」とファリアが叫ぶがここは無視。

「これは、ルーデンスの伝統にのっとった正式な決闘です。ティンギル・ハイド卿も形なりにも婚儀を執り行うつもりなら、当然それに従う責務がありますでしょう」

「なるほど……なるほどぉ!」

「そして、勝った方がファリア殿を、譲り受ける……というのは如何かな?」


 これは論点のすり替えだ。

 だが、この挑発的な発言と態度を繰り返すティンギル・ハイドの狙いが、ルーデンスの子を産む女たち、ファリアも含めた隷属化にあるのというのなら、話は別だ。


「フフ……ハハハ! いいだろう! 面白い、かつて魔王を倒したというディカマランの賢者! 貴君が相手であれば不足は無い! ――時間は明日、この時刻、場所はメタノシュタット中央闘技場で如何か!?」


 ザアッ! と赤マントを翻し、壮絶な笑みを浮かべ俺を見下す。


「あぁ、構わない」


 俺は頷くと、踵を返した。

 ぽかん、とした顔のルーデンスの族長、アンドルア・ジーハイドに俺は、恭しく礼をする。

 途端に破顔し、笑い声をあげる巨漢の戦士。お前最高じゃ! と、その目は語っていた。


「ググレ! お前、決闘は一対一なんだぞ!? そしてヤツは高位の魔法使いだ!」

 俺に駆け寄り一気に捲し立てるファリアを押しやる。

「顔が近い、顔が」


 俺の結界を一瞬で五枚破った高位魔法使い。

 国家代表レベルの魔法使いというヤツと戦った事は、確かに無い。

 かつての冒険で戦ったのは魔王の加護を受けた闇の魔法使い達だ。その性質も魔術体系もすべてが違う。


「私達六人はパーティだから勝てたんだ! お前ひとりで……その……決闘なんて大丈夫なのか?」

「ファリア、お前……俺が負けるとか思ってないよな?」

「あ……」


「次元の違いを、見せてやるよ」


 俺はゴッ、とファリアの鎧の胸を叩いた。


「ググレカス……!」


 ファリアがぱぁっと明るい笑みを浮かべる。

 そうだ。

 俺は――。お前のその太陽みたいな笑顔が見たいんだよ。


<つづく>

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