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★アサシアン・ナイト 【前篇】

※本編は、スピアルノ・レーゼフ(新キャラ)目線の三人称形式となります。


「おかしいッス。これが……魔法……ッスか」


 焦りと苛立ち混じりの声でスピアルノ・レーゼフは呟いた。


 何処をどう走っても同じ所をぐるぐると回ってしまい「迷路」を抜けられない。前を見ても後ろを見ても延々と続く石壁の迷宮だ。

 気が付けば既に一刻は走り続けているにも拘らず、すぐ目の前見える「賢者の館」に一向に近づけない。


 半月は雲に隠れ周囲は暗闇に閉ざされている。星明りだけを頼りに「迷路」を形づくる石壁(・・)を乗り越えようとするが、壁を蹴り上に飛び乗った瞬間、何故か元の場所に落下してしまう。


「これが噂の認識攪乱(イマジンジャマー)魔法術式ってやつッスか……」


 状況を理解したスピアルノは小さく舌打ちをする。

 傍目にはのどかな片田舎の地方領主の邸宅にしか見えないが、侵入はおろか近づくことさえ出来ないのだ。

 これ程の魔術を易々と行使する相手とは一体どれ程の魔術師なのだろうか……?


 ――館の主である賢者ググレカスは恐るべき相手よ。数多くの魔術師達が挑み全員が無残にも再起不能にさせられているわ。スピアなんて捕まれば辱めを受け、慰み物として弄ばれて死よりも辛い責苦を味わうことになるわ……。だから……いい? 決して手柄(・・)を欲張ってはダメ。目的(・・)を遂行することだけに集中しなさい。


 スピアルノは優しい()の言葉を反芻し、気合を入れる様に首を振る。そして暗闇の中で鈍く光る大切な「指輪」の感触を確かめる。

 小さく光る指輪は「緊急脱出用(・・・・・)」の魔法が仕込んであるらしい。


 姉は「万が一任務が失敗したら、これを使って逃げなさい」と言い、そっと指にはめてくれたものだ。もっとも、任務を上手く遂行すれば仲間達の自分を見る目も変わるだろうし、尊敬する姉に褒めてもらえるだろう。

 

 スピアルノ・レーゼフは暗殺を請け負う砂漠の民、『灰色狼旅団(オデッサーラ・ジプス)』の少女だ。

 優秀な姉や仲間達にとっては足手まといにしかならず、いつも馬鹿にされていた。だからこの「仕事」はチャンスだった。


 ――もし勇者を仕留める事ができれば……。


「皆を見返すチャンスっス!」


 ぎゅっと拳を握り締め、青い瞳で暗闇を凝視する。人とは異なる瞳の彩光は猫の目のように大きく開かれている。


 教えの通りに迷路の石壁に背中を押しつけ地面の振動を感じ、鋭い眼光を上下左右へと光らせて素早く気配と音を確認してゆく。

 ぴくんと、両サイドの髪が動く。

 頬のラインを覆うショートボブに見えるものは、垂れ下がった獣耳(・・)だ。

 髪の色はブロンズで肌の色は浅黒い。全体的にくすんだ色合いだが、闇夜で仕事をする身としては目立たず好都合だ。


 曲がり角の先の死角の気配を探る。

 右、そして左――。

 細くしなやかな両脚に支えられた小柄な身体。膨らみはじめたばかりの()と心臓を隠すように、薄い鉄製の胸当てを装着している。それは心臓を貫かれる事を防ぐ為の物だが、それ以外に防具らしいものは身に着けておらず、速度重視の恰好だ。

 素早い動きで相手に肉薄し防御できない喉を掻き斬るのが、スピアルノの技だ。

 もっとも……一度も成功した事はないのだが。


 ――よし、気配は無いっスね。


 移動して素早く迷路の角を曲がる。

 全身を包む衣服は動きを妨げないよう、体にフィットした伸縮性のある布素材で出来ているし、色も闇夜に溶け込みやすい濃紺で統一されていた。

 腰のマウントに括り付けられた二つの鞘には、二本の湾曲したナイフが仕込まれている。砂漠の民が使う得物だが、闇夜で光らぬように黒く艶消しの加工が施されている物だ。


挿絵(By みてみん)


