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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆11章 灼熱の砂塵と勇者の逆襲 (ググレカスの大魔法 編)
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★二人の未来と、古き預言者の詩(うた)

 春の気配に満ちた館の庭先で、イオラは照れくさそうに頬をかいて、困ったような顔をしていた。

 俺は庭先のほかほかとした日の当たるベンチで、本を手に腰を下ろしている。洗濯を干す()仕事も終わり、本でも読もうかという体制だ。

 

 イオラは俺の前に立って、真剣な顔で見つめている。


「人生……相談?」


 俺はじっと双子の兄の栗色の瞳を覗き込んだ。


「うん。その……あのさ……」


 いつも元気でズバズバッとした物言いが男の子らしいイオラだが、今日は何やら言い出しにくそうにしている。

 俺は急かすでもなく、光に照らされたイオラの髪もリオラと同じでふわさわだなぁ……、なんて事を考えながら待ってみる。


「……妹がのことを好きすぎてつらい、とか?」

「ばっ!? それは悩みじゃねーよ!」

「ほ、ほぅ……?」


 何気に凄い言葉を聞いた気もするが、そこに洗濯を干し終えたリオラがやってきて、ばしん! と(イオラ)の背中をたたく。


「痛って!?」


 突然の(リオラ)の暴挙に、思わずキッとリオラを睨む。


「言いたいことがあるなら言っちゃいなさいよ。私……どうなってもイオと一緒だから」

「リオ……」


 つん、とすました顔でリオラは言うと、口を結んだままイオラの顔をじっと見つめて、言葉を待っている様子だった。


 その短い会話のやりとりから察するに、既に二人の間に何らかの話し合いが持たれていたという事なのだろう。一緒だから、というリオラの言葉には「意見が」もしくは「何があっても」という意味が含まれているのだろうか。


 意を決したようにイオラが口を開いた。


「ぐっさん! 俺……高等学舎に行きたいんだ」

「え? 高等?」


 俺は目を丸くした。イオラは秋に村の学舎に入ったばかりで、進学か就職かという選択は少なくとも丸一年は先の話だ。

 今行きたいというのなら難しい飛び級の入学試験を受けねばなるまいが……。


 俺が首を少し捻って黙っていると、リオラが苛立たしげに脇腹をつつく。


「もう、話飛び過ぎ!」

「って! 今言うってば」


 相変わらず仲良しのじゃれあいにしか見えないが、二人なりに真剣なやりとりらしい。

 

 俺のすぐ横で虫をつかまえていたヘムペローザは、イオ兄ぃとリオ姉ぇ! とじゃれ付こうとしたが、二人の真剣な顔に一瞬で空気を読んだらしく、マニュ姉ぇのほうへと突進の向きを変えた。日差しが辛いという顔をしている色白のマニュフェルノに虫を見せびらかす。

 ファリア程ではないが、マニュも無視は苦手らしく困り顔で話をしている。


「俺さ……勇者になりたいって、言ったじゃん?」

「あぁ、そうだったな」


 それは二人が初めてここを訪れて、開口一番イオラが叫んだセリフだ。

 もう大分昔の事のような気がするが、数か月前の夏の終わりの頃だったろうか?


「でも、ぐっさんやエルゴさんと何度か旅をしてわかったんだ。……とてもじゃないけど追いつけない、たどり着けないなって」


 イオラは真剣に、けれどどこか寂しそうに言葉を紡いだ。

 俺が耳を傾けると、リオラも真面目な顔で兄の横顔に視線を向けてていた。


「最初はただ、父さんと母さんを奪った魔王軍が憎くて……。そして勇者様達に憧れて、それで……俺は、村に賢者さまがいるって聞いたとき真っ先に弟子にしてほしいって駆け込んだんだ」


「イオ……」


「でも、やっぱりいくら強くなっても絶対にエルゴノートさんみたにはなれないし、ぐっさんなんて雲の上の存在だし……。何より……もう魔王も居ないんだ。それにもう……」


 ――イオが勇者になったって母さんも父さんも、あの家も時間も、戻ってこないんだよ

 

 リオラが以前言った言葉が脳裏をかすめる。

 イオラが小さく肩を震わせて、今まで見せたことのない涙を目の端に浮かべている。


「俺、強くなるだけじゃなくて、勉強して騎士になって……村や国を守って。リオと暮らしたいんだ……」


 決意に満ちた瞳でそんな風にいうと、傍らの(リオラ)に視線を向けてから俺に向き直った。


「そうか」

 俺は小さくつぶやいて、頷く。


 まだ年齢的には中二(・・)なのだし、もうすこし突き抜けて夢を追いかけて続けてもいいと思うのだが、この世界(ティティヲ)では高等学舎に通えない子供達は働き始めるのはごく普通の光景だ。


 勢いだけで勇者になりたいというイオラだと思っていたが、実は真剣に将来を考え始めていたのだろう。

 勇者になるというのは確かに夢物語だ。おとぎ話に憧れる子供のような時間は、いつの間にか終わりをつげていたのかと思うと少し寂しくなる。


 単に剣を振るって魔物と戦いたいのなら「護衛業者」になるという手もあるが、いまや魔物(・・)不足(・・)で、王都では仕事にあぶれた護衛業者がゴロツキのようになっていたりもする。


 イオラはその点きちんと高等学舎に通って勉強し、王政府が身分を保証する騎士になりたいといっているのだ。

 だが……。

 真剣に自分の将来を考え始めたというのに、何故にイオラは悲壮な覚悟で俺と話しているのだろう?

