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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆11章 灼熱の砂塵と勇者の逆襲 (ググレカスの大魔法 編)
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 賢者、秘孔を突く

 俺たちの乗る馬車が館に到着した時、陽は随分と傾いてた。

 妖精メティウスはすこし疲れたらしく、俺が持ってきた本の中で昼寝中だ。


 洗濯物を庭先で取り込んでいたリオラとマニュフェルノが気づいて、門扉まで駆け寄ってくる。

 春風で乾かした洗濯物はごわごわで丸めてもかなりの量だ。


「おかえりなさい賢者さま!」

「安堵。よかった、みんな心配してたんだよ」


 メイド服がよく似合うリオラと、眼鏡のおっとり顔のマニュが安堵の表情を浮かべる。二人ともシーツやシャツを丸めた洗濯物の向うから顔を半分だけ覗かせている。


「いろいろと手間取ってな。とりあえずは大丈夫さ」


 得体の知れない物体を追いかけたまま気が付けば大分時間が経っていたようだ。


 だが、大丈夫だとは言ったものの鉄杭(・・)がこの館を狙い撃ちして来ようものなら、かなり恐ろしい。皆には言わないが、俺の「隔絶結界」を全魔法力を使っての一点集中で上空に展開し、落下する突入コースを僅かに逸らすのが精いっぱいだろう。

 しかも気が付いてからの対処するまでの時間は一分も無い訳で……。

 

 ――まぁ、考え出せばキリが無いが対策(・・)は考えておかねばな。


 俺は馬車を門の脇に止め、御者席から降りた。


 イオラは荷台から軽々と飛び降りると、二歩三歩とスキップするような足取りでリオラのところまで跳んで行く。

 その表情と様子から、何事も無く無事だったとリオラは感じ取ったのだろう。ぼふっ! と洗濯物の塊を(イオラ)押し付けて笑みをこぼす。


「正体。判明したの?」


 マニュフェルノが緋色の瞳細めながら、心配そうに問う。


 山のような洗濯物を抱えたままでは大変だろうと、マニュフェルノから洗濯物の束を受け取ると、不意に指先が触れてつい赤面する。

 感謝(ありがと)。と、囁くマニュに赤くなった頬が悟られやしないかと焦ってしまうが、幸いにも今は西日の時刻だった。


「隣国の魔法使いの悪戯(・・)さ。……あれで終わりって訳じゃ無さそうだけどな」

「不安。また戦いが始まるのかな……」


 マニュは行き場を無くした手を服の前で結ぶと、少しうな垂れた。

 静かで平和な毎日が続けばいいな……とマニュは考えているのだ。今日みたいな春の日は尚更そう思うだろうし、俺だって同じ気持ちだ。


「まだ俺達の出る幕じゃないさ。騎士たちや国の偉い人の仕事の領分さ」


 魔物や人々を苦しめる盗賊を退治する仕事なら俺達で請け負うが、国家間の交渉や揉め事となれば話は別だ。しばらくは静観するしかないだろう。

 

 ――静観させてもらえれば、だが。


「リオ、凄いんだぜ! 鉄の棒にガッてやってレントミアさんがビーッて。んで騎士とぐっさんが知り合いで……」

「……よかったね」


 興奮冷めやらぬと言った様子で、今しがたあったことを話し始めるイオラだが、果たして(リオラ)に通じているのだろうか?

