★ミイラ取りは躊躇いも無くミイラになる
「直接。迎えに行くって、一体どうやって?」
「まさか、プラムさまの夢の中に……!?」
マニュフェルノがメティウスと不安げに顔を見合わせる。
「メティウスが正解かな。プラムの意識に潜入するのさ」
「ググレ、もしかして神経操作系の自律駆動術式で意識に入るつもりなの!?」
俺の言葉に素早く反応するレントミアが、俺の顔をはっとしたように覗き込んだ。
「ま、そんなところだ」
既にプラムは経口点滴の治療を終え、妖精メティウスの生体反応の監視だけを受けている状態だ。
俺と情報共有されているメティウスの戦術情報表示画面には、徐々に血液組成が正常値に近づいている様子が伺えた。
肉体的にはもう既に何も問題は無いはずだ。にも拘らずプラムはまるで眠り姫のように、一向に起きる様子が無い。
俺は戦術情報表示を展開し、奥深くに隠してあった術式を準備する。
「危ないよ! 相手の神経を操作して撹乱するのはググレの十八番だけどさ、相手の意識下に入るのは、それこそ位相空間や隔絶結界に入るのに等しいよ……。ググレ自身が戻れなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
レントミアは一息に捲し立てると、ため息混じりにエルフ耳を少し傾げた。
おそらく俺を説得できるとは思っていないのだろう。
「俺一人ならこんな危ない事はやらないさ。だが今はお前やマニュ、それにメティウスもいるんだ。一刻が過ぎても目を覚まさなかったら、術式を強制解除してくれ」
「う、うん……」
レントミアが珍しく普通の少年のような顔でうなづく。
「ぐっさん、何をする気なんだ?」
「賢者さま……」
俺たちの様子に、何かを察したようにイオラとリオラが心配そうに問いかけた。
「賢者にょ……プラムを、夢の中に助けにいくのかにょ?」
意外にもヘムペローザが言い当てる。
俺は先ほどまで泣きべそをかいていた黒髪の少女の頬を指でつまんでやる。
「あぁそうだとも。『賢者』はいろいろ出来るんだ。だからしばらく待っていていてくれ。あ……そうだ。でも俺が起きなかったらレントミアと一緒に俺たちを大声で呼んでくれよ?」
「わ、わかったにょ!」
ヘムペローザはようやく鼻息も荒く、目を輝かせた。
「イオラ、リオラ。ヘムペロ。ググレはこんな事しょっちゅうやっているんだ。別にどうってことはないさ。まぁ……邪魔にならないように、少し席を外そうか」
ファリアは穏やかな声でそういうと三人を連れて部屋を出た。
平服が板についてきた女戦士は、別段気にする風も無く、まるで「いつものことだろ」と言わんばかりの顔で、手を振って部屋を出て行った。
「信頼。ファリアさんはググレくんを……すごく信頼してるのね」
「そうか? 別にあいつの言うとおり、こんなのはよくあることだろ」
「心配。わたしは……ファリアさんみたいに強くない……」
マニュフェルノは静かにそう言うと、心細げな顔で俺の袖を掴んだ。
「はは。まぁ……何とかなるって」
軽く言ってみたものの、実は他人の心の中に潜入するなんてことは初めてだ。さすがに緊張するが、俺は寝台に腰掛けて、そのままプラムの隣に身を横たえる。
プラムの手を握り、そこを基点に魔力糸で神経節をつないでいく。
目をつぶっても伝わるのは、暖かくなった指先の体温と、甘いお菓子のような匂いだ。それらがプラムの存在を確かに感じさせてくれた。
閉じたまぶたの裏には戦術情報表示が浮かんでいる。その中から俺は、今まで遣ったことの無い術式を選び励起させる。
「直接神経系接続……、、自律駆動術式!」
瞬時に視界が白い光で満たされて、俺の意識は螺旋階段の手すりを滑り降りてゆくような感じで深く深く沈みはじめた。
もしも同じ事を科学文明の世界でやろうと思えば、神経電位だの伝達物質だのという、難しい理論の筋道立てと準備が必要だ。
だがこの世界では違う。「心をつなぐ」ということは、魂が生み出す「魔法」の領分だ。
心を通わせたい相手の手を握り、つながりたいと願う――。それは先史魔法文明よりも遥かな太古の時代から存在する、原初的な魔法だと、俺は魔法の師匠から聞いた。
◇
気が付くと俺は、フワフワとした綿菓子のような世界に居た。
どことなく桃色で、甘い匂いがする。
風も無く、熱くも寒くも無い。
見上げると僅かに青みがかっていて空だと分かる。地面はどこに寝そべってもよさそうな白い綿のようなもので出来ている。
「ここがプラムの夢の中か……フワフワして、あいつらしいな」
思わず心地よさに笑みがこぼれる。もちろん、ここは実在する空間ではなく、プラムの脳内が作り上げた仮想の世界だが。
