★女戦士の筋肉を褒めてみる
「ググレさま、『ぱぱ』って……なんですかー……?」
「え……?」
「あのひと、ぐぐれさまをプラムのパパって言ってたのですよ……?」
「そ、それは」
プラムのいきなりの質問攻めに、俺も流石に言葉に迷う。
不思議そうに小首を傾げて俺を見上げるプラムは、人造生命体だから当然、両親なんて居るわけがない。
無機物と有機物と、そして特殊な古代魔法で俺が造りだした疑似生命体だ。
だが、そんな理屈をこの子に言って聞かせたところで理解できないだろう。
プラムの事だ、このままでは誰かと会う度に「ググレさまはプラムの『ぱぱ』なのですー!」とでも言いふらされたらそれこそ悲劇だ。
なんで18歳の俺が子持ちにならにゃいかんのか……。
とはいえ、純真なプラムを冷たくあしらうのも可愛そうだ。
そうだ、こんな時こそ俺の得意魔法があるじゃないか。
――検索魔法! 検索ワード……『パパ』『子供』『説明』。
俺は心の中で詠唱する。
瞬き程の間を置いて、俺の眼前に次々と情報がポップアップ表示されてゆく。
千年図書館に眠る、膨大な人類の英知が俺に知恵を授けてくれる瞬間だ。
ちなみに今は『外部表示オフ』状態にしているので、表示は俺にだけ見える。
太古の書物からキーワードで拾われてきた文字が次々と浮かび上がるという光景は、元の世界のネット検索エンジンや、拡張現実と似た仕組みだ。
>検索結果 約 六万八千件
>『教えて:シングルマザーです。 未婚で出産し二歳の息子が……』
>『裁判記録:子供が保育園の帰りに「どうしてパパがいないのと……』
>『書籍:赤ちゃんはどこからくるの? ……』
>……
……なんか違う。
都合のいい答えが見つからないまま、俺は検索を諦める。
何でも必ず答えがあるわけじゃない。魔物の特性や弱点、攻略法はいくらでも見つかるのに、人生の選択や悩み事、特にこういう類の曖昧な質問には、検索魔法はてんで使えない。
俺は、答えを待つプラムの頭にぽんと手を置いて、
「プラム、よく聞け。俺はお前のぱぱじゃない。だが、お前を造ったのは俺だ。パパじゃないが……、ぱぱみたいなものかもしれない。すこし、違うけどな」
しどろもどろと自分でもよく判らない説明を聞かせる。当然プラムはぽかんとますます混乱したらしい。
酷い賢者だ、と自分でも思う。
こんな子供の質問一つ、本当の俺はまともに答えてやれないのだ。
「ちがうの……ですね? プラム、わかんないです。けど、けど……ググレさまとずっと一緒なら、それでいいのです……」
プラムはそういうと俯き、唇を真一文字に結んでしまった。
「それなら心配ない、ずっと一緒にいるよ。約束だ」
今の俺に言えることはこれぐらいしかない。
一緒に居てやるぐらい、ただそれだけでいいのなら。
「ホントですかー……?」
ぽわ、と浮かぶ笑顔につられて俺も顔が緩む。
「そういえば、イオ兄ぃとリオ姉ぇにも『ぱぱ』は居るのですか?」
「前はいたらしいが……今はいない」
プラムが慕う勇者志望の双子の兄妹の両親は、先の魔王戦乱で命を落とした。
「ふぅん……」
何か通じるものがあったのか、プラムはそれ以上聞こうとはしなかった。