 苦笑交じりに兄の言葉に耳を傾ける様子は、妹というより姉のように落ち着いている。


「ググレ……ファリアが帰ってくる!」


 突然の言葉に俺は振り返った。いつの間にか馬車から降りたレントミアが館の門扉のところに立って、南西に伸びる王都へ繋がる道の彼方を眺めていた。


 オレンジ色を帯はじめた光が、少女のような横顔と柔らかな髪を照らしている。

 俺はレントミアの傍に近寄って同じ方向に目を凝らしてみる。


「見えないぞ。どのへんだ?」

「んー、3キロメルテ先、かな」


 悪戯っぽく笑う。俺は肩をすくめ、


「なんだ、判ってたら馬車で拾ってやればよかったな……」


 策敵結界(サーティクル)で探れるほぼ最大半径で、レントミアは館の周囲に妙な気配(・・)がないか探っていたのだ。

 ファリアを見つけたのはたまたまだろう。


「帰宅。今日はファリアさん帰ってくる日だったね」


 マニュもやってきてまだ見えない女戦士の姿を探す。俺達「後衛組」の三人は、同じような顔をしていることだろう。


「そうだな。あ……! 肉の在庫が心許(こころもと)ないな」

「ググレ、ボクの野菜もこころもとないよー!」


「うぅ、そろそろ買出しをしないと館の食料が……」


 大所帯ともなれば楽しい分、悩みも増えるのだな。


 とはいえ、ファリアの三日ぶりの帰宅を俺は心待ちにしていた。

 訳の分からない鉄杭事件の直後という事情もあるが、皆は少し不安そうだからだ。

 こんな時「精神的支柱」とでも言うべきファリアの存在は皆の心の中では大きくて、「居てくれるだけで安心できる」そんな感じなのだ。


 館の主であり「賢者」として皆に頼られている俺だが、内心はやはり皆と同じでファリアはやはり頼れる先輩冒険者であり、親しい友人なのだ。


 ◇


「と……いうわけで、なんだこれ?」


 ファリアは巨大な戦斧の左右に10匹ほどの鳥の丸焼きをぶら下げて帰ってきた。

 その様子は「狩りをしてきた一家の大黒柱」みたいな風格さえ漂っていた。


「いやな、王都の屋台村(・・・)が『今日はもう店じまいだ!』と投売りをしていてな、つい買い込んでしまったのさ。スモーク肉で保存も効くし、みんな夕飯で食べるだろう?」


 ファリアがぼりぼりと首の後ろを掻きながら首を傾げる。


 館に帰ってきた時の服装は「冒険者スタイル」とよばれる体の半分を覆う鎧を身につけていたが、館の玄関で次々と脱ぎ捨てて、今は平服姿になっている。

 長めの銀髪を適当にまとめてアップにして、どこかラフでリラックスした表情だ。


「食べるけどさ、チキンの丸ごとスモーク10匹ってどういう計算だよ……」


 俺は半眼でキッチンのテーブルを占拠するチキンの群れを睨む。


「ん? 一人一匹では足りないか?」

「逆だよ多すぎるだろ!」


 ツッコミながらも、賑やかな館に思わず俺も笑みがこぼれる。

 

 レントミアとマニュフェルノは、キッチンの隣のリビングで二人で洗濯物を畳んでいる。

 慣れない手つきで畳みながらも「下着の畳み方」で議論を交わしていた。


 大魔法使いと同人作家な僧侶という、おおよそ生活観とは無縁の二人だが、生きていくうえでの常識を身につけてもらう事も、賢者の館の存在意義なのだと最近思い始めた俺だった。

 特にマニュは以前、隠れ住んでいた王都下町の同人誌作成部屋をゴミ部屋(汚部屋)にした前科があるので、掃除洗濯などは必須科目だ。


「おぉー、お肉なのですー!」

「しかし、いささか多いにょ?」


 リビングに駆け込んできたプラムとヘムペローザがロースト済みの丸ごとチキンに驚いている。

 いつもは俺やファリアが来れば真っ先に飛んでくるのだが、今まで何処に行っていたのだろう……?

 だが、一番喜んでいるのは「肉連合(ミーティア)」の会員ナンバー3に位置するイオラだ。

「ひゃっは! 肉だよ肉っ! ファリアさんありがと!」

「おお! イオは一匹いけるよな?」

「勿論です」


 妙なポーズで返事をするイオラ。

 ちなみに肉連合(ミーティア)、会員ナンバー1がファリアでナンバー2がエルゴだ。


「えと、全部は食べきれないので、半分は暖炉に吊るして更にスモークしておきますね」


 しっかりもののリオラがひょいひょいと仕分けて、今夜の晩餐用と保存用にと下ごしらえを始める。

 食事の準備はプラムとヘムペロも手伝うので、俺は女の子達の微笑ましい光景をキッチンの端の椅子に腰掛けて眺めることにする。

 ファリアもどっかと横の椅子に座り手にした茶をすすっている。


「ファリア、屋台が店じまいって……王都は結構な騒ぎだったのか?」


 空を飛ぶ銀色の物体目撃し、響き渡った音を聞き、王都は結構騒然としたらしかった。

 

