★女戦士ファリア・ラグントゥスの来館
「ファリアじゃないか! 来てくれたのか!?」
「まぁ……近くまで来たものでな」
そういう顔で笑うのか、と見た者が驚くほどに可憐な笑みを浮かべる女戦士に俺は駆け寄ると、盟友ファリアの鎧をつかんでガシガシと揺さぶった。
とはいえ、俺が揺さぶろうとしてもあまり動かないのだが。
なぜなら、ファリアは俺よりも頭ひとつ分、大柄だ。
傍から見れば、大人に子供がじゃれついているように見えるだろう。
北方の勇猛な狩猟民族であるルーデンスの民特有の、深い海の様なエメラルド色の瞳は優しい光を宿している。
俺の屋敷を突然訪れたのは、ディカマランの六英雄の一人にして『最前衛』を司る戦士――ファリア・ラグントゥスだった。
かつての魔王討伐の旅において、勇者エルゴノート・リカルと共に、常に戦いの先頭に立った勇敢な戦士だ。
俺はファリアに何度助けられたか判らない。
冒険の旅をはじめたころは「死にもっとも近い男」とまで言われ、勇者一行のお荷物に過ぎなかった俺を、ファリアは幾度となく救ってくれた。
敵との戦いでは傷つきながらも俺を庇い、極寒の氷原では自らのマントを俺に貸し与えてくれたことは絶対に忘れない。
時がたち、やがて検索魔法の力で『賢者』と呼ばれ始めた俺の事を、一番嬉しそうに認めてくれたのもファリアだった。
見た目は男勝りで恐ろしいが、根はとても優しくて……いい奴だ。
しかし今目の前にいるファリアは、屈強な体躯を包む鎧は傷だらけで、身体も顔も今しがたまで戦っていたかのように汚れていた。
自慢の銀髪も薄汚れ、なんというかその……
「……戦士臭がするぞ。つまり……臭うな、血と泥と……汗の」
「ななな、なに!? 本当か!?」
「まぁ、懐かしい臭いだが」
「う、うぬぅ……おのれググレ……」
ファリアは顔を沸騰しそうなほどに赤くして、俺の首根っこを抱え込むと巨大な拳でグリグリと頭頂部をえぐりはじめた。
「ぐぁー!? 痛たたた!」
その力は冗談抜きに強くシャレにならない。本当に脳が露出するぞ!?
だけど……ヤバイ。
これはなんだか普通に……嬉しい。
俺は賢者であることを忘れ、旧友との再会を素直に嬉しいと感じていた。
かつて共に旅をした仲間がこうして訪ねて来てくれたのだ。
「ググレさまー……そのひとだれなのですかー?」
木の陰で、ぴょこ、と長い赤毛が見え隠れする。
プラムが不安げな顔でこちらを覗く。
無理もない、俺の首根っこを押さえて頭を抉ろうとしているのは、プラムから見れば見上げる程の大女だ。
「し、心配ない、出ておいで。俺の……友達だ!」
「でもくるしそうなのですー……」
苦しげに首を絞められたまま言っても説得力がないか。
「ほら、前も話しただろ、ディカマランの六英雄の一人さ」
「ググレさまの……おともだち……?」
恐る恐る、といったふうにプラムが木陰から姿を現す。
ほっそりとした小柄な少女――人造生命体のプラムの緋色の瞳がぱちくりと瞬く。
「ググレカス……こ、この子は?」
「あぁ……俺が造った」
「はぁ!?」
驚きの声を漏らしたのはファリアだ。
「えっ……あっ!? えぇええええ!? うそ……」
ファリアが目を白黒させながら、あわあわとしている。仰け反るかのように俺から身を離し、プラムと俺を交互に指差している。
驚き過ぎだ。
まぁ大方、俺の子供だとか勘違いしているんだろう。
戦士の例に漏れず、頭の中は筋肉でできているからな。
「プラム、プラムなのですー……」
「あぁ……わ、私は……ききき、キミのパパのゆっ、友人の……ファリア・ラグントゥスだ」
……やっぱり。
勘違いしてるな。まぁ想像通りだが。
俺はやれやれとズレた眼鏡を直す。
「まぁ……詳しくは屋敷の中で話そう。なんなら夕飯とかどうだ?」
「いっ、いいのか!? だだ、だが迷惑では……ないか?」
「何を言っている? 迷惑なわけあるか」
「では……」
「夕飯食っていろいろ話そう」
「あぁ!」
ファリアが飾り気のない豪快な笑みを浮かべる。