丁度タイミングよく、屋敷の奥から俺を呼ぶダミ声が響いた。
屋敷の掃除を終え、そのまま夕飯の支度もしてくれた村のオバちゃん組合だ。
「賢者さまー! 夕飯の支度が出来ましたよぉ! ご友人も支度もね、グフフッ」
なんだ最後のグフフは。
「あぁ、ありがとう。……プラム、給仕をお手伝いしてくれ」
「はいなのですー!」
何処で覚えたのか、妙な敬礼をしてからプラムはさっと駆け出して、屋敷の奥へと入って行った。
そういえば腹もすいた。空を見上げるとオレンジ色に染まり始めた空をカラスが家路を急いでいる。
今日はファリアも遊びに来てくれたし、楽しい夕食になりそうだ。
◇
「じゃ……アタシらは家の夕飯の支度しなきゃならないんで、これで」
「おかわりはナベにあるからね、プラムちゃん出来るよね?」
「はいなのですー!」
プラムがオバちゃん組合に変な敬礼で答える。ブームらしい。
「ご友人も……ごゆっくり。……グフフッ」
「オホホ……!」
不気味な含み笑いを漏らしつつ、オバちゃん組合の面々は帰って行った。
何なんだよその笑いは。
「まぁ……仕事は完璧なんだがな」
俺はふぅと鼻から息を抜いて、テーブルを眺めた。
そこには短い時間でよく準備してくれたと称賛を惜しまない程の、料理の数々が並んでいた。肉のハーブ焼き、野菜のスープ、ありったけのパン。それに村で採れた果物。
フィボノッチ村の、質素だが味わいのある家庭料理だ。
旨そうな匂いが食欲をそそる。
食卓のある部屋は、元の世界の単位でいえば一五畳ほどのダイニングで、温かみのあるランプの明かりで照らされている。
この世界で灯りといえば木から採れる香油のランプかロウソクだ。
もちろん魔法を宝石に封入して光らせる魔石灯なんてものもあるが、金持ちや王侯貴族の照明器具だ。
俺だって魔法使いの端くれみたいなものだから、そういう便利アイテムを造れないわけじゃないが、どちらかというとこういう灯りの方が落ち着く。
さっきから俺の友人のファリアが、きょろきょろと落ち着かない様子だ。
まぁ、かつての冒険の仲間が、いきなり子持ちのマイホームだからな。
ちなみにプラムが俺の子供だという誤解は、すぐに解けた。
数を数えるのが苦手な筋肉戦士でも、プラムが見た目十歳で、俺が十八歳というのは流石に在り得ないと理解してくれたようだ。
人造生命体であることは一応説明したが、身寄りの無い子供を預かった、ぐらいにしか思っていないようだ。まぁ細かいことを詮索されずに助かるが。
「美味しそうなのですー!」
「そうだな。食べるとしようか」
プラムがもう我慢できないとばかりに椅子に座る。
「で、では……失礼して」
料理の並ぶテーブルを囲む椅子に、俺の友人――女戦士ファリア・ラグントゥスが腰かける。
ミシ……と聞き慣れない音が椅子の足から聞こえるが、気にしない。
そういえばファリアはさっきからあまりしゃべらない。
いつもは饒舌でベラベラ勝手にしゃべる奴だったはずだが……?
俺は訝しげに目の前に座ったファリアを眺めた。
流石に鎧を脱がされて頭の先から足まで綺麗に風呂で洗ってもらったらしく、全体的に小奇麗になっている。
服は……あれ? この屋敷に女物の服なんかあったかな?
