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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆11章 灼熱の砂塵と勇者の逆襲 (ググレカスの大魔法 編)
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 暴かれた宝物庫

 ◇


 俺は賢者の館を緑の蔓草に覆われた鉄塔の脇に停め、夜を迎えることにした。


 ネオ・イスラヴィアの王都を目前にして「(ニュー)陸亀(グランタートル)号」を維持している隔絶結界などの魔法のメンテナンスを行い、更にはみんなを休息させる為だ。


 だが、魔女アルベリーナが敗北(・・)した事を知ったサウザウト・ヨルムーザが、更なる刺客を送り込んでくる可能性もある。しかし今夜に限って言えば「休戦」を宣言した灰色狼旅団(オデッサーラ・ジプス)が鉄塔の残骸の周囲で野営をするとのことで、結果として俺達を警護するという奇妙な形になっていた。


 砂丘の上に立つ鉄塔の周囲には焚き火の煙が幾筋か立ちのぼっていた。

 灰色狼旅団(オデッサーラ・ジプス)のメンバー達は車座になって焚き火を囲み、干し肉や羊の乳で作ったチーズ、カチカチの乾パンのような粗末な夕食を取っている様子だった。


 黒衣の暗殺者集団は全員顔の布を取り払い、日に焼けた素顔をさらしている。見れば若い者もいれば結構な歳の者もいる。男だけではなく女もいるし、半獣人も数人いるようだ。


 こうして見ている分には、恐ろしい暗殺者集団というよりは、町内会(・・・)の方々が砂漠で宴会をしているようにも見える。

 

 リオラやマニュフェルノは夕食の支度を始めていた。どうやらオアシス都市カーニャンで手に入れたカレー風味のスパイスを使った肉の煮込み料理らしい。

 俺は賢者の館の庭先で、休息を終えたメティウスと一緒に、各種魔法の調整や再詠唱などのメンテナンスを行っていたが、ここまでいい香りが漂ってくる。


「うーむ? 今夜はカレーの煮込み料理か?」

「あら、いいですわね、私も食べてみたいですわ……」

 メティウスにも食べさせてやりたいが、俺が食べた後の魔力には「味がつく」らしいのでそれで体感してもらうしかない。


 ◇


 夕食後、朝に焼いたパンが沢山余ってしまったこともあって、灰色狼旅団(オデッサーラ・ジプス)に差し入れをすることになった。

 馴れ合いという訳ではないが、美味い物を貰って悪い気はしないだろう。


「リオ姉ぇのパンはすごく美味しいのですよー!」

「にょほほ、ありがたく食すのだにょ、ぬすっとどもー!」


 プラムとヘムペローザが籠にはいったパンを一つづつ手渡してゆく。それはリオラが丹精篭めて炊いたライ麦のパンだった。

 二人が歩くたびに、全員の顔がその姿を追う。「おぉ……カワユス」「赤毛の幼女が目の前に!」「にょって、にょって言う子だ!?」と、それぞれが笑顔と驚きと、幸せそうな表情を浮かべてパンを受け取っていく。


「劣情に負け獣となった男どもが襲い掛かるかもしれないだろうが!」と、心配性なファリアは万が一に備え、斧を抱えたまま鋭い目線を向けている。

 もちろん俺もイザとなれば魔法で全員の足を停めるぐらいは可能なので何も心配は要らないのだが……。


「ふぅん、パンかい?」


 そういってパンを受け取った魔女アルベリーナの顔は、少し笑みが浮かんでいる。

 見た目はシワらしいものもなく黒髪も艶やかで、人間で言う所の20歳後半ぐらいにみえる。実際は297年も生きてきた老獪な魔術師なわけで、その人生は波乱に満ちたものだったのだろう。だが、ほとんど半裸ともいえるビキニアーマーは自重してもらいたい。

 胸のプレートもゆるゆるで、動くたびに大きな胸がポロリと露になりそうだ。


 ――っていかんいかん! なんで敵の魔女、それも年増なんかに……。


「賢者さま」

「ひゃぃ!?」

 リオラに声をかけられて、甲高い声で返事をしてしまう。


「パンを配ってもらいましたけど、ちょっと緊張します」

「大丈夫だろ。リオラのパンは美味しいぞ?」

「だといいですけど……」


 リオラの焼いたパンを館のメンバー以外に食べてもらうのは初めてだ。

 リオラがパンを手にしている魔女を恐る恐ると言った様子で眺めるが、魔女はパンの香りを嗅ぐと、ぱくりと一口食べる。

 

