★撒かれた種子
記憶を辿るように紡がれたハーフエルフの言葉に、俺は調査の手を休めて整った横顔に目線を向ける。
森の緑を思わせる瞳は地面に突き刺さった「鉄杭」に注がれたままだ。
「レントミアに魔法を教えてくれた……先生?」
「うん。正確には『魔法の上手な使い方』の先生かな。ボクは生まれてすぐの時から魔法は使えたからね」
エルフの娘と人間の魔法使いの間に生まれたというレントミアは、生まれながらにして強い魔法力を持っていたらしかった。
保守的なエルフたちは禁を犯した母とその子を疎ましく思い、更にはレントミアの才能を妬んだ者達は冷たい仕打ちを続けたのだ。そして、レントミアは母親の病死をきっかけに一人里を飛び出した……というのが俺が知っている「旅立ち」までの経緯だ。
エルフの里ではずっと寂しかったんだよー? とレントミアは軽い調子で笑っていたが、その話をしているときの瞳は哀しそうな光を湛えていた。
だが「先生」の話しは初耳だった。
「森のエルフ……まぁ人間達がハイ・エルフと呼ぶ種族はね、本来は炎や破壊の魔法は使わないんだ。森を燃やし大地を傷つける力を嫌うからね」
「あぁ、それは知っている。俺もハイ・エルフ達とは会った事は無いが……。会おうと思ってもいつも森の奥へ奥へと逃げ隠れてしまうからな」
レントミアは静かにうなづくと言葉を続ける。
「もちろん、この『鉄杭』が先生の仕業だって言うつもりは無いよ。けど……、こんな事ができるのはあの人以外に考えられないんだ」
天から突然落ちてきた異様な物体には、炎の魔法の痕跡と別の力、つまり円環魔法の痕跡が見て取れた。
他にも何らかの「謎の術式」が施されているのは間違いないが、解析には時間がかかりそうだ。
俺は隣に佇む可愛らしい「魔法の師匠」の言葉に耳を傾けることにした。レントミアが過去を語る事はあまりないからだ。
「あの人は神出鬼没で気まぐれで、いつも自由で――。いろんな旅をしていたらしいよ。生きるために汚い仕事もしていたんだって言っていたし、時々エルフの里にフラリとやってきては、里の人たちと魔法の品々を売買したりしていたんだ。……ダークエルフだったけれど、里の人たちも一目置いていたしね」
懐かしいなぁ、と小さく言ってレントミアが伸びをする。
「生粋の……ダークエルフ?」
「うん。褐色の肌に黒髪の綺麗な女の人で……、シュスヴァルト・アルベリーナっていうんだ。ボクは……、姉さんって呼んでいたけどね」
レントミアはその名を呼ぶときに僅かに発音を変えた。
実は「レントミア」同様、エルフ語の本当の名前は人間には発音が難しいので、俺にも判るように言い直したのだろう。
活動的なことで知られるダークエルフは、ハイ・エルフとは正反対に人間の社会にも遠慮なく入り込んでくる。魔法に長け技術開発にも意欲的で、強い攻撃魔法や新しい魔法を生み出す知恵を注ぐ事でも知られている。
良く言えば「社交的で積極的な種族」といえなくも無いが、時に彼らは激情に任せて魔法を使い、国家の戦乱に加担し感情を発露させることがある。
ダークエルフの血を四分の一だけ宿すヘムペローザも、魔法の才能に恵まれているし、性格もまぁ……明るくて社交的だ。
イオラは思わぬところで語られる大魔法使いの過去の告白に、興味深げに耳を傾けている。
「アルベリーナ先生は里に居る間、ボクに魔法の使い方や、炎の魔人との契約方法、それに円環魔法の元になる魔法なんかも沢山のことを教えてくれたんだ」
それは孤独だったレントミアにとって、思い出深い大切な時間だったのだろう。遠くを見るような瞳で静かに大切な思い出を語る。
「お前は今はまだ『種子』だ。きっと芽を出して凄い魔法使いになって……、世界を救うような旅をするよ、なんて言って頭を撫でてくれてさ。あ、そういえば黒髪に黒い瞳で優しくて、どこかググレに似てるかも!」
俺の顔を見て、にこりと微笑むレントミア。
確かにレントミアは里を飛び出してからエルゴノートとファリアと出会い俺と出会い……、結局は世界を救う旅をしてきたことになる。
「里では苛められてばかりいたけど、先生……ううん。姉さんだけは優しかったんだ」
ググレみたいにねっ! とぎゅうと腕にしがみついてくるので、思わずイオラの視線を気にして「や、やめろおまっ」と小声で叫ぶ。
レントミアの先生の話は確かに何かのヒントにはなりそうだが、直接この「鉄杭」を打ち込んだ張本人かというと、確証は得られない。
――しかしこんなもの、誰が一体何の目的で……。
陽光を跳ね返し黒光りする鉄の塊に、俺は再び視線を注いだ。
鉄の塊に見えるそれは、メタノシュタットの大地に打ちこまれた楔にも、不気味な何かを孕む種子……萌芽にも感じられた。
「……ぐっさん、これからどうするのさ?」
イオラの声にはっとする。俺にレントミアがイチャイチャとしがみつく様子を、まるで見てはいけないものでも見るかのような顔つきで、イオラがおずおずと問いかけていた。
双子の兄妹は、俺とレントミアの「男の友情」が時に、他人が入り込めないほど強いものだと勘違いしているフシがあるが、そんな事は決して無いわけで……。
イオラだって俺と「友情」の絆を結んで欲しいというのが正直な所なのだが。
「そうだな。このままにしておくべきか、もう少し調べてみないと……」