白く清楚な、ゆったりと胸の部分が大きく開いたドレス風。髪も綺麗に整えられていていつものゴワゴワの獣みたいな感じじゃない。
服はオバちゃん組合が準備してくれたのだろうが、プラムのワンピースといい本当に気の利く人たちだなぁ。
「グ……ググレ、そんなに見られては……その、恥ずかしいではないか」
ファリアが頬を赤くして、エメラルド色の瞳をぷいと逸らす。
本来は透ける様に白い肌や銀色の髪を、整った鼻梁を仄かなランプの灯りが優しく照らしている。
「防御力が低下すると恥ずかしいのか?」
「ここっ、こんなペラペラの……薄い布の服なんて……あ……あまり着ないから、その落ち着かないというか、おかしいというか」
「別におかしくないぞ、珍しいけどな」
「や、やっぱり変か!?」
「いや……普通……」
「そ、そうか!」
顔を赤らめたまま、もじもじっ、と所在なさげにする大柄な女戦士の『剥き身』を見て俺は正直噴き出しそうだ。
どんな時も鎧を脱ごうとしない女戦士・ファリア。
普段着なんて長い冒険の最中にも見た記憶は無い。だが、今や世界は平和だ。
こういう服だって、着ていいんだと思う。
「そういやファリア、お前……鎧を脱ぐと先祖の英霊の加護が消えるんじゃなかったっけ?」
「そ、そうだ! そうなんだよググレ! 加護が消えるからと訴えても、あのご婦人たちが無理やり……」
「だってお前、鎧が臭いんだって……」
日の暮れた庭を眺めると、綺麗に洗われた鎧が、木と木の間に渡されたロープに干してあるのが見えた。乾くのは明日になるだろう。
「く、臭いとは失礼なー!」
「あはは」
互いに顔を見合わせて、笑う。
俺は以前の冒険の時も、頑なに鎧を脱ごうとしない女戦士をよく笑ったものだ。
こういう感じ……久しぶりだ。
俺達のやりとりをプラムが、はわぁと口を開けて見ていた。大人の会話なのですねー? と妙な感心をしているようだ。
「まぁ、バカ話はさておき、料理が冷めないうちに食おうぜ」
「お、おおぅ! そうだ! そうだな!? 食うぞ私は!」
ファリアが俄然本気を出してバクバク食い始める。くいっぷりが……野獣だ。
「プラムも、プラムも食べるのですー!」
むしゃむしゃとプラムも食べ始める。
ひとしきり食った後、ブドウジュース(未成年なので)で乾杯しながら、俺達は昔話に花を咲かせた。
「しかし、野生のコカトリスの肉は最悪だったなー」
「そうか? ググレは歯も軟弱だな」
「お前が丈夫すぎるんだよ」
揺らぐ蝋燭の光を見ていると、荒野で野宿しながら仕留めた野獣の肉を炙って食べたことを思い出す。
こんがり焼けましたあ! とかファリアの得意料理の骨付き肉は豪快で旨かった。
夜も更け、プラムはお腹が膨れたのか、机でむにゃぁと寝息をたてはじめた。
ヨダレが垂れているが、気持ちよさそうなのでそのままにしておく。
ここから先は大人の語らいの時間だ。
「ファリア……」
「な、なんだググレ」
俺は妙な間に耐えられず、何か言おう、そうだ適当に褒めればいい、と思いたった。
「相変わらず見事な筋肉だよな?」
咄嗟に口走ってしまった一言だったが、思い切り失敗だったようだ。途端にファリアが顔を赤くして胸筋を隠して、ますます沈黙してしまった。
「………………」
「お、俺なんか本ばっかり読んでるから、筋肉無くてさ!」
こんな時どういう顔をしたらよいかわからずに俺は、間抜けな笑い声を出すしかなった。
「……バカ」
「え?」
――鍛え方が違うからな! ググレも私が鍛えてやろうか!? というツッコミを期待していた俺は少し拍子抜け。
消え入るような声に俺は思わずファリアの瞳を覗きこんだ。
綺麗な宝石のような瞳で光が揺れている。
「実はな……。今日私がここに来たのは……一つ相談があるからなのだ」
「なんだよ改まって」
単に遊びに来たわけじゃ無いことぐらいわかっている。
けど、なんだ? 相談って。
「わ……わた……わた……」
「わた?」
「わたた……わたっ!」
「ケンシロウか? なんだよハッキリ言え」
噴火直前の火山みたいに顔を真っ赤にして、息を吸い込んだかと思うと、一気呵成。
「わわわっ、私と……つつつ、付き合ってほしいのだ!」
「は、ぁあ!?」
――は? はぁああ!? 何、それ……何の……冗談?
<つづく>