実在する異空間である「隔絶結界」とは違うが、原理は同じようなものだ。
巨大な植物怪獣の精神体の内側に、魔王デンマーンが閉じ込められていた一種の閉鎖空間に近い、そんな感じだろうか。
「……ググレ、さま?」
と、不意に声がして俺は振り返った。
「プラム!」
「ググレさま、ググレさまなのですー!」
緋色の髪の少女は驚きに目を丸くして、心の底からの100%の笑みで、思い切りダイブしてきた。
思い切りの全力ダイブはいつもの事だが、意外にもその体重は軽くふわりと受け止めうことが出来た。流石夢の中だ。
俺はそのか細い肩をぎゅっと抱きしめる。
いつもは照れてそんなことは出来ないが、ここは夢の中なのだ。
「ググレさま! 来てくれたんですか……」
桜色の唇から、きゅんっとするような甘い声が零れた。
「まったく配ばかりかけて……。探したんだぞ」
「やっと、プラムと一緒なのですねー?」
「一緒って……、ずっと一緒だっただろう? プラムは……どうしてこんなところに一人でいるんだ?」
俺は辺りを見回した。居心地はよさそうだが、何も無いセカイ。
プラムは俺の問いかけに腰に腕を回したまま顔を上げた。緋色の大きな瞳には涙が浮かんでいる。
「……一緒じゃないのです」
「え……?」
不意に低まった声に、プラムの顔を覗き込むと暗い影が落ちている。
「プラムは……プラムは……ダメな悪い子……なのですー」
「悪い子?」
俺はじっと次の言葉を待つ。何かを言いたそうなのに、言い出せない。そんな時間が過ぎる。それはほんの瞬きほどの時間だったかもしれないが。
「ヘムペロちゃんも、リオ姉ぇも、イオ兄ィも……マニュ姉ぇもファリア姉ぇも……。みんな、みんな大好きなのに……プラムは……」
その顔には大粒の涙が浮かんでいて、そして。
「本当は……ググレ様と二人だけならいいのにって……思うのです」
ぽろり、と真珠のような涙がこぼれおちた。
「プラム……」
「みんなといると楽しいのに……。嬉しいのに……! ヘムペロちゃんや……マニュ姉ぇが……ググレさまと仲良くしているのを見ると……ぎゅって、ぎゅうぅって、ここが痛くなるのですー」
ちいさく震える手で自分の胸の中心を掴むプラムに、俺はかける言葉がみつからない。
呼吸することも忘れていた俺は、は……あ、と溜まった息を吐き出す
――何も、何一つ俺は、気がついてやれなかったのか。
僅か三ヶ月前、俺はプラムと二人だけの時間を過ごしていたのだ。
いつも笑顔の、楽しくて煩い人造生命体に手を焼いて、アホかとツッコミを入れながらも、俺とプラムは館の中で、片時も離れなかったのだ。
けれどそれは、自分の欠けた部分をプラムという人形で補おうという、身勝手な自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
それでもやがてイオラ達が来てヘムペローザが来て――、プラムの楽しさはその分、増えたのだと勝手に思い込んでいた。
少しずつ俺とプラムが過ごす時間は少なくなっていた。そんなことにさえ気が付かずに、俺は毎日何かに追われ、そして思い込んでいた。
仕方が無いのだ、と。
――エルゴノート。お前は……ここまで見抜いていたのか……。
あぁ、と俺はあいまいな空を仰いだ。
「どんなに楽しくても、その時間はいつか終わってしまうのですー……。そうすれば、ググレさまは少しずつ遠くにいってしまうのです……」
自分で造り出しておきながら、俺は気がついてあげられなかったのか。プラムが、こんな小さな胸を痛めていることに。
「ごめんな」
「ググレさま……?」
「俺はいつも一番にプラムを助けてやろうって、考えていたのにな……」
「それは、ちゃんと知ってるのですー。いつも、いつもググレさまは、たすけてくれましたのですよー?」
にへ、と笑う少女を抱き寄せておでこに、ちゅ、と唇で触れる。
「……よし! 今から俺はプラムだけのものだ! そして、ここにいよう。ずっと二人で!」
「――ググレさま?」
プラムが困惑したような、だけど、とても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「なんだかいろいろ面倒になってきたところだからな。徹夜続きで疲れたし……ここで昼寝させてもらうことにするよ……」
俺はそう言うとゴロリと横になった。今まで体験したことの無い寝心地は最高で、これならば何時までも、何処までも寝ていられそうだ。
ほわ……。
思わずあくびをすると、プラムは俺の横でちょこんと正座をして、すこし困ったように微笑んだ。
<つづく>