俺も堅苦しいのは抜きで話したいと思った。自然に、自分の言葉で。
あの冒険の後の事、最近の出来事を。
見回せば午後の日差しは大分傾きかけていた。
ここから王都までは結構な道のりだ。ファリアがこのまま王都まで戻るなら着くころには夜になるだろう。
まぁ暗くなったからといって、最強の女戦士が危ないことなんて無いのだが。
とにかく今日は屋敷で飯を食っていけばいい。何だか今日は凄く話したい気分だしな。
ファリアがカチコチに引き攣った笑みを浮かべて、小さなプラムに手を差し出す。
どうやら握手の意思表示らしいが、プラムの顔全部を丸ごとワシ掴みにできそうなその手のひらを見たプラムは、ぱぁっ――と明るい笑顔を浮かべると、
「ググレさまのお友達なら、これ……あげるのです!」
「ん……? あぁ……ありが……」
ファリアの手のひらに黒いつぶつぶを幾つか乗せる。
それはプラムの宝物、さっきまで庭でほじくり返していたダンゴムシだ。
「ぎゃわぁああああああああああああああああああああああああ!?」
ファリアは叫びながらそのまま走り出した。ばかん! と比喩でもなんでもなく、本当に石垣を人型に崩してようやく止まる。
プラムがあまりの出来事に目を丸くしてぽかんと口開けていた。
……そういえばファリアは虫がダメだったな。
冒険の旅でも昆虫型の魔物との戦闘になると、俺よりも更に後ろに陣取ってガタガタ震えていたことを思い出す。
大柄な女戦士が涙目で震える図は、なかなか笑える。
それにしてもダンゴムシでもダメなのか。いったいどんなトラウマがあるんだ?
「あらあら!? お客様かい賢者様?」
「んまぁ……でもなんだか汚いお客さんだねぇ」
「折角掃除したのに汚されちゃ困るねェ……」
オバちゃん連合がドヤドヤと屋敷の窓から顔をのぞかせて、好き勝手言う。
俺は一つ咳払いをして、屋敷の主として威厳のある声で、
「俺の大切な友人なんだが……、一緒に夕飯でもと思っているんだ。俺とプラム、それと彼女の分も用意していただけるだろうか?」
と丁重にもてなすよう指示を出す。
「あらま!? かかか彼女だってよ!?」
「んまぁ! こりゃ大変だ! 夕飯の支度! トメさんは風呂の準備!」
「あいよ!」
ビシビシ動き出すオバちゃん連合。
何だかわからないが、こういう時の彼女たちのエネルギーは物凄い。
後で噂のタネにしたいだけだろうが本当に助かる。
ちなみにファリアは本当に性別とかそういうものを越えた友人なのだが。
「客人! いくら賢者様の友達でもね、そんな恰好じゃお屋敷はまたがせないよ!」
「いや……これは由緒正しい我が一族に伝わる鎧で……」
オバちゃんの勢いに押され、さしもの女戦士もたじろぐ。
「由緒だがよいしょだか知らないがね、なんだいその恰好? 女が血まみれ泥まみれでどうするのさ!?」
「え、いやその、……はい」
「わかったらさっさと来ておくれ!」
六英雄のファリアはオバちゃん達に手を引かれ屋敷の横にある風呂場へと連行されていく。
「グ……ググレーたすけてくれー!?」
ファリアが救けを乞うが、俺は半笑いで手を振ってやる。少し旅の汚れを落としてもらうといい。
まぁ、後はオバちゃん達に任せるとしよう。
俺はやれやれと、肩を叩いた。――と、
「ググレさまー、あのひと、ダンゴムシ嫌いだったのですかー?」
プラムが俺の賢者ローブの裾を引いた。
「あぁ……そうだな」
「知らなかったのです……」
すこし困ったような顔で、俺の顔をじっと見ている。
怒られると思っているのだろうか?
もらったばかりのワンピースの裾を、手でくしゃくしゃに握りしめている。
「あの人は強そうに見えて虫が怖いんだ。気にしなくていい、きっと怒ってないよ」
「そうなのですかー……」
俺の笑顔にほっとしたようにプラムが胸をなでおろす。
「まぁ一緒にみんなでご飯を食べようじゃないか」
「はいなのですー!」
けれどプラムは不思議そうに俺の顔を見ている。
……なんだ?
「ググレさま、『ぱぱ』って……なんですかー?」
「え……?」
<つづく>