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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆11章 灼熱の砂塵と勇者の逆襲 (ググレカスの大魔法 編)
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 俺たちの快適移移動生活?

 ◇


 (ニュー)陸亀号(グラン・タートル)は、王都メタノシュタットへ続く街道をゆっくりとした速度で進んでいた。


 目指す目的地は大陸の西の果てのネオ・イスラヴィアだが、そこへ至るには王都を横目に南下した街道を西に折れ、あとはひたすら南西に進んでいくことになる。

 その際、カンソーン砂漠とよばれる荒涼とした砂漠地帯を通過するのだが、灼熱の砂漠のド真ん中を横断するわけではなく、砂漠の南側の(フチ)の荒野をかすめるように迂回して進んでいく。

 道のりは述べ直線距離で16万8千メルテ、迂回する行程を考えれば180キロメルテもの長旅だ。馬車ならば優に片道7日は掛かるだろう。


挿絵(By みてみん)


 鉄杭を迎撃した俺達はまず最初に王都に向かっていた。足りない物資を買い足す為だ。

 エルゴノートとファリアには申し訳ないのだが、旅をするにはいろいろな種類の品物をそろえる必要がある。特に食料はいろいろな種類が必要だが、ガレージ奥の食糧倉庫は今ほとんど()だけで埋まっているという有様なのだ。


 しかし今回の旅は食糧以外は特に必要はないだろう。何故ならば館にある各種日用品や衣類、それと快適なベットに蔵書の数々がそのまま使えるというまさに夢の「快適移動生活」が可能だからだ。

 これならば長い移動距離も苦にはならないだろう。


 むしろ問題は、消耗し続ける俺の魔力だ。

 臨界駆動状態となった(ニュー)陸亀号(グラン・タートル)自体は、約一ヶ月間は魔力の供給無しで動き続けることが出来る計算だが、これを移動させるための「足」となっているワイン樽ゴーレムは普通に魔力消耗する。

 実は俺の魔力資源(リソース)は、(ニュー)陸亀号(グラン・タートル)を動かすための自律駆動術式(アプリクト)によって常に15%ほど食いつぶされている格好だ。


 ――となれば、あまり大きな術式や連続した戦闘は避けたい所だな……。


「まぁこんなに大人数なんだし、多少は楽をさせてもらえる……かな」


 ひとりごちると俺は、焼きたてのパンを頬張った。

 

 天気もいいので、玄関の横においてあるベンチに腰掛けて、遅い朝食というわけだ。マニュの入れてくれたカラス豆の苦いお茶を飲みながら、庭先で自由な時間を過ごす面々を目で追う。

 