「ほぅ……! ここ200年生きてきたが五指に入る出来栄えのパンだね。香りも焼き加減もいい」

「97年もサバ読みやがった……」

「まだ200歳台なんだからいいだろうさ」

「あ、あぁ」


 リオラがぱっと嬉しそうに微笑むのを見て、30人ほどの盗賊団も一斉に食べ、そして叫ぶ。


「「「ううう、美味いッスぅううう!?」」」


「信じられないかもしれないがね、80年ほど前、小さな村でパン屋をやっていた事だってあるのさね」

「どんだけ職を転々としてきたんだよ……」


 ヒゲ顔の盗賊団が少女の料理(パン)に喜ぶさまは、どこかの世界のアニメで見た気もするが、まぁいいさ。美味いもので笑顔になるのは古今東西何処でも同じなのだから。

 

 ◇


 砂丘でのデート(?)を終えたスピアルノやルゥに、向うのメンバーの事情をそれとなく聞いてもらったが、かなりの貧困にあえぐというこの地区の仕事に炙れた人間たちが集まって、「いろいろな仕事を請け負う、何でも屋」集団を形成したのが初まりで、実体は、砂漠のあちらこちらに眠るピラミッドの宝物庫を探し出して暴いては品物を売り歩いたりするのが主な「窃盗団」的なものだったようだ。


 頭目はアルベリーナだが、暗殺者集団と呼ばれ始めたのは、水を盗んだりキャラバン隊を襲う悪辣な山賊を、オアシス都市の依頼で襲撃し倒したあたりからそう呼ばれるようになったのだとか。


 だが、頭目であるはずの魔女アルベリーナはここ最近様子が変わってきたのだという。

 人が変わったように好戦的になり、同じ時期に覆面を被り始めたネオ・イスラヴィアの王、サウザウト・ヨルムーザと結託し鉄塔を作り、メタノシュタットへの戦争準備を始めたのだ。


 アルベリーナは太古の呪いの指輪「異界見の指輪」が原因で間違いは無いが、サウザウト・ヨルムーザもあの覆面が何か関係しているのだろうか……?


 異世界を覗き見せる代わりに、指輪に宿った意思(・・)が精神を乗っ取るという恐るべき品物(アイテム)の「異界見の指輪」だが、出所はイスラヴィアの宝物庫との事だった。


 ――となれば、王の覆面も同じ出所なのではないか?


 俺も館の飲み物をプラムと共に差し入れしながら、焚き火を囲む連中と話をしてみた。


 最初は剣と魔法を交えて戦った俺を警戒し、むしろ怖がっているようにさえ見えたが、意外なほどに「普通」である俺の見た目や、「おじさんたちはみんなヒゲを生やすのですねー? ググレさまはヒゲが生えないのですよー?」と余計な事までペラペラと何の警戒心もなく話すプラムのお陰で、すぐに打ち解けて話すことが出来た。


 出会ったばかりの人間とのファーストコミュニケーション能力に難があると自分では思っていたが、プラムやヘムペローザが横にいると妙にスムーズに話が進むのだ。幼女パワー恐るべしだ。


「オラ達はよ、その日の食いブチにありつけりゃよかったんだでな。ここ半年ほどはネオ・イスラヴィアの復興だってんで、仮設軍隊(・・・・)のマネごとなんてこともしてたがよ。それで食べる分だけならなんとかやってこれたがよ……」


「んだ。だがよ、急に王とお頭の様子が変になっちまってなぁ……」

「王は変な覆面が原因だべ? 目玉の模様の気味の悪いの」


 そういうと浅黒い肌の男たちは声を潜めて、それでも話続けた。


「そうそう。兵隊もねぇ国なんてすぐ他国に吸収されちまうってんでよ、王……サウザウトさんが焦ってたのは知ってたがよ……。変な面を被り始めたら人が変わっちまってな。それだけじゃなくて、ウチのお頭も急に怖い顔をする事が多くなってな……」


「目をかけて可愛がっていたはずのスピアルノを、突然一人で暗殺に差し向けたりよ」

「シッ! ばか」

 

