鎧の花嫁
「つきあうっ……て?」
「だ、だからっ、私と……ググレがそのあの、こここっ! こいびとにだな」
「恋人……?」
「う……うむ。……嫌……か?」
「嫌じゃない……と言ったらどうする?」
俺は真面目な顔で尋ねた。
「え!? それは、そのっ……」
「まったく……嘘が下手だなぁ」
俺はため息交じりに、口角をつりあげる。
ファリアがブドウジュースを一息にあおる。
間違ってワインでも出したのか? と、不安になるほどに顔が赤い。
いつもなら相手をそれだけで威圧できる程に鋭い眼光はどこへやら。最強の女戦士の目線が宙を泳ぎまくっている。
俺はすっかり茹で上がったファリアの顔を眺めた。
大柄なサイズさえ目をつぶれば確かに顔立ちは綺麗だし、銀色の髪も綺麗に手入れしてある限りは艶やかで……女っぽい。
そう。
「っぽい」だけなのだ。
例えばだ、気の合う男友達から突然付き合ってくれ、と言われたらどう思うか。
下らない冗談言うんじゃねぇ! お前と付き合うくらいならお前のカーチャンと付き合うわ! と回し蹴りを食らわして、あははと笑って終わりだろう。
……まぁ、元の世界に居た時の俺には、そんな友達は居なかったけどな。
けれど、この異世界に居る『俺』は違う。
そのバカを言い合える友達こそが、目の前にいるファリア・ラグントゥスなのだ。
おそらく今の俺は『ジト目』というやつになってるだろう。
俺の『友人』が何を考えているか、それは大方見当がついた。
「何から逃げたいんだ?」
「――! グ……ググレ! わ……私はそんな」
青緑色の透明な瞳が大きく見開かれ、何かを訴えようとしているようだった。
「賢者である俺に、わからないとでも思うのか?」
少しばかり、威厳のある声で年上の戦士に問う。
ファリアがぎゅっと唇を噛んで、目線を机の上の皿に落とした。
「…………」
「上手く説明できないなら俺が当ててやろう。そうだな……」
俺は立ち上がり、近くの壁にひっかけてあったブランケットを取った。
そして、すぴー……と平和な寝息を立てるプラムの小さな背中にかけてやる。
「――親が勝手に結婚相手を決めた。だがそれが嫌で……もう決めた人がいるんです! ……というベタな作戦かい?」
ランプの芯が、ちりと微かな音を立てる。
「ググレ……」
「ん?」
「流石だな。やはり賢者だ。……驚いたよ。いつもいつも、お前の頭の良さには驚かされてばかりだ」
吹っ切れたような表情で顔を上げたファリアを、壁の香油ランプとテーブルで揺れるロウソクが照らす。
その口元は柔らかく弧を描いている。
どうやら正解らしかった。
なんというお約束の展開。そんな事に友人を巻き込むなよ、と思いつつ俺は別に嫌な気はしない。
「まぁ、お前の筋肉脳が考える事くらいは、読めるさ」
「だがググレ、一つだけ間違っている所がある」
「……む?」
俺は思わず指先でメガネをくぃと持ち上げた。
「『嫌で……』じゃない。『とてつもなく嫌で』だ!」
俺とファリアは顔を見合わせて、弾けるように声を上げて笑った。
まったく面白い夜だ。
「よし、話を聞こうじゃないか」
こうなったら友人として朝まで付き合うぞ。
「今夜は……寝かさないぞ、ググレ」
「お前が言うと別の意味で怖いんだよ!」
こうして俺は、ファリアの人生相談を夜更けまで聞かされることになったのだが。
◇
「で……、やっぱり俺も行くのか?」
「当然だろう! 約束してくれたではないか。今日だけ……その」
――恋人のフリをする、作戦。
「俺のサイン入り証書を渡すだけじゃダメか?」
「お前が一緒に来て挨拶をしてくれなければ真実味が無いだろう!? ……それで丸く収まるのだ。な、友人だろう?」
頼むよ、と懇願するように眉を曲げて、鎧姿の女戦士が俺の方を揺さぶる。
「うーむ……」
夕べ遅くまで語り合ってたどり着いた結論。
それは『恋人のふりをして、ファリア・ラグントゥスの両親に挨拶。一緒に街を訪れているという許嫁の結婚話を反故にする』という、呆れるほどにベッタベタの作戦だった。
二人で夜中まで語りあかしたせいで、なんだか妙なテンションになっていたらしく、俺らしくも無いアホな作戦に同意してしまったらしい。
おまけに何故か朝目覚めたときには俺とプラム、そしてファリアが同じ寝台で川の字になって寝ていたのだ。
まるで家族!? 間違いも何も無いが、どうしてこうなった……。
今は既に昼近くだ。
空は俺の気持ちとは裏腹に、抜けるように青い。
俺と女戦士ファリア、そしてプラムの三人は、馬車なら一刻(※約一時間半)、朝から歩けば昼前までには余裕で着く程の距離にある王都メタノシュタットの城下町を目指していた。