 プラムとヘムペロは館の周りをぐるぐると探検しているが、他のみんなは天気もいいので思い思いの場所でリオラ特製の焼き立てパンを頬張っている。


 スタミナが必要なファリアやエルゴノートはパンに生ハムを挟んで食べているが、俺は小麦の風味を味わえるこのままが好きだったりする。


 なんたって可愛い妹分の美少女(リオラ)が手で捏ねて焼いてくれたパンなのだ。焼きたての香りや食感を存分に味わって賞味したいものだ。


「賢者さま、今日は少し焦がしちゃいました」

 リオラがすこし照れくさそうに言いながら、俺の横にすとんと腰を下ろした。


 手には他のみんなのものよりも一段と黒ずんだパンをいくつか持っていた。自分が一番コゲたパンを食べる気なのだろう。


「あんな騒ぎがあったからな。かまどに入れっぱなしになってしまったんだろ」

「いえ、わたしの不注意です。苦くないですか?」

「いや、ぜんぜん。普通に美味しいよ。それより、俺はコゲたのが好きだからリオラのと交換しておくれ」

「え、でも……」

「いいから」

 そう言って俺は自分のパンとリオラのパンを交換した。


 多少焼き加減がウェルダンのほうがすきなのは事実だし、多少焦げようが生だろうがリオラの炊いたパンがマズいはずがないのだ。


「……ありがとうございます」


 小さく微笑んでパンを頬張るリオラの澄んだ栗色の瞳を眺めつつ、ふとパンを持つ手を見ると、指先がカサカサと荒れていた。

 洗濯に食事の準備と頑張るリオラだが、春が来たとはいえ水はまだ冷たいのだろう。


「リオラ」

「はひ?」

 リオラが不意に名を呼ばれて、パンを口に入れたまま眼を瞬かせる。


「あ、いや、その……」

 保湿効果のある「粘液魔法(スロゥドゥ)」を指先に塗ってあげればいいかもしれないが、こんな陽の降り注ぐベンチでヌルヌルの粘液を女の子の手に塗ってあげる様子は、どうみても変態ちっくだ。

 俺はコホンと咳払いをして、とっさに別のことを言う。


「いつも家事とかご苦労様だけど、一番何が大変だい?」

「え? はい、……お洗濯とパンの生地をこねる事ですけど……。あ、でもみんなが手伝ってくれるから平気ですよ?」


 気丈に笑うリオラの視線は、庭の向うで早速ルゥローニィとのチャンバラに興じる(イオラ)に向けられていた。


 朝ご飯を食べ終えて、木の枝を使ってパチンカキンと剣戟の真似事をしている。

 すぐそばには木の根元で体育座りをして「お手並み拝見」とばかりに目を光らせるスピアルノがいる。


「そうか、まぁちょっと考えてみるよ」

「賢者さま……?」

 不思議そうに小首をかしげる。


 ――何かリオラの仕事を楽にする方法を考えてあげねばな。


 これから戦いに赴くからこそ、生活基盤(ライフライン)を支えてくれる存在を蔑ろにはできないと俺は考えていた。

 俺の顔を見上げるリオラに微笑み返してから、うんッ、と背伸びをして、館の一番端までゆっくりと歩きはじめた。


 景色はゆっくりと動いていた。

 本気を出せば馬車よりも遥かに早く進めるのだが、いまは習熟航行中(・・・・・)ということで、速度を抑えた比較的ゆっくりとした速さで滑るように移動しているからだ。


 時刻は朝の9時を回った所とはいえ、王都に向かう街道は行きかう馬車も多い。

 野菜や商品を載せた牛車や背中に山のような荷物を背負って市場を目指す者など、数多くの人々で街道は溢れている。


 すると、下から声が聞こえてきた。

「なっ! なんだありゃああ!?」

「家だ! 家が歩いてるぞ!」

「うそぉおお!?」


 二本の足で地面を蹴って進む(ニュー)陸亀号(グラン・タートル)の姿は、不恰好なニワトリのようでもあり、船の下に二本の足が生えた怪物のように見えるかもしれない。


 馬車と比べてはるかに巨大な図体は、移動するだけでも他の馬車の迷惑になるだろうと考え、道ではなくすぐ脇の未舗装の野原を歩いている。

 馬車と違い車輪ではないので、基本的にどんな不整地も段差もへっちゃらだ。

 細い二本のスライムで形成された足だけで、家一件と地面を支えられるのかと不思議に思うかもしれないが、その秘密は賢者の館を乗せた船型の地面自体にはじつはほとんど重さが無いためだ。

 隔絶結界で切り取られた空間は、いわば館がはいった風船のようなものだ。


 「屋敷に足が生えて歩いている」という光景に出くわした人々は腰を抜かさんばかりに驚き、目を丸くして互いに顔を見合わせたり、叫んだりと大騒ぎだ。

 すれ違う行商の馬車が驚きのあまり道を外れて急停車したり、乗客全員が荷台の窓から顔を出し、口をあんぐりと開けたまま唖然呆然とこちらを見上げている。


 目撃した人々が恐慌状態(パニック)に陥らないのは、どう見ても悪意とは無縁の「かわいらしい家」が地面ごと歩いているというユーモラスな外見のためだろう。

 

 魔王城っぽいデザインでなくてほんとに良かったと思う。


「うーむ。さすがに目立つな、これは」


 ははは、と苦笑しつつ、これでネオ・イスラヴィアの王都まで乗り付けてエルゴノートが挨拶をしたら、あの覆面王サウザウト・ヨルムーザはなんと言うだろうか? 

 それはそれで考えただけで痛快ではある。


 俺は崖のように切り立った船の(フチ)にあたる「敷地」の(フチ)に立ち、10メルテほど眼下に見える街道を見下ろしてみた。


「見ろ! あれは賢者様じゃないか!?」


 驚く通行人に軽く手を振ってみたりすると、気分はなかなか上等だ。


「ググレさま、危ないのです、落ちちゃうのですよー!?」

「ワシもさっきから気になっておったが、怖くてそっちに行けないにょ……」


 プラムやヘムペロが心配そうに少し離れた位置から遠巻きに声をかけるが、実は端っこから落ちる心配は無いのだ。


「大丈夫。この館は見えない()で囲まれているんだよ」


 俺は指で目の前の空間を突いてみせる。すると指を中心に水面のような波紋が広がり、それ以上指は進まない。まるで見えない透明な壁があるかのようだ。


 実際は安全性と安定性を高めた「隔絶結界」の内側に俺達は居るのだ。

 地面ごと別の空間に賢者の館を封じ込めたものなのだが、土地や建物には揺れや振動で崩れてしまわないようにと形状を維持するための魔法、施錠魔法(セキュアス)をかけてある。

 これはワイン樽ゴーレムなどで実績のある「形態維持」の魔法の力を更に強力にしたものだ。


「おぉー? すごいのですー!」

「な? だからここから落ちたりする心配は無いんだよ」


 プラムが素直に感心するが、好奇心でわくわく顔だ。


「壁にジャンプしても跳ね返されますかー!?」

「多分跳ね返されると思うけど、見ているほうが心臓に悪いからやめてくれよ……」


「じゃが……、これでは外へ出られないにょ?」


 ヘムペローザも透明な壁を押してみる。ホワワと波紋が広がるが腕は進まない。


駐機(ちゅうき)モードで地面に降りると、出入り口部分の隔絶結界は解除される仕組みだから平気さ」


 駐機モードは後で試してみるが、隔絶結界で触れた地面は、元賢者の館が建っていた場所の空間と入れ替わるはずだ。

 つまり、船の底の部分を地面に接地(・・)させる事で自動的に地面がえぐれて無くなり、スッポリとこの船が収まるはずなのだ。

 その間、そこにあった地面は賢者の館の「跡地」に忽然と転移することになる。


「にょぉお……? そんな都合よくいくのかにょ?」

「神秘的な魔法の力ってヤツさ。まぁ深く考えなくていいよ」


 賢者のローブをひるがえして、眼下に群がる人々に手を振ってみる。

 

「やはり賢者様だ!」

「す、すごい……神話に出てくるような魔法の力だ!」


 沿道から人々が目を丸くして俺達の歩く館を見送っている。


 ――フ……フハハハ!


 思わず意味も無く高笑いをしそうになる。これはちょっとクセになる楽しさだ。


 いい気分で船の先端部分でふんぞり返っていると、背後からリオラが駆け寄ってきた。


「賢者さま賢者さま、大変ですっ!」


「な、なんだリオラ?」


 息せき切ってはぁはぁと俺に詰め寄って。


「水が……水道が出ません!」


「あ、あぁあああ!?」


 ――そうだ、川からスライムエンジンで水をくみ上げていたんだった!


「ど、どうしましょう?」

「ううむ……、確かに、困ったな。ハハハ」


 俺はメガネをすちゃりと指先で持ち上げて天を仰ぐ。

 快適移動生活は、いきなり大ピンチの気配がした。


<つづく>



【作者よりのお知らせ】

 いつもお読みいただいた上に感想まで下さる皆様には感謝感謝でございます。

 しかし本日の感想返信は夜となりますのでご了承下さい。

 

 もうひとつ。

 明日、日曜日更新分は執筆時間の関係でおそらく「短め」となります。

 少しでもお話は進めますので、お許しくださいませっ


 ありがとうございました!




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