 別に普通に話してくれていいのだがな。


「あ、うん。いいんじゃない? でも高等学舎は来年だけどね」


 俺は軽い調子でそう返事をして笑顔を浮かべてみせる。

 イオラの希望は分かったが、今年一年は村の学舎でしっかり勉強して、来年高等学舎の試験を受けるしかないだろう。入学には身分の保証が必要だが、そこは俺が居るのだから問題ないだろうし……。


「いや、そうじゃなくって! その……俺とリオラがここに居られるのは『勇者』になりたいからって夢をもっていたからで……。それを止めたら俺達また……」


 リオラが少し不安そうに眉を曲げて、兄の言葉を聴いている。

 あぁ、そうか。イオラはそこを気にしていたのか。

 

挿絵(By みてみん)


 もしも「勇者になりたい」という夢を諦めてしまえば自分達はここを追い出されてしまうのではないか、と心配しているのか。


 ――まったく。


「忘れたのかい? 俺が君らを預かると決めた日、言ったよな? ――君たちは『勇者の試練』を乗り越えたんだ、なりたければ勇者にだって()だってなれる――、とな」


「あ……」


「だから、今までどおりさ。何も心配いらないよ」


 イオラとリオラがキョトンと顔を見合わせて、そして瞳を輝かせた。

「ぐっさん……」

「賢者さま」

「だけど、冒険の旅に出るときは、イオラの剣の腕前を貸してくれよ」

「も、もちろんだぜ!」

 いつも通りの元気のいい返事を聞いてから、俺は空を見上げた。太陽が眩しくて、本を顔に被る。

 ゴロンとベンチに横になると、木のベンチは日光で暖まっていて背中が気持ちよい。


「別に勇者の素質があるからここに置いているわけじゃない。俺がイオラとリオラと居たいんだよ……。イオラも自分が将来なりたいものがみつかったのなら、それに向かって行けばいいさ……」


「ありがとうぐっさん! ……ほんとに、いいの?」


「いいも何もそう決めたんだろ? あ……またお金の心配か? そんなのは気にしなくていい。なんなら……風呂で俺の背中を流してくれてもいいぞ」

 寝転がったまま冗談めかして言うと、イオラとリオラは頷いてようやく安堵のと嬉しさの混じった笑みを浮かべた。

「わ、わかったぜぐっさん!」


 いつもイオラとリオラはお金の事を気にするからな。居候というよりは、家族みたいなもんだと思っているのに……。

 ちなみに俺は「父」ではなく「長兄」な。イオラが弟でリオラが妹という感じだろうか。


 寝転がって二人と話しているうちに、なんだか眠くなってきた。

 小鳥のさえずりが心地よくて、遠くでプラムとヘムペロと、マニュフェルノの笑い声も聞こえている。今日は……いい日だ。


「賢者さま……私も、夢があるんです」


 リオラが兄に続いて、おしゃべりをする。


「夢?」


「はい。このお屋敷か……ううん。ダメなら村の何処かでパン屋さんを開きたいんです」

「パン屋か、いいね! リオラの作るパンは美味しいもんな。俺も応援するよ」


 リオラらしくて可愛い、そして素敵な夢だと思った。

 毎日パンを焼いてくれるリオラの腕前はなかなかのものだ。夜に生地を仕込んでおいて、朝早く起きて丸めてかまどで焼いてゆく。毎日はさぞ大変かと思いきや、リオラは苦にする風も無くとても楽しそうに毎朝、館の全員が食べる分のパンを毎日焼いてくれる。

 ちなみに生地をこねる力作業はイオラがやってくれるので楽だとか。

 

 小麦と少しのライ麦を混ぜた素朴なパンは、香ばしくてとても美味しいのだ。


 リオラは頬を染めて、嬉しそうに微笑を湛えている。


「ありがとうございます賢者さま。そして……私、いつか賢者さまの――」


 と、リオラが言いかけた、その時。



 世界の音が消えた。



 最初に反応したのはプラムだった。駆け回っていたプラムは足を止め、天空を、何処とも知れない空の彼方を不思議そうに見上げている。

 

 空は相変わらず一面の青空だが、一瞬前とは何かが違っていた。


 風が止まった瞬間、鳥が一斉に羽ばたいて、『異変』に他の面々も気が付いた。


 ……ォ、ォ。


 かすかな、呻き声のような、何かが聞こえてきた。

 

「なんだ……?」

「賢者ググレカス、()かが……来ます!」


 俺は身を起こして天空に目を凝らした。メティウスが慌てた様子で俺の肩に舞い戻って襟首にしがみつく。そして、


「――ググレッ!  大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)が反応を!」


 二階の窓からレントミアが叫んだ。俺は戦術情報表示(タクティクス)を展開し、索敵結界(サーティクル)を最大望遠で検知する。周囲数キロメルテにおよぶ索敵範囲で反応を――


 ――速い!

 

 コォオォオオオッ! という耳をつんざく音があたりに響き渡った。一瞬で空気を切り裂くような鋭い衝撃音が頭上をかすめて通り過ぎていく。


 それは、金属製の()の様な物体だった。


「あ……あぁ、賢者ググレカス……」


 ――六つの希望、世界に僅かばかりの平穏が訪れるだろう

   やがて禁を犯す者、王都の門番、第七の鍵

   天神が進軍のラッパを吹き鳴らす時、

   光は再び集まるだろう

   淀みを宿した者が、その列を乱すまで


 メティウスは静かに、古き預言者の(うた)(そら)んじた。



<つづく>

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