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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆11章 灼熱の砂塵と勇者の逆襲 (ググレカスの大魔法 編)
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 ルーツ・オブ・サイクロア

 館耳をつんざく轟音を響かせながら、金属製の()の様な物体が飛翔していった。

 青空に真っ白な雲の尾を引いて、天空を流星よりも少し遅い程度の速度で駆け抜けてゆく。


 後ろに延びる白い雲は、物体(・・)が高速で移動している為に周囲の気圧が急減し、大気中の水蒸気が雲になったもの、つまりは飛行機雲(・・・・)だ。

 もちろん、この世界(ティティヲ)には飛行機(・・・)も、その概念すらも無いものだが。


「あ、あれはなんにょ!?」

「おぉー? ピカピカなのが飛んでるのですー……?」

「未知。ググレくん、何……あれ!?」


 皆はそれぞれ驚き、不安げな声を漏らす。

 館から見て南西から北東の方向へと天空を十秒ほどで横断していくのを、俺を含めた館の全員が目撃したのだ。


「落ち付け、こっちには来ないようだ」

 怖がる面々に俺は、落ち着いた声でそう告げて安心させる。


 俺の目線に重なって映し出される四角い窓――戦術情報表示(タクティクス)には、赤い光点が地図上を横切っていく様子が刻々と映し出されていた。

 少なくともここに向かって来る物ではない。


「賢者ググレカス、あの物体、落ちますわ……!」

「らしいな」

 肩の乗ったままのメティウスが小声で俺に耳打ちをする。

 落下予想地点は、俺達の居る村とメタノシュタット王都の中間地点、無人の平野部だ。


 空を飛ぶ明らかな人造物は、この世界で初めて目にする物だった。

 

「何なんだ、あれは……」


 ごくりと息を飲む。

 細長い金属状の物体は急速に角度を変え、村外れの森の向こうへと消えた。

 次の瞬間、土煙が立ち上り数秒の間をおいて、ズズゥウウウンという地響きが空気を振るわせた。


「落ちた……!」

 流石の俺も呆けたようにその光景に目を奪われていた。


 索敵結界(サーティクル)の検知範囲を超える外側からの飛来、それはこの世界では考えられない、空を飛ぶ金属の飛翔物体(・・・・)だった。

 あれはまるでロケットかミサイルだ。勿論、その言葉を口にした所で誰も……レントミアでさえも理解できないであろう、異世界の技だ。


 俺はメティウスが呟いた「予言の詩」を反芻していた。

 王都の門番、六つの希望、そのどれもが何かを意味しているような、それでいて何もわからな思わせぶりな古の預言者、ムドゥゲ・ソルンの詩だ。


 『――六つの希望、世界に僅かばかりの平穏が訪れるだろう

   やがて禁を犯す者、王都の門番、第七の鍵

   天神が進軍のラッパを吹き鳴らす時、

   光は再び集まるだろう

   淀みを宿した者が、その列を乱すまで』


 ――今の音、まるでラッパのような……。


 だが、そんな詮索よりも、まずはやることがあった。あの物体の正体を突き止めるのだ。


 飛行物体の軌跡(・・)と高度・速度の情報は、戦術情報表示(タクティクス)に表示され記録(ログ)されている。

 これは大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)から情報を得られるレントミアが、俺に「銀の指輪」を通じて情報共有(データリンク)してくれたものだ。


「ググレ! 見た!? すごいね、大きな『矢』だったよね!?」


 レントミアが驚きはしゃいでいる。


「ぐっさん! あれ……今の、大きな矢か!?」

「わたしもそう見えました。黒っぽい銀色の細長い棒みたいな」


 イオラとリオラが興奮した様子で落下地点を指差している。人生相談は途中だったが、また今度におあずけだ。


「うむ……。俺もあんなものは初めて見たが……」


 俺は曖昧に返事をして、記録された情報を引っ張り出して眺めてみる。

 物体の発していた音は大きさから考えれば異様だった。

 雷光がほとばしる前に(とどろ)く重低音と、空気を切り裂くラッパのような甲高い音が入り混じる奇妙なものだ。

 矢のような先端部分が発する音にしては複雑な音色で、何らかの魔法効果(・・・・)によりその飛行状態を維持している事を示唆していた。

 

 何よりも、メタノシュタット王政府(正確にはクリスタニアの魔法使い達)が魔力振動を検知する為に張り巡らせた大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)に反応したのだ。

 つまり、あの物体が「魔力を帯びた何か」という証左に他ならない。


 ――魔法による金属製の飛翔物体……というわけか。

 

 もし、あれが何らかの「兵器」だとするなら、今の俺たちに防ぐ術は無い。


 無敵を誇る「賢者の結界」といえども大質量の金属物体、それも高速で落下してくるものを防ぐ事はできないし、レントミアの円環魔法(サイクロア)で迎撃しようにも、精密誘導(クリティカル)打撃術式(ストライカー)の対処できる射程を大幅に超えている。

 

 それほどの物を一体誰(・・・)何故(・・)、今飛ばしたのだ?


