ニュー・グランタートル号、本気を出す
◇
「……ググレ……あれ」
すっ、とレントミアが馬車の御者席で立ち上がり、遥か遠方に目を凝らした。
エルフ耳を僅かに傾けて何かを感じている様子だ。
「どうした? レントミア」
俺は並んでいた御者席からに腰を下ろしていたハーフエルフの綺麗な横顔を見上げる。翡翠色の瞳が向けられているのは、砂漠の終わりを告げる西の山脈の方角だ。
同じ方角に眼を向けると、蜃気楼が揺らぐ砂丘の向うに、小指ほどの大きさで黒光りする塔が見えた。それは細い鉄を複雑に組み上げて築き上げた尖塔だった。
――ヴァビリニア・カタパルト!? もうここから見えるのか……!
戦術情報表示で地図検索魔法で確認すると、ここから更に西へ5キロメルテほどの位置だ。
「あれが……イスラヴィアの栄光の再来、『ヴァビリニアの鉄塔』じゃよ」
老魔法使いがしわ枯れた声で言った。
「何が栄光よ。魔女に惑わされたサウザウト王が、大勢の人を無理やり働かせて作らせたものよ」
バーミラス・ナトヌと名乗った老魔法使いは、孫娘の吐き捨てるような言葉に黙りこむと、白髪を後ろに撫で付けてあごひげを指で弄んだ。その傍らでは砂漠の民特有の褐色の肌にブロンズ色の髪をもつ孫娘ミリカ・ナトヌが砂丘に座り込んだまま、遥か彼方の鉄塔を険しい顔で見つめていた。
「俺達はあの鉄塔と魔女を黙らせにいく。お前達は好きにするがいい」
「ググレカス殿……」
「賢者、さま……」
聴取を終えた二人を解放する。ここからオアシスまで逃げ落ちるもよし、目と鼻の先のイスラヴィアに戻るのも自由だ。
二人から得られた情報を纏めると、魔王大戦で生き残ったイスラヴィアの部隊長にすぎなかったサウザウト・ヨルムーザは、はじめのうちは国の再興のために尽力する暫定政府の名君だったようだ。
だが、いつの頃からか不気味な面を被るようになり、恐ろしい部下達と共に人々を半ば強制的にかり出して「鉄塔」を作らせたのだという。
サウザウト王本人の意思が、面を渡したと思われる魔女、アルベリーナにより半ば誘導されたものであるにせよ、「鉄杭の射出装置」という隣国を脅すための戦略兵器を築かせたのは、他ならぬ王とその権力なのだ。
「俺たちは王に会う前に、メタノシュタットを苦しめる鉄塔に用があるのでな」
「あそこには今……恐ろしい魔女が居るはずじゃ、我らでは誰一人として逆らえぬ魔導の使い手よ……」
俺の様子を伺うように、老人は皺のよった口元をうごかして言葉を選ぶように言った。
「ならば、倒すまでよ」
--先日は不覚をとったが、な。
その時――。
「賢者ググレカス! 鉄の尖塔から超高魔力反応を検知! これは……!」
「ググレッ! 円環魔法の波動だっ!」
メティウスとレントミアが同時に叫んだ。
――ここを狙い撃つつもりか!?
168キロメルテを飛翔しメタノシュタット本土を襲う「鉄杭」は、更に短い距離だって放てる筈なのだ。たとえば魔力の充填を抑え低出力で撃ち放てば、5キロメルテしか離れていないここを狙うことだって可能だろう。
「ググレカス、どうしたんだ?」
「鉄杭砲が動き出した! 館を動かす」
エルゴノートの問いかけに短く答え、俺はワイン樽ゴーレムの手綱を叩きつけた。鉄杭ならば迎撃するよりも、全速力で場所を移動した方が早い。
馬車が動き出すのを老魔法使いと孫娘が不安そうに見送る。
次の瞬間、黒い塔の先端で何かがギラリと光った。
「なっ!?」
「これは……鉄杭じゃないよっ!」
レントミアが声を張り上げた。
--バカな! 速すぎる!?
目の眩むような一条の光が俺達の立っていた砂丘のひとつ手前に突き刺さった。一直線に伸びた「光の剣」は砂丘にぶつかると砂を巻上げながら周囲をまるで赤いアメのように融解させてゆく。
「鉄塔で加速させた志向性熱魔法か!」
それは円環魔法により超加速して撃ち放たれた志向性熱魔法だった。5キロメルテという超遠距離から「熱線砲」としてここを狙撃したのだ。
やはりヴァビリニア・カタパルトに仕込まれた円環魔法は、レントミアのものと同様にあらゆる魔法を加速し発射できるのだ。鉄杭はおろか光でも炎でも、そして雷でも。
光線が着弾した前方の砂丘が一気に溶けて崩れ、灼熱の溶岩となって周囲に飛び散るのが見えた。火傷しそうに熱い輻射熱に驚き、「耐熱結界」を更に追加で展開する。
――なんて熱量だ!