大陸随一の規模を誇る城と自慢の尖塔が天に向けてそそり立っている。成金趣味もいいところだが、村から城下町まで延びる街道は石畳がよく整備されている。
左右には街路樹も植えられ、遠くから来たらしい旅人や行商人、そして護衛業者(この世界の冒険者たち)がそれぞれ目的を持って歩いている。
時折、荷物や食料を満載にした牛車がガラゴロと行き交う。
流石に世界八大王国のひとつ、メタノシュタット王国だ。
俺がこうしてのんびり引きこもっていられるのも、スポンサーであるこの王国のおかげなのだが。
大柄の女戦士ファリアを見て、人々が目を丸くする。
背中に背負った巨大な戦斧、陽光を浴びて煌めく銀髪はよく目立つ、そして彼女がディカマランの六英雄の一人である事に気が付くと、歓声を上げるという光景が時折繰り返される。
全身を覆う鎧は身を護るというよりは、その内側にある強大な筋肉を押さえる拘束具のように思える。もちろん、外せば真の力が解放される……わけじゃ無い。
どちらかというと普通の女の子に戻ってしまうのでそこは注意だ。
俺も今日は賢者の正装――金の縁取りが付いた紺色のローブを身に纏っている。
すれ違う人々の口からは、「えっ!?」「英雄達だ!」「本物だ!?」という声が聞こえてくる。
ある者は憧れの眼差しを、あるいは畏れと尊敬の眼差しを向けてくる。元いた世界なら写メとか撮られている、そんな感じだろうか。
興味本位の目線はあまり気分のいいものではないが、もう俺達は慣れっこだ。
――英知の神の生まれ変わりと称される賢者ググレカス。そして、最強の獣神と呼ばれた女戦士、ファリア・ラグントゥス。
それが俺達、ディカマランの六英雄だ。
とはいえ、今の俺は威風堂々と歩いているわけじゃ無い。
トボトボ歩く俺の傍らを、いつものように物見遊山気分のプラムが進む。
そういえば、プラムが王都に行くのは初めてだな。あまり浮かれすぎて迷子にならんようにしなければ。
歩みの遅い俺とプラムを振り返るファリアの表情は、俺とは違いとても晴々としている。
「父に会った時、適当に話を合わせてくれればいい。兎に角、あの男との結婚を阻止できればそれでいいんだ!」
「あー、もうわかったよ」
「おぉ、恩に着るぞ、友人!」
あの男、とは父親たちが勝手に決めたファリアの許嫁というやつだ。
どうせ全身筋肉のブサイクだろう。……ふん。
ばし! と豪快に俺の肩を叩くファリア。白い歯を見せて笑う様子は、俺の知っている豪快な彼女に戻ったようだ。
昨夜のファリアは普通の女の子のようで、いつもと少し違っていた。鎧を脱くと英霊の加護が消えるというのは本当だったのか……?
しかし、だ。
それで本当に丸く収まるのだろうか?
後のゴタゴタを考えると、どうも気が進まない。
噂が広がって、取り返しのつかない事にならない気がしないでもない。
そしてズルズルとこいつと結……
――ゴーン……と祝福の鐘が鳴った。
白いハトが青空に解き放たれ、ライスシャワーが降り注ぐ。
目を輝かせて拍手をする正装のイオラとリオラ。そして、微笑むセシりーさん。
えっ……? 俺とセシリーさんの結婚式じゃないの!?
俺の傍らには見上げるような……花嫁。
唖然とする俺に微笑みかける花嫁の、白いウェディングドレスの下には鎧が見えた。
ガッ、と抱きしめられた俺に唇が迫って来て――
「ググレさまー、結婚ってなんですかー?」
「のっわぁああ!?」
はぁ、はぁ……。
どうやら寝不足のせいで白昼夢を見ていたようだ。
プラムの声で我に返る。
恐ろしい夢だった……。ふぅ、と思わず額の汗をぬぐう。
「ねー、ググレれさまってばー」
「プラム、結婚てのは、男の人と女の人が約束して……ずっと一緒にいる事だ」
うん、我ながらうまい説明だ。
アホのプラムでもよく理解できるだろう。
ほわー……と素直に俺の話を聞いていたプラムが目を輝かせて一言。
「プラムはー、昨日ググレさまが、ずぅーっと一緒に居てくれるって『やくそく』してくれたのですよー?」
「はっ……!?」
「プラムとググレさまは……ケッコンしたのですねー!?」
わぁーい! と満面の笑みを浮かべ、くるっとまわってプラムが駆けだす。
ググレさまと結婚したのですー! とか叫んでいる。
「お、おいおい!」
それを聞いたファリアが目を白黒させて、ガッシと斧に手をかける。
「ググレ貴様……! どういうことだ!?」
「ちちち違っ! ちょっ!?」
斧を振り回す女戦士に追い回されるなんて、どこの世界のラブコメだよ!?
<つづく>