 ――まさか、ネオ・イスラヴィアか……。


 ざわ、と体の原初的な部分が警告を発していた。

 この世界に来てから何度か感じた事のある、予感だ。

 エルゴノートの引渡しを王国が拒否した翌日だ、という点もタイミングがよすぎる。


「いこうググレ、これはただ事じゃないよ!」


 レントミアがどこか楽しそうに二階の窓から飛び降りた。あっ! と驚く皆を尻目に、まるで重力など無いかのように音も無く着地する。


 ふわり、と美しい髪が舞う。

 脚部に魔力強化外装(マギネティクス)を展開し、衝撃吸収を行ったのだ。


「あぁ。だが、落下地点はここから遠い。馬車を出そう」


 俺はそういうとスターリング・スライムエンジン『フルフル』と『ブルブル』を起動させた。

 (いなな)きながら、ギッチョギッチョとワイン樽に鉄の四肢というお馴染みのワイン樽ゴーレムが、ガレージから馬車を引っ張り出した。


「マニュ! プラムとヘムペロを頼む」


「留守。まかせて……ググレくんも気をつけて」

「あぁ、すぐ戻るさ」

 心配そうな顔をするマニュに微笑んで、俺は馬車に飛び乗った。レントミアも素早く馬車の荷台へと飛び乗る。

 俺やレントミアと離れられない妖精メティウスも光の粉を散らしながら、俺の肩に座る。


「賢者にょ……大丈夫かにょ」

「ググレさま、怖くないのですー?」


 ヘムペロとプラムもやはり不安そうだが、ここはマニュと一緒に安全な館に居て欲しい。


「大丈夫、俺一人で行くわけじゃない、レントミアもいるんだからな」


「ぐっさん! 俺も……やっぱり俺も行く!」

 イオラが元気よく名乗りを上げる。

 真剣に自分の夢を語ってくれたイオラはイザとなれば頼れる相棒だ。

 俺とレントミアだけでは物理的(・・・)脅威(・・)があった場合、対処が難しい。こういう時はやはり剣を使えるイオラが居てくれれば心強い。


「あぁ! 頼むぞ」


 イオラは目を輝かせて頷くと荷台に飛び乗った。同時にリオラが短剣を投げてよこすのを、イオラが荷台から上手にキャッチする。


「さんきゅリオ!」

「気をつけてね!」


 阿吽の呼吸で支度を済ませる兄妹に目を細めつつ、俺は手綱を握り馬車を発進させた。


 ◇


 半刻ほど馬車を走らせると、野原の何も無い馬車から土煙が上がっているのが見えた。その中央には細長い「(くい)」が立っている。

 

「あれだ……!」


 どうやらあれが落下してきた物体らしかった。


「物体を確認……、組成は『鉄』ですわ。すべてが鉄で出来た()のようなものですね……」


 メティウスが首を傾げるのも無理は無い。

 落下してきた物体は単純な鉄の「杭」のようだった。

「うわぁ、近くで見るとでかいなぁ」

「色も黒いし 、太いね」

 イオラとレントミアが驚きの声を漏らす。

 地面に突き刺さっているので本当の長さは判らないが、地上部分だけでも15メルテはありそうだ。太さは大人の胴体ほどもあるが、少なくとも中に人が入っているようには見えない。

 色も空を飛んでいたときは銀色に見えたが、いまは黒ずんで見える。


「ググレ、周囲に敵影無し……妙な魔力波動はあるけれど……とりあえず危険は無さそうだよ」

 レントミアは大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)と自らの索敵結界(サーティクル)の情報を結びつけ、戦術情報表示(タクティクス)に表示して物体を確認している。

 情報共有(データリンク)をしているので同じもを俺も見ているが、今すぐに危険は無さそうだ。

 検索魔法(グゴール)で文献を漁ってみたが、類似の魔法で見つかったのは、七本の杭を地面に打ち込んで囲んだ範囲の土地の豊作(・・)を願う「セブンス・パイル」というまじないじみた魔法だけだ。

 その()はフォーク位のサイズの棒を使うが、それにしては目の前の鉄杭は大きすぎる。

 だとすればオリジナルの何かなのか……。


 馬車を降りて三人で近づいてみると、半径10メルテほどがクレーターのように地面がえぐれていた。

 その中心部にそそり立つのが先ほど天空を飛んでいた「鉄柱」だ。

 空を飛んでいるときは()に見えたが、近くで見ると鉄の杭のようなものだ。


「ぐっさん、あんな細い棒なのに、落ちてきただけでこんなに地面がえぐれるの?」


 イオラが不思議そうにクレーターを覗き込む。

 周囲には飛び散った土砂が散乱している。こんなものが人のいる場所に落下したらと思うとゾッとする。


 鉄柱から突然、野菜の星からやってきた最強宇宙人が現れるかもしれないので、俺はイオラの首を捕まえてそれ以上進まないように止める。


「うむ……。棒が落ちてきただけではこうはならないな。おそらく、魔法の力場(・・)が働いていたんだろう」

「ふぅん」

 慎重に魔力糸(マギワイヤー)で、鉄柱を探ってみるが、僅かに何かの魔力の反応を感じるだけで中身を見ることは出来なさそうだ。鉄の塊ともなれば、素材自体が魔力を遮蔽するからだ。


 と、レントミアが翡翠色の瞳を大きく見開いて、何かに気が付いたような顔をしていた。

 長い(まつげ)に縁どられた瞳が、鉄杭に注がれている。


「どうしたんだ、レントミア」

「こ、これ……円環魔法(サイクロア)で加速して……撃ち出されたものだ」


「――な、なんだって!?」


 俺のほうを向くレントミアの頬で、若草色の髪がゆれた。


「間違いないよ、鉄の表面に細かい術式が残ってる……とてつもなく巨大な……加速の円環を構造物として構築して、そこから強大な魔力で鉄の塊を加速、圧縮して射出したんだ……!」


 つまり、誰かがこれを……加速して撃ち込んだというのか?


「ばかな、そんな事できるのか!? そもそも円環魔法(サイクロア)は……」


 レントミアの必殺の、オリジナルの魔法じゃないのか?


「出来る。……ボクの……先生、あの人なら……」

 

 ――先生、だと? 


 少し唇を震わせながら紡がれた言葉に、俺はハーフエルフの整った横顔に目線を向けた。


<つづく>


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