 慌てて傍らのヒゲ男が、もう一人のヒゲ兄貴の口を塞ぐ。


「いいじゃねぇかよ? この人たちとは休戦(・・)したんだろ? 俺は明日からも戦わねーぞ。こんな化け物連中なんて冗談じゃねえよ」

 笑いながら俺を指差す。そこで俺は一つだけ質問をした。


「王に覆面(・・)を渡したのは君たちのお(かしら)、アルベリーナではないのか?」


「そりゃぁ違うな」

「けどよ、イスラヴィアの王都の宝物庫、あそこを暴いた時に見たのは確かだな」

「見た? 覆面をか?」


 ヒゲ男は俺の問いに周囲を伺って、そして小声で続けた。


「あぁ見た。それは、ここだけの話にしてくれよ? 宝物庫ってのはよイスラヴィアの財政を支えていた金銀のある部屋のことなんだが、実は……更に奥にもう一つ、別の隠し部屋があったんだよ」


 日に焼けた顔にしわを寄せて、面白い話をするかのように口元を歪める。


 ――隠し部屋?


「そこを暴いた時に見たんだよなぁ」

「あぁ。なんでもイスラヴィアが魔王軍に襲われたのも、魔王が()宝物庫(・・・)を探していたからだってウワサだぜ?」


「――なん……だと?」

 

 軽い眩暈のような衝撃が首筋の後ろをザワリと撫でた。

 そんな話は初耳だ。検索魔法(グゴール)では知り得ない噂の世界だからか。


「裏の骨董品市場じゃ常識よ? 俺らはよ、あちこちの古墳やプラミッドを暴いて金銀を見つけては売り払ってたんだがよ……お頭は、いつもそんなものには興味がねぇって顔してた。別の……、何かをさがしてたんだなぁ」


 砂漠の向うに太陽が沈み始めていた。


 赤々とした夕陽が、いよいよ砂丘を赤と黒の二色に染めてゆく。

 振り返ると、その光景に誰もが目を奪われていた。

 庭先で威嚇するように斧を振って鍛錬に勤しむファリアと、つき合わされているルゥ。少し離れた門柱の上で腕組みをして沈み行く夕陽を見つめている男――エルゴノートも、地平線にオレンジと赤と紫の光芒が消えていくのをじっと見つめていた。

 

 俺はその隙に、もう一度男に顔を寄せる。ごくりと悟られぬように唾を飲み込み、静かに聞き漏らさぬように。


「その宝物庫には……一体何があったんだ?」

 俺の問いに髭男は顔をしかめた。


「壁一面が真っ赤でよ、見た途端ゾクッとしてよ。恐ろしかったんだが、近づいてみると読めねぇ魔法の言葉が赤い文字でビッチリと書かれた小部屋だった」


「でも、結局大した価値のあるものはなかったさ、貧相な指輪(・・)に、古臭い防具(・・)が一式、それと気味の悪い()と……妙な鍵穴(・・)のついた置物があったくらいさ」


 男達は陰りを浮かべ顔を見合わせた。


「お頭は、指輪だけを『これだよ!』とかいってうれしそうに持って帰ったがよ。俺達は気味悪くて、そのままにしてきたわ」


 ――それが『異界見の指輪』であり『ドゥジー・コゥンの指輪』か。


「ありゃぁ全部呪いの品だろ? どう見てもマトモな品物じゃねぇ。それを王が被っちまうんだもんな……」


 俺は礼を言うと、ふらつく足でその場を去った。

 

 魔王デンマーンも探していたという太古の呪われた品々--。それらには「何らかの意思」が宿っているのは間違いない。


 少なくとも二つの指輪に接し「呪いの力」を目の当たりにしてきた。スピアルノの指輪はさておき、アルベリーナが身に付けていた異界を覗く力を授けてくれる指輪は、強大な魔力を有するアルベリーナでさえ、その意識を半ば支配下に置きかけていたのだ。

 イスラヴィアが封印(・・)していた品々が、この世界に解き放たれたということか……。 


 ――もし、俺達があの指輪を破壊しなかったら、アルベリーナはどうなっていたんだ?

 

 砂漠の気温は急速に下がり、ぞくりとした冷気が足元から立ち上ってきた。


「厄介なことになりそうだな……」


 俺は日の沈んだ西の果てに見えるネオ・イスラヴィアの首都、インクラムドの黒々とした影に底知れぬ闇の気配を感じていた。

 

<つづく>

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