鉄杭からは確かに何らかの魔法の気配を感じるが、今すぐ何かを励起して動き出すようには見えなかったまずは何処から来たのかを調べるのが先決だ。
イオラも剣を腰に下げたまま周囲に目を光らせているが、何も起こらない事にすこし緊張が解けたのか、妖精メティウスと何かを話していた。
「メティウス、頼みがあるんだ」
「はい! なんでしょう賢者ググレカス」
待ってましたとばかりに妖精メティウスが、フワリと俺の目の前に浮かぶ。
「弾道計算……とは言わないが、この物体が何処から来たか調べる魔法はないかな?」
物を放り投げれば何処に落ちるかを計算する、いわゆる「弾道計算」という学問はこの世界には存在せず、流石の俺もこの物体の飛翔速度や方角から発射地点を割り出すような都合のいい自律駆動術式は準備していない。
投石器の飛距離計算をする数学などの書物を検索魔法で見たことがあるので、今後それらを組み合わせて計算術式を構築する事は可能だろうが、今は純粋に「魔法の力」に頼るのが賢明だろう。
「それでしたら賢者ググレカス、あの鉄の棒に『記憶掘削』と『迷子探索』を組み合わせてみては如何かしら?」
ふわりと金色の髪を振り払い、すまし顔で俺に提案する。どうやら既に手を考えていてくれたようだ。
『記憶掘削』は水晶などの鉱物系の物質が魔力を蓄積する特性を利用して、少し前の周囲の様子やなどを「言葉」として聞き出す魔法だ。
俺もその魔法を応用し、水晶ペンダントでの通信や、その他いろいろな事に使っている。
『迷子探索』はその名の通り尋ね人や、無くし物を探す時などに使う、日常生活で使うような「まじない」に似た魔法だ。
なるほど、これらを組み合わせて鉄杭自身に何処から来たのか尋ねよ、というわけだ。
「メティウスの発想は柔らかくていいな。俺は弾道計算する事ばかり考えていたよ」
あはは、と俺は頬をかく。
「ダンドー計算? 私には分かり兼ねますが、わたくしの提案はお役に立ちますかしら?」
「もちろんさ。早速使わせてもらうよ」
「まぁ、嬉しいわ」
俺はメティウスを優しく撫でるような仕草で光の輪郭をなぞった。
金髪碧眼の美しい妖精は嬉しそうに身をよじると、俺と同時にいくつもの戦術情報表示を展開した。
◇
「賢者ググレカス殿、情報提供、心より感謝いたします!」
メタノシュタット防衛隊、最精鋭の騎士団を率いる団長のヴィルシュタインが深々と騎士儀礼にのっとった礼をする。
「あぁ、気にしないでくれ。俺やエルゴノートにも関係がありそうだしな」
「エルゴノート様にも……」
金色の髪を後ろに撫で付けた優男風の風貌。この男は以前、魔王葉緑体デスプラネティアとの一戦で共闘している。
貴重な騎兵の戦力を割いてプラムやリオラ達を館から救出し、その後も大怪獣の足止めとして奮闘した勇敢な騎士だ。
元々はクリスタニアを信奉する男だったが、今は俺たちディカマランの英雄に対する尊敬と信頼をより強固なものにしていた。
彼らが駆け付けたのは、俺たちが「鉄杭」の落下現場に到着してから更に半刻ほど後だ。
ようやくメタノシュタット王都防衛軍の騎士団の一行と急遽かき集められてたと思しき魔法使い数名が馬で駆けつけたのだが、落下場所の特定に戸惑ったらしく水晶玉を持った魔法使いがかなり疲労困憊した様子だった。
俺達の姿を見つけるなり、ヴィルシュタインは駆け寄ってきて一礼。
会話を交わすうち判ったことは、王都でも多くの人が「謎の飛行物体」を目撃し音を聞き、人々にかなりの不安と動揺を与えたらしかった。
折りしも、新興国家ネオ・イスラヴィアからの勇者エルゴノート・リカルの身柄引き渡し要求を拒んだ翌日の出来事という事もあり、隣国の未知の魔法兵器ではないかと人々は早くも噂しているのだ。
俺はレントミアとメティウスと共に「鉄杭」を可能な限り分析した結果を、口頭で騎士団長に伝えたのだ。
「ここから先は、王政府が判断する事案だろう」
「はっ。お任せください」
真剣な様子で騎士団長が頷く。
エルゴノートにも関係する事だが、と俺は言い加え『鉄杭』をちらりと見あげた。
王都近郊に到達した金属製の物体に対して、俺達が行った暫定的な解析結果は半ば予想通りのものだった。
――西方のネオ・イスラヴィア領内、王都インクラムド周辺地区より射出され、およそ16万8千メルテ(約168キロメルテ)を飛翔した後、着弾――。
168キロメルテといえば馬車で5日はかかる距離だ。それを僅か10分ほどの時間で飛び越え、賢者の館とメタノシュタット城の中間地点に落下したのだ。
メティウスはその他にも、鉄杭自身が「見た」周囲の様子を言葉に変換し言い表してくれた。
「――見渡す限りの砂漠、オアシス都市、真新しい巨大な塔――それに……建築に従事する数多くの奴隷……いえ、市民たち。そして……鉄を溶かす魔法使い達――」
魔力を蓄えられる「水晶」とは異なる「鉄」の特性上、得られる情報は断片的ではあるが、何かの巨大構造物を市民たちを駆りだして造らせているであろう様子がうかがえた。
そして俺が最も戦慄したのはその精度の高さだ。
中間地点に落ちたのが偶然で無いとするならば、ほぼ正確に目標を狙い撃てる事になるからだ。
防御不能の鉄杭を、王城であろうと俺の館であろうと。
――このままでは終わるまいな……。
俺は沸きあがる不安を悟られぬように、メガネをくいと指先で持ち上げた。
<つづく>