 移動しながら指定(・・)された時刻(・・)を待つ。


 二刻でも三刻でも走り続けられるほど鍛え抜かれている肉体は音を上げこそしないが、つぅと一筋の汗が頬を伝っていた。

 春もまだ早い宵闇の風は心地よく感じられるほどだ。


 スピアルノは侵入しようとする「賢者の館」にもう一度目線を向ける。


 質素でありながら堅牢な雰囲気を持つ「賢者の館」。幾重にも張り巡らされた結界(シールド)。そして侵入者を惑わせる幻術――。

 侵入はおろか近づく事さえ叶わぬともなれば、ここで休んでいる人間は皆、気を抜き油断しているはずなのだ。


 ――いかな無敵(・・)勇者(・・)エルゴノート・リカルとはいえ、寝込みを襲われればひとたまりも無いだろう。それに賢者とて、まさか自慢(・・)結界(・・)突破(・・)して侵入(・・)してくるとは夢にも思うまいよ……。


 姉の自信に満ちた笑みを思い出す。

 暗殺(アサシアン)を生業とするスピアルノ・レーゼフは、成功報酬よりも、姉や仲間達の賛美の声を夢見ていた。


 ――新月の闇夜に乗じて狙うのは、ネオ・イスラヴィアの怨敵(・・)、エルゴノート・リカル。


 仲間内の間でも、勇者を暗殺するのは不可能だと言われていた。

 だからこそ思いもよらない一番油断する場所と時間、賢者の館を強襲する。それが姉の立てた作戦だった。

 更に万が一しくじっても「少女」であるスピアルノならば生き延びるチャンスもあるだろうさ、と姉はスピアルノの頭を撫でてくれた。


「必ず成功させるっス」


 この日のために仲間達は周到な準備を重ねてきたのだ。恐るべき幻術の使い手である賢者が作りだす迷宮と、無敵とも言われる結界と突破する算段もつけてある。


「そろそろ……ッすね」


 ギラリと瞳に光を宿し、再び賢者の館めがけて疾駆を開始するスピアルノ。その姿は野生の四足獣を思わせる。事実、獣のような耳と隠れた尻尾があり、砂漠の民として会得した体術とあわせたそれは、並みの動きではない。


 ビキッ! と、何かが割れる音がした。


 すると瞬時に「迷路」の気配が霧散し、気が付けばごく普通の田舎道とまばらな立木、そして周囲に広がる麦畑の中にスピアルノはぽつねんと立っていた。

 目の前には、賢者の館がそびえている。


「迷宮が……消えたッす」


『チゥ……!』


 小さなネズミが、賢者の館をぐるりと取り囲む石塀の途切れる正門の内側で、スピアルノを招くように跳ねた。


 数週間前、賢者の一行がメタノシュタットで大量の食糧を買い込んだ時に小麦の袋に紛れ込ませて潜入させていたという、暗殺の一族が使役する「使い魔」だ。


 いかな強固な結界とはいえ内側から進入路を見つけ出し()を開け、誘導するのなら話は別だ。


「御苦労っス。あとはオラに任せるっす」


 ネズミは、ちぅ、と鳴くと何処かへ走り去った。


 斥候役のネズミは十分な役目を果たしてくれた。賢者の館の広ささや間取りは勿論、一日に一度、定期点検のために再構成される結界の消失のタイミングさえも既に筒抜けだ。

 館に出入りする勇者の仲間たちの動向――賢者やその他の人間達の生活の時間――を可能な限り収集し『灰色狼旅団(オデッサーラ・ジプス)』の魔法使い達や姉に伝え続けてきたのだ。

 

 館のメイドに見つかったときは騒がれるかと思ったが、栗毛(・・)田舎娘(・・・)は意外にも気丈で、さして気にした風も無く事なきを得た。


 門をくぐり、あっさりと敷地内に潜入する。


 事前に収集した情報によれば、賢者の館の敷地には、入ってすぐ右手に大きなプール、左手には趣味の悪い賢者のブロンズ像があり、正面には玄関が……


 ――ない!?