「あぁ、私は丁度、兵達に訓練をしていた時だったな。一瞬だったがキラリと光る棒みたいなものは見た」


 やはり王都でも目撃されていたのか。


「そうか、実はアレは……」

「あーっと! 細かい説明はいい。三日も訓練に付き合わされてクタクタなんだ。あれの正体がなんであるかはググレの領分だ。私はただ『敵なら粉砕』するまでよ」


 女子とは思えない言葉をさらりと言いながら微笑を浮か、自分でトントンと肩を叩く。

 頭を使うほどの話ではないのだが……と俺は頬をかきながらもファリアの少し疲れたような横顔を眺める。

 どうやらファリアにとってもハードな訓練だったらしい。

 聞くところによると王都防衛の騎士団と、その下につく一般兵士の戦士団の訓練メニューを共にこなし、武術の訓練までやってきたのだとか。

 兵士は全員が男であるわけで、体力的にさぞかしきつかった筈だ。

 もちろん負けず嫌いなファリアは「教官」として後れを取るわけにもいかず、かなり無理をしたのだろう。


「……ファリア、肩をもんでやろうか?」


 自然とそんな言葉を口にして、俺は「あ……いや」と言ってから後悔し赤面する。


 エルゴのやつが妙な事を言うものだから、そう言う事をしてあげるべきかな? という思いがそのまま口から漏れてしまったのだが、いくらなんでもいらぬ世話だったか。


「そうか! すこし頼むかな」


 意外にもファリアがすんなりと笑みを浮かべて、くるりと素早く後ろを向く。

 遠慮なくどうぞ、と言わんばかりの背中におずおずと手を伸ばす。


 ――ど、どうしよう。


 戸惑いながらも俺はとりあえず両肩をモミモミとしてみる。

 超絶筋肉! ……かと思ったが実はそうでもない。張りのある肉感というか、ガチガチというわけでもなく、程よい弾力と暖かさ……。指先に心地よいもみ心地だ。


 プラムやヘムペロと触れ合う時に感じる「ふにゃぁ」とした柔らかな感触とは違う、充実した身体のさわり心地、とでも言えばいいのだろうか。


「ん……、なかなかいいじゃないか」

「そ、そう?」


 若干上ずった声を出す俺。

 もやは賢者と戦士というよりは、姉の肩を揉む弟といった感じだ。

 ファリアは髪を纏めてアップにしているので首筋やうなじが丸見えで、おかげでモミやすいのだが、普段は見えない耳の後ろとか、ほんのりと香る甘酸っぱい香りとか、なかなかどうして、これはその……、すごく良いスキンシップだ。


「おぅ、そこは……ツボだ」

「え!? は、ツボ?」

「強く頼む」


 ぎゅう、と言われた所を押し込むと、確かに気持ちよさそうな顔をする。

 

 なるほど、これが噂の「経絡秘孔」というやつか。検索魔法(グゴール)で以前見た身体の神経節の図が頭に浮かぶ。

 

「こうか?」

「んっ……いい」

 なんだか、柔らかくて甘い声の反応が楽しくなってくる。


 と――。


「ググレ……」

「指圧。ずるい……ギリッ」


 いつの間にか洗濯ものを畳み終えたレントミアとマニュフェルノがキッチンの入口に立ったまま、ジト目で俺たちを見つめ……いや、睨んでいた。

 

「ひ!? いや……その、ファリアは激しい運動で疲れているから……」


「ずるい、ボクにもして!」

「疲労。わたしも慣れない家事で全身が(うず)いていますが?」

 ハイハイと二人並んで挙手をする。


「待てお前ら! ファリアは激しい訓練をして来てだな……その、とても疲れているわけで」

「むー。なら今夜、ボクはググレと寝る時にしてもらおっと」

「個室。私も部屋にヌルヌルオイルを準備しておくね」


 二人きりになると妙なサービスを強請(しい)られるようになるのか? ていうか、賢者の館は俺がサービスする所だったっけ?


「わ、わかったよ。マニュもレントミアも今ここで揉んでやるよ!」


 結局――。

 俺は夕食までの間、ひたすら三人の肩を揉む羽目になった訳だが、まぁそれなりに楽しかったからヨシとしよう……。


 ◇

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