俺は一瞬だけ唖然としながらも全員に向けて叫ぶ。
「まずいっ……! 伏せろ、みんなッ!」
光は瞬きほどの間に細くなり、糸のようになり消えた。だが--次の瞬間、膨大な熱量によって内側の水蒸気が加圧され耐え切れなくなった砂丘が内側から炸裂し大爆発を起こした。
目の前の砂丘が信じられない勢いで吹き飛び、もうもうと立ち上る砂煙は上空百メルテを越えるほどに舞い上がった。
「うわぁああ!?」
「うおおっ!」
「にゃぁッ!?」「何ッスかぁあ!」
凄まじい爆風と砂に翻弄されながらも俺は、最大出力で対衝撃防御結界を張り、咄嗟に傍らのレントミアをローブで包むように庇う。
「きゃう、ググレ……!」
「くそ、むちゃくちゃだ!」
俺達の馬車がいるこの砂丘にあれが命中していたらと思うとゾッとする。そしてこの砂丘の陰には、リオラやプラム達が待っている「賢者の館」が駐機しているのだ。
膨大な熱量を持った光線砲を喰らえば隔絶結界でも数秒と耐え凌げるものではない。
砂埃が天に届かんばかりに舞い上がっているが、これはチャンスだった。
鉄杭から見れば砂煙が丁度煙幕になり、ここが見えないはずだからだ。
「くそ、お前らも乗れっ!」
腰を抜かしている老魔法使いと涙目の孫娘に叫ぶと、驚いたように顔を見合わせながらも必死で駆け寄ってきた。ファリアとルゥが二人を馬車の荷台に引きずり込んだのを確認し、俺は馬車を全力で走らせた。
激しく上下に揺れながらも砂丘を一気に駆け下り、砂丘の陰で「駐機」していた館の敷地に馬車を滑り込ませる。
車輪を軋ませながらガレージ前で急停車すると、俺はすぐに飛び降りた。
「みんな! 無事か!?」
館の中からは、光と爆発音に驚いたプラムとヘムペローザが真っ先に駆け出してきた。
「ググレさまー!」
「賢者にょぅう!」
「大丈夫だ、俺がいるから……心配するな」
俺は自然に小さな二つの体を抱き止めた。
館の玄関からはマニュフェルノとイオラ、リオラが続いて出てきた。双子の兄弟は皮の鎧を身につけて万が一に備えていたようだ。
イオラは腰に短剣をぶら下げているがリオラは手にフライパンを持っていた。何だか妙に似合っていて、こんな時だというのに笑みがこぼれてしまう。
「ぐっさん、始まったのか……!」
「あぁ。魔女が本気になったらしい」
「賢者さま……」
「リオラ、イオが傍に居る。……何があっても離れるなよ」
「「はい」」
二人は俺の真剣な眼差しに、素直に頷く。
「よし、みんな揃ったな。よく聞いてくれ! 今からこの館は、鉄杭を発射するヴァビリニア・カタバルトに向けて発進する!」
「待っていたぞその言葉を!」
ファリアが玄関から愛用の斧を担ぎ出してフフンと笑う。ざわめきはみんなの間にも広がった。
今の熱線砲が「威嚇」だとしても、次も外してくれる保証はない。エルゴノートの宝剣が魔女の一つの重要な目的ならば、最悪破壊した館から剣を拾えばいいのだから。
――ならば、あの鉄塔をこちらから攻め込んで無力化するしかない。
「新・陸亀号はこの後、最大戦速で砂漠を駆け抜ける。激しく揺れるからイオラとリオラ、そしてプラム達はその辺に捕まっているんだ。僅か2、3分の間だけの辛抱だ。それとエルゴノートにファリア。鉄塔にたどり着いたら乗り込んでくる敵を迎撃してもらうことになる。ルゥもスピアルノもだ、できるな?」
エルゴノートとファリアは「いよいよか」と言う顔で、どこか楽しそうに頷きあう。
「勿論でござる!」
「オラは勇者さまと賢者ッスと共に戦うっス」
「マニュとレントミアは俺の傍に居てくれ。これから魔法の総力戦が始まる。だから……ヘムペローザ、お前もここにいてくれ」
「にょ、にょほほ! もちろんにょ!」
最高に生意気な顔で黒髪を振り払い白い歯を見せる。その顔は自身に満ち溢れていた。
「最後に、とんでもない所に招いてすまないが、君らの魔法の力を貸してもらえるかな?」
俺は馬車の荷台で恐々と顔を覗かせている老人と孫に声をかけた。
「わ、ワシでよければ……」「やる、私は協力する! お父さんを……助けるんだ」
バーミラス・ナトヌとミリカ・ナトヌを俺は皆に紹介する。ほんの10分前まで俺達の前に立ちはだかっていた相手が、父親を助ける為共闘するのだ。
空に舞い上がっていた砂埃が晴れてくる。
いよいよ時間切れだった。
強力な熱線砲の次弾装填までの時間はおそらく相当短いはずだ。この館が健在だと分かれば、足を止めるために容赦なく撃ち込んでくるだろう。
「いくぞみんな!」
おおっ! という気合の入った声を背中に、俺はメティウスと共に戦術情報表示を幾つも浮かび上がらせた。
――新・陸亀号最大出力! 目標ヴァビリニア・カタバルト!
俺が術式を励起するとヒヨコのように細かった館に生えていた足が、ボゴボコと筋肉の塊のように膨れ上がり逞しい「足」へと変貌を遂げた。関節も鳥関節から人間に近い形状に変化させる。
ガウッ! と足が地面を蹴りつけると、強烈な加速度が館の面々に襲い掛かった。
<つづく>