★賢者、決闘を申し込まれる
――男と女の間には友情は成立しない。
何度も聞いた話だし、実際そうだと思っていた。
ただ、元の世界の俺は、それを確かめる術を持っていなかった。
まぁ……端的に言えば友達が居なかったのだ。
けれど迷い込んだ異世界、ティティオで出逢った女戦士、ファリア・ラグントゥスは俺を初めて『友人』だと言ってくれた。
冒険の旅の途中、俺達はバカ話をして笑ったり、ささいなことからケンカしたり。そんなことばかりだった。男と女、大柄と小柄、賢者と戦士――。
何処をとっても見事な程に正反対だった俺達は、何故だか不思議と馬が合った。
野宿のたき火を囲んで、満天の星を眺めながら不味い干し肉を分け合った日々。それは多分、この先もずっと心の中で輝く宝物みたいなもの、なのだと思う。
俺はファリアが好きだ。
だがそれは……心の底から笑い合える信頼しあえる友として、だ。
……さて。
さっきから走馬灯めいた「いい話」が浮かんでくるのは寝不足のせいか、それとも竜を殺す為の大斧を振り回す友人が、後ろから追いかけてくるからだろうか?
「友人として警告しておく! こんな幼女との婚姻は犯罪だぞ!?」
「だから勘違いだっての!」
「プラムは、プラムはー! ぐぐれさまとケッコンしたのですー!?」
戦斧を振り回す女戦士に追い回されて逃げる賢者、それを追う赤毛の少女という修羅場なのか何のかよくわからない光景に、人々が目を丸くする。
最強と言われたディカマランの六英雄の「賢者」と「女戦士」の二人の痴情を、人々が奇異の目で眺めているというのは、すでに頭痛の種だ。
◇
なんだかんだで誤解を解いた俺とプラム、とファリア・ラグントゥスは、王都メタノシュタットを囲む城壁へとたどり着いた。
王都全体を囲うように築かれた強固な城壁は、構築されて五百年が経過しているらしい。くすんだ色合いと、百年前に竜がブレス攻撃で付けたという外壁の傷が、悠久の歴史を感じさせる。
街へ入るには厳しい衛兵の審査があるが、もちろん俺たちは顔パスだ。
最初、俺達の顔を知らない若い兵士(といっても俺よりもずいぶん年上だが)が愛想の無い対応していたが、年配の先輩がすっ飛んできて若い兵士の頭をパシッと殴り、平身低頭しながらどうぞどうぞと促した。
この世界にはTVやネットは無いのだから、俺の顔を知らないのは無理もないと思うが、ローブの色や刺繍などでわかってほしいところだ。
門をくぐった俺達は、賑やかな城下町を眺めながら、ファリアの両親と許嫁が待つという場所へと向かっていた。
大陸随一の王国であるメタノシュタットの城下町は、緻密な石畳が引かれ立派な道が幾重にも通っている。
建物は二階建てほどの石と火入れ煉瓦造りの家が多く、屋根は赤か茶色の素焼きの瓦で敷かれている。
全体的に異国にありながらどこか懐かしく、大国の首都とはいえ落ち着きのある街並みが続いている。
往来は荷物を満載した牛車や、野菜や香辛料を背負った行商人と人で溢れかえっている。道行く人々の人種も様々で、髪の色も背格好も様々だ。
俺の目線の先には、白のワンピースにピンクのカーディガン風の衣装を羽織ったプラムがきょろきょろとしながら歩いている。赤毛と緋色の瞳はよく目立つ。
進むごとに振り返り、指さしては俺に「あれは何ですかー!?」と尋ねてくる様子は、同じ年頃の人間の子供と同じだ。
初めてみる大きな街にプラムは興奮しまくりだ。というか、興奮しすぎて今にも目を回しそうな様子が面白い。
「ふぇえ……ググレさまー……プラム、覚えきれないですー……」
「屋台と食べ物の種類は全部覚えんでいい!」
テンションが上がりすぎて、逆に泣きそうになっているプラムを諭す。
俺達のやり取りを、ファリアが珍しいものでも見るようにしてニヤついている。
いいパパっぷりだという顔っぽいが、ほっとけ。
と、半獣人の少女がプラムの脇を駆け抜けた途端に足を止め、大きなネコ目を瞬かせた。そして顔を近づけて、すんすんっ、と匂いを嗅いだかと思うと笑顔を浮かべ、再び走り去っていった。
「ははは、同族と思われたのかもな」
「はわぁー……」
プラムがキラキラと感動の眼で少女を見送り、そして驚きの目線を今度は俺に向けてくる。
この世界は、人間だけが住んでいるわけじゃない。
半獣人や、ハーフエルフ(ハイ・エルフは流石に見かけないが)が1、2割ほど居るだろうか。
ついでに言えば、俺だって珍しい黒髪に黒い瞳という異邦人なのだが、多様な人種が入り混じって暮らしている王都の人ごみに紛れあまり目立たない。その為、プラムのような珍しい竜人の血から作られた人造生命体でさえ特段目立つという事はないのだ。
「楽しいか? プラム」
「凄いのですー! すごく、すごく楽しいのですー!」
プラムはそう言うと緋色の瞳を輝かせて、めまぐるしく動く人波や、色とりどりの屋台に並ぶ果物をきょろきょろと眺めて動き回っていた。
少し広くなった通りの広場では、何かの宣伝を兼ねた大道芸人たちが技を披露している。中でも大玉乗りは拍手喝采だ。