 何度も頭に叩き込んだはずの賢者の館の敷地の間取り図を反芻する間もなく、背後でギィイ、と音を立てて鉄門扉が閉ざされた。


「しまっ!? 罠ッス――はぁう!?」


 悲鳴など上げぬよう訓練されているはずなのに、思わず悲鳴を上げる。

 怖気が走り両手で口を押え、その場から数歩後ろに跳び退る。


 そこには大量のスライムが蠢いていたからだ。

 ビチュル、ビチュ……と不気味な音を立てて蠢く粘液質の塊が、何匹も群がって何かを貪っているのが暗闇の中でぼんやりと見えた。

 よく見れば群がってるのは「白骨」だった。

 巨大な、恐らくはウサギかなにかの野獣系の魔物の骨だ。肉は既に跡形もなく溶かされたのか、真っ白な骨だけが暗闇で異様に光って見えた。


 ――な、なんて所ッスかここは!?

 

 ここでもし賢者に捕まれば次は自分がこうなる運命なのか、と戦慄が走る。


「罠、罠ッス! に、逃げないと……」


 と、


「にょーっほっほっ! 子ネズミが、大ネズミに化けおったにょ」


 甲高い子供のような笑い声が響いた。

 それはからかうような高笑いだ。「子供」などいるはずも無いのに、だ。


 斥候であるネズミの使い魔が事前に入手した情報では、賢者の館には「屈強な衛兵が3人」いて、いつも暇そうに門の横の詰め所でトランプ遊びに興じているはずで――。


 そのとき、ゆらりと漆黒の闇の向こうから、白いワンピースを来た少女が現れた。

 あまりの違和感に自分が暗殺者である事も忘れ、スピアルノはギョッとして剣を抜き、低く身構える。

「くっ!?」


 暗闇に目を凝らせば、スピアルノとよく似た褐色の肌に髪の色は艶のある黒。背格好は小さく、どうみても10歳かそこらの少女だ。


「にょほ? 物騒なものを出すでないにょ。ここは賢者の家にょ。何の用かは知らぬが、名乗るのが筋であろうにょ?」


 あまりにも落ち着き払った様子の少女を前に、これも賢者の幻術の類なのか? と訝しげに睨みつけるスピアルノ。


「仕方ないッス。まずは……お前を始末するッス」


 音もなく地面を蹴って瞬時に間合いを詰める。

 手には二本の黒い刃が握られていて、左右から僅かにタイミングをずらした剣を叩き込み、のど元を掻き切る――。完璧な訓練どおりの動き。

 

 ザシュアッ!


 手ごたえは確かにあった。手に伝わるのは生き物を切りつける、感触。

 が――。

 飛び散ったのは血ではなく緑色の植物(・・)断片(・・)だった。葉や茎が刃物の動きに合わせて左右に舞ってゆくのを、まるでスローモーションのようにスピアルノは感じていた。


「――草!? 蔓草(つるくさ)ッス!?」


 斬りかかる瞬間までそんなものは無かったはずだ。一瞬で黒髪の少女の前に蔓草(・・)()が出現したのだ。

 スピアルノは只ならぬ相手に危険を感じ、瞬時にバック宙で跳び退いて間合いを取る。


「魔法……使いッスか……」


 得体の知れぬ相手に背後を見せて逃げるのはあまりにも危険すぎる。なによりも目的を何一つ果たしていないのだ。今ここで逃げ出すわけにはいかなかった。


 だが、相手は剣で攻撃されたにもかかわらず、動じた風も無い。底知れぬ自信を宿した黒曜石のような瞳が、スピアルノを捉えている。


「にょほほ……! よかろう、賢者めの一番弟子(・・・・)であるこのワシ、ヘムペローザ様が不埒者(キサマ)の相手をしてやるにょ」


 褐色の肌の少女は不敵に微笑むと、ふわりと黒髪を振り払った。

 

<後篇へつづく!>


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