「は、わ、あ、ああ……!」
瞳どころか口を大きくあけて、目が釘づけだ。
「プラム、はぐれると家に帰れないぞ」
こんな場所ではぐれでもしたら、迷子になって大変なことになる。俺が手を差し出すとプラムは自然に俺の手をにぎった。
柔らかくて、熱く熱を帯びた指先が、ぎゅっと俺の手のひらを掴んでいる。
俺はプラムの手を引いて、ゆっくりと歩き始めた。傍らを大柄な女戦士、ファリアも寄り添うようにして歩いてゆく。
「ググレ、目的地は街の中心の公館だ、しばらく歩くぞ」
「あぁ、構わないさ。たまには街を見て歩くのも悪くない」
プラムも喜んでいるしな。
歩きながら俺は、ファリアに気になっていたことを尋ねた。
「そう言えば、ファリアの親父さんって……ルーデンスの偉い人だったよな?」
「……まぁ、そう言われればそうだな、一応、族長だ」
「以前聞いた気がするが……族長って、王さまだよな」
「あ、あぁ……。だが、父は……自分の夢を私に託そうとしているのだ」
「夢……?」
「独立国という、夢さ」
その呟きは雑踏の中ですぐに掻き消された。
「国を造るための……政略結婚……というわけか」
俺の言葉に、ファリアがこくりと小さく頷く。
北方の勇猛な狩猟民族であるルーデンス。
それは長い歴史の中でメタノシュタット王国の属領の一つとなっていた。だが誇り高い彼らの自治をこの王国は例外的に認めていた。
その理由の一つがファリアのように「屈強で良質な」戦士を輩出するからだ。
一人が十人、いや百人の兵にも匹敵するルーデンスの戦士は、このメタノシュタット王国を支えた力の一つであることは、歴史的に見ても疑いようのない事実だ。
「ファリアも世が世なら、お姫様になるのか」
「私は……嫌だ」
俺も世界最強の姫様が居る国なんてイヤだよ。なんて言おうかとも思ったが、流石にそれは口には出さなかった。
◇
……出さなくて良かった、と思えたのはそのしばらく後だった。
別にファリアのツッコミを恐れたからじゃない。
「父です……」
いつもより何故だか可愛く見えるファリアが紹介してくれた父親。
ここは、案内された大使公館の、一室。
王国が管理するこの施設は、大理石の床に美しい調度品、柱には彫刻が施されているあたり、外交施設としての機能を持った公館であろうことが窺える。
俺の目の前にいるのはルーデンスの族長――、アンドルア・ジーハイド・ラグントゥス。
その人を見れば、誰だってそう思うだろう。
何故なら見上げる程に巨大な『鬼』の様な人だからだ。
身に纏っているのは巨大な角が生えた兜と、鈍く光る地金の鎧。
如何なる剣も槍も、おそらくは魔法も、竜の灼熱のブレスすら通じないであろうその鎧は堅牢なくろがねの城のような迫力を醸し出している。あちこちについた傷が、その戦歴を物語る。
傍らに置いてあるのは、暴竜殺し、とファリアが教えてくれた一族に代々伝わる伝説の最強武器らしい。
その大きさたるや、ファリアの持つ大斧がオモチャに見える程だ。というか、既に全長が俺よりも大きい!
それを振り回すであろうファリアの父親――ルーデンスの族長、アンドルア・ジーハイドの身体はもはや冗談めいた大きさだ。盛り上がった筋肉は血管がビキビキと浮き出ていて、先日対戦した怪力の化け物、エイシェント・エイプスを軽く捻ってしまえる程に張りつめている。
ギロリ……、と三白眼が俺を刺し貫く。
数多くの結界を身に纏う俺の防御なんて紙切れにも等しい、とこの時あらためて思う。
圧倒的な暴風の前に身を晒す感覚は……魔王と対戦して以来だろう。
――お、おぃおぃおいい!?
俺は救けを乞うように、ファリアに目線を向けた。
にこ、と花咲くような笑顔。
屈強な女戦士が、しおらしい『娘』にしか見えなかった。
――じょっ……冗談じゃないぞ……!?
俺がもし『賢者』と言う肩書と、俺の腰にしがみ付いておしっこを漏らしそうな顔で泣きべそをかくプラムが居なければ、とっくに逃げ出して居ただろう。
それでも賢者としての経験値とプライドが俺を奮い立たせる。
息を整え、何食わぬ顔を無理やりに作り、
「初めまして族長殿。私はググレカスと申します」
「…………」
僅かに、コクリと頷くが何も答えない。
「父さま。彼が……その、私が紹介したい人なんです」
い、いきなりだな!?
も少し打ち解けてからとか、少しは頭を使えこの筋肉女!
思わずぎりりと歯ぎしりをして見せる俺に、ファリアは逆に『ほら、打ち合わせ通りにっ!』と身振り口パクで訴える。
とはいえ、はやく済ませてしまいたい俺も、つい口裏を合わせる。
「はい……ファリアさんと……お付き合いをさせていただいております」
アンドルア・ジーハイドはくわっ! と目を見開いたかと思うと、ゴファ! と、口から闘気まじりの息を吐きだした。
「……よろしい。では…………決闘だ!」
「は………………!?」
俺は、頭の中が真っ白になり、本気で言葉を失った。